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■3705 / )  大いなる理性
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/09(Thu) 10:16:57)
    2020/07/09(Thu) 10:29:58 編集(投稿者)

    横レス御免♪^^

    No3673に返信(pipitさんの記事)
    > >B 理性って霊長類で言う所の、「霊妙な力」を意味してのですか?<

    > ニーチェの意味する理性は私にはわからないです。

    簡単です。^^
    今風に言えば「あんた、そんな強がり言ってるけど、身体は正直やん。ストレスがあることは身体が反応してるやん」みたいな身体は正直=理性みたいな話です。

    キリトスト教(仏教もそういう教義はありますが)では禁欲主義が善であり、肉体(身体)が欲する欲望は悪または戒められえるべきものというドグマがあります。

    カントも肉体(身体)が欲する欲望に抗うことを自由と呼び、叡智界に属すると結論づけます。キリスト教やカントはこの文脈、つまり禁欲主義的なものをもって理性とか道徳律と呼びます。

    理性によって身体性が欲する性欲を禁欲し続ければ人間という種は絶滅する。
    これは果たして理性的なことと言えるのか?

    ニーチェは誰からの強要でもなく自らが欲して自己を律することは君主道徳とし高貴なものとして認めますが、禁欲主義的なものをもって必ずしも理性とは呼ばない。

    禁欲主義は生のダイナミズムを委縮させ、人間の命令や掟に従う群居動物、または畜群的な本能のみを助長するものとして批判します。

    人間は群居動物(右に倣え的な共存本能)と独居動物(孤高にして自由な闘争本能)の中間に位置し、意識は身体性が生み出した最も遅れた発展(進化的には一番遅く発達したもの)であることから、必ずしも生存に不可欠なものではなく、そういう意味において身体的(無意識的な)な理性は禁欲主義を是とする不自然な意識的な理性よりも大いなるものであるとしています。

    > 引用ありがとうございます!
    > 嬉しいです (^人^)

    どういたしまして。^^

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■3704 / )  Re[8]: 宇宙はなぜあるのか。
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/09(Thu) 09:08:24)
    No3702に返信(minoriさんの記事)
    > パニチェさん、ありがとうございます。

    どういたしまして。

    > リンク、拝見しました。
    > 人間原理という名称となんとなくの内容は知ってはいましたが、それだけでしたので興味深く拝見しました。

    > 弱い人間原理は常識の範囲内。
    > 強い人間原理の方は、リンクにあるように確かに過激といえばそう感じる人も多いかもしれないですね。
    > なにしろ。宇宙の存在は人間のような知的生命の認識にかかっており、知的生命がなかったら宇宙の存在は認識されないのだから、存在しないも当然。
    > 「我思う、ゆえに宇宙は存在する」という超越論的観念論の世界だと、あります。

    > 私はこの強い人間原理に途中まで納得がいくんです。

    私も強い人間原理の途中までは支持しますが、残りはペンディング(保留)です。
    以下は、私の意見というよりも、こういう見解もあるという意味で返信させてもらいます。

    > その通りだと。 でも、観測したり数学的な計算をしたりするだけでなく、実際に宇宙空間に物を飛ばせるということは・・・
    > これをどう考えたらいいんだろう? というところで引っかかってしまうのです。

    数学的に記述することは、現実の世界のどこかに数学的な世界があるということを意味するものではない。
    で、宇宙空間にロケットを飛ばしたり、ある事象を観測したりすることは、夢の中でも可能なわけで、これは観念論の範疇にも治まりうることなので、人間が認識するから宇宙が存在するという観念論的世界観の反証にはならないとも言えます。

    > ニーチェを先駆とする無神論的実存主義と人間原理は、通じるところがある、ということなのですね。
    > 神による創造という話が普通だった時代があり、それを懐疑しはじめた近代に登場してきた思想。

    > ニーチェは私もいいな、と思う哲学者です。
    > 強者と弱者の論理とか、はっきりと言いにくいことを言ってくれてるところとかいいと思います。

    猛毒にもなるし、劇薬にもなるし、読む人の解釈によって、如何様にも価値や意味を創造することができる哲学だと思います。
    別名に解釈の哲学という呼び名もあるように、ニーチェ自身もそれを推奨しています。

    『いまや、わたしはきみたちに、わたしを失い、みずからを見出せ、と命じる。そして、きみたちがみな私を否認したときに初めて、わたしはきみたちのもとへ帰って来ようと思う。まことに、わたしたちの兄弟たちよ、そのときわたしは、違った目で、自分の失った者たちを捜し求めるであろう。そのときわたしは、或る違った愛で、きみたちを愛するであろう。そして、さらにいつの日か、きみたちはわたしの友となり、同じ希望の子となっているであろう。そのとき、わたしは三たびきみたちのもとにあって、きみたちと共に大いなる正午を祝おうと思う。ところで、大いなる正午とは、人間が自分の軌道の真ん中にあって、動物と超人の中間に立ち、自分が歩み行くべき夕暮れへの道を自分の最高の希望として祝う時である。というのは、それは或る新しい朝への道だからだ。そのとき、没落して行く者は、自分がかなたへ渡って行く者であるというので、みずから自分を祝福するであろう。そして、彼の認識の太陽は、彼にとって真南に位置しているであろう。「すべての神々は死んだ。いまやわれわれは、超人が生きんことを欲する」──これが、いつの日か大いなる正午において、われわれの最後の意志であらんことを!──このようにツァラトゥストラは語った。(ツァラトゥストラ 贈与する徳について3)』

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■3703 / )  善悪の彼岸 第129番
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/09(Thu) 08:49:52)
    「悪魔は神に対してもっとも広大な視野をもっている。それだから悪魔は、神からはるかに身を遠ざけているのだ。──すなわち悪魔こそは、もっとも古くからの認識の友である。(善悪の彼岸 第129番)」

    アンチクリスト(反キリスト教者)であるニーチェが述べるところの神と悪魔はキリスト教的な文脈で読み込むべきではない。
    キリスト教のドグマにおいて神の正反対に対峙するものが悪魔であるとすれば、ニーチェ的には、ないものねだりの創作物として全能にして善なる神に対峙するのは、現実存在としての人間である。

    真理の探究に神が伴うことは、既にこの時点である固定的なドグマ(創造論)に行きつくことで思考停止する。極論すれば不完全にして善でも悪でもたりうる人間の描いた、ないものねだりの絵空事でもって結論とするということ。

    哲学は懐疑であり、人間は不完全であるが故に認識には誤謬が伴うが、何の制約もない純白のキャンバスに如何様にも自らの意志で世界を描きうる能力が伴っている。認識に伴う誤謬は創造の父でもありうる。

    悪魔たる人間は神の創造者であるが故に神に対してもっとも広大な視野をもっており、だからこそ人間は人間や世界の創造者とでっち上げられた信仰対象である神から身を遠ざける必要がある(これらの発想はご法度、冒涜として神から遠ざけられなければないない)。すなわち神に対峙する悪魔は、創造の源泉ともなりうる不完全で誤謬が伴う人間認識の古くからの友人(近しい者)でもあるということ。

    ・・・というのがパニチェ流解釈ですた。



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■3702 / )  Re[7]: 宇宙はなぜあるのか。
□投稿者/ minori -(2020/07/09(Thu) 08:41:21)
    No3701に返信(パニチェさんの記事)
    > 横レス失礼します。
    >
    > ■No3696に返信(minoriさんの記事)
    >
    >>pipitさんは、「宇宙はなぜあるんだろう?」なんて考えたことないですか?
    >>考えようとしてもわかるはずもないのに、考える、というか想像しようとしている時があります。
    >
    > ひとつの答えが神による創造で、(ご存知かもしれませんが)もうひとつの答えとして人間原理というのがあります。
    >
    > 人間原理
    > https://www.nagaitoshiya.com/ja/2001/multiverse-anthropic-principle/
    >
    > 人間の存在から宇宙や私たちの存在を説明する人間原理は、ニーチェを先駆者とする無神論的な実存主義(Wikipedia:人間の実存を哲学の中心におく思想的立場。あるいは本質存在(essentia)に対する現実存在(existentia)の優位を説く思想)とも相通じるところがあります。
    >


    パニチェさん、ありがとうございます。
    リンク、拝見しました。
    人間原理という名称となんとなくの内容は知ってはいましたが、それだけでしたので興味深く拝見しました。

    弱い人間原理は常識の範囲内。
    強い人間原理の方は、リンクにあるように確かに過激といえばそう感じる人も多いかもしれないですね。
    なにしろ。宇宙の存在は人間のような知的生命の認識にかかっており、知的生命がなかったら宇宙の存在は認識されないのだから、存在しないも当然。
    「我思う、ゆえに宇宙は存在する」という超越論的観念論の世界だと、あります。

    私はこの強い人間原理に途中まで納得がいくんです。
    その通りだと。 でも、観測したり数学的な計算をしたりするだけでなく、実際に宇宙空間に物を飛ばせるということは・・・
    これをどう考えたらいいんだろう? というところで引っかかってしまうのです。

    ニーチェを先駆とする無神論的実存主義と人間原理は、通じるところがある、ということなのですね。
    神による創造という話が普通だった時代があり、それを懐疑しはじめた近代に登場してきた思想。

    ニーチェは私もいいな、と思う哲学者です。
    強者と弱者の論理とか、はっきりと言いにくいことを言ってくれてるところとかいいと思います。





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■3701 / )  Re[6]: 宇宙はなぜあるのか。
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/09(Thu) 07:32:19)
    横レス失礼します。

    No3696に返信(minoriさんの記事)

    > pipitさんは、「宇宙はなぜあるんだろう?」なんて考えたことないですか?
    > 考えようとしてもわかるはずもないのに、考える、というか想像しようとしている時があります。

    ひとつの答えが神による創造で、(ご存知かもしれませんが)もうひとつの答えとして人間原理というのがあります。

    人間原理
    https://www.nagaitoshiya.com/ja/2001/multiverse-anthropic-principle/

    人間の存在から宇宙や私たちの存在を説明する人間原理は、ニーチェを先駆者とする無神論的な実存主義(Wikipedia:人間の実存を哲学の中心におく思想的立場。あるいは本質存在(essentia)に対する現実存在(existentia)の優位を説く思想)とも相通じるところがあります。

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■3700 / )  この日のプログラム
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/09(Thu) 06:59:43)
    ホームズが聴きに行ったサラサーテのコンサートのプログラムは

    チゴイネルワイゼン サラサーテ

    パルティータ第3番 バッハ

    ノクターン第2番 変ホ長調 op9-2 ショパン=サラサーテ

    バスク奇想曲 サラサーテ

    映像でホームズが聴いているのはバッハですね。

    (きっとGRANADA TVの綿密な調査でわかったんでしょうね^^)

    なおサラサーテを演じているのはBruce Dukovというバイオリニストでこんな演奏を見つけました。
    https://www.youtube.com/watch?v=0MYjMnP2rV8&list=RD0MYjMnP2rV8&index=1

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■3699 / )  Re[17]: 赤毛組合
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/09(Thu) 05:29:58)
    floraさま おはようございます。

    初めて聴きました。素晴らしい演奏ですね!
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■3698 / )  赤毛組合
□投稿者/ flora -(2020/07/08(Wed) 23:39:54)
    皆様ご存じ、シャーロック・ホームズの短編集『シャーロック・ホームズの冒険』に収録されている短編ですが、ホームズが犯人を捕まえに銀行の金庫待ち伏せする前に、セント・ジェームス・ホールでサラサーテの演奏を聴きに行くんですよね。おそらく1891年にサラサーテはロンドンでコンサートをしていたのでしょう。

    挿入画はシドニー・パジェット、ホームズが演奏を聞き入っている様子がよくわかります。

    サラサーテ自身による『ツィゴイネルワイゼン』録音は1904年頃だそうです。

    https://www.youtube.com/watch?v=ABm7nMVyNh4
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■3697 / )  Re[48]: 胸糞わるい事件発生
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 23:11:53)
    まとめる。

    I.陰陽図から探る→次「ドラゴン」を考える。
    Minoriさんのoutputからスタートやな
    ■3655

    @陰陽互根…陰があれば陽があり、陽があれば陰があるように、互いが存在することで己が成り立つ考え方。
    A陰陽制約…提携律とも言い、陰陽が互いにバランスをとるよう作用する。陰虚すれば陽虚し、陽虚すれば陰虚する。陰実すれば陽実し、陽実すれば陰実する。
    B陰陽消長…拮抗律とも言い、リズム変化である。陰陽の量的な変化である。陰虚すれば陽実し、陽虚すれば陰実する。陰実すれば陽虚し、陽実すれば陰虚する。
    C陰陽転化…循環律とも言い、陰陽の質的な変化である。陰極まれば、無極を経て陽に転化し、陽極まれば、無極を経て陰に転化する。
    D陰陽可分… 交錯律とも言い、陰陽それぞれの中に様々な段階の陰陽がある。陰中の陽、陰中の陰、陽中の陰、陽中の陽。


    U.悪魔ちゃんの宿題をする。
    ■3681

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■3696 / )  宇宙はなぜあるのか。
□投稿者/ minori -(2020/07/08(Wed) 22:56:21)
    pipitさん、こんばんは。

    pipitさんは、「宇宙はなぜあるんだろう?」なんて考えたことないですか?
    考えようとしてもわかるはずもないのに、考える、というか想像しようとしている時があります。

    空間は無限か、それとも有限か、というのはアンチノミーの説明の一つとしてありますよね。

    「宇宙はなぜあるんだろう?」 もしこの答えを人間が知ったとしたら、絶望するのか、それとも喜びに包まれるのか。
    あ〜、なぜ宇宙はあるんだろう?
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■3695 / )  Re[15]: RE しばらくおまちください
□投稿者/ flora -(2020/07/08(Wed) 22:49:08)
    2020/07/08(Wed) 22:50:07 編集(投稿者)

    田秋様、こんにちは〜 どうも色々とありがとうございます。

    > >写真の正面にあった常緑樹は榊ですか?それとも花の咲く椿、もしくは山茶花でしょうか?
    > 棗奥、正面灯篭左の木は椿です。

    どうもありがとうございます〜。

    > >バイオリンの奏法には、イタリア式、フランス式、ドイツ式、そしてロシア式というのがあるそうですね。それぞれに大きな違いはあるのでしょうか?

    > 僕が言えるのは腕(肘)からかけるビブラートはドイツ式だということです。種類としてはその他手首からかける、指だけでかけるがありますが、どこ式なのか知りません。指だけのビブラートは僕はできません。手首と腕はどちらも使いますが、腕からの方が振幅が大きくなり、縮緬ビブラートになりにくいです。縮緬ビブラートというのは細かすぎて痙攣のように聞こえるビブラートです。ビオラは腕からの方が良いようです。ただ絶対ということはありません。
    >
    > 確かに昔は国によって奏法の違いというのはありました。今でも多少あるでしょうが、グローバル化が進み世界的に違いが無くなってきています。昔はフランス、ドイツ、ウィーンのオケの音色は違っていました。今は世界中のプレーヤーが世界中のオケに入って演奏しています。日フィルは一応ドイツスタイルということになっていましたが、今はどうでしょう。現在、トランペットにイタリア人、ティンパニとビオラにアメリカ人がいます。

    どうもありがとうございます。
    指揮者が海外の方ですと、ちょっと違った奏法を希望するということはありますでしょうか?

    > >京壁の薄抹茶色と赤の使い方が非常に素晴らしいですね!。ユリもそうでしたが、赤の使い方勉強になりました。

    > 褒めて頂くのはうれしいことですが、偶然その時に咲いている花を生けたまでのことで、壁の色に合わせるとか全然考えていません。

    実は私の実家も一部は日本家屋で、日本庭園もあり、部屋も京壁で、なんか懐かしい気がいたしました。それと個人的には「赤」は難しい色だなあと・・・それがうまく花瓶や壁の色にマッチなさっていたので、素敵だなあ〜と思いました。

    庭のユリの写真です。白です。
    赤いユリ、今度挑戦しようかな〜と・・・


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■3694 / )  胸糞わるい事件発生
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 22:35:19)
    3歳女児 衰弱死事件(東京・大田区)

    こういう容疑者って頭の中、どうなっているんだろうな。
    こんなもん素人でもわかる嘘をいとも簡単にやってしまい、
    バレたらごめんなさい、もう、無茶苦茶じゃね?

    今最近、増えていると思うんだよ。
    この「なりすまし」からの「開き直り」

    「皮」が問題なんだと思うんだよ

    狼が羊の皮を被っている。
    羊のような人生を送りたいと思いつつも、
    自分は狼であるという自覚があるわけだ。

    快感なのかな?

    ほんで、法廷ではお涙頂戴。
    裁判長は「そんなことをする人には思えません」
    もう、鼬ごっこだと思うんだな。
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■3693 / )  メルロの現象学
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 21:53:24)
    悪魔ちゃんさん、ありがとう!

    難しいけど、
    現象学はあんまり因果関係とかは考慮しないの?
    できるだけ、見たまんま、を切り取り、

    うーん、でも、、、?

    生きることの一切合切が対象ってことかなぁ

    神様を想うなら、神様を想う、行為が対象なのかな

    悪魔ちゃんさんは、「自分の生」も思考対象としてるの?
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■3692 / )  Re[46]: 考えてる、の、感想
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 21:47:42)
    一言でいうと


    ★★★ 余裕って奴 ★★★
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■3691 / )  Re[45]: 考えてる、の、感想
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 21:45:46)
    No3690に返信(pipitさんの記事)
    > 考えてる、というのが、本当に面白く感じます。
    > 概念のみで、つながりを考えるのかなぁ
    > 言葉のレッテルつける前の概念で、考えるのかなぁ

    当然、私は黒帯で、例えば白帯が「練習お願いします!」と言ってきて

    「乱取り」をするんです。

    私は好き放題ですよ。縛法という型があって、黒帯を使って、
    相手を拘束します。

    別に難なくできます。

    相手がスローモーションですし自分の体は勝手に動きますし、
    相手がどのような動きをするのか、予測しているわけではなく
    マグロの解体ショーの如く、気づけば拘束が終了していますね。

    考えているね、「何秒で拘束できるか?」って
返信/引用返信 削除キー/

■3690 / )  考えてる、の、感想
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 21:28:18)
    考えてる、というのが、本当に面白く感じます。

    概念のみで、つながりを考えるのかなぁ

    言葉のレッテルつける前の概念で、考えるのかなぁ
返信/引用返信 削除キー/

■3689 / )  マジモンさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 21:24:39)
    とても興味深いこと教えてもらって嬉しいです、ありがとうございます!
    スポーツ選手が集中してるとスローモーションで世界を感じる、ということを
    聞くと時がある気がします。
    私の次男は4歳くらいのときかなぁ、プールで溺れかけて(無事で本当によかった)
    その時の記憶が強烈で大きくなった今も覚えてるみたいなんですけど、
    足の全く届かないところで、手足をなんとか使って表面に浮いたり沈んだりをしてたみたいなんですけど(恐ろしい。。。)、
    時間がすご〜くゆっくりだった、と言ってました。
    スポーツの集中とまた違うのかもですけど、認識力ってすごいところがあるのかもしれませんね

    No3683に返信(マジカルモンキーさんの記事)
    > ■No3679に返信(pipitさんの記事)
    >
    >>相手の動きは、即時的にきちんと認識してる感覚なのでしょうか?
    >
    > 私より、俊敏に動けない方の場合、確実に認識していますね。
    > スローモーションですし、体も勝手に動きますので、
    > かなり、考えていますね。
    >
返信/引用返信 削除キー/

■3688 / )  じゃがいも
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 21:14:53)
    ただいま、、、
    諸々の事情で、夜の9時にジャガバター食べてきました。。。

    おいしかったです。。。
返信/引用返信 削除キー/

■3687 / )   RE しばらくおまちください
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/08(Wed) 21:08:53)
    FLORAさま

