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■2069 / )  ランボー 永遠 (L'ETERNITE )
□投稿者/ おくったがわ -(2019/11/12(Tue) 01:02:12)
    永遠 (L'ETERNITE ) という詩の色々な訳を見比べたり、自分なりの訳を考えたりして(一節のみ)遊んでいたことがありました。
    h
    ttp://chuya-ism.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/ternit-5509.html
    中原中也が訳したランボー「永遠」
    h
    ttp://yamadakenji.la.coocan.jp/france6.htm
    フランス詩を読む

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■2068 / )  はじめまして
□投稿者/ おくったがわ -(2019/11/12(Tue) 00:55:45)
    2019/11/12(Tue) 00:59:14 編集(投稿者)

    野良猫さん、はじめまして。

    ランボーは中高生のころ好きでした。詩自体よりも、ナルシシズムとか反抗とか早熟性、そういったイメージを気に入っていた気がします。
    ランボーはナルシシズムを保てなくなって詩を書くのを止めた、と何故か自分は思っていて、その原因は拳銃で撃たれたためと記憶していたのですが、今ウィキペディアを見たところ時系列が違ってました。

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■2067 / )  はじめまして。
□投稿者/ エフニ -(2019/11/11(Mon) 20:30:22)
    野良猫さん、初めまして。

    私の若い頃は、高一ぐらいで太宰にはまり、高三ぐらいにランボーに夢中になるというのが、文学少年の鉄板ルートでした。

    小林秀雄訳の文庫版「ランボー詩集」を愛読していましたが、いまはもう手元にありません。

    ただ巻末の解説で、私の記憶している限りでは、ランボーはいわゆる「二十歳にして朽ちたり」というか、十代の頃が、その天才(しかも桁外れの天才、唯一無二。)の頂点だったようです。

    三十過ぎての作品は、とても同じランボーのものとは思えない、凡庸な愚作だったようです。

    でも、「詩なんか飽きた」と詩を捨てて、波瀾の冒険生活に出発して行ったランボーの人生は、本人的には満足のいくものだったと思います。
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■2066 / )  こんにちは
□投稿者/ pipit -(2019/11/11(Mon) 19:10:23)
    野良猫さん、こんにちは、pipit(ピピット)と申します。
    どうぞよろしくお願いします。

    私も残念ながら、ランボーのことはほとんど知らないも同然で、
    (美少年でヴェルレーヌさんの恋人で感性キレッキレ、なイメージです(^^;;)
    作品もきちんと読んだ記憶ないのですが、
    どなたか、ランボーのこと理解されてる方がおられるといいですね。
    エフニさんとかいろんなことご存知そうだけど、どうかな??



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■2065 / )  ようこそニーチェクラブへ
□投稿者/ パニチェ -(2019/11/10(Sun) 21:50:01)
    野良猫さん、いらっしゃいませ。パニチェと言います。
    残念ながらランボーは読んでないので内容への返信はできませんが、なんなりとカキコして下さい。
    よろしくお願いします。
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■2064 / )  Re[54]: ご安全に
□投稿者/ 野良猫 -(2019/11/10(Sun) 21:21:55)
    みなさん、はじめまして、野良猫と言います。

    書き込みをさせていただきます。

    私は、最近、フランスの詩人だったランボーに関心を持っています。

    彼が37歳で死なず、50代、60代まで生きていたら、

    どんな人生を送ったんだろうなんて思います。

    ロマンを感じますね。

    みなさんはどう感じますか?
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■2063 / )  Re[65]: 時間の概念2
□投稿者/ rest -(2019/11/10(Sun) 13:43:28)
    2019/11/10(Sun) 13:56:32 編集(投稿者)