    >写真の正面にあった常緑樹は榊ですか?それとも花の咲く椿、もしくは山茶花でしょうか?
    棗奥、正面灯篭左の木は椿です。

    >、イワヒバをグランドカバーのようにお使いになるのは、とても贅沢な感じがしました。
    イワヒバが勝手に広がったのです。

    >バイオリンの奏法には、イタリア式、フランス式、ドイツ式、そしてロシア式というのがあるそうですね。それぞれに大きな違いはあるのでしょうか?
    僕が言えるのは腕(肘)からかけるビブラートはドイツ式だということです。種類としてはその他手首からかける、指だけでかけるがありますが、どこ式なのか知りません。指だけのビブラートは僕はできません。手首と腕はどちらも使いますが、腕からの方が振幅が大きくなり、縮緬ビブラートになりにくいです。縮緬ビブラートというのは細かすぎて痙攣のように聞こえるビブラートです。ビオラは腕からの方が良いようです。ただ絶対ということはありません。

    確かに昔は国によって奏法の違いというのはありました。今でも多少あるでしょうが、グローバル化が進み世界的に違いが無くなってきています。昔はフランス、ドイツ、ウィーンのオケの音色は違っていました。今は世界中のプレーヤーが世界中のオケに入って演奏しています。日フィルは一応ドイツスタイルということになっていましたが、今はどうでしょう。現在、トランペットにイタリア人、ティンパニとビオラにアメリカ人がいます。

    >京壁の薄抹茶色と赤の使い方が非常に素晴らしいですね!。ユリもそうでしたが、赤の使い方勉強になりました。
    褒めて頂くのはうれしいことですが、偶然その時に咲いている花を生けたまでのことで、壁の色に合わせるとか全然考えていません。

    >田秋さんの写真も飾られていますね!
    一緒に写っているは小林研一郎先生です。辞めるときに一緒に撮って頂きました。
返信/引用返信 削除キー/

■3686 / )  Re[42]: pipitさんへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/08(Wed) 20:59:54)
    3680
    ジャガイモってけっこうカロリーあるみたいよ。そのうえバター。
    太っちゃうよ。

    もっともわたしいまポテトチップ食べながらだけど。
返信/引用返信 削除キー/

■3685 / )  Paul Desmond
□投稿者/ rest -(2020/07/08(Wed) 20:52:22)
    Paul Desmond - Feeling Blue 1996

    https://www.youtube.com/watch?v=TZaUByp-AX4

    リアルって何だろう。1光年の距離の星は1年前に発した光を現在みているわけだが、現在の星の姿はみえない。認識できない。それこそカントの物自体なのだ。現在の星の状況を想像してみる。これがリアルだ。この時この星の時刻と地球の時刻が一致して同時刻ということに気づく。
     柱時計に反射して私に伝わった光はかかった時間のぶん遅れて伝わる。私の腕時計の時刻よりわずかに遅れる。しかし柱時計の現在の姿は認識できない。ただ見えないけれども私の腕時計とは同時刻であることは推測できる。このように見えないリアルを推測することがリアル認識なのだ。
     宇宙ロケット内の時計が遅れてみえるがロケットから地球に光が伝わる時間の分だけ遅れるということであり、実際のロケットの時刻は地球と同時刻であると推測できる。これがリアル認識だと考える。
返信/引用返信 削除キー/

■3684 / )  Re[41]: pipitさまへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/08(Wed) 20:47:26)
    3675
    現象学ていうか、メルロの、ね。
    『知覚の現象学』の序文の書き出しにこんなことが書いてある。長いけど書き写して見ます。

    【現象学とは何か。フッサールの最初の諸著作が世に出てからもう半世紀もたつのに、今なおこんな問いをたてなければあらないことは、一見、奇妙なことと思われるかも知れない。しかしこの問いはまだ解決されていはいない。現象学とは本質の研究である。現象学によれば、あらゆる問題は、もろもろの本質、例えば知覚の本質、意識本質などを定義することによって解決されるはずである。しかし現象学とは、また、本質を実存のなかに戻し、人間と世界とを理解するには、それらの「事実性」から出発するほかないと考える哲学でもある。それは自然的態度から生ずるさまざまな主張を理解するために、かえってこれらの主張を保留する超越論的な哲学ではあるが、しかしまた、世界がつねに反省に先だって、廃棄されえない現存として、「すでにそこに」あることを認める哲学でもある。そして世界との、この素朴な触れあいを再発見し、結局はそれに哲学的な資格を与えることに、あらゆる努力を傾注するのである。現象学は、「厳密学」たろうとする哲学の野心であるが、またそれと同時に、「生きられた」空間、世界についての報告でもある。それは、われわれの経験の心理学的な発生や、科学者、歴史家、もしくは社会学者が提供しうるような、その因果的な説明を願慮せずに、経験をあるがままに、直接、記述しようという試みである。だがフッサールは、晩年の諸著作のなかで「発生的現象学」、いや「構成的現象学」にまで言及している。こうした矛盾は、フッサールの現象学とハイデガーのそれを区別することによって、解決されるだろうか。しかし『存在と時間』はすみずみまで、フッサールの指示に由来するものであって、要するにこれは、フッサールが、その生涯の終わりに臨んで、現象学の最も主要なテーマとして提起した「自然的世界概念」あるは「生活世界」の、一つの解明にすぎないのだ。だから結局、上述の矛盾は、フッサール自身の哲学のなかに舞い戻ってくることになる。せっかちな読者は、このようにいっさいがっさいを主張してきた学説の境界を見きわめることを断念し、自己自身を定義できないような哲学について、がやがや騒ぐ値打ちがあるかどうか、こんなものは、むしろ一つの神話であり一つの流行にすぎないのではないかと、怪しみたくなるであろう。】

    人間と世界を知ると、そして人間と世界との関係を知ること。
    「世界における(への)存在」としての私を知ろうとすることを、哲学者の、じゃなくて、自然的態度を知ろうとすること。

    「勉強」の意味を、
    1.学問や技芸を学ぶこと。
    2.気が進まないことしかたなくすること。
    ってしたとき、少なくとも2じゃない。でも。1でもなさそう。

    ただ、知ることを欲する、かな?

    あ、悪魔ちゃんじゃなくなっちゃたかも。
    でもね、悪の道に誘惑するために私秘性にアプローチするのは悪魔の手口のひとつなの。

返信/引用返信 削除キー/

■3683 / )  Re[42]: マジモンさんへ
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 20:45:58)
    No3679に返信(pipitさんの記事)

    > 相手の動きは、即時的にきちんと認識してる感覚なのでしょうか?

    私より、俊敏に動けない方の場合、確実に認識していますね。
    スローモーションですし、体も勝手に動きますので、
    かなり、考えていますね。

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■3682 / )  Re[44]: パニチェさんへ
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 20:42:09)
    No3668に返信(パニチェさんの記事)

    > 創造論に代わるダーウィンの進化論、ニュートン力学の登場で唯物論的な発想が強まってはいましたが、やはりヨーロパ圏ではキリスト教的な価値観が力を持っていたと思います。
    > 原罪によって生は罪深いものとされ、禁欲主義的なものが善であるかのような教えと、人生は最後の審判のためにあるみたいな発想ですね。
    > 哲学者も有神論者が多かったので、最終的には神を持ち出すパターンが主流だと思います。
    > ちなみにニーチェは牧師の長男として生まれ、アンチクリスト(反キリスト教)を自身の哲学としており、反面教師というか大した反骨心だと思います。

    お疲れ様です。

    コペルニクス、ケプラー、ガリレオガリレイ、レオナルドダビンチ、
    私はここら辺に興味がありますね。あと、ブルジョワジーですね。
返信/引用返信 削除キー/

■3681 / )  Re[38]: 悪魔ちゃん
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 20:35:12)
    No3672に返信(悪魔ちゃんさんの記事)

    はい、おつかれ〜、悪魔ちゃん

    > わたしニーチェで気に入ってるところ、神を殺したったこと。
    > ここ、おりこうさん仲良しの集いみたい。
    > なんかつまんない。
    > 『善悪の彼岸』のなかにこんなのがある
    > 129
    > 悪魔は神々に対して最も広い見通しをもっている。それ故に、悪魔は神からあんなにも身を遠ざけているのだ。−−すなわち、悪魔は認識の最も旧い友である。
    >
    > 違うよね。
    > 悪魔が神から遠ざかっているんじゃなくて、逆よ。神が悪魔から遠ざかっているんじゃない。もっとも悪魔は「身」もってないし。「身」を持とうとしてるの神じゃない?


    解る気がする(笑)

    ・悪魔は身を持とうとしていないね。

    ・神が悪魔を追いかけているような気がするな。
     神が悪魔を追い抜こうとしているというか、よくわからんけど。


    > 「受肉」っていうのあるのね。神がイエスという人間の肉の形をとって現れたことを指し示す神学用語、っていうのが。
    > それに悪魔は「認識」にはあまりかかわらない。普通の悪魔は人間の感情や信念に関わってる。高等な悪魔は認識にもかかわってるみたい。たとえば神を前提としてる哲学者たちを相手にね。でもわたしまだ悪魔ちゃんだからそこまで行ってない。

    ・もうちょっと考えさせてね。

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■3680 / )  悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 20:32:24)
    ごめん。。。

    ジャガバター食べてくる。。。
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■3679 / )  マジモンさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 20:28:16)
    ありがとうございます!!

    おおぅ〜、考えてる、という感覚なのですね!!

    あー、わからない。

    相手の動きは、即時的にきちんと認識してる感覚なのでしょうか?



    No3677に返信(マジカルモンキーさんの記事)
    > ■No3674に返信(pipitさんの記事)
    >
    > 返信を逆算していきますね。
    > はい、お疲れ様です、Pipitさん。
    >
    >>こんばんは!
    >>私、前から不思議に思ってたことあって、
    >>格闘技とかスポーツとかって、考えてたら間に合わない動作多そうですよね?
    >>瞬間の攻防の時とか、自分の中で考えてるという感覚はあるのでしょうか?
    >
    > @ 格闘技にしろ、バスケにしろ、理論は「超高速後出しジャンケン」ですね。
    >   集中するとおかしな事に、★ 世界の全てが遅く見えます ★
    >   ピピットさん!じゃなく、ぴぃ〜ぴぃ〜っと〜さぁ〜んとなる。
    >
    >   優勝決定戦になると、ものすごく冴えていて、
    >   「自分の中で考えている」と明確に言えるし、
    >   かなりギャンブラーになっていますね。
    >
    >   相手の動きを予知しているのではなく、絶対勝つポーカーのようです。
    >   私はモハメドアリが好きです。
    >
    >>それとも、意識に意識内容は入ってなく、身体が先に動いてる感じなのでしょうか?
    >
    >   私は「蝶のように舞い、蜂のように刺す」を信条にしています。
    >   蝶の真似、蜂の真似しているだけです。
    >   体は勝手に動きます。意識しかありませんね。ひたすら考えていますね。
返信/引用返信 削除キー/

■3678 / )  悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 20:24:26)
    ありがと!
    大変だったらいいですからね。

    わたし、悪魔ちゃんさんとお話ししたい。

    悪魔ちゃんさんは、理性って、なんか印象ある?

    キライ?

    すき?

    きらいとかの対象じゃない?


    No3676に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > <メルローって、理性についてどんなこと言ってると、悪魔ちゃんさんは思っていますか?>
    >
    > メルロの書物を読んでるなかで、「理性」について書いてあるの、あんまり印象にないの。デカルトやカントについは「主知主義」って言ってる記憶はあるんだけど。
    >
    > このことに関して私が読んでる本のなかを調べて見ます。後日。
返信/引用返信 削除キー/

■3677 / )  Re[40]: マジモンさんは
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 20:22:31)
    No3674に返信(pipitさんの記事)

    返信を逆算していきますね。
    はい、お疲れ様です、Pipitさん。

    > こんばんは!
    > 私、前から不思議に思ってたことあって、
    > 格闘技とかスポーツとかって、考えてたら間に合わない動作多そうですよね?
    > 瞬間の攻防の時とか、自分の中で考えてるという感覚はあるのでしょうか?

    @ 格闘技にしろ、バスケにしろ、理論は「超高速後出しジャンケン」ですね。
      集中するとおかしな事に、★ 世界の全てが遅く見えます ★
      ピピットさん!じゃなく、ぴぃ〜ぴぃ〜っと〜さぁ〜んとなる。

      優勝決定戦になると、ものすごく冴えていて、
      「自分の中で考えている」と明確に言えるし、
      かなりギャンブラーになっていますね。

      相手の動きを予知しているのではなく、絶対勝つポーカーのようです。
      私はモハメドアリが好きです。

    > それとも、意識に意識内容は入ってなく、身体が先に動いてる感じなのでしょうか?

      私は「蝶のように舞い、蜂のように刺す」を信条にしています。
      蝶の真似、蜂の真似しているだけです。
      体は勝手に動きます。意識しかありませんね。ひたすら考えていますね。
返信/引用返信 削除キー/

■3676 / )  Re[39]: pipitさんへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/08(Wed) 20:06:18)
    <メルローって、理性についてどんなこと言ってると、悪魔ちゃんさんは思っていますか?>

    メルロの書物を読んでるなかで、「理性」について書いてあるの、あんまり印象にないの。デカルトやカントについは「主知主義」って言ってる記憶はあるんだけど。

    このことに関して私が読んでる本のなかを調べて見ます。後日。
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■3675 / )  悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 20:02:17)
    悪魔ちゃんさんって、どうして、現象学の勉強してるの?

    それとも、勉強してないの?
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■3674 / )  マジモンさんは
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 19:48:54)
    こんばんは!

    私、前から不思議に思ってたことあって、
    格闘技とかスポーツとかって、考えてたら間に合わない動作多そうですよね?

    瞬間の攻防の時とか、自分の中で考えてるという感覚はあるのでしょうか?

    それとも、意識に意識内容は入ってなく、身体が先に動いてる感じなのでしょうか?

    言語化できますでしょうか?
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■3673 / )  こんばんは!
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 19:35:35)
    マジモンさんへ

    >A 身体性っていうけれど、あって当たり前と思うけど、身体性がないとは、どういう状況のなのですかね?人間の子供にしろ、子ライオンにしろ、子羊にしろ、かなりはしゃいでいるし、じゃれ合っているよね。私は格闘技で県レベル優勝3回しているが、これは身体性じゃないのかな。<

    身体性あるのに、考慮し忘れてることがあるってことじゃないかなぁ


    >B 理性って霊長類で言う所の、「霊妙な力」を意味してのですか?<

    ニーチェの意味する理性は私にはわからないです。


    パニチェさんへ

    引用ありがとうございます!
    嬉しいです (^人^)


    悪魔ちゃんさんへ

    メルローって、理性についてどんなこと言ってると、悪魔ちゃんさんは思っていますか?
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■3672 / )  Re[37]: 善悪の彼岸
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/08(Wed) 19:08:54)
    わたしニーチェで気に入ってるところ、神を殺したったこと。

    ここ、おりこうさん仲良しの集いみたい。
    なんかつまんない。

    『善悪の彼岸』のなかにこんなのがある

    129
    悪魔は神々に対して最も広い見通しをもっている。それ故に、悪魔は神からあんなにも身を遠ざけているのだ。−−すなわち、悪魔は認識の最も旧い友である。

    違うよね。
    悪魔が神から遠ざかっているんじゃなくて、逆よ。神が悪魔から遠ざかっているんじゃない。もっとも悪魔は「身」もってないし。「身」を持とうとしてるの神じゃない?
    「受肉」っていうのあるのね。神がイエスという人間の肉の形をとって現れたことを指し示す神学用語、っていうのが。
    それに悪魔は「認識」にはあまりかかわらない。普通の悪魔は人間の感情や信念に関わってる。高等な悪魔は認識にもかかわってるみたい。たとえば神を前提としてる哲学者たちを相手にね。でもわたしまだ悪魔ちゃんだからそこまで行ってない。
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■3671 / )  Re[42]: 言語空間
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/08(Wed) 17:24:11)
    こんにちは。

    No3669に返信(knowing itselfさんの記事)

    > 例えば体験談がパソコンについてのディープな話題に触れるような場合、こちらに対応するものがないと伝わらない部分が多いでしょう。パソコンの理解力は人によってピンからキリです。確かに言語空間内に位置を占めているので、その位置について語っていることは伝わります。ボックスの所在地ですね。しかしそのボックスの内部がどこまで伝わるかとなると、ブラックボックスたらざるをえないところが必ず出てくると思います。
    > パソコンに限らないですね。ほとんどの話題はそういうものではないですか。

    > 「ハチ公前」で会うことが自然であるような人間関係や生活環境、居住場所が特定されていれば伝わるでしょう。日本語や日本の地理に疎い外国人には伝わらないかもしれない。日本人相手でも、脅しや悪ふざけのメールとわかる場合もある。

    > やはり、言語記号そのものだけの単独伝達力というより、受け手からのブラックボックスの開け方が伝わり方を決めるのかなと思います。ハチ公の事例の場合はボックスの中が比較的わかりやすいので、実際には瞬時に伝わると思いますが。

    ありがとうございます。よく分かりました。
    上記はウィトゲンシュタインを読まれる前にknowing itselfさんの考えとして述べられてるんですよね?

    というのも上記はまさにウィトゲンシュタインが後期の主題とした言語ゲーム的な話です。

    ウィトゲンシュタインかく語りき「意味を明らかにすることは言語の主要な機能ではない。意味というのは、生のさまざまな企図を背負う言語外のコンテクストに属するものだからである。」

    言葉の意味は文化や日常生活、シチュエーションなどを含めたコンテクスト上に発生し、その言葉を使うことによって意味内容も変わり、流動的なものである。

    get953さん(Yahoo!掲示板時代の友人です)とウィトゲンシュタインの読書会をした時に、うまい例えをしていました。

    「私はキツネ!」

    上記はうどん屋の店内とか、電話で注文している時にメニューを聞かれての答えというコンテクストがあれば通じるみたないな話です。
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■3670 / )  盛況御礼!
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/08(Wed) 17:10:02)
    Welcome&雑談6いってみよう♪
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■3669 / )  Re[41]: 言語空間
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/08(Wed) 17:03:56)
    こんにちは。

    > 例えば相手の体験談を聞く場合、その時々の感情など私秘性に関するものは正確には伝わりませんが、言語空間内(間主観的な時空間内)のことであれば伝わると考えていますが、knowing itselfさんはこれ以外にも伝わることと、伝わらないことがあるとお考えでしょうか?

    例えば体験談がパソコンについてのディープな話題に触れるような場合、こちらに対応するものがないと伝わらない部分が多いでしょう。パソコンの理解力は人によってピンからキリです。確かに言語空間内に位置を占めているので、その位置について語っていることは伝わります。ボックスの所在地ですね。しかしそのボックスの内部がどこまで伝わるかとなると、ブラックボックスたらざるをえないところが必ず出てくると思います。
    パソコンに限らないですね。ほとんどの話題はそういうものではないですか。


    >>話者の言語記号そのものの力で相手に内容を伝えているというのは、厳密にいえば正しくないと思います。話者と聞き手の人間関係、共有する空間的地理的状況などから、聞き手の方で、言語記号から自分の行動ターゲットを引き出したと理解すべきだと思います。
    >
    > 「右向け右」とか「1時間後にハチ公前で待ってて迎えに行くから」、「あれ見て!」の具体的にはどのような内容が伝わらない、あるいは伝わるためには、どのような人間関係や共有する空間的地理的状況が必要と考えておられますか?
    > 上記の「ハチ公前」は二人の間で共通していないと伝わらないとは思いますが。。。

    「ハチ公前」で会うことが自然であるような人間関係や生活環境、居住場所が特定されていれば伝わるでしょう。日本語や日本の地理に疎い外国人には伝わらないかもしれない。日本人相手でも、脅しや悪ふざけのメールとわかる場合もある。

    やはり、言語記号そのものだけの単独伝達力というより、受け手からのブラックボックスの開け方が伝わり方を決めるのかなと思います。ハチ公の事例の場合はボックスの中が比較的わかりやすいので、実際には瞬時に伝わると思いますが。
返信/引用返信 削除キー/

■3668 / )  Re[43]: 大いなる理性としての身体性
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/08(Wed) 17:02:30)
    2020/07/08(Wed) 20:21:24 編集(投稿者)

    No3666に返信(マジカルモンキーさんの記事)
    > パニチェさん、返信ありがとうございます。
    > しっくりきました、ありがとうございます。

    どういたしまして。

    > 前に話しましたが、私は専門が遺伝子進化で、どうしても穴が開いている部分が「宗教」なんですね。人間と宗教の関係です。
    > キリスト教がなんなのか、よくわかりませんが、当時、絶大な力をもっていたのでしょうか?

    創造論に代わるダーウィンの進化論、ニュートン力学の登場で唯物論的な発想が強まってはいましたが、やはりヨーロパ圏ではキリスト教的な価値観が力を持っていたと思います。
    原罪によって生は罪深いものとされ、禁欲主義的なものが善であるかのような教えと、人生は最後の審判のためにあるみたいな発想ですね。
    哲学者も有神論者が多かったので、最終的には神を持ち出すパターンが主流だと思います。
    ちなみにニーチェは牧師の長男として生まれ、アンチクリスト(反キリスト教)を自身の哲学としており、反面教師というか大した反骨心だと思います。


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■3667 / )  Re[13]: RE しばらくおまちください
□投稿者/ flora -(2020/07/08(Wed) 16:30:17)
    田秋さん、こんにちは〜

    >随分植物に詳しいですね。ひょっとしてそちら方面のお仕事ですか?

    はい、栽培植物の分類等に関わっています。

    >うちは古くて母から聞いたところによると一番古い部分は江戸の終わりとのことです。この庭も一番古い部類です。イワヒバは乾燥したときや寒いときはクルッと丸まります。因みにここは三重県です。

    そうだと思いました。石灯籠も庭石も歴史がありそうですもの。
    写真の正面にあった常緑樹は榊ですか?それとも花の咲く椿、もしくは山茶花でしょうか?
    お教えください。

    それと、イワヒバをグランドカバーのようにお使いになるのは、とても贅沢な感じがしました。江戸時代の古典園芸のひとつだったと・・・寒い地域ですと、鉢植えの水切りをしたり、暗室に置いたり大変のようですね。 ですから温かい地域だろうな〜と感じました。季節によって様相を変える日本庭園は日本の美学だと感じます。

    >レオポルドモーツァルトのご紹介の本は読んだことありません。そこに書かれている小指の形は現代の奏法と同じです。弓は移弦したり飛ばしたり(スピッカート)するので制御しなくてはいけません。右手の弓を持つ部分は車でいうサスペンションのような役割もあります。そのとき小指をそのように立てると微妙な変化を敏感に感知できます。ただ、チェロは現代の奏法でも小指は立てずに他の指の様にボウに被せるようにして演奏するので、小指を立てないと感知できないわけではないようです。

    奏法をお書きになられたので、ちょっと興味を持ちました。ネットでヒットしたのは、Giuseppe Tartini の『Treatise on Ornamentation』、 Francesco Geminiani の『 The Art of Playing Violin』そして Leopold Mozart の『Treatise on the Fundamental Principles of Violin Playing 』 でした。 

    モーツアルトの著作は英訳されて販売されているようです。 
    https://www.amazon.co.uk/dp/019318513X?tag=amz-mkt-chr-uk-21&ascsubtag=1ba00-01000-a0049-win10-other-nomod-uk000-pcomp-feature-scomp-wm-5&ref=aa_scomp

    >日フィルのバイオリンの同僚の友達に古楽器に詳しい人がいるとのことなので聞いてもらっています。

    そうですよね。私も日本の古い文献等、日本の仲間に調べてもらいます。

    これもネットで得た知識なのですが、バイオリンの奏法には、イタリア式、フランス式、ドイツ式、そしてロシア式というのがあるそうですね。それぞれに大きな違いはあるのでしょうか?

    >うちで咲いたグラジオラスです。

    京壁の薄抹茶色と赤の使い方が非常に素晴らしいですね!。ユリもそうでしたが、赤の使い方勉強になりました。^^ 田秋さんの写真も飾られていますね!

返信/引用返信 削除キー/

■3666 / )  Re[42]: 大いなる理性としての身体性
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 16:06:49)
    No3665に返信(パニチェさんの記事)

    > キリスト教をはじめとした宗教で説かれる天国とか天上、プラトニズムでは実在界とされる背後世界に対抗する言葉として「大地」と表現しています。
    >
    > 大地とは生とか自分がまさに立脚していところの地上(地球とか地表でもいいと思います)とか実世界という意味です。

    パニチェさん、返信ありがとうございます。
    しっくりきました、ありがとうございます。

    前に話しましたが、私は専門が遺伝子進化で、どうしても穴が開いている部分が「宗教」なんですね。人間と宗教の関係です。

    キリスト教がなんなのか、よくわかりませんが、当時、絶大な力をもっていたのでしょうか?



返信/引用返信 削除キー/

■3665 / )  Re[41]: 大いなる理性としての身体性
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/08(Wed) 15:57:22)
    2020/07/08(Wed) 15:58:54 編集(投稿者)

    こんにちは、マジカルさん

    No3664に返信(マジカルモンキーさんの記事)

    > ★★ この身体は大地の意味について話すのだ ★★
    > 大地は、地球の事を指しているのでしょうか?
    > それとも地表の事をさしているのでしょうか?

    キリスト教をはじめとした宗教で説かれる天国とか天上、プラトニズムでは実在界とされる背後世界に対抗する言葉として「大地」と表現しています。

    大地とは生とか自分がまさに立脚していところの地上(地球とか地表でもいいと思います)とか実世界という意味です。
返信/引用返信 削除キー/

■3664 / )  Re[40]: 大いなる理性としての身体性
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 15:50:25)
    パニチェさん、お疲れ様です。

    ★★ この身体は大地の意味について話すのだ ★★

    大地は、地球の事を指しているのでしょうか?

    それとも地表の事をさしているのでしょうか?
返信/引用返信 削除キー/

■3663 / )  量子論の育て親 ボーアの紋章 太極図
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/08(Wed) 15:09:07)
    2020/07/08(Wed) 15:50:37 編集(投稿者)

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A2

    ******以下、Wikipedia「ニールス・ボーア」より******

    個人的関心
    ボーアがデザインした勲章
    ボーアは、量子論の解き明かした粒子と波動の二重性、位置と速度の間の不確定性などの世界像を「相補性」と名付け、後半生には量子物理学と東洋哲学に類似性があるとして東洋哲学、特に易経を研究していた。さらに、次のようにも言っている。「原子物理学論との類似性を認識するためには、われわれはブッダや老子といった思索家がかつて直面した認識上の問題にたち帰り、大いなる存在のドラマのなかで、観客でもあり演技者でもある我々の位置を調和あるものとするように努めねばならない。」その傾倒ぶりは、偉大な功績により、デンマーク最高の勲章であるエレファント勲章を受けた時、「紋章」に選んだのが、陰と陽、光と闇の互いが互いを生み出す様を表した東洋の意匠、太極図であったことからもうかがえる。その紋章は、デンマークのフレデリクスボー城に、世界の王室・元首の紋章とともに飾られている。
800×1190 => 403×600

800px-Coat_of_Arms_of_Niels_Bohr.svg.png
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返信/引用返信 削除キー/

■3662 / )  Re[39]: 大いなる理性としての身体性
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/08(Wed) 15:00:11)
    こんにちは。

    No3658に返信(pipitさんの記事)
    > 難しくて探せなかったけど、
    > 管理人パニチェさんの投稿文を、パニチェボタンから入って見つけました。

    私の下手な解釈や説明は省略し、ニーチェの身体性に関するアフォリズムを以下に引用しておきますね。
    アフォリズムを直接解釈してもらう方がいいと思いますが、もし説明が必要ならその旨カキコして下さい。我流解釈になりますが追記します。

    ****************************

    『だが、覚醒せる者、熟知せる者は言う。わたしはまったく身体であって、それ以外の何ものでもない。・・・私の兄弟よ、きみが「精神」と呼ぶところの、きみの小さな理性もまた、きみの身体の道具である。きみの大いなる理性の一つの小さな道具ないしは玩具である。・・・創造する肉体が、みずからのために、自分の意志の一つの手として、精神を創造した。(ツァラトゥストラ 身体を軽蔑する者たちについて)』

    『だが彼らにとって、この身体は或る病的な物である。それで、彼らは我慢がならなくなりがちなのだ。それゆえ、彼らは死を説教する者たちの言葉を盗み聞きして、みずから背後世界を説教する。わたしの兄弟たちよ、むしろ健康な身体の声に耳をかたむけよ。これこそ、或るより正直な、より清澄な声だ。健康な身体、完全で端正な身体は、より正直に、より清澄に話す。そして、この身体は大地の意味について話すのだ。──(ツァラトゥストラ 背後世界論者たちについて)』

    『意識。──意識性は、有機体の最後の、最も遅れた発展であり、したがってまたその表面の最も未熟な、最も無力な部分である。(悦ばしき知識 第一書の11)』

    『人間は快をもとめるのではなく、また不快をさけるのではない。私がこう主張することで反駁しているのがいかなる著名な先入見であるかは、おわかりのことであろう。快と不快とは、たんなる結果、たんなる随伴現象である、──人間が欲するもの、生命ある有機体のあらゆる最小部分も欲するもの、それは権力の増大である。(力への意志 第702番)』

    『人間が意志するもの、生ける有機体の最小の部分のすべてが意志するもの、それは力への増加である。・・・原形質は何か自分に抵抗するものを求めて、その偽足をのばす、──飢えからではなく、力への意志から。それに続いて、抵抗するものに打ち克ち、我がものとし、同化を試みる。──栄養と呼ばれるものは、より強くなることを意志するところあの根源的意志の後続─現象、応用にすぎない。(力への意志 第702番)』


返信/引用返信 削除キー/

■3661 / )  Re[39]: 大いなる理性としての身体性
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 14:08:58)
    No3658に返信(pipitさんの記事)
    > 難しくて探せなかったけど、
    > 管理人パニチェさんの投稿文を、パニチェボタンから入って見つけました。
    >
    > 引用させてもらいますm(_ _)m
    > Panietzsche 『もっとも違うところはカントが生理的欲求や欲望を因果律として分析し、これを制御することが動物とは違った理性を有する人間ならではの自由であると捉えたのに対し、ニーチェは身体性を「大いなる理性」呼び、ツァラトゥストラでは「きみが『精神』と呼ぶところの、きみの小さな理性もまた、きみの身体の道具である。きみの大いなる理性の一つの小さな道具ないしは玩具である。(ツァラトゥストラ)」、「創造する肉体が、みずからのために、自分の意志の一つの手として、精神を創造した。(ツァラトゥストラ)」と説く。』
    >
    > あー、そういえば関連して思い出したんだけど、
    > ドイツ人の禅のお坊さまがいるんだけど、
    > 座禅した時に、はじめて、自分の頭以外の身体があることに気づいた、的な
    > 言葉を聞いたことあります(記憶違いしてたらすみません)
    >
    > 身体性かぁ
    >
    > 哲学者のメルローは身体性が一つのテーマとなってるのかなぁ

    はい、お疲れ様です。

    @ Pipitさんの■3646の投稿は、後回しでお願いします。Pipitさんは、まだ耐性ができていないんじゃないかな?と感じるので、後回しで。

    A 身体性っていうけれど、あって当たり前と思うけど、身体性がないとは、どういう状況のなのですかね?人間の子供にしろ、子ライオンにしろ、子羊にしろ、かなりはしゃいでいるし、じゃれ合っているよね。私は格闘技で県レベル優勝3回しているが、これは身体性じゃないのかな。

    B 理性って霊長類で言う所の、「霊妙な力」を意味してのですか?
返信/引用返信 削除キー/

■3660 / )  Re[36]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 13:57:53)
    No3655に返信(minoriさんの記事)
    > マジックモンキーさん、はじめまして。お邪魔します。

    はじめまして、minoriさん。
    どうぞ、どうぞ、ごゆるりと参加してください。




    > 陰陽図というのは、世界の成り立ちを言葉を用いずに表現したものと考えていいのかな。
    > 黒の中にある白い丸、白の中にある黒い丸のそれぞれの部分にやはり目が行きます。


    そうです!
    これが気になって、しょうがない。
    なんで、黒の中に白、白の中に黒なのか?この謎を解かないと、【陰陽図編】は終了しないだろうなと思います。
    私の中では善悪の彼岸、大体予想できているよ


    > 書かれているように、例えば善悪の白黒はきっぱりと二つに区分されるものではないい、というような思想も秘められているのだろう、と感じます。
    > 例えば、コロナの自粛問題、難民問題などなど。
    > 思いつくだけでも、こちらを立てればあちらが立たず的な問題を孕んでいますよね。


    そもそも、この陰陽図は何のためにあるんだろうか?
    誰に見せびらかすのだろうか?ま、少なくとも私は魅了されているが。


    > カントだと、理性による推論の不確実性ということになるのかな。


    理性による推論の不確実性っていうもんがあるんですね?
    調べます。


    >  なんかちょっと硬い感じで書いてみましたが(そうでもない?)、私はpipitさんより少し年齢だけはいってるおばさんで〜す。
    > で〜す、が痛いとか思われそうやな。(笑)
    > レスはお気遣いなく♪


    いやいや、お好きの様にしてくだい♪
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■3659 / )  Re[4]: 洞窟の喩えと感性界
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 13:30:39)
    knowing itself さん、こんにちは!

    > プラトンに洞窟の喩えというのがありますが、カントにおける時間と空間という枠組みからの感覚体験という捉え方は、洞窟の喩えのカントバージョンのようなところがあると思います。違いは近代人カントの方が楽観的な人間信頼をもっていることでしょうか。<

    はい、私も、カントの楽観性を感じます。楽観性、なのか、あるいは希望、か、希求、か、祈り、か
    そんなふうに感じることもあります。

    knowing itselfさんはご存知だと思うのですが、
    カントの時間論は感性論での記述が有名ですが、
    それ以降もあらゆるところに時間は関わってきて、
    一筋縄ではいかない論述になっているようですね。

    中島義道先生の『カントの時間論』という本が手元にあるのですが、
    私には難解なため、読めてません(u_u)
    前書きみたいなところの文章を引用します。
    『一般に、カントの時間論に関しては「感性論」内の「時間について」という
    一節だけを取りあげて論じる向きがあるが、そこでカントが語っていることは
    『純粋理性批判』でさまざまな観点から論じている時間についての考察のごく一部にすぎない。時間論は『純粋理性批判』全体に浸透してるのであり、
    そうした全体の構造を見抜くことによってのみ、われわれはカントの時間に関する
    繊細で強靭な思索を読み解くことができるのである。』p3.4

    >楽観的な人間信頼<

    このような部分からの切り口じゃないかな、と、思ってる解説書があります。
    石川輝吉さんの本で、タイトルは
    『カント 信じるための哲学 「わたし」から「世界」を考える』
    NHKブックス

    ああ、哲学は深いなぁ、と思うと同時に、
    時間かかりすぎで、瞑想とかした方がはやいんじゃないかな、とも思うのですが、
    怠け者の私は瞑想もしないので、
    なんともかんとも _| ̄|○

    できることだけでも、少しずつ試せたらいいな、と、思いました。
    何にでも造詣が深くて、簡単に私の言いたいことをわかってくださる
    knowing itself さんに感謝してます!
    ありがとうございます (^人^)

    もちろん、分かり合えないことを分かり合う過程も素晴らしいと思っていますけどね♪

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■3658 / )  大いなる理性としての身体性
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 13:03:59)
    難しくて探せなかったけど、
    管理人パニチェさんの投稿文を、パニチェボタンから入って見つけました。

    引用させてもらいますm(_ _)m
    Panietzsche 『もっとも違うところはカントが生理的欲求や欲望を因果律として分析し、これを制御することが動物とは違った理性を有する人間ならではの自由であると捉えたのに対し、ニーチェは身体性を「大いなる理性」呼び、ツァラトゥストラでは「きみが『精神』と呼ぶところの、きみの小さな理性もまた、きみの身体の道具である。きみの大いなる理性の一つの小さな道具ないしは玩具である。(ツァラトゥストラ)」、「創造する肉体が、みずからのために、自分の意志の一つの手として、精神を創造した。(ツァラトゥストラ)」と説く。』

    あー、そういえば関連して思い出したんだけど、
    ドイツ人の禅のお坊さまがいるんだけど、
    座禅した時に、はじめて、自分の頭以外の身体があることに気づいた、的な
    言葉を聞いたことあります(記憶違いしてたらすみません)

    身体性かぁ

    哲学者のメルローは身体性が一つのテーマとなってるのかなぁ


返信/引用返信 削除キー/

■3657 / )  マジモンさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 12:51:07)
    こんにちは。

    そうか、インプットしてるときは、アウトプットできない、と考えたらいいのかな。

    あ、そうか、

    悪魔ちゃんさんは、インプットとアウトプットの接地点を身体と考えてるのかな?
    違うかな?

    そういえば、ニーチェさんも、身体は大いなる理性ってかんじのこと書いてたみたいな?
    ちょっと、上のボタンからニーチェのページ読んできますね!

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■3656 / )  Re[36]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ minori -(2020/07/08(Wed) 11:50:13)
    のっけから失礼しました。 マジカルモンキーさんですね。
    大変失礼しました。 すみません。
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■3655 / )  Re[35]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ minori -(2020/07/08(Wed) 11:48:05)
    マジックモンキーさん、はじめまして。お邪魔します。

    陰陽図。この図がプリントされたTシャツとか、少し前に流行りましたよね。
    子ども用に何度か買いました。

    陰陽図というのは、世界の成り立ちを言葉を用いずに表現したものと考えていいのかな。
    黒の中にある白い丸、白の中にある黒い丸のそれぞれの部分にやはり目が行きます。
    書かれているように、例えば善悪の白黒はきっぱりと二つに区分されるものではないい、というような思想も秘められているのだろう、と感じます。

    例えば、コロナの自粛問題、難民問題などなど。
    思いつくだけでも、こちらを立てればあちらが立たず的な問題を孕んでいますよね。

    カントだと、理性による推論の不確実性ということになるのかな。


     なんかちょっと硬い感じで書いてみましたが(そうでもない?)、私はpipitさんより少し年齢だけはいってるおばさんで〜す。
    で〜す、が痛いとか思われそうやな。(笑)
    レスはお気遣いなく♪
返信/引用返信 削除キー/

■3654 / )  Re[34]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 10:54:50)
    No3646に返信(pipitさんの記事)
    > マジモンさん、こんにちは。
    >
    > ふと思ったんですけど、
    >
    > 昔、アメリカで、電子レンジに猫を入れて死なせてしまったっていう記事を読んだ覚えがあるのですが、
    > 本人は猫の毛を乾かすために入れたみたいなのかな?
    >
    > ああいうのは、悪、なのですかね
    >
    > 考え出すと、なんかわからなくなります。


    まず、この質問に答える前に、私が「考えすぎた時期」について、
    語ろうと思います。

    私が考えすぎ時期は全部3回ありまして、このトピに書かれている発狂事件を入れると4回ですね。

    考えすぎた内容

    @ 悪について考えた時 (18歳・19歳)
    A 卒論 24歳
    B 会社経営 25歳
    C 品質 35歳

    こうでしょうね。
    そりゃ、狂う寸前まで考えましたね。
    そのおかげで、今がありますが、

    考えすぎると余りよくないと断定します
    思考と行動ってのは、黄金律みたいなものがあって、
    最低でも4:6、基準は3:7ぐらい何です。

    正確にいうには、input:output=3:7が黄金律。
    この黄金律は大金持ち、成功者を頂点にした考え方です。

    健康というのは、
    その人が、物事を構築でき生産的な行動がとれるのが、健康なんです。
    たしか、WHOで書かれていたかな?



    成功者がなぜ、成功するのか?というと、

    「 毎日毎日、同じ一定数の成果をあげる 」からなんです。

    人生100歳時代、1年365日、3万6千500日、
    毎日欠かさず「一定数の成果」をあげるから成功者なのです。

    考えてばかりしていると、inputばかりしているわけで
    「一定数の成果」をあげていない事になり、やはり、差はうまれますよね?