    ただし私は時間は実在しないものと考えている。時間は社会的約束事でしかない。日周運動という太陽の位置変化は現在進行形においてなされているものであり、現在以前の過去は記憶として残っているだけであり、過去の痕跡はどこにもみあたらない。宇宙に光の痕跡として残っているのではないか、というが曇りの日には過去の経験としての光は宇宙には出ない、ということから宇宙には過去の痕跡はない。ミンコフスキー空間のような四次元空間も仮説としては成り立つが証明されたわけではない。むしろカントのいうように空間は唯一無二の三次元空間しかないとするのが日常経験に合致する。ミンコフスキー空間では未来も過去と同様に実在するという立場に立つので自由意志の存在根拠を失うことになる。カントの過去や未来は空間としては存在しない。だからこそ自由意志が存在でき、自由に未来を選択しあるいは選択するものがなければ新しく未来を造り出すことができるのである。
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■2062 / )  Re[64]: 時間の概念
□投稿者/ rest -(2019/11/10(Sun) 13:06:33)
    時間という概念は一日の概念から始まっている。一日という時間は太陽の日周運動から派生している。時間という概念は日周運動の経験なしには成り立たない。
    朝が来、日が沈む、という単純な時間概念が経験から形成され、日周運動によって一日の時間概念が形成され、それが恣意的に24時間に細分化された。日時計が造られ、時刻をその位置から細分化する。
    現在の時刻よりも前の時刻を過去とし、現在よりも後の時刻を未来とする。いわばマクタガートのA系列の時間である。B系列の時間は日周運動の順による数え方によって形成された。総じてカントのいうようなアプリオリなものではなく経験的なものである。先祖の誰かが経験から概念化したものを子供の頃から受け継いでいるのでアプリオリと勘違いしたのだろう。ちょうどミョウバンの三角形の結晶の経験から先祖が概念化した三角形の概念をアプリオリと勘違いしたのと同じだ。
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■2061 / )  Re[38]: 苦戦・カントとオートポイエーシス
□投稿者/ pipit -(2019/11/09(Sat) 20:16:30)
    心は、腕(物質)を動かせる、とした時、
    心、は、脳(物質)も動かせる?

    でも、腕(物質)の可動範囲の規制はある、としたとき、
    脳(物質)の働かせ方も規制はある?


    心は、腕を、動かせない、なら、

    何が、腕を、動かしている ?
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■2060 / )  Re[37]: 苦戦・カントとオートポイエーシス
□投稿者/ pipit -(2019/11/09(Sat) 19:30:33)
    オートポイエーシスの面白いところは、
    システムの域は環境から閉じられてる、ってとこですね。

    『オートポイエーシス的システムは入力と出力を持たない。』と、表現されたりするみたいだけど、
    そう表現するには、多分たくさんの説明が本当は必要なんじゃないかな?と、思いました。

    とにかく、『カントとオートポイエーシス』という本の、せめて通読を目指したいな〜
    (ーー;)
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■2059 / )  Re[36]: 苦戦・カントとオートポイエーシス
□投稿者/ pipit -(2019/11/09(Sat) 18:07:14)
    オートポイエーシスのこといろいろ誤解してたらすみません。
    とりあえず今の段階での感想です。
    ↓メビウスに投稿したものでふ。

    『>>69
    脳Bと心Mのことを、考えてみました。

    生きる、ということを、オートポイエーシス・システムとして捉えたらどうかなと思いました。

    『私』の構成要素の産出の連鎖によって、『私』が『私』であり続けるシステム、が、生きるというオートポイエーシス・システムと捉えた時、
    脳Bも心Mも、『私』というシステムの構成要素の連鎖の中に組み込まれると考えることが可能なのではないかと思いました。

    構成要素は、次の構成要素へと繋がっていきます。
    仏教概念で言えば、『依りて』という単語が当てはめることが可能かも、と、思いました。
    十二因縁で『無明に依りて行が生じる』の『依りて』です。

    脳Bに依りて心Mが生じる。
    心Mに依りて心M2が生じる。
    心M2に依りて脳B2が生じる。

    心に依りて脳も生じる、も可能、
    脳に依りて脳が生じる、も可能、
    脳に依りて心が生じる、も可能、
    心に依りて心が生じる、も可能、
    しかも、その単位1つ1つがワンシステムの構成要素の産出連鎖内での、構成要素という考え方です。