    次、天才について

    天才なんてもんは、「時代の寵児なだけ」なんです。

    例に挙げると、アインシュタイン。
    アインシュタインが天才と呼ばれるには、
    世界がアインシュタインを守ったからであり、時と場合がある。
    仮にアインシュタインが、タイムスリップし、原始時代に生活していていたら、
    誰も、アインシュタインが天才だなんて思わないですよ。
    恐竜に食われて良しですわ。


    私がBの頃、ウロボロスの輪のような毎日を送り、1年を棒に振りましたね。
    ある物事Aを考えたら、元のある物事Aにたどり着いた。
    この行動には意味のある事なのだろうか?と思います。


    Pipitさんが哲学が趣味ならば、遊びのつもりでやった方がいいよ。
    では、遊びとは何か?それは不真面目に哲学を付き合いなさいという事です。
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■3653 / )  Re[58]: ド変人ベスト3続編(ベスト10)
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/08(Wed) 09:47:59)
    ド変人 番外編その2

    マタロウ


    PS.エフニさんが詳しいと思うんですが、みちおさんって虻川孝雄ちゃんのことかな。。。
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■3652 / )  Re[12]: RE しばらくおまちください
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/08(Wed) 09:24:33)
     おはようございます、floraさん

    随分植物に詳しいですね。ひょっとしてそちら方面のお仕事ですか?
    うちは古くて母から聞いたところによると一番古い部分は江戸の終わりとのことです。この庭も一番古い部類です。イワヒバは乾燥したときや寒いときはクルッと丸まります。因みにここは三重県です。

    レオポルドモーツァルトのご紹介の本は読んだことありません。そこに書かれている小指の形は現代の奏法と同じです。弓は移弦したり飛ばしたり(スピッカート)するので制御しなくてはいけません。右手の弓を持つ部分は車でいうサスペンションのような役割もあります。そのとき小指をそのように立てると微妙な変化を敏感に感知できます。ただ、チェロは現代の奏法でも小指は立てずに他の指の様にボウに被せるようにして演奏するので、小指を立てないと感知できないわけではないようです。

    日フィルのバイオリンの同僚の友達に古楽器に詳しい人がいるとのことなので聞いてもらっています。

    うちで咲いたグラジオラスです。

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■3651 / )  洞窟の喩えと大いなる正午
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/08(Wed) 08:55:00)
    2020/07/08(Wed) 09:30:01 編集(投稿者)

    No3649に返信(knowing itselfさんの記事)

    > プラトンに洞窟の喩えというのがありますが、カントにおける時間と空間という枠組みからの感覚体験という捉え方は、洞窟の喩えのカントバージョンのようなところがあると思います。違いは近代人カントの方が楽観的な人間信頼をもっていることでしょうか。

    以下は全く話題が違うので独り言です。^^

    超人の時間とされる「大いなる正午」とは影が最も短くなる時間を指す。
    この影とはプラトンの洞窟で例えられる影であり、プラトニズム(イデア)を完全に消し去った時という意味も含まれる。

    ニーチェの「神は死んだ」はユダヤ・キリスト・イスラム教にも見られる、この生よりも背後世界(天国、地獄、最後の審判や神の国など)に価値をおく、生を虚実や罪深いものとし、死後世界や現実の背後に実体があるかのような幻想を抱かせる「プラトニズム(幻想)が死んだ(消滅した)」という宣言でもある。

返信/引用返信 削除キー/

■3650 / )  Re[40]: 言語空間
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/08(Wed) 08:39:26)
    2020/07/08(Wed) 08:45:13 編集(管理者)

    おはようございます。

    No3634に返信(knowing itselfさんの記事)

    > >>他者の私秘性が私の認識の地平の彼方であることはもちろんですが、もっと一般的普遍的な思考内容などであっても、言語記号に他者が盛り込んだ内容は私の認識の外にあらざるをえないのではないかと思っています。私の方から他者の発した言語記号に、想像や常識などで内容を盛り込まなければ、私の内に入ってこない。

    >>ここもう少し詳しくお願いします。思考内容とは具体的にはどのようなものでしょうか。

    > 概念が伴う精神内容ですね。赤い・痛いのような感覚体験それ自体の伝達より抽象性のある話を聞いたり、文字情報を受け取る場合、ほとんどがそうだと思います。人の体験談を聞くことなど。

    例えば相手の体験談を聞く場合、その時々の感情など私秘性に関するものは正確には伝わりませんが、言語空間内(間主観的な時空間内)のことであれば伝わると考えていますが、knowing itselfさんはこれ以外にも伝わることと、伝わらないことがあるとお考えでしょうか?

    >>以下は全く論点が違うのかもしれませんが。。。
    >>例えば「右向け右」とか「1時間後にハチ公前で待ってて迎えに行くから」、「あれ見て!」という言葉は話者の盛り込んだ内容は相手に伝わり、指示通りのことができると思うのです。

    > 話者の言語記号そのものの力で相手に内容を伝えているというのは、厳密にいえば正しくないと思います。話者と聞き手の人間関係、共有する空間的地理的状況などから、聞き手の方で、言語記号から自分の行動ターゲットを引き出したと理解すべきだと思います。

    「右向け右」とか「1時間後にハチ公前で待ってて迎えに行くから」、「あれ見て!」の具体的にはどのような内容が伝わらない、あるいは伝わるためには、どのような人間関係や共有する空間的地理的状況が必要と考えておられますか?
    上記の「ハチ公前」は二人の間で共通していないと伝わらないとは思いますが。。。

    それともknowing itselfさんさが述べているのは、認識プロセスと同じように相手の言葉を聞いて、自分の記憶(知識も含)と照合させることによって、相手の言葉を自分なりに再構成することによって意味をくみ取っているというようなことでしょうか?

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■3649 / )  洞窟の喩えと感性界
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/08(Wed) 08:28:26)
    おはようございます。

    プラトンに洞窟の喩えというのがありますが、カントにおける時間と空間という枠組みからの感覚体験という捉え方は、洞窟の喩えのカントバージョンのようなところがあると思います。違いは近代人カントの方が楽観的な人間信頼をもっていることでしょうか。
返信/引用返信 削除キー/

■3648 / )  おはようございます。
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 07:59:25)
    田秋さん、おはようございます

    人生は有限だから、私の場合、考えてるだけで終わらないように注意しないと
    いけないですね(^_^;)

    あ、放送大学を受講されてる記事を読んだのですが、
    新しいことにチャレンジされること、素晴らしいなぁと思いました。

    私もそうありたいです。
返信/引用返信 削除キー/

■3646 / )  Re[33]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 07:29:51)
    マジモンさん、こんにちは。

    ふと思ったんですけど、

    昔、アメリカで、電子レンジに猫を入れて死なせてしまったっていう記事を読んだ覚えがあるのですが、
    本人は猫の毛を乾かすために入れたみたいなのかな?

    ああいうのは、悪、なのですかね

    考え出すと、なんかわからなくなります。


返信/引用返信 削除キー/

■3645 / )  おはようございます。
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/08(Wed) 07:28:45)
    おはようございます、pipitさん

    元々、そういうことが好きなのですね。そういうことというのは生き方を考えるとか、考えること自体が好きとか。。。素晴らしい!
返信/引用返信 削除キー/

■3644 / )  訂正
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 07:21:26)
    訂正

    私はヤフー掲示板に書き込みしてたと書きましたが、
    ヤフー掲示板(正式名称知らないです)は、ある時点で、Yahoo ! textream みたいな名称に変わり、中身も変更されたようです。
    私は、textreamに変わってからの参加でした。


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■3643 / )  田秋さんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/08(Wed) 07:11:27)
    こんにちは、書き込み嬉しいです(o^^o)
    田秋さんの記事は、経験するというものすごく大切なものに
    気づかせてもらえる、とても迫力のあるものとして私の心に入ってきます。
    ありがとうございます。

    私はもともと仏教(特に初期仏教)が好きで、ヤフー掲示板の東洋哲学というところで、
    論蔵に関する書き込み(書き込みレベルは超〜低い)をしていました。
    三蔵のうちの、論、ですね(^-^)
    ヤフー掲示板には、西洋哲学の書き込み場と、東洋哲学の書き込み場があって、
    どちらの場にも行き来する方もたくさんおられて、
    その方たちと対話してもらう過程で、西洋哲学のことも意識に入るようになり、
    ある日、本屋にあった、NHKの番組『100分de名著』の過去テキスト『ルソー エミール』を立ち読みして、
    おもしろいかも、と、テキスト新刊として置いてあった『カント 永遠平和のために』も一緒に購入して、読んでみたのが、カント哲学にはまることになった大きなきっかけとなりました。



    > pipitさんはどういう成り行きで哲学に興味を持たれることになったのですか?<
返信/引用返信 削除キー/

■3641 / )  Re[11]: RE しばらくおまちください
□投稿者/ flora -(2020/07/08(Wed) 04:32:43)
    田秋様、こんにちは

    >ヴィヴァルディの著作に楽譜以外があるかどうかはわかりませんが、ウィキペディアには載っていませんでした。僕の(以後1人称をこう書きます)ビオラの先生はバロック音楽の研究&演奏で名を馳せた方で、この先生が訳したアーノルド・ドルメッチ著「17・8世紀の演奏解釈」という本で当時の奏法を勉強しました。

    そうでしたか。そうですよね、当時の奏法が記録に残されていないとわかりませんものね。

    「釈迦に説法」でひたすら辛いのですが、レオポルド・モーツアルトもバイオリンの奏法に関して本を残しておりますよね。それのロシア語訳をまた英語にしたものの一部がありました。(1804)

    ttp://www.users.globalnet.co.uk/~leonid/leopold_mozart_index_finger.htm

    その3段落目の2-3行目に

    「The little finger must lie at all times on the bow, and never be held freely away from the stick, for it contributes greatly to the control of the bow and therefore to the necessary strength and weakness, by means of pressing or relaxing.

    意訳すると「違約すると小指は常に弓の上に置かれていなければならず、決して弓から自由に離してはならない、というのも小指は、圧したり、緩めたりすることによって強さと弱さの必要な場合のコントロールに大いに貢献するからです。」ということでしょうか。不協和音の場合を説明してはいませんが、決して弓から自由に離してはならない・・と書いておりますので、これは田秋様のおっしゃった奏法に似ておりますか? 

    >バッハは自分の曲を他の演奏家が余りに無茶苦茶な解釈をするので、細かく音符を書いたという話を聞いたことがあります。作曲家の楽譜への書き込みは時代とともに細かくなっていきます。マーラーなどはかなり細かくて、演奏家が如何に出鱈目かを身をもって経験していたのでしょう、指揮者でしたから。

    そうだと思います。自分の意図とかけ離れた演奏をされることはやはり芸術家にとって耐えられないことだと思います。作曲家が指揮者でもあれば理想的でしょうね。 ワーグナーは指揮者としてフォン・ビュローを信頼していたようですね。

    >うちの紹介:うちの庭です。

    素晴らしい!日本庭園好きの友人と一緒に見ました。

    庭石も石灯篭も、とてもお古いものですね。植物は、丁寧に刈り込まれていて、トウカエデ、サカキ(?)、サワラ、ギボウシ, ハラン、シラン、ツワブキ、イワヒバ・・・でしょうか? 

    友人が聞いてきていますが、たくさんのイワヒバはそのまま外で越冬できるんですね。暖かいところにお住まいですか?(大雑把なところで結構です)
    引き続きよろしくお願いいたします。

返信/引用返信 削除キー/

■3640 / )  Re[32]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/08(Wed) 01:25:13)
    一元論 二元論、多元論、陰陽図を考えていたら…
    哲学的になってまいりました(笑)

    多元論が普通だと思うね。
    この多元論ってのは、多神教とかが絡んでいるのかな。

    要素(エレメント)ってのは、別に善と悪だけとは限らんよね。
    炎、水、電気、金銭、人脈、物質、時空、数学と…

    特に人は炎のコントロールに長けているが、
    水のコントロールは、霊長類でもチンパンジーがホモサピエンスより長けている。

    身の内にあるホワイトボードの球体には、
    それぞれの概念、上述に書いたエレメントが書かれているのなら
    悪を隠す場所はいくらでもあるのではなかろうか?
    重い軽い、分厚い薄い、二元論で考えなければいけないのは、
    反対側の要素が基準だからで、二次的なものと感じる。

    悪に魅了されているのは、
    悪を引き寄せているとしかいえないのではないだろうか?




    難しいね、言い直すわ。

    いろいろと考える事があるのに、悪に染まるというのは、本人が悪を敢えてチョイスしているのではないだろうか?という事で、見覚えがない、殺意はなったとかは、言い訳であって悪行は100%自覚があるのではなかろうか?

    なんとめんどくさい世の中だ。
    証拠をだせってか
返信/引用返信 削除キー/

■3639 / )  Re[31]: マジモンさんへ
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/07(Tue) 23:43:47)
    No3635に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > 遺伝子から、っっていうなかで、エピジェネチィックスーー環境と遺伝子の関係ーーについての科学、おもしろそうよ。
    >
    > 環境遺伝学で、ラットの実験が書いてあった。
    >
    > ネグレクトをする母親ラットに育てられた娘ラットが母親になり子を産み、その母親ラットはその子にネグレクトする。
    > ネグレクトする母親ラットから生まれた娘ラットを、健全なラットに育てさせると、その娘ラットが母親になったときその子をネグレクトしない。

    悪魔ちゃ〜んへ

    子ネズミの脳の成長じゃないですかね。
    終わり。
    こんなん発生学でいくらでも予想できるでしょ。
    この程度じゃおもろないねん。

    一週間前に、こんなニュースがあったんです。
    私も経験がある現象なんですが



    新しく貯水池を増設し、1年後、その池を見に行ったら、
    ものすごい数の魚がいた。

    「あれ?新しく池を作ったのに、魚がいるなんておかしくね?」

    予想されるのは、誰かがその池に魚を放流したとなるが、
    現実はもっと驚愕するもんで

    水鳥を媒介して運んでいるという事実が発覚した。
    これは驚いた。

    植物の種が、鳥や象の捕食によって、各地にばら撒かれると知っていたが
    まさかの魚の卵も、水鳥の捕食で、ばら撒かれているとは思われなかった。

    このぐらいの新事実がないと、私はもう、興奮しない。

    カントはんは、因果律、因果律、言いはりますけど、
    その因果律がそもそも当たっているのか?という事かな。
    純粋理性批判が発行されたその日に、
    魚卵が空輸で運ばれているなんて誰が思うかな。

    2020年経って、初めての新事実。

    絶対無敵の「弱肉強食」が覆っていますよね。
    食われているの?食わせてんの?どっちなの?

    俺はダイナミックな遺伝子進化いいんだよ。
返信/引用返信 削除キー/

■3638 / )  純粋理性批判を読んでみる。7
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/07(Tue) 22:25:40)
    トピ主:pipitさん

    引き続きよろしくお願いします。

    6は101まで投稿できます。^^
返信/引用返信 削除キー/

■3637 / )  おじゃまします
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/07(Tue) 22:06:36)
    pipitさん、こんばんは。

    哲学が語れないのに、ニーチェクラブに寄生している田秋です。pipitさんはどういう成り行きで哲学に興味を持たれることになったのですか?

    僕の住んでた世界ではそういう人、滅多にいないので・・・
返信/引用返信 削除キー/

■3636 / )  Re[29]: カントと私秘性
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/07(Tue) 19:50:09)
    こんばんは。pipitさん、レスありがとうございます。

    > カントは個人の私秘性の領域から、なんとか各個人が分かり合える
    > 〈客観に妥当する認識〉を人間が作り出すシステムを記述しようとしてると
    > 今の段階の私は思っています。
    >
    > 私秘性の領域に生じる感覚に、思考能力でカテゴリーを適用させることにより、
    > 科学物理的な現象レベルでの共有可能な、世界の、、、(客観的、まるで客観のような)言語化ができる。

    > 物自体に触発されてわたしたちが得られる現象の中に、
    > それぞれの私秘性の体験の中から、お互いに理解・納得・合意できる部分を
    > 共通法則として取り出す(しかも源泉は人間の理性に)
    > ということかなぁと今は思っています、

    そういうことだと思います。

    それと、私秘性は単なる克服すべき弱点ではないですね。人間の積極的な美的でもある。カントが実存主義の源流の一つとされたり、フッサール現象学の先取りだと西研氏が評価するのもここ辺りだと思います。竹田青嗣氏と西研氏はフッサール現象学のメガネからみたカントと言えないこともないですね。

返信/引用返信 削除キー/

■3635 / )  Re[30]: マジモンさんへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/07(Tue) 19:40:08)
    遺伝子から、っっていうなかで、エピジェネチィックスーー環境と遺伝子の関係ーーについての科学、おもしろそうよ。

    環境遺伝学で、ラットの実験が書いてあった。

    ネグレクトをする母親ラットに育てられた娘ラットが母親になり子を産み、その母親ラットはその子にネグレクトする。
    ネグレクトする母親ラットから生まれた娘ラットを、健全なラットに育てさせると、その娘ラットが母親になったときその子をネグレクトしない。

    みたいなのが書いてあったと思う。

    つっこみどころはけっこうあるけど、

    ほら、ほら、その気にならない?
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■3634 / )  Re[39]: 言語空間
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/07(Tue) 19:35:42)
    こんばんは。

    >>他者の私秘性が私の認識の地平の彼方であることはもちろんですが、もっと一般的普遍的な思考内容などであっても、言語記号に他者が盛り込んだ内容は私の認識の外にあらざるをえないのではないかと思っています。私の方から他者の発した言語記号に、想像や常識などで内容を盛り込まなければ、私の内に入ってこない。
    >
    > ここもう少し詳しくお願いします。思考内容とは具体的にはどのようなものでしょうか。

    概念が伴う精神内容ですね。赤い・痛いのような感覚体験それ自体の伝達より抽象性のある話を聞いたり、文字情報を受け取る場合、ほとんどがそうだと思います。人の体験談を聞くことなど。

    > 以下は全く論点が違うのかもしれませんが。。。
    > 例えば「右向け右」とか「1時間後にハチ公前で待ってて迎えに行くから」、「あれ見て!」という言葉は話者の盛り込んだ内容は相手に伝わり、指示通りのことができると思うのです。

    話者の言語記号そのものの力で相手に内容を伝えているというのは、厳密にいえば正しくないと思います。話者と聞き手の人間関係、共有する空間的地理的状況などから、聞き手の方で、言語記号から自分の行動ターゲットを引き出したと理解すべきだと思います。


    > 言語と間主観的な事物や出来事(時空内)が対応関係(ウィトゲンシュタイン的には前期の写像理論)にある事柄については意味や意図などが相手に伝わり、痛みや<私>は言語空間の外にあるため言語では伝わらない。

    同意です。
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■3633 / )  Re[29]: おくったがわさまへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/07(Tue) 19:04:43)
    3614
    おくったがわさん、ありがと。

    中島さんのは、pipitさまが『純理』を理解したい、って欲してるようだから、
    こう言ってる人のもあるよ的に、お役に立てれば的に、一つの情報として提示して見ました(わたしメルロ、メルロの論を理解しようとするなかでの中島さんのカントです)。
    おくったがわさんにも参考になれたようで? わたしうれしい。

    わたし、カントの、はよくわかりません。
    でも現象学絡みで、カントについての記述があったら、また書き写して見ようと思ってます。


    ふと、「おくったがわ」と「おくられたがわ」、同じがわ?異なるがわ?

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■3632 / )  Re[57]: ド変人ベスト3続編(ベスト10)
□投稿者/ pipit -(2020/07/07(Tue) 17:13:05)
    ド変人 番外編

    東哲 みちおさん
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■3631 / )  パニチェさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/07(Tue) 17:05:22)
    ありがとうございます !