    顕在意識だけが心ではなく、顕在意識以外(例えば無意識)も心に含めるなら、
    受動意識仮説のように、顕在意識を受動と考えることも可能ではないかと思いました。

    生きる、というシステムが稼働する。
    目的が、生きるというシステムの維持となる時、
    システムの維持に有利になるとの判断(客観的に妥当か否かは別問題)から、ストーリー性まで持ち得る意識を生じさせたとしたら、
    その意識に依りて、脳の変化はあり得る、と思いました。

    私が今考えてることは、パソコンで考えたら、整理しやすいかなと思いました。

    顕在意識(心M)はモニターの映像とします。
    パソコンの内部でいろいろガチャガチャして、モニター画面を変化させます。
    パソコンの内部が物理的な脳、そしてパソコンの前にいてパソコンを操作してるのが、心。

    心M(顕在意識)はパソコン(脳・物質)の結果だけど、
    心M(顕在意識)に対する心の反応で、次にパソコン(脳・物質)に影響を及ぼす。

    私が今考えてることは、心と物質の二元論かな、と、思いました。

    ※パソコンのモニターだと結局は物質になるけど、私の今考えてることは、意識は、心の変容、という捉え方もできるかな、ということです。
    そうなると、、、そう考える時は、物自体としての物質は直接知ることができない、となってしまうな

    自分で今何を考えているのか整理するために書き込みました。
    失礼いたしましたm(_ _)m


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■2058 / )  Re[35]: 苦戦・カントとオートポイエーシス
□投稿者/ pipit -(2019/11/08(Fri) 23:42:09)
    pipitがメビウスリング掲示板に投稿した、オートポイエーシス論関連のものをコピペします。


    全然勉強できてないので間違えてたらごめんなさい。↓

    自動車工場では、外部から部品を調達して、車を組み立てますよね。
    それに対して、細胞は、その構造を維持し続けるように、細胞自身の構成要素となるものを、絶えず生成または分解してますよね。
    比喩的に言えば、細胞は、自分が自分の構成要素を生み出し続けていて、そのシステムのことを、オートポイエーシス(自己産出)と言ってるのかと、今の所考えていて、
    ここまでの考え方だと、SumioBabaさまの工場の後半の例があてはまるかと思うのですが、

    また、さらに追加される概念がオートポイエーシス論にはあって、

    システムにとっての自己、と、自己以外(環境)に分別し、
    環境からの決定性のない影響関係が生じることを『撹乱』としてるようです。

    つまり、環境からシステムはある意味閉じた領域にある、ということだと思います。

    車工場の場合、車の構成要素は外部からそのまんま取り入れられてますよね。
    自己産出はされてませんよね。
    工場は環境から閉じられてはいない。

    オートポイエーシスの場合、環境からの影響を受けてそれが引き金となってたとしても、構成要素は自己産出、システムとしては環境から閉じられた域を生成してる、ということかと今の所考えています。

    それから、まだ、追加概念がありまして、、、
    システム(作動や機能としての)として閉じられた域、を、システムの自己、とし、
    それとは別に、構成素が作るシステムの構造(目に見える形)も、もう1つのシステムの自己として、オートポイエーシスには二重の自己があるとされてる研究者もいるようです。

    ※※※※※※※※

    というような、
    オートポイエーシス論から考えてみると(オートポイエーシスもSumioBabaさまの記述も誤解してたらすみません)、

    心Mも脳Bも、自己というシステム、の、自己産出による構成要素、ということになるのかな??
    と思いました。


    または、脳Bを環境と考えれば、
    心Mを生じさせてるシステムと互いに決定性のない影響を与えあっている、つまり、ある言い方で言えば、脳Bに撹乱されて心Mが閉域システム内で生じた、と言えるのかな??
    と思いました。

    勘違いしてたらすみませんm(_ _)m

    (オートポイエーシス論自体もまだまだ定義付けがしっかりなされていない概念のようですね。)』
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■2057 / )  Re[43]: しかし何だべな。
□投稿者/ エフニ -(2019/11/08(Fri) 20:47:13)
    六十歳の初婚の男性が、元アイドルと結婚した。