    おつかれさまです(o^^o)
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■3630 / )  Re[28]: カントと私秘性
□投稿者/ pipit -(2020/07/07(Tue) 16:59:14)
    knowing itself さんへ

    こんにちは!
    書き込みありがとうございます(o^^o)

    勉強全然できてない今の段階で思ってることを述べますね。

    カントは個人の私秘性の領域から、なんとか各個人が分かり合える
    〈客観に妥当する認識〉を人間が作り出すシステムを記述しようとしてると
    今の段階の私は思っています。

    私秘性の領域に生じる感覚に、思考能力でカテゴリーを適用させることにより、
    科学物理的な現象レベルでの共有可能な、世界の、、、(客観的、まるで客観のような)言語化ができる。

    物自体の世界に法則は存在しないかもしれないけど、
    物自体に触発されてわたしたちが得られる現象の中に、
    それぞれの私秘性の体験の中から、お互いに理解・納得・合意できる部分を
    共通法則として取り出す(しかも源泉は人間の理性に)
    ということかなぁと今は思っています、が、
    間違えてるかもなので、勉強していきますね。

    個人的な意見なのですが、
    空間に私秘性があるとしても、
    カント的には物自体に触発される、という縛りがあるので、
    条件付けられた私秘性、となると、世界の現象的空間位置のデータの共有も
    可能かな、とも思っています。

    knowing itself さんは、本当に博識ですね
    すごいですね(*^^*)


    No3619に返信(knowing itselfさんの記事)
    > おはようございます。
    >
    > 感覚の私秘性というテーマがあります。ウィトゲンシュタインがこのあたりを深く洞察しているようです。ところで、カントにおける時間の捉え方は、感覚の私秘性のテーマに触れるという解釈もあると思います。
    >
    > カント的な世界観は、主観性に針を大きく振ったものです。人間の感覚・感性領域における経験は、時間と空間という枠組みを通す以外ありえない。個々人がそれぞれの時間空間ストーリーの中で感性体験をするだけですから、Aさんと隣人Bさんの、例えばバナナ感覚体験は、違う映画館の中の体験のようなものです。
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■3628 / )  Re[56]: ド変人ベスト3続編(ベスト10)
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/07(Tue) 16:38:20)
    第十位 地下に眠る猫


    第九位 ハルパンドラ


    第八位 ウィスキーボンボン(科学教梵梵法主)


    第七位 JA50(鰯の頭教教祖)
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■3627 / )  感想
□投稿者/ pipit -(2020/07/07(Tue) 16:33:16)
    マジモンさんはおもしろいね〜

    きっと脳の構造とかが私と違うんじゃないかな〜


    どんな世界観てるんかなぁ

    生命はほんとおもしろいですね !!
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■3626 / )  おくったがわさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/07(Tue) 16:29:13)
    おくったがわさん、お久しぶりです!\(^o^)/

    > 時間・空間における物の基本的あり方に反しているから夢か妄想だと判定できるということではないでしょうか?
    > そこは実際に我々が夢・妄想と現実を区別している方法とあまり違わないのではないかと。<

    そうかぁ、
    夢見てる間は、夢とわからなくても、
    起きたら、おかしい、ってわかるってことかなぁ。
    だからこそ、カテゴリーがきちんと稼働してるかどうかは
    判断材料になるのかなぁ
    また機会があればここらへんのカントの理屈も覗いてみますね!

    >>> 人間の認識の限界を設定することができるためには、われわれはその外側に位置する「超越的なもの」にーー認識できなくとも――何らかの仕方で関与できねばならない。<
    >
    > 現象として構築(経験)できるもの全てを列挙しても限界があることは示せず、<

    あ、本当だ

    >経験できないものがあることによって限界を示せるから。<

    本当だ〜 (@_@)

    > 先に言う「経験を可能にする諸条件」から「限界を定める」のとは別なアプローチなので、紛らわしい表現なのだと思います。
    > じゃ経験・認識できないものがどうやって立ち現れるのか、言及できるのか。仮象によって、となるようですね。<

    ああ、面白い考え方です!!!
    意識の中にあるけど、(カント流定義としての認識)ではない仮像

    おくったがわさん、ありがとうです!!

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■3625 / )  Re[31]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/07(Tue) 11:02:42)
    No3616に返信(マジカルモンキーさんの記事)

    > 陰陽図から探ってみるかな。
    > これはいったい何を表しているか?

    > 陰陽互根
    > 陰があれば陽があり、陽があれば陰があるように、互いが存在することで己が成り立つ考え方。

    天秤で考えるか。
    Aの皿に陽をのせ、Bの皿に陰を乗せる。
    これを考えると、なぜ、天秤は宙に浮かせないといけないのか?という謎があるな。

    > 陰陽制約
    > 提携律とも言い、陰陽が互いにバランスをとるよう作用する。陰虚すれば陽虚し、陽虚すれば陰虚する。陰実すれば陽実し、陽実すれば陰実する。

    つまり、陰陽の片方が消えると、もう片方も消えるか。
    現在と過去みたいなもんかな。
    今の自分を否定すれば、過去の自分も否定するといった具合か

    > 陰陽消長
    > 拮抗律とも言い、リズム変化である。陰陽の量的な変化である。陰虚すれば陽実し、陽虚すれば陰実する。陰実すれば陽虚し、陽実すれば陰虚する。

    これだな。
    たぶん、善人は悪人に見えず、悪人は善人に見えずだな。

    > 陰陽転化
    > 循環律とも言い、陰陽の質的な変化である。陰極まれば、無極を経て陽に転化し、陽極まれば、無極を経て陰に転化する。

    これが凄く理解できる。
    悪を極めると善が生まれ、善を極めると悪が生まれる。
    ようはその世界が飽きるんやろな。

    > 陰陽可分
    > 交錯律とも言い、陰陽それぞれの中に様々な段階の陰陽がある。陰中の陽、陰中の陰、陽中の陰、陽中の陽。

    わからん。
    善の中にも、悪っぽい行為があり、悪のの中にも、善っぽい行為がある。
    必要悪のことなのか?


    ……

    流動しているわけだな。
    モデルとして、身の中に球体があって、その表面に概念が貼り付けてあるといったが、その球体はマグマのように流動するってことや。
    すると、悪の隠し場所って別に、裏側に限らず、球体内部でも良いって事やな。

    「陰陽制約」と「陰陽可分」が鍵を握っていそうだな。
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■3624 / )  デジタルとリアル
□投稿者/ rest -(2020/07/07(Tue) 09:01:53)
    マスコミがデジタル化の音頭をとっているには理由があった。それはIT企業による広告がかなりを占めていることによる。IT関連広告費が莫大な収益をうんでいるからだ。
    そもそもデジタル化の目的はなんだろうか。それは企業の生産性を高めてコストを減らすことだ。2人で処理していた文書をデジタル化することによって1人で済むようになると他のひとりは余ることになり首切り合理化の対象になるということだ。損益分岐点を下げるためには固定費を下げなくてはいけない。そのためのデジタル化なのだ。固定費である人件費を減らすことがメインだろう。デジタル化の行き着く先は大量の失業者であふれかえっている。しまいには全自動無人ロボット化された工場、タクシーも運転手のいらない全自動化タクシー、このしわ寄せは働く者にくる。
     イノベーションというとデジタル化みたいになっているが、本来のイノベーションはデジタル化以外にもいっぱいあるはずだ。それがつまりリアルな領域。それでも大量の失業者は吸収できないだろう。日本では創造力は枯渇しているからだ。
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■3623 / )  バルトークの軸システム
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/07(Tue) 08:31:17)
    2020/07/07(Tue) 08:48:15 編集(投稿者)
    2020/07/07(Tue) 08:46:23 編集(投稿者)

    バルトーク自身は自分の音楽語法については何も語っていません。軸システムや黄金分割の採用、全音階システムと半音階システムなど全てレンドバイがバルトークの作品を分析した結果得られた結論です。
    逆にレンドバイの得た結果に沿ってバルトークの作品を分析し、もしも矛盾が生じないのならレンドバイのアナリーゼは正しかったということになります。そして今やレンドバイの分析は確たる地位を得ている状況です。

    バルトークの語法の一つに軸システムというものがあります(図はコルトレーンチェンジ参照)。直交軸で示された4つの音は和声的に同じグループに属するという考えです。ハ長調を例にとるとハ(C)、イ(A)、嬰へ(Fis)、変ホ(Es)の4音がトニックの機能を負うという意味です。ハ(C)は主和音(トニック)、AはCの並行調(調号が同じ)、Esは同主調(C moll)の並行調で、これら3音はトニックだと言うことに異を唱える人はいません。

    問題は嬰へ(Fis)です。図を見ればわかりますが、Cから一番遠いところにある音です。試しにハの3和音ドミソと嬰への3和音嬰へ嬰イ嬰ハを同時に弾いてみるとかなり濁った響きになります。どうしてこんな音にハと同じ機能があると言えるの!?不思議と言えば不思議ですよね。

    そこで下図参照です。最初の小節の最初の和音はへ(F)とロ(H)で次の和音ホ(E)とハ(C)へ進行します。これはハ長調の属七の和音ソシレファの第7音(下降導音)と第3音(導音)がそれぞれ主和音の第3音と根音に解決していることを表しています。次の小節は音が入れ替わり下に導音、上に下降導音を置きそれがそれぞれ主和音の根音と第3音に解決している様子を示しています。1小節目は開くように、2小節目は閉じるように解決しています。

    ここで1小節目の最初の和音F−Hに注目します。この音程に半音がいくつ含まれているでしょうか。Fから初めてFis、G、As、A、B、Hと6個あります。今度は2小節目の最初の和音H−Fに注目し、同様に半音がいくつあるか数えてみます。Hから始めC、Cis、D、Es、E、Fでやはり6個の半音が含まれています。このように導音と下降導音はオクターブを2等分しているのです。1小節目も2小節目も最初の和音の音程は半音6個、条件は同じ、で片方は開いて解決、もう片方は閉じて解決、じゃ、それを逆にしてもいいんじゃないの?という発想が生まれます。それを表しているのが3小節目と4小節目です。1小節目の和音を閉じて解決するとFis(嬰へ長調の根音)とAis(同第3音)に解決します。2小節目の和音を開いて解決するとAisにFisに解決します。これは同じ属和音(但し異名同音の読み替えを行います)がハ長調にも嬰ヘ長調にも進行出来ることを意味しています。

    すなわち同じ属和音が解決した和音は主和音(トニック)だということです。これが嬰へがトニックになる理由で、ひいては直交軸は同じ機能をもつ4音を指し示すことになるのです。
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■3622 / )  ウィトゲンシュタインかく語りき
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/07(Tue) 08:16:13)
    2020/07/07(Tue) 09:15:39 編集(投稿者)

    私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。(ウィトゲンシュタイン著「論理哲学論考5.6」より)

    私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。世界霊魂がただ一つ現実に存在する。これを私はとりわけ私の魂と称する。そして私が他人の魂と称するものも専らこの世界霊魂として把握するのである。(ウィトゲンシュタイン「草稿1915.5.23」より)

    論理は世界を満たす。世界の限界は論理の限界でもある。従って我々は論理において、世界にはこれこれが存在するが、かのものは存在しない、等と語ることはできない。というのも外見上このことは或る可能性の排除を前提しているが、この排除は実情ではありえないからである。というのも仮にそうとすれば、論理は世界の限界を超えていなければならないからである。つまりそのようになるのは、論理が世界の限界を他の側からも考察しうる場合なのである。我々が考えることのできないことを、我々は考えることができない。従って我々が考えることのできないことを、我々は語ることもできない。(同5.61)

    世界が私の世界であるということは、唯一の言語(私が理解する唯一の言語)の限界が私の世界の限界を意味することに、示されている。(同5.62)

    主体は世界に属さない。それは世界の限界である。(同5.632)

    哲学的自我は人間ではない。人間の肉体でも、心理学的な性質を備えた人間の魂でもない。それは形而上学的主体であり、世界の(部分ではなく)限界である。(同5.641)

    だがしかし表明しえぬものが存在する。それは自らを示す。それは神秘的なものである。(同6.522)

    「わたくしはかれが自動機械でないと信ずる」というのは、かくしてそのままでは、いまだいかなる意義ももってはいない。わたくしの彼に対する態度は、魂に対する態度である。わたしくしは、かれに魂があるなどという意見をもっているのではない。宗教は、肉体が砕けちっても魂は存続しうる、と教える。では、わたくしはそれが何を教えているのか理解しているか。──もちろん理解している──わたしくしはそのほかにも多くのことを表象できるのだ。・・・《中略》・・・人間の身体は、人間の魂の最良の映像である。しかし、「あなたがそう言ったとき、わたくしはそれを自分の心の中で理解した」というような表現についてはどうなのか。このとき当人は胸を指している〔とする〕。すると、そのひとはもしやそのような身ぶりのことをいみしているのではないか?!もちろん、そのことをいみしている。それとも、ひとはある映像だけ使っていると意識しているのか。明かにそうではない。──それはわれわれの選択する映像ではなく、比喩でもないけれども、一つの映像的な表現ではある。(ウィトゲンシュタイン「哲学探究第二部4」より)

    ****************************

    ウィトゲンシュタインは暗闇の跳躍によって前期から後期へ移行したように思う。

    換言すれば言語ゲーム上の独我論から、前期独我論の主体者にして、語り得ない、即ち言語ゲームの外にあって言語ゲームを成立させる〈魂〉の存在の発見に至った。ウィトゲンシュタインは特定宗教の教義やドグマから、〈魂〉の存在証明にいたったのではなく、全く異なる哲学的思惟(懐疑)の果てに〈魂〉の存在を確信した。ここに至ってウィトゲンシュタインの他者性は〈魂〉に対する態度となり、前期独我論は破棄される。言語ゲーム外への跳躍は非言語的であり、語り得ないことが対象の本質であることを突破口とする。

    論考で述べていることは、世界は論理と言語に満たされており、主体は世界の限界にあり世界には属さないということ。これをもって独我論と考えることも可能だが、探究では世界が論理と言語に満たされている理由を言語ゲームとして説明する。そして言語ゲーム上に意味が発生する以上、世界に属さない主体は言語ゲーム外の存在として必然的に「語り得ない〈魂〉」の存在証明の確信に至った。もちろん“世界に属さない”や“語りえない”という要素をもって〈魂〉としているのではない。永井均氏が指摘する“独在と頽落の終わることなき拮抗運動”の本質的な原因として〈魂〉の存在を確信するということである。科学の定義にも絡む再現性や自然の斉一性の網の目にかからないところが本質でもある<私>はこのことからしても唯物論には還元できないことを示している。

    言語と語りえぬ〈私〉の関係性は、言語によって浮かび上がるものの、言語の網の目からはすり抜けてしまい透明無色となるカニッツァの三角形のようなものである。

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■3621 / )  Re[38]: 言語空間
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/07(Tue) 07:57:52)
    2020/07/07(Tue) 15:38:12 編集(投稿者)

    おはようございます。

    No3608に返信(knowing itselfさんの記事)

    >>言葉に感覚は乗せることはできないが、同様の感覚があるであろうことは、親は自分の経験上分かるので「痛い」を表現することができる。でも、子供はひょっとすると「痛痒くて」泣いているのかもしれない。他者の私秘性は私の認識の地平の彼方である。

    > 他者の私秘性が私の認識の地平の彼方であることはもちろんですが、もっと一般的普遍的な思考内容などであっても、言語記号に他者が盛り込んだ内容は私の認識の外にあらざるをえないのではないかと思っています。私の方から他者の発した言語記号に、想像や常識などで内容を盛り込まなければ、私の内に入ってこない。

    ここもう少し詳しくお願いします。思考内容とは具体的にはどのようなものでしょうか。

    以下は全く論点が違うのかもしれませんが。。。
    例えば「右向け右」とか「1時間後にハチ公前で待ってて迎えに行くから」、「あれ見て!」という言葉は話者の盛り込んだ内容は相手に伝わり、指示通りのことができると思うのです。

    言語と間主観的な事物や出来事(時空内)が対応関係(ウィトゲンシュタイン的には前期の写像理論)にある事柄については意味や意図などが相手に伝わり、痛みや<私>は言語空間の外にあるため言語では伝わらない。

    > この点、絵画や音楽などは言語記号を媒介しませんね。音楽のスコアもスコア自体に意味があるのではなく、作曲家に真に現前している直接体験を聴取と共有するためですね。

    同意です。

返信/引用返信 削除キー/

■3620 / )  Re[22]: ピピットさんへ
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/07(Tue) 07:53:01)
    私は今は瞑想も坐禅もやってないんですよ。
    密教の修行者(覚者)と悟りというか〈私〉(←言語化できない究極の自己みたいな対象です)についてのレス交換を数年続けていていたことがあり、その方のアドバイスもあり、体験に頼らずに言語と論理による見性悟道を行くみたいな話になったのと、やはり瞑想とか坐禅というのは師家がいないと、ある体験が正しいのかどうか(やり過ごすべき野弧禅のような体験かどうか)分からないということもあってやめました。^^
    聞きかじった範囲で見性体験がどのようなものかはおおよそ想像はつきますが、やはり実体験しないと説得力というか体得したことにはならないとは思います。^^

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■3619 / )  カントと私秘性
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/07(Tue) 07:30:06)
    おはようございます。

    感覚の私秘性というテーマがあります。ウィトゲンシュタインがこのあたりを深く洞察しているようです。ところで、カントにおける時間の捉え方は、感覚の私秘性のテーマに触れるという解釈もあると思います。

    カント的な世界観は、主観性に針を大きく振ったものです。人間の感覚・感性領域における経験は、時間と空間という枠組みを通す以外ありえない。個々人がそれぞれの時間空間ストーリーの中で感性体験をするだけですから、Aさんと隣人Bさんの、例えばバナナ感覚体験は、違う映画館の中の体験のようなものです。
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■3618 / )  RE しばらくおまちください
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/07(Tue) 05:57:57)
    2020/07/07(Tue) 14:21:47 編集(投稿者)

    おはようございます、floraさん

    ヴィヴァルディの著作に楽譜以外があるかどうかはわかりませんが、ウィキペディアには載っていませんでした。僕の(以後1人称をこう書きます)ビオラの先生はバロック音楽の研究&演奏で名を馳せた方で、この先生が訳したアーノルド・ドルメッチ著「17・8世紀の演奏解釈」という本で当時の奏法を勉強しました。

    物理や数学はその時点での研究成果が未来に繋がるということをはっきりと認識しているので論文等で後世に残していきますが、音楽家はどうでしょう?作曲家は楽譜を残しますが、自分の作品が何百年後に演奏される時、弾き方が変わっているかもしれない、解釈が今と変わっているかもしれない、だから楽譜には出来るだけけ細かい指示を書かき、それでも心配だから本も書いとくか、とはあまり考えていなかったような気がします。当時は即興演奏も盛んで楽譜は覚書程度で、ということもありました。

    バッハは自分の曲を他の演奏家が余りに無茶苦茶な解釈をするので、細かく音符を書いたという話を聞いたことがあります。作曲家の楽譜への書き込みは時代とともに細かくなっていきます。マーラーなどはかなり細かくて、演奏家が如何に出鱈目かを身をもって経験していたのでしょう、指揮者でしたから。

    Orion String Quartetは普通のピッチの演奏ですし、解釈も「当時の再現」ではなく進化の結果を重んじる演奏だと思います。

    花瓶の百合ですが、何年も前からうちにあるので、なんという名前の百合かわかりません。植えたのは確かに私ですが、名前はすぐ忘れてしまうという特技があります。

    うちの紹介:うちの庭です。

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■3617 / )  ド変人ベスト3続編(ベスト6)
□投稿者/ キティダニエル -(2020/07/07(Tue) 04:13:03)
    ド変人ベスト6

    第六位 無縁仏三郎


    第五位  転法


    第四位 あほくさー
        

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■3616 / )  Re[30]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/06(Mon) 23:43:48)
    ホワイトボードでつくった球体に、
    概念を配置し、その球体自体をグルグルと回すのかな?
    善と悪の「隔たり」はないとおもうんだけど

    陰陽図から探ってみるかな。

    これはいったい何を表しているか?

    陰陽互根
    陰があれば陽があり、陽があれば陰があるように、互いが存在することで己が成り立つ考え方。

    陰陽制約
    提携律とも言い、陰陽が互いにバランスをとるよう作用する。陰虚すれば陽虚し、陽虚すれば陰虚する。陰実すれば陽実し、陽実すれば陰実する。

    陰陽消長
    拮抗律とも言い、リズム変化である。陰陽の量的な変化である。陰虚すれば陽実し、陽虚すれば陰実する。陰実すれば陽虚し、陽実すれば陰虚する。

    陰陽転化
    循環律とも言い、陰陽の質的な変化である。陰極まれば、無極を経て陽に転化し、陽極まれば、無極を経て陰に転化する。

    陰陽可分
    交錯律とも言い、陰陽それぞれの中に様々な段階の陰陽がある。陰中の陽、陰中の陰、陽中の陰、陽中の陽。


    そもそも二つに分ける理由はなんだろうか?
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■3615 / )  Re[26]: 悪魔ちゃんへ
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/06(Mon) 22:52:11)
    No3612に返信(悪魔ちゃんさんの記事)

    > <「腹ペコ古代人、夜空見上げる 」> ん?
    > なに言ってるのかしら。
    > 腹ペコな人、古代人に限らず、夜空見上げる?

    悪魔ちゃん、お疲れ様です。
    私は、「純粋理性批判」は抜けます。

    これさ、
    「 星が動いている 」 … 感性
    それをなぜか肯定し … 悟性&アプリオリ
    利用して、日時計を作った … 理性
    って事じゃない?
    カント言っている事、正解だよ。
    綺麗に当てはまっているもん。

    この時点で、俺はもういいよ。抜けます。
    後は哲学を趣味にしている住人らで、考えればいいじゃん。


    > 遺伝、進化って言うんだったらエピジェネティックスについて、なんか語ってみてよ。

    Wikiで調べちゃうよ。
    けど、哲学が好きな人って、進化においても興味がある所が共通しているのか?
    と思ったな。
返信/引用返信 削除キー/

■3614 / )  悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ おくったがわ -(2020/07/06(Mon) 22:09:33)
    はじめまして。
    中島義道氏の引用、色々整理できて勉強になりました(つもり)。ありがとうございます。
返信/引用返信 削除キー/

■3613 / )  Re[11]: 超越論的2
□投稿者/ おくったがわ -(2020/07/06(Mon) 21:58:12)
    こんばんは。おひさしぶりです。すごい盛況ですね!

    > >また、「経験を可能にする諸条件」とは、同時に時間・空間における物の基本的あり方なのだから、はじめからそのうちに夢や妄想などと区別された「客観的な実在世界」を抽出できる機能を含んでいる。<

    時間・空間における物の基本的あり方に反しているから夢か妄想だと判定できるということではないでしょうか?
    そこは実際に我々が夢・妄想と現実を区別している方法とあまり違わないのではないかと。

    > > 人間の認識の限界を設定することができるためには、われわれはその外側に位置する「超越的なもの」にーー認識できなくとも――何らかの仕方で関与できねばならない。<

    現象として構築(経験)できるもの全てを列挙しても限界があることは示せず、経験できないものがあることによって限界を示せるから。
    先に言う「経験を可能にする諸条件」から「限界を定める」のとは別なアプローチなので、紛らわしい表現なのだと思います。
    じゃ経験・認識できないものがどうやって立ち現れるのか、言及できるのか。仮象によって、となるようですね。


    。o0 エフ先生の書いてる道子先生って北海道の学者さんですよね。ちょっとだけ掲示板を見ていたことがあって(ほんとにちょっとだけ)、きのこちゃんという名前にも憶えがあるかも。そうだったのかー。って、たぶん会話したことはないです。
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■3612 / )  Re[25]: マジモンさんへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/06(Mon) 21:07:52)
    <「腹ペコ古代人、夜空見上げる 」> ん?
    なに言ってるのかしら。
    腹ペコな人、古代人に限らず、夜空見上げる?

    遺伝、進化って言うんだったらエピジェネティックスについて、なんか語ってみてよ。









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■3611 / )  Re[24]: minoriさまへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/06(Mon) 20:42:51)
    minoriさま、

    <フッサールという名前と間主観性ぐらいしか知りません>
    これが聞けただけで、わたしうれしい。

    ありがと。

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■3610 / )  Re[9]: しばらくお待ちください
□投稿者/ flora -(2020/07/06(Mon) 20:20:18)
    田秋様、こんにちは

    > ワーグナーについては書けると思います。暫くお待ちください。

    はい。お時間のある時で結構ですので、よろしくお願いいたします。
    >
    > 以前モーツァルトの不協和音の話でピリオド奏法について少し触れましたが、今朝、テレビを見てたら佐藤俊介氏が当時のバイオリンでバッハを演奏していました。テレビ画面を撮ったので画質が悪いですが、色々注目点があります。一つは指板と駒との距離、随分広いです。昔はハイポジションを使うことがなかったんですね。弓の形状、今とは逆の反りです。指板も装飾が施されてきれいですね(黒檀に慣れているので違和感はあります)。
    > 不協和音の時、右手の小指を他の指のように弓に被せるようにすると書きましたが、その後注意して見ているのですが、最近そういう風にしている人を見かけません。佐藤俊介氏も今の奏法と同じく小指は弓に立てていました。
    > どうしたんでしょうねえ。昔はそういう人を結構見たのですが。。。研究の結果、昔(この昔はバロックの頃)もそういう奏法はしていなかったことがわかったんですかね???

    私はまったくの門外漢でコメントも述べることができなくて申し訳ないのですが、例えばヴィヴァルディなどが、演奏法を記した著作というのは存在するのでしょうか?おそらく文献で調査するしか方法がないですよね。

    これはモーツアルトのK. 465ですが、これではどうでしょうか?

    https://www.youtube.com/watch?v=-pT0pfiWG08

    > 写真右の花瓶は、うちで咲いた百合です。うちの玄関です。

    私、日本家屋が好きなんです。素敵な玄関ですね^^ 

    活けてあるお花は、赤のオリエンタルリリーだと思うのですがどうでしょうか?品種名まではわかりません。クジャクの描いてある錆鉄が入ったようなブルーの花瓶と、花の色が素晴らしくマッチしていますね!。白いユリならちょっと悲しいイメージもあるのですが、赤はいいですね。花瓶の口に集めたユリの葉の対処も素敵です。!(^^)!

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■3609 / )  悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ minori -(2020/07/06(Mon) 20:16:29)
    悪魔ちゃんさん、はじめまして。

    現象学、おもしろそうと思います。(^O^)/
    でも、フッサールという名前と間主観性ぐらいしか知りません。
    哲学、ほとんどわからないんです。

    死ぬまでに読みたい哲学のなんとかっていう(タイトルさえうろ覚えです。)本と、誰にでもわかる哲学みたいなタイトルの本で、哲学のごくごくごくの触りを読んだりしてる段階です。

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■3608 / )  Re[37]: 言語と「真に現前している経験」
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/06(Mon) 20:09:41)
    こんばんは。

    > 言葉に感覚は乗せることはできないが、同様の感覚があるであろうことは、親は自分の経験上分かるので「痛い」を表現することができる。でも、子供はひょっとすると「痛痒くて」泣いているのかもしれない。他者の私秘性は私の認識の地平の彼方である。

    他者の私秘性が私の認識の地平の彼方であることはもちろんですが、もっと一般的普遍的な思考内容などであっても、言語記号に他者が盛り込んだ内容は私の認識の外にあらざるをえないのではないかと思っています。私の方から他者の発した言語記号に、想像や常識などで内容を盛り込まなければ、私の内に入ってこない。

    この点、絵画や音楽などは言語記号を媒介しませんね。音楽のスコアもスコア自体に意味があるのではなく、作曲家に真に現前している直接体験を聴取と共有するためですね。
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■3607 / )  ヴィオラはワインの中身
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/06(Mon) 19:40:49)
    こんばんは。

    田秋さんならではの解説ですね。ありがとうございます。もちろんわたしはジャズもよくわかりませんが、スコアなしの自由な即興音楽で、とにかく頻繁に目まぐるしく転調すること自体に価値を置くのかもしれません。素晴らしい演奏はそれこそ、最高の芸術作品として物質的な形を突き破る生命力に横溢したものです。

    コルトレーンがバルトークに目覚めたのは、マイルスに「管弦楽のための協奏曲」のレコードを聴かせられてからだそうです。

    清水直子さんがその指揮のもとで弾いたサイモンラトルに次のような喩えがあるそうです。ご存知かもしれませんが。

    ワインでいうと、ヴァイオリンはラベル、チェロはボトル、ヴィオラは中身。

    最高の褒め言葉に聞こえます。

    音楽についての私の脱線的なカキコミはもちろんスルーされてかまいません。
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■3606 / )  Re[23]: PIPITさんへ
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/06(Mon) 19:11:08)
    Pipitさん

    「 腹ペコ古代人、夜空見上げる 」で

    この純粋理性批判を大体、理解してしまった。

    『 道徳 』に繋がる理由は、

    悪に反応するアプリオリもあるかもしれないからじゃないかな。
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■3605 / )  Re[21]: ピピットさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/06(Mon) 18:28:14)
    書こうかどうか迷ったんだけど、、、
    つぶやきぎみに、、、文字小さくなるといいんだけど、、、
    瞑想で経験できる世界にもあこがれてしまう、、、
    でも、わたしのなかのこれは、中学生が超能力にあこがれるようなあさはかさで
    きっと、こういう気持ちは、リスクも含んでるんだと思う、、、
    パニチェさんはいろいろ知識としてもわかられてるんだと思う
    、、、つぶやきでした m(._.)m
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■3604 / )  Re[24]: minoriさまへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/06(Mon) 18:26:56)
    minoriさま、はじめまして

    minoriさまは現象学にも関心おありなのですか?


返信/引用返信 削除キー/

■3603 / )  ピピットさんへ
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/06(Mon) 17:53:58)
    レスありがとうございます。

    共感覚も体験したいし、複眼とか超音波で捉えた世界がどのようなものか知りたいけど、絶対無理ですね。

    残念!^^

    返信はお気遣いなく♪
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■3602 / )  中島義道先生文章の読解続き
□投稿者/ pipit -(2020/07/06(Mon) 17:32:34)
    悪魔ちゃんさんが引用してくれた文章の読解チャレンジします!

    なのに、

    >こうして、カントの認識論は(イ)人間の認識の限界を設定し、さらにそのうちで客観的な実在世界を構成する積極的意味と、(ロ)人間理性が「超越的なもの」を捉えようとすると仮象に陥ることを示す消極的意味とから成り、この二重の意味で「超越論的」である。こうした基本構図を有する哲学が「超越論哲学」であり、それは人間理性を超える実在論ではないから「超越論的観念論」である。〕<

    人間理性を超える実在論ではないから「超越論的観念論」である。
    が、なぜそのような文章表現になるのか、ちゃんとわからない。

    しばらく考えたりしてわからなかったら
    仕方ないけど、飛ばして次、進みます。

    とりあえず家事してきます〜
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■3601 / )  パニチェさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/06(Mon) 17:08:40)
    書き込みありがとうございます!

    共感覚の頃の記憶がないのが残念ですよね。

    どんな世界を感じてたのかなーと、思います。


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■3600 / )  minoriさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/06(Mon) 17:04:14)
    こんにちは!

    本ばかり増えて、ちゃんと読み切れないし、
    情けない状態です _| ̄|○

    minoriさんのおかげで、継起というキーワードを見れて嬉しいです。
    ありがとうございます!
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■3599 / )  マジモンさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/06(Mon) 16:56:57)
    こんにちは!
    そういえば、私が道徳律の存在を信じてると、マジモンさんは誤解されてるかなあ?
    と思ったので、私の今の状況お伝えしますね。

    私は、道徳律あったらいいなと思うけど、あるかどうかは今、私はわかってない。
    と、思ってます。

    夢の国ってあるのかしら、あったらいいな、的感覚です。
    なので、道徳律はあるのか?
    と聞かれたら、
    私にはわかりません、と、答えます。

    それで、時間行きますね!

    めっちゃはやかったら、人間の目で捉えれない、
    それは人間の目の性能の問題だと思っています。

    人間が感性を通して捉えたものが時間上にある、ということと、
    時間上にあるもの全てを人間は感性的に捉えられる。
    ということは、違う内容だと思います。

    のび太くんが、ドラえもんのポケットを通して得たものは、みんな未来にある道具だ。
    と、
    未来にある道具を、のび太くんはすべて手に入れられる、
    は違いますよね。

    のび太くんが手にするものは未来の道具だけど、
    未来の道具すべてがのび太くんの手に入るわけではない。









    No3588に返信(マジカルモンキーさんの記事)
    > ■No3586に返信(pipitさんの記事)
    >>ああ!
    >>時間を感知するのではなく、
    >>感じたものを時間に規定するイメージを私はしてます。
    >
    > じゃ、ちょっと品質的な質問しますね。
    >
    > Q1.車がゆっくりと走行しています。車はありますか?
    >
    > Q2.車が目では見えない速さで走行しています。車はありますか?<

    これ、存在論とかの議論になってくるでしょう?
    Q2でも、車はあるけど、人間の眼識にはうつらなかった、なら、
    人間の眼力の問題であって、
    カントの『感性の形式が時間』を否定する材料にはならないと私は思いますよ。
    Q2では、感性能力の不足、が問題になってるのであって、
    感性の形式が問題になってるのではないと私は思うのですけど。


    > 私が心霊写真を持ち出しているのは、幽霊が目では見えない速さで移動しているのでは?と思っているのです。ですので、肉眼では見えないが、写真では見えるのです。鳥のハチドリの羽ばたきは、肉眼ではとらえられないけど、高性能カメラだと綺麗に撮れますよね。人間の脳は「時間」をキャッチするのは難しいんじゃないでしょうか?という事です。<

    人間の脳は、情報をいっぱいインプットしないと、存在をキャッチできない、
    ということかな?と思いました。
    5秒間、『有』の情報くれたら、存在として目で認識できるけど、
    5ナノ秒しか『有』の情報がなく、あと、『無』だったら、存在として目では認識できないのかもしれませんね。

    でも、車に跳ね飛ばされたら、目では認識できなくても、
    身体で「おったんか〜い!」って、認識できますね。

    格闘技は、目だけではなく、五感、もしくは、六感フル活用なんでしょうね。
    頭だけでない領域も、かっこいいですよね(^_^)v


返信/引用返信 削除キー/

■3598 / )  Re[22]: マジモンさんへ
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/06(Mon) 13:04:32)
    なるほど、哲学がどんなもんか、理解し始めましたね。

    マジモンは、時間というものを池のようなモノに感じています。(事実)

    この「感じています。」と言っている時点で、

    それが仮に「勘違い」だとしても、「何かを感じている」わけであって

    それを感性とカントは言っているわけだね。

    「時間は池」と言っている時点で、空間とくっついているわね。



    私の専門は、遺伝子進化ですから、人類と時間の接触点は、

    「星空」だと思いますね

    腹ペコの古代人が、なんとか食糧難を免れようと、夜空を見上げて考えていたら、

    「あれ?星が動いているな!」と気づいた。

    星が動いている事から、日時計が作られた。

    人間の持つ、その「アプリオリ」は、「あれ星が動いているな」という考えを、

    なんでか知らないが、肯定して利用したという事だね。

    ってことは、カントの言うとおり、

    見えている世界は、人それぞれで、「森羅万象を知っているか、知らないか」で、

    全然世界観が違うという事だね。
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■3597 / )  コルトレーンチェンジ
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/06(Mon) 12:42:24)
    2020/07/06(Mon) 12:53:29 編集(投稿者)

    以前、knowing itselfさんの話でコルトレーンチェンジの話が出てきたので、ちょっと勉強してみました。(下図、左がコルトレーンチェンジのイメージ、右がバルトークの軸システム)
    軸システム(以下AS)は12音をT(トニック)、S(サブドミナント)、D(ドミナント)の3つのグループに分けるのに対し、コルトレーンチェンジ(以下CC)は4つのグループに分けています。12音をいくつかのグループに分けるところは似ています。

    ASでハ調の場合、C、Es、Fis、A、SがTの機能、D、F、As、HがS、Cis、E、G、BがDの機能を担います。
    CCの説明を読むと、例えばC、E、Asのグループで言うと3つともTと書いてあります。これはASのTとは意味が違い、転調するということを言っているのです。言い換えるとどのTも1の和音だと言ってるのです。
    さてコードの進行ですが基本はC、As、E、Cのようです。但し逆も可能のようです。C-As-E-Cだと機能的にはTSDTになり、逆回りだとTDSTになります。クラシックの和声の初級ではD→SはNGですが、ジャズやロックなどでは普通に見られる進行です。クラシックの方が導音の方向性が強いということでしょう。

    素人考えでは一つのグループの中ではコード進行と捉え、他のグループに行った時(例えばD-B-Gesのグループ)に転調と言えばすっきりするんじゃないかなあ?とも思いますが、きっとそうしない方が良い理由があるのでしょう。

    音を出さないで書いているので、抽象的になることは否めませんね。


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■3596 / )  共感覚
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/06(Mon) 11:48:18)
    2020/07/06(Mon) 12:44:48 編集(投稿者)

    横レス失礼します。

    赤ちゃんは時間概念を持っているかですが、それ以前に共感覚であるとう説が有力です。
    まだ五感(視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚)が整理されておらず混線しているということですね。
    音に色がついたり、カタチに匂いがあったり。^^
    芸術家と呼ばれる人の中には共感覚が消えずに大人まで残ってるという人もいるようです。

    https://kodomo-manabi-labo.net/kids-synesthesia

    多分、赤ちゃんも動物も「今に生きている(而今)」んじゃないですかねぇ〜。
    例えばペットが主人の帰りを予測して待っているかのような状況が見られたとしても、それを「未来予測」とか「時間概念」と考えるのは言葉をもった(言葉によって時間を分断化する)人間の理屈だと思います。

    幼児は言葉によって「今」とか「明日」とか「さっき」とか区別するようになり、エピソード記憶(言語的記憶)が形成されるようになった頃(物心がつく頃)言葉とともに時間概念が生じるように思います。
返信/引用返信 削除キー/

■3595 / )  pipitさんへ
□投稿者/ minori -(2020/07/06(Mon) 11:22:06)
    No3582に返信(pipitさんの記事)


    例の本。両方とも持ってらっしゃるんですか。Σ(・□・;)
    平和について、みたいなタイトルのも読んでらしたでしょ。 
    たくさん勉強されててすごいです。(^^♪

    > 私も勉強途中で、特に時間論は難しくおもうのですが、
    > とりあえず認識論的に考えたらどうかなぁと思っています。
    >
    > 赤ちゃんが、お母さんの動きを認識するとき、
    > 一瞬の映像しか心に写ってなかったら、動き自体が認識として生じないと
    > 思いません?(問い詰めてるのではなく、私もわからないので、どう思います?のニュアンスです)
    >
    > 赤ちゃんにとっても、感じたものが過去になるという流れがあるから、
    > 動きを感じるのかなあと思うんですけど、どうかなあ。
    >
    > 『カント 信じるための哲学』石川輝吉さんの本から引用しますね。
    > 『さて、カントは、時間はまずもって心の状態を規定する原理だと言う。
    > カントによれば、時間とは「継起」であり、さまざまな心の状態があらわれる土台となる
    > ようなものだ。』p124
    >
    > あ!継起かぁ。
    > 次々に現れる、が、心の内観の形式かぁ
    > 仏教用語で相続とかあったような、そんなかんじかなぁ?
    >
    > 心象(?)が次々現れる、ことで、時間も現れる。
    >
    > 輝吉さんの文章の引用続けますね。
    > 『たとえば、わたしのさまざまな感情のあらわれは、わたしの心の流れという
    > ひとつの流れのなかであらわれることがわかる。
    > 怒ったことも、悲しんだことも、嬉しかったことも、
    > わたしの経験というひとつの流れのなかの出来事としてある。
    > カントが言いたい時間とは、こうしたさまざまな心のあらわれの
    > 土台となるようなひとつの継起や流れのことで、この流れを経験が可能となる形式として
    > 取り出している。
    > (略)
    > たとえば、すぐれた哲学解説書をいくつも残した思想家の小阪修平は、
    > カントにとって、空間とは、一コマ一コマの映画のフィルムのようなもので、
    > 時間はそのフィルムを回し、流れをつくりだすはたらきだ、と言う(『イラスト西洋哲学史』)。
    > 現実のなめらかな経験をつくりだすためには、フィルムは回されなくてはいけない。
    > もしこうした時間という流れがわたしたちのうちになければ、
    > 運動や変化の認識ということがわたしたちにはなくなってしまうだろう。』
    > p125
    >
    >
    > 赤ちゃんの時間観念はどうなってるのかわかりませんが
    > (記憶ないのが残念!)
    > それでも赤ちゃんでも少なくとも、継起という形式に感性が現れる、
    > と考えたらいいのかなぁ
    > と思いました。
    > 感じるのは究極的には『今』しかないのかもだけど、
    > 『今』が終わって、また『今』が起こる。
    > 赤ちゃんでも、ものの動きを認識してるなら、心象に過去と今がないと
    > 動きさえ感じることができない、感じかなあと思いました。
    >
    > ちゃんとわからなくてすみません!