    このニュースを知って、当年56歳のゲットさんの瞳に、希望という光が輝いたのを私は見逃さない。

    Marriages are made in heaven

    縁は異なもの。
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■2056 / )  Re[42]: しかし何だべな。
□投稿者/ エフニ -(2019/11/08(Fri) 20:27:19)
    自由の問題を私はどう観ているか。

    自由ということは問題にならないほど確かなことのように私には考えられる。

    自然科学が決定論を唱えて意志自由に累を及ぼした時代もあった。

    しかし現代の自然科学的認識論はその非を悟っている。

    殊(こと)に量子論の進展につれて、必然性の概念は蓋然性の概念に場所を譲り、因果的決定の概念は確率増大の概念によって代られる傾向を示すに至った。

    (九鬼周造 「人間と実存」)
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■2055 / )  Re[41]: しかし何だべな。
□投稿者/ エフニ -(2019/11/07(Thu) 02:18:33)
    「サダオとは40年前から一緒にプレーしてきたが、最もすごいと思うのは、彼が昔より80歳代の今の方が演奏がイイことだァ」
    スティーブ・ガッド

    (渡辺貞夫withラッセル・フェランテ、ジョン・パティトゥッチ&スティーブ・ガッド)の公演最終日の楽屋でのコメント。
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■2054 / )  Re[34]: 苦戦・カントとオートポイエーシス
□投稿者/ pipit -(2019/11/06(Wed) 21:54:47)
    システムを内側から見るんだね、多分 ?
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■2053 / )  Re[33]: 苦戦・カントとオートポイエーシス
□投稿者/ pipit -(2019/11/06(Wed) 21:53:02)
    カント哲学 / オートポイエーシス

    物自体 / 認識システムに属さない環境

    主観的な感覚 / 環境の影響をきっかけとする自律的表象

    認識可能な現象の総体 / 認識システムが産出する認識表象の総体
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■2052 / )  苦戦・カントとオートポイエーシス
□投稿者/ pipit -(2019/11/06(Wed) 19:46:29)
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■2051 / )  Re[40]: しかし何だべな。
□投稿者/ エフニ -(2019/11/06(Wed) 01:54:44)
    セブンイレブンに行ったら、シブコがむしゃむしゃ食べていた「タラタラしてんじゃねえぞ」があったので、買って食べてみた。

    ん〜、正直、あまり旨いもんじゃなかった。

    駄菓子に多くを求めちゃいけないんだけどね。

    要は私は甘いもんが好きなんだね。
    (・ε・)
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■2050 / )  アプリオリな分析判断、と、『赤馬経』
□投稿者/ pipit -(2019/11/05(Tue) 19:11:04)
    こんばんは

    アプリオリなものは分析判断でしか真になれない。
    これは、今の私の心、と、腑に、しっかりと、落とされましたよ。
    ありがとうございますm(_ _)m

    思い浮かぶのは、解説本で読んだパーリ経典『赤馬経』(しゃくめきょう・増支部経典)の一節です。

    釈尊の言葉として、
    『友よ、私は、生まれることのない、死ぬことのない、没することのない、再生することのない世界の終わりを、歩行によって、知る、あるいは見る、あるいは極めることができる、とは説きません。
    私は、世界の終わりを極めないまま、苦(輪転苦)の終わりを作ることを説きません。
    友よ、私は、想があり意があるわずか一尋のこの身体における、世界(苦諦)と世界の生起と世界の滅尽と世界の滅尽にいたる行道とを説くのみです。

    世界の終わりは歩行によって 決して極められ得ない
    世界の終わりを極めなければ 苦からは解放され得ない
    それゆえ世界を知る賢者 梵行を修めた世界の達人
    寂者は世界の終わりを知って この世あの世を願い求めず 』

    (『パーリ仏典入門』片山一良先生、p231.232)


    少なくとも、数学では、アプリオリなものは、すでに備わってるものの中でしか、真になれない、と言われている。

    真理は、自己に揃ってる。
    そんな気持ちになります。

    本当の本当にありがとうございます。

    でも、カントの勉強は続けますよお〜(^O^)/

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