    小児科医の文章をいくつか読んでみたのですが。
    赤ちゃんが物を注視できるようになるのは、視覚中枢がある程度機能するようになってからで、注視可能になるのは生後一か月、追視がはっきりと認められるのは生後二か月以降とのことです。
    生後間もない赤ちゃんは強度の近視で「見る」のではなく「見える」状態。
    新生児も強い光にまばたきしたり、まぶしそうにするので光を感じているのは間違いない、そうです。

    動きを認識できるのは追視が可能になって以降なのかな、と考えてます。
    でも、新生児も光を感じてまぶしそうにする、ということは・・・?
    どうなんでしょうね。。 

    時間も感性の形式の要素である、ということ。
    そのようにカントは説明している。
    空間と時間のフレームは人間にアプリオリに備わっている、ということですよね。
    時間についてが引っかかっちゃって前に進めない、とかではないので、自分の中では保留にしようかな。

    pipitさん、調べて書いてくださってありがとうございます。
返信/引用返信 削除キー/

■3594 / )  ウィトゲンシュタイン
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/06(Mon) 10:39:09)
    2020/07/06(Mon) 10:41:17 編集(投稿者)

    ****************************

    それでも〔わたしが独我論を代弁して〕この独我論を「私に見えるもの(又は今見るもの)だけが本当に見られるものである」、と言って表現できる。そしてまた、「私は『私』という語でL・ウィトゲンシュタインを意味してはいない。しかし、たまたまこの私が事実としてL・ウィトゲンシュタインである場合には、他人がこの『私』をL・ウィトゲンシュタインの意味にとってくれて結構だ」、と言いたい。だがその代わりに「私は生命の器だ」、と言っても同じなのだ。注意してほしい。つまり肝心なのは、私の言うことを聞く人がそれを理解できてはならないことなのである。他人には「私が本当に意味すること」がわかってはならぬことが肝心なのだ。(大修館書店 ウィトゲンシュタイン全集6『青色本』P.117より)

    ****************************

    ウィトゲンシュタインの解説や読解に、言語化不能かつ独我論(独在論)的な<私>をすっ飛ばすことは「仏つくって魂入れず」みたいなもんであ〜る!無我説に不立文字や、言語道断の説明をなくして、語れない無我説は余計に語れない(笑)。


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■3593 / )  しばらくお待ちください
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/06(Mon) 08:35:27)
    floraさま

    ワーグナーについては書けると思います。暫くお待ちください。

    以前モーツァルトの不協和音の話でピリオド奏法について少し触れましたが、今朝、テレビを見てたら佐藤俊介氏が当時のバイオリンでバッハを演奏していました。テレビ画面を撮ったので画質が悪いですが、色々注目点があります。一つは指板と駒との距離、随分広いです。昔はハイポジションを使うことがなかったんですね。弓の形状、今とは逆の反りです。指板も装飾が施されてきれいですね(黒檀に慣れているので違和感はあります)。
    不協和音の時、右手の小指を他の指のように弓に被せるようにすると書きましたが、その後注意して見ているのですが、最近そういう風にしている人を見かけません。佐藤俊介氏も今の奏法と同じく小指は弓に立てていました。
    どうしたんでしょうねえ。昔はそういう人を結構見たのですが。。。研究の結果、昔(この昔はバロックの頃)もそういう奏法はしていなかったことがわかったんですかね???

    写真右の花瓶は、うちで咲いた百合です。うちの玄関です。

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■3592 / )  Re[36]: 言語と「真に現前している経験」
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/06(Mon) 08:25:10)
    おはようございます。

    No3589に返信(knowing itselfさんの記事)
    >>「しかしどうしたわけか我々の言語には、そこに他と比べることのできない何か、すなわち真に現前している経験、があるということがあらわれてはこないのだ。私はそのことに甘んずるべきだと君は言いたいのか。」(おかしいことに、日常生活で日常言語を使っていて何かに甘んじなければならないと我々が感じることはまったくない。)ウィトゲンシュタイン全集6『「個人的経験」および「感覚与件」について P.323』より」

    > ヴィトゲンシュタインがここでいう、人間の言語には「真に現前している経験」があるということがあらわれてはこないということ、それにはまったく同意。例えば「いま食べているバナナは甘い」「右の足がすごく痛む」といった言語表現は、真に現前している経験と交わるものをもたない。ほんと持ちようがないと思う。たまたまこの表現が拙いのではなく、天才詩人による絶妙の表現でも同じです。言語は基本的に経験の外にある記号です。

    同意です。ウィトゲンシュタインも痛みや感覚に対する言語をテーマとして論じます。後期哲学の「探究」で、私的言語は主たるテーマのひとつでもあり、これについての見解は現在も定まってないですね。

    無痛症の子供がいたとすれば「痛い」を理解できない。「痛い」を学習するのは、子供が道路でこけて不快な感覚(痛み)で泣いている時に、親が「痛いね」と話しかけることによって痛みの感覚を学ぶ。

    言葉に感覚は乗せることはできないが、同様の感覚があるであろうことは、親は自分の経験上分かるので「痛い」を表現することができる。でも、子供はひょっとすると「痛痒くて」泣いているのかもしれない。他者の私秘性は私の認識の地平の彼方である。

    > 音楽に没入して聴くとき「真に現前している経験」は聴こえている音楽それ自体でしょう。聴こえている音楽を言葉やイメージなどに置き換えることはできない。これが音楽の特殊性だと思う。そういえば永井均氏もエッセー集の中で、もっとも愛好する趣味としてクラシック音楽鑑賞をあげていたのを思い出しました。ここでカキコした理由によるかは不明です。

    考えてみれば楽譜は言語より伝わりますね。
    楽譜の指示に従えば同じ体験を再現することができます。

返信/引用返信 削除キー/

■3591 / )  Welcome&雑談6
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/06(Mon) 08:06:58)
    いきなり他トピへの書きこみは躊躇するという方は、初投稿に使ってもらってもいいですし、どんな話題(雑談)でもどうぞ♪
返信/引用返信 削除キー/

■3590 / )  Re[42]: 神はサイコロをふる
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/06(Mon) 08:03:57)
    2020/07/06(Mon) 09:33:39 編集(投稿者)

    こんばんは♪ ^^

    No3575に返信(floraさんの記事)

    > 悪いですよね。それと因果性も否定していますしね。

    時間変換に対して対称性がある(時間を逆転させても辻褄が合う)ってことですね。

    > 二重スリットの実験だけではなく、観測機器が観測に影響を与えるというのは、結構あるかもしれませんね。この辺がボームさんの言う、宇宙全体が分断不可ということなのでしょう。

    念のため。。。
    観測機器が観測に与える影響はありますが、量子力学の不確定性は観測機器の影響によるものではなく原理的なものとは言われてますね。

    > 科学/哲学関係の分類どうもありがとうございます。一行でもかける知識があればいいのですが、本当にわかりませんので、お言葉に甘えてどかっとスルーさせていただきます!(^^)!

    了解です。もうまんたい(問題なし)!^^

    > >外に神を想定する宗教観は聖戦を認める。内なる仏を灯明とする正統派仏教では「宗旨の争いは釈迦の恥」とされ融和的、かつ神仏習合(本地垂迹)と見なす。
    > これって中世の時代から聖戦を掲げてキリスト教VSキリスト教、キリスト教VSイスラム教・・・とあると思いますが、要するに勝てば正しくそして聖戦となるんですよね。日本でいえば勝てば官軍ということでしょうか。

    絶対的かつ善なる神を自分の外に想定するということは。。。。
    勝ち負けに限らず、敵の命を奪うことも(自分のためではなく)神の御名においての正義と掲げることができるという意味でした。
    正義は時に局所的でもありえ、他のグループからすれば悪行でも、そのグループ内の論理(ドグマ解釈)によれば正義たりえる。特定企業内での常識が世間の非常識になることもあるみたいな話です。これ典型的なブラック企業の例えですが(笑)。
    国家や宗教や人種など、さまざまな立場や時代を超えて、どれだけ広くその正義が通用(共有)するかが正しさの根拠であったりするとは思います。

    > >物理が描く世界観も哲学の流れも西洋から東洋的なものへと移り変わっているようです。
    > また愚さんのお話しで恐縮なのですが、彼は東洋哲学/宗教と物理学を混ぜるのが、嫌いだったのですよね。ただ共通点があるということで最近は物理学のお話しもなされているようですが・・・ただ物理学で正しいと証明されたことを東洋哲学に無理やり合わせ、それで東洋哲学は正しいのだ!とこじつける人たちもおられますので、これは要注意ですよね。

    同意です。愚さんの話は私もお気に入りですから、もうまんたいです。
    物理理論はどこまでいっても仮説です。言い換えれば反証可能性は科学理論であることの証しです。
    東洋哲学で描く世界と量子力学で記述される世界に共通点がある、似ているということであって、それ以上でも、それ以下でもないですね。
    カルトは自分たちのドグマの正当性を主張するのに科学理論を無理矢理こじつけるってことが常套手段なので、これには要注意ですね。^^

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■3589 / )  言語と「真に現前している経験」
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/06(Mon) 05:50:02)
    > 「しかしどうしたわけか我々の言語には、そこに他と比べることのできない何か、すなわち真に現前している経験、があるということがあらわれてはこないのだ。私はそのことに甘んずるべきだと君は言いたいのか。」(おかしいことに、日常生活で日常言語を使っていて何かに甘んじなければならないと我々が感じることはまったくない。)ウィトゲンシュタイン全集6『「個人的経験」および「感覚与件」について P.323』より」

    ヴィトゲンシュタインがここでいう、人間の言語には「真に現前している経験」があるということがあらわれてはこないということ、それにはまったく同意。例えば「いま食べているバナナは甘い」「右の足がすごく痛む」といった言語表現は、真に現前している経験と交わるものをもたない。ほんと持ちようがないと思う。たまたまこの表現が拙いのではなく、天才詩人による絶妙の表現でも同じです。言語は基本的に経験の外にある記号です。
    音楽に没入して聴くとき「真に現前している経験」は聴こえている音楽それ自体でしょう。聴こえている音楽を言葉やイメージなどに置き換えることはできない。これが音楽の特殊性だと思う。そういえば永井均氏もエッセー集の中で、もっとも愛好する趣味としてクラシック音楽鑑賞をあげていたのを思い出しました。ここでカキコした理由によるかは不明ですが。
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■3588 / )  Re[21]: マジモンさんへ
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/06(Mon) 01:57:44)
    No3586に返信(pipitさんの記事)
    > ああ!
    > 時間を感知するのではなく、
    > 感じたものを時間に規定するイメージを私はしてます。

    じゃ、ちょっと品質的な質問しますね。

    Q1.車がゆっくりと走行しています。車はありますか?

    Q2.車が目では見えない速さで走行しています。車はありますか?


    私が心霊写真を持ち出しているのは、幽霊が目では見えない速さで移動しているのでは?と思っているのです。ですので、肉眼では見えないが、写真では見えるのです。鳥のハチドリの羽ばたきは、肉眼ではとらえられないけど、高性能カメラだと綺麗に撮れますよね。人間の脳は「時間」をキャッチするのは難しいんじゃないでしょうか?という事です。
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■3587 / )  Re[7]: トマス・タリスの主題による幻想曲
□投稿者/ flora -(2020/07/06(Mon) 01:41:26)
    田秋様、こんにちは〜

    >  ヴォーン・ウィリアムズもディーリアスもなんというか心が休まる音ですね。英国の民族音楽と英国風印象主義の融合、とは違うのかな。古典への回帰の香りもします。

    はい、奇抜さや衒いのないとても落ち着く音だと感じました。

    > 尾高さんのコンサートに行かれたことありますか?英国で。

    残念ながらありません。

    ところでワーグナーは演奏なされたことがおありですか? 『タンホイザー』の序曲、もしくは『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の前奏曲をお願いできると嬉しいのですが・・

    よろしくお願いいたします。
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■3586 / )  Re[20]: マジモンさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/06(Mon) 01:22:19)
    ああ!

    時間を感知するのではなく、

    感じたものを時間に規定するイメージを私はしてます。
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■3585 / )  マジモンさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/06(Mon) 01:19:54)
    ごめんなさい、もう睡眠とらないといけない時間なので
    寝ますねm(_ _)m

    もし返信してもらったら、また夕方以降に返信したいと思ってます

    おつかれさまです (^O^)/

    おやすみなさい (( _ _ ))..zzzZZ
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■3584 / )  Re[18]: マジモンさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/06(Mon) 01:14:44)
    感じてるもの、を、時間の上に置ける。

    おじさんは写真の中にしか感じれてない、ということ。

    シャッター押したときに、おじさんいたかどうかは、感じれてないから、
    時間上に規定できない。
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■3583 / )  マジモンさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/06(Mon) 01:11:18)
    マジモンさん、ごめん、
    拒否してるんじゃなくて、マジモンさんの考えてる路を理解したいと思ってる、
    けど、わからん〜

    わかりたいと思ってるから聞かせてくださいね。

    カントは、人間の感性の形式が時間といった。

    シャッター押す。
    その時おじさんは見えてない。
    おじさんうつってる写真見る。

    それで?
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■3582 / )  minoriさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/06(Mon) 00:59:57)
    こんばんは!

    私も勉強途中で、特に時間論は難しくおもうのですが、
    とりあえず認識論的に考えたらどうかなぁと思っています。

    赤ちゃんが、お母さんの動きを認識するとき、
    一瞬の映像しか心に写ってなかったら、動き自体が認識として生じないと
    思いません?(問い詰めてるのではなく、私もわからないので、どう思います?のニュアンスです)

    赤ちゃんにとっても、感じたものが過去になるという流れがあるから、
    動きを感じるのかなあと思うんですけど、どうかなあ。

    『カント 信じるための哲学』石川輝吉さんの本から引用しますね。
    『さて、カントは、時間はまずもって心の状態を規定する原理だと言う。
    カントによれば、時間とは「継起」であり、さまざまな心の状態があらわれる土台となる
    ようなものだ。』p124

    あ!継起かぁ。
    次々に現れる、が、心の内観の形式かぁ
    仏教用語で相続とかあったような、そんなかんじかなぁ?

    心象(?)が次々現れる、ことで、時間も現れる。

    輝吉さんの文章の引用続けますね。
    『たとえば、わたしのさまざまな感情のあらわれは、わたしの心の流れという
    ひとつの流れのなかであらわれることがわかる。
    怒ったことも、悲しんだことも、嬉しかったことも、
    わたしの経験というひとつの流れのなかの出来事としてある。
    カントが言いたい時間とは、こうしたさまざまな心のあらわれの
    土台となるようなひとつの継起や流れのことで、この流れを経験が可能となる形式として
    取り出している。
    (略)
    たとえば、すぐれた哲学解説書をいくつも残した思想家の小阪修平は、
    カントにとって、空間とは、一コマ一コマの映画のフィルムのようなもので、
    時間はそのフィルムを回し、流れをつくりだすはたらきだ、と言う(『イラスト西洋哲学史』)。
    現実のなめらかな経験をつくりだすためには、フィルムは回されなくてはいけない。
    もしこうした時間という流れがわたしたちのうちになければ、
    運動や変化の認識ということがわたしたちにはなくなってしまうだろう。』
    p125


    赤ちゃんの時間観念はどうなってるのかわかりませんが
    (記憶ないのが残念!)
    それでも赤ちゃんでも少なくとも、継起という形式に感性が現れる、
    と考えたらいいのかなぁ
    と思いました。
    感じるのは究極的には『今』しかないのかもだけど、
    『今』が終わって、また『今』が起こる。
    赤ちゃんでも、ものの動きを認識してるなら、心象に過去と今がないと
    動きさえ感じることができない、感じかなあと思いました。

    ちゃんとわからなくてすみません!
返信/引用返信 削除キー/

■3581 / )  Re[29]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/06(Mon) 00:56:49)
    モデルが出来上がりました。

    善悪の彼岸

    身の内に「球」があり、
    その球の表面に概念などを貼りつけているのではないでしょうか?

    善と悪の配置を、地球で言う所の日本とブラジルの位置に配置した場合、
    見る方向によって、「この人は善人である」と言えるが、
    その善が刻み込まれている部分の裏側に悪が刻み込まれているかもしれない。

    ですから、悪行というのは悪魔の仕業ではなく、人間に備わったモノと言えます。

    こんなところでどうでしょうか?
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■3580 / )  Re[16]: 時間の感覚とアプリオリ
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/06(Mon) 00:49:59)
    Pipitさんへ

    物ってのは、「ゆっくり」と動きますよね。

    心霊写真で考えると、

    肉眼では確認できないが、写真だと確認できるとなると…

    「超スピード世界」では、存在していても確認ができない事になってしまう…

    という点がある。


    1秒を100で割ると、それをまた100で割ると、それを100で割ると
    そういった具合に、人は時間が感知できないのではないでしょうか?

    0.00001秒をいかにして感知するか?ってことです。
返信/引用返信 削除キー/

■3579 / )  悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/05(Sun) 23:48:01)
    了解です。
    カント自身は、神ではなく物自体という意味の単語を、超越の箇所に置いてるので、
    私自身は、カントは神は存在してるを前提としてる、とは言わずに、
    カントは物自体は存在してるを前提としてる、とする表現に今はとどめておくね。

    続き、難しいけど、楽しみに読ませてもらいます。ありがとう。
    おやすみなさい 。(*^^*)


    No3560に返信(悪魔ちゃんさんの記事)


    No3560に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > <カントは神を求めてその構図にした>
    > カントは神を求めていたのかもしれないど、中島さんのいう構図っていうのは、
    > カントての「超越論的」というのは、「神(超越的なもの)は”存在する”」っていうことを前提としている、って言ってるんじゃないかって見てる。
    > <もしかしたら、論理的にそうしたのかもしれない>
    > そう、「論”理”的」にね。
    >
    > わたし、ここんとこ重要だと思ってるの。
    >
    >
    > pipitさま、勘違いしないでね。
    > わたし真偽善悪、言い換えると、本当のこと=信じられるもの=快、嘘のこと=信じられないもの=不快、善=良いこと=快、悪=悪いこと=不快、であるか否か、っていう”判断”することのなかで書いてないてないの。
    >
    >
    >
    >
    >
    >
    >
    >
    >
返信/引用返信 削除キー/

■3577 / )  Re[20]: 光速度不変の原理への疑問 2
□投稿者/ rest -(2020/07/05(Sun) 23:26:56)
    2020/07/08(Wed) 19:51:43 編集(投稿者)
    2020/07/08(Wed) 19:49:44 編集(投稿者)
    No3083に返信(restさんの記事)
    > 2020/06/09(Tue) 23:28:45 編集(投稿者)
    > 2020/06/09(Tue) 23:06:15 編集(投稿者)
    >
    > 相対性理論の速度合成法則というのがあります。光速度不変の原理を説明するときに使われるものですが、
    >
    >  V=v+v’/(1+vv’/c^2)
    >
    > ロケットの中でvのスピードでボール投げるとロケットの速さをv’とすると地上から見たそのボールの速さはVで示される。
    >  v’を光の速さとすると式はV=cとなり光の速さを超えることができない。
    > なぜでしょうか。
    >  結論から先にいうと、たとえ実体が光速を超えても私たちは光でしか観測できないので光の速度を超えて観測することはできないということです。
    > 観測者は光を通して伝わるので光の速度を超えて観測することはできない。
    > 実際には光の速度を超えることができますが、観測すると光の速度を超えることはできないのです。
    > これが光速度不変の原理の根本的説明です。つまり光の現象であって実体は別なのです。

    自己レスです。説明を補足しますと、ロケットから発射された光は地球からみると
    c+vで光の速度を超えて見えるはずですが光速cを超えることはできません。光を直接観測するとまぎらわしいので光以外の物体Aで考えてみます。ロケットから発射された物体Aは光の速さを超えています。すると私たちが観察するのは地上の光源から発射した光が物体Aに反射して地上に届いた光の速さしか観測できません。物体Aの速さは光の速さcになります。これから類推して物体Aを光にすると、つまりc+vの光を光Aとすると地上からの光が光Aの粒子に反射して伝わる光の速度cとして観測されるされるのではないかと推測しています。これだとc-vの場合もcとして観測できる理由が説明できます。マイケルソン-モーリーの実験もそのように解釈すると説明ができます。
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■3576 / )   トマス・タリスの主題による幻想曲
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/05(Sun) 22:37:17)
    floraさま

     この曲、演奏した記憶がありません。やるとしたら尾高チューさん、あとは広上か藤岡ですが・・・実体験の記憶がないので書けません。調べて書いてもただの作文になってしまい、心の込もった文章を書く自信がありません。
    すみませんm(_ _)m

     ヴォーン・ウィリアムズもディーリアスもなんというか心が休まる音ですね。英国の民族音楽と英国風印象主義の融合、とは違うのかな。古典への回帰の香りもします。

    尾高さんのコンサートに行かれたことありますか?英国で。
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■3575 / )  Re[41]: 神はサイコロをふる
□投稿者/ flora -(2020/07/05(Sun) 22:27:14)
    2020/07/05(Sun) 22:32:09 編集(投稿者)

    パニチェ様、こんにちは

    >量子重力理論とか、超弦理論とか、いろいろ試みられているようですが、相対論と量子論は相性が悪いみたいですね。
    統一が難しいのは量子力学の不確定性原理と非局所的長距離相関(量子もつれ:状態の共存性)だと思います。

    悪いですよね。それと因果性も否定していますしね。

    >最新ニュースです。
    https://nazology.net/archives/63812

    どうもありがとうございます!。 LIGOで重力波を探知するということ自体が素晴らしいのですが、計器が精密で、レーザーを鏡に当てることにより、その鏡の量子のゆらぎも観測できたということなんでしょうか。

    鏡は石英シリカ(S1O2)でできているということですので、成分的にはSとOですよね。これが光子を当てたらゆらぎを観測できたというのですよね・・・

    二重スリットの実験だけではなく、観測機器が観測に影響を与えるというのは、結構あるかもしれませんね。この辺がボームさんの言う、宇宙全体が分断不可ということなのでしょう。


    考えてみれば私たちの体内でも常にゆらぎ等が起こっているのでしょうね。
    >>>アインシュタインvsボーアは、素朴実在論vs実証主義でもあり、物理だけではなく科学哲学的なテーマでもあるところが面白いですね。
    >> 哲学のロジック展開が数学や、科学にも応用されてきたとか、確か愚さんが以前言ったと思うのですが、まさしくそうなのでしょうね。

    >以下は自分なりにまとめてみます(スルーでも結構ですよ。^^)

    科学/哲学関係の分類どうもありがとうございます。一行でもかける知識があればいいのですが、本当にわかりませんので、お言葉に甘えてどかっとスルーさせていただきます!(^^)!


    >蛇足
    >外に神を想定する宗教観は聖戦を認める。内なる仏を灯明とする正統派仏教では「宗旨の争いは釈迦の恥」とさレ融和的、かつ神仏習合(本地垂迹)と見なす。

    これって中世の時代から聖戦を掲げてキリスト教VSキリスト教、キリスト教VSイスラム教・・・とあると思いますが、要するに勝てば正しくそして聖戦となるんですよね。日本でいえば勝てば官軍ということでしょうか。

    >物理が描く世界観も哲学の流れも西洋から東洋的なものへと移り変わっているようです。

    また愚さんのお話しで恐縮なのですが、彼は東洋哲学/宗教と物理学を混ぜるのが、嫌いだったのですよね。ただ共通点があるということで最近は物理学のお話しもなされているようですが・・・ただ物理学で正しいと証明されたことを東洋哲学に無理やり合わせ、それで東洋哲学は正しいのだ!とこじつける人たちもおられますので、これは要注意ですよね。

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■3574 / )  Re[38]: ウィトゲンシュタイン
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/05(Sun) 21:51:24)
    No3573に返信(knowing itselfさんの記事)
    >>特にウィトゲンシュタインは言語の限界を示すことで、語れないことを指し示しのが彼の哲学の核心だと思いますし、言葉で解説できないところが(言葉にできるところよりも)重要だと思います。

    > ここですね。まったくそのとおりでしょう。

    まぁ、でも、これは、先に言った通り私のこだわりでしかなく、人それぞれのアプローチや接し方を否定したり、批判するつもりは全くありません。(^^)v
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■3573 / )  Re[37]: ウィトゲンシュタイン
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/05(Sun) 21:39:38)
    > 特にウィトゲンシュタインは言語の限界を示すことで、語れないことを指し示しのが彼の哲学の核心だと思いますし、言葉で解説できないところが(言葉にできるところよりも)重要だと思います。

    ここですね。まったくそのとおりでしょう。
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■3572 / )  Re[36]: ウィトゲンシュタイン
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/05(Sun) 21:33:11)
    自己レスです。

    > ただ結局は、その哲学者が本当は何を考えていたかを追体験しなければ、その哲学者を選んだ意味はないので、著書以外に手がかりはないと思います。

    ショーペンハウアー、ニーチェ、ウィトゲンシュタイン。彼らの共通点は音楽への強い愛着。 彼ら一流の哲学者に限らず音楽がこれほど人に訴えるのは、心の体験をそのまま追体験できる媒体として音楽に勝るものはほとんどないからではないか。哲学者の原著を原文でどれだけ丁寧にフォローしても、それが果たして哲学者の思索を追体験することになるのだろうか?哲学者の心に起きたことは再現しようがないともいえる。これは小説でも詩でも同じです。ところが音楽の場合は、作曲家の心には、いまここで聴いている曲と構造的には同じ曲が流れていたのでなければスコアを媒介にする意味がない。


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■3571 / )  Re[36]: ウィトゲンシュタイン
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/05(Sun) 21:32:02)
    2020/07/05(Sun) 21:36:40 編集(投稿者)

    No3568に返信(knowing itselfさんの記事)
    > 解説ありがとうございます。

    どういたしまして。

    > 永井均氏が講談社学術文庫から出している「青色本を掘り崩す」がいいのではないかと思っていて、いずれ読むつもりです。

    それ読んでないですね。興味はあります。
    もし読まれたら、感想を聞かせていただければ有難いです。

    > 哲学者は著書を読めというのはまさにそのとおりですが、それだけでは、投入エネルギーと時間の割には幼稚な誤読で終わるという危険性がありますね。生涯をかけてその哲学者を研究してきた人の読みを参考にしないのもったいないですね。ただ結局は、その哲学者が本当は何を考えていたかを追体験しなければ、その哲学者を選んだ意味はないので、著書以外に手がかりはないと思います。

    解説書は利用、活用する手はありますが、あくまでも解説書は解説書でしかなく、哲学者の著書そのものでないことに変わりはないとは思います。本人が出版した著書が少ないことも手伝い、ウィトゲンシュタイン研究は現在も継続中で未だ確定したような読解はないと思います。

    特にウィトゲンシュタインは言語の限界を示すことで、語れないことを指し示したのが彼の哲学の核心だと思いますし、言葉で解説できないところが(言葉にできるところよりも)重要だと思います。

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■3570 / )  Re[15]: 時間の感覚とアプリオリ
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/05(Sun) 21:18:35)
    PiPitさん

    デジタルカメラではなく、光学カメラです。

    心霊写真が取れました。

    カウボーイ姿のおっさんが血まみれのままピースしている心霊写真です。

    この写真の右下に、2020年7月5日21時8分1秒と表示されました。

    ってことは、

    2020年7月5日8分0秒から2020年7月5日8分2秒の間だよね。

    じゃ、この0秒から2秒の間の「 いつ・when 」にシャッターを押したか?になるよね。

    人間は時間を感知できないから、幽霊は存在しておるよね?
    けど、カントは時間を感知できるといっているので、幽霊は存在していないよね?
返信/引用返信 削除キー/

■3569 / )  トマス・タリスの主題による幻想曲
□投稿者/ flora -(2020/07/05(Sun) 20:47:46)
    田秋様、新トピ設立おめでとうございます。

    いつでも結構ですので、ヴォーン・ウィリアムズの『トマス・タリスの主題による幻想曲』、お願いいたします。


返信/引用返信 削除キー/

■3568 / )  Re[35]: ウィトゲンシュタイン
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/05(Sun) 20:47:28)
    解説ありがとうございます。

    永井均氏が講談社学術文庫から出している「青色本を掘り崩す」がいいのではないかと思っていて、いずれ読むつもりです。

    哲学者は著書を読めというのはまさにそのとおりですが、それだけでは、投入エネルギーと時間の割には幼稚な誤読で終わるという危険性がありますね。生涯をかけてその哲学者を研究してきた人の読みを参考にしないのもったいないですね。ただ結局は、その哲学者が本当は何を考えていたかを追体験しなければ、その哲学者を選んだ意味はないので、著書以外に手がかりはないと思います。
返信/引用返信 削除キー/

■3567 / )  Re[28]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/05(Sun) 20:45:35)
    No3566に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > あら、ごめんなさい。
    > 3555、これ、刹那的に見えます?
    > そう見えるんだったら。あなたが刹那的なんじゃない?
    > めんどくさい、って思ってるのはあなたじゃない?
    >
    > 言いたいことを言える場があって、言いたいことを言って終わり。
    > こういう人もいるもいたい。言いたいこともなく、…、続くけど、やめる。
    >
    > お邪魔しました。



    怒ってしまわれた…

返信/引用返信 削除キー/

■3566 / )  Re[27]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/05(Sun) 20:16:21)
    あら、ごめんなさい。
    3555、これ、刹那的に見えます?
    そう見えるんだったら。あなたが刹那的なんじゃない?
    めんどくさい、って思ってるのはあなたじゃない?

    言いたいことを言える場があって、言いたいことを言って終わり。
    こういう人もいるもいたい。言いたいこともなく、…、続くけど、やめる。

    お邪魔しました。



返信/引用返信 削除キー/

■3565 / )  Re[34]: ウィトゲンシュタイン
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/05(Sun) 20:11:34)
    2020/07/05(Sun) 20:26:24 編集(投稿者)

    No3556に返信(knowing itselfさんの記事)

    > 解説書のオススメはどれになりますか?
    > いま手元にあるのは、鬼原彰夫氏のですが、まだ完読していません。この本はどのように評価していますか?

    鬼界彰夫著「ウィトゲンシュタインはこう考えた」は、よく言えば一般的、悪く言えば刺激不足の解説書ではないでしょうか。

    解説書でお薦めなのは永井均著「ウィトゲンシュタイン」です。
    お薦めする理由はknowing itselfさんとレス交換した<私>を切り口としているところです。

    永井氏はウィトゲンシュタインの「語り得ないもの」のひとつとして〈私〉に関する独我論(独在論)として解説しており、私(パニチェ)もこの読解を支持します。ウィトゲンシュタインの以下のような記述に興味がおありなら、断然永井均氏をお勧めします。

    「私はこう言おう。「正直なところを言えば、たしかに、私には他の誰にもない何かがあると言わねばならない」、と。──だが、その私とは誰だ。──くそっ。私の言い方はまずいがそこに何かがあるんだ!君だって私の個人的な経験というものがあり、またそれには最も重要な意味での隣人というものがないことを否定すまい。──だが君はそれがたまたま孤独だと言うつもりではないだろう。君の言いたいのはその何かの文法上の位置が隣人のない場所にあるということだろう。「しかしどうしたわけか我々の言語には、そこに他と比べることのできない何か、すなわち真に現前している経験、があるということがあらわれてはこないのだ。私はそのことに甘んずるべきだと君は言いたいのか。」(おかしいことに、日常生活で日常言語を使っていて何かに甘んじなければならないと我々が感じることはまったくない。)ウィトゲンシュタイン全集6『「個人的経験」および「感覚与件」について P.323』より」

    以下はちょい独断っぽいので、スルーしてもらっても結構です。^^

    ただ私には独特のこだわりがあります。
    お気に入りの哲学者の本は解説書から読まずに訳本から読むということにしています。(本当は訳本ではなく原語で読むべきでしょうが。。。)

    解説書は著書の色眼鏡を通したものであって、どうしても先入観となってしまうからです。
    「論理哲学論考」は数学者出身らしく、箇条書きで、それぞれの文章の頭に大項目、中項目、小項目が分かるように小数点表示してあり、とてもユニークです。
    「哲学探究」も順序立てて論理展開しています。下手な解説書より訳本を読む方がはるかに刺激的で面白いです。

    映画解説を読んで映画を観た気になる人は少ないと思うのですが、何故か哲学書は訳本を読まずに解説書だけ読んで読んだつもりになっている人が多いのは残念なところではあります。

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■3564 / )  時間の感覚とアプリオリ
□投稿者/ minori -(2020/07/05(Sun) 20:10:56)
    楽しそうなのでレスさせてください。


    > 現在現れる想念を、マジモンさんは、時間軸のどこかに起きたものとして、あるいは起きるものとして、あるいは目の当たりにしてるものとして、
    > 位置づけて把握してるでしょう?
    >
    > 心で感じる時の形式が時間、というのはそういうことかなと私は思ってるんだけど、
    > 私の考えてることは伝わったかな??


    カントの認識論を私は勉強中で、カントがどういうことを考えていたのかを追っているところで、まだまだほんとそれも追っていくのが大変で・・・
    とにかく理解していこうとしてます。
    それで。感性の形式は、アプリオリな空間と時間に支えられている(支えられている、という表現は違うかな。今、本は見ずに書いてるので。)というところは理解しました。

    でも。これはあくまで私の感覚なのだけど。空間はアプリオリだと思うけど、時間はどうかな?と。
    何かが存在しているとわかるには空間を認識する能力が必要で、それは生来的だと思います。
    時間というのは、何かが変化していくということに気づき理解して、初めて知っていくもののように思えるんです。

    赤ちゃんは、最初、「何か物がある」というのを認識はしても、その物が時間と共に変化するということまでは理解しえないですよね。
    その理解が得られるまでには、時間がかかります。(赤ちゃんの成長が必要)

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■3563 / )   ウァイオリンとビオラのための協奏交響曲
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/05(Sun) 20:06:25)
    こんばんは。この曲、モーツァルトの指定ではビオラのチューニングを半音上げるのですが中々そういう演奏はありません(気が狂うから)。ベルリンフィルの清水直子さんが日フィルで演奏したときは半音上げてました。音に張りが出るのですが、その効果があったかどうかは忘れました。
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■3562 / )  Re[26]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/05(Sun) 19:52:47)
    No3555に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > 「 現実世界 ― ギャップ ― 内面世界 」っていう構図じゃなくて、
    > 「するものーされるもの」っていうのも描けると思うんだけど。
    > んちがう。
    >
    > するもの、するものがすること、するものがしたもの、するものにされるもの、するものをさせるもの、されるものがすること、されるものがしたもの、されるものををさせるもの、されるものがしたもの、されるものがしたものにとってするものがされるものになる。そしてこれらをならしめるもの。
    >
    > これは二者の間だけでのことではないと、わたし思ってる。
    >
    > このようななかで、わたし現象学で言う「絶対的なここ」、これ、本当のことだと思ってる。


    めんどくさくないか、悪魔ちゃん。

    おれ、終了間際なんだけど。
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■3561 / )  Re[26]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/05(Sun) 19:46:01)
    No3555に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > 「 現実世界 ― ギャップ ― 内面世界 」っていう構図じゃなくて、
    > 「するものーされるもの」っていうのも描けると思うんだけど。
    > んちがう。
    >
    > するもの、するものがすること、するものがしたもの、するものにされるもの、するものをさせるもの、されるものがすること、されるものがしたもの、されるものををさせるもの、されるものがしたもの、されるものがしたものにとってするものがされるものになる。そしてこれらをならしめるもの。
    >
    > これは二者の間だけでのことではないと、わたし思ってる。
    > このようななかで、わたし現象学で言う「絶対的なここ」、これ、本当のことだと思ってる。


    悪魔ちゃん

    これは、刹那的な事を言っているのか?
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■3560 / )  Re[14]: pipitさんへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/05(Sun) 19:43:40)
    <カントは神を求めてその構図にした>
    カントは神を求めていたのかもしれないど、中島さんのいう構図っていうのは、
    カントての「超越論的」というのは、「神(超越的なもの)は”存在する”」っていうことを前提としている、って言ってるんじゃないかって見てる。
    <もしかしたら、論理的にそうしたのかもしれない>
    そう、「論”理”的」にね。

    わたし、ここんとこ重要だと思ってるの。


    pipitさま、勘違いしないでね。
    わたし真偽善悪、言い換えると、本当のこと=信じられるもの=快、嘘のこと=信じられないもの=不快、善=良いこと=快、悪=悪いこと=不快、であるか否か、っていう”判断”することのなかで書いてないてないの。









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■3559 / )  Re[14]: マジモンさん
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/05(Sun) 19:43:37)
    No3553に返信(pipitさんの記事)
    > こちらこそ、書き込みありがとうです(^▽^)

    カントの話に出合えてよかったと思っているんです。

    ほんで、道徳律、これはあるなと思っています。
    「世界は、認知できない?形がない?よくわからないもの」
    これも大体解りました。

    そして、過去に、心霊写真についての考察をしたときに、
    時間との関係が重要なんじゃないかな?と思ったんです。

    この時に、人は時間が認知できないから、
    幽霊はいるじゃないのか?という結果を出しました。

    つまり、カントの時間の感知の場合、時間を感知できるから、
    絶対に幽霊は存在しないですよね?
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■3558 / )  ウァイオリンとビオラのための協奏交響曲
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/05(Sun) 19:34:53)
    こんばんは。

    モーツアルトとビオラでしたら、K364が大好きです。これはモーツアルトの全作品中でもかなり上にくるほど好きです。
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■3557 / )  Re[4]: 心身二元論。
□投稿者/ flora -(2020/07/05(Sun) 19:12:18)
    エフニ様、こんにちは〜 ♪

    >☆この場合の心とは、「汝と我」として、意思の疎通を可能にするものを持っている、ということを意味しています。

    ということは「自」と「他」を区別できるということでしょうか〜?


    >「モーツァルトを聴かせると、花がなかなか枯れない。あるいは成育が良くなる。」「優しく話し掛けて水をやると、花がなかなか枯れない。成育が良くなる。」「植木屋は、優しく話し掛けながら枝を切っていく。」等の話を聞いて、植物にも心があると仮定しました。

    正直申して私は一度も聞いたことがないのです(-_-;)・・・ 
    例えばモーツアルトの音楽ですが、
    1.モーツアルトの作品全部がそうなのか? 
    2.ということは、モーツアルトの作品はほかの作曲家の作品とどこが違うのか?

    という議論を先にしなければならなくなり、そうなると日フィルに最近までおられた田秋様のお力をお借することになると思います。

    それ以外の「優しく話し掛けて水をやると、花がなかなか枯れない。成育が良くなる。」「植木屋は、優しく話し掛けながら枝を切っていく。」等の話は、おそらくここの植物にベストの状態を作ってあげるという、私たち側の責任ということに落ち着くのではないでしょうか。 水やりも植栽も個々の植物によって異なりますものね。

    ただ強風だったりすると、植物と成長がよくなり、開花状態も良いということは聞いたことがあります。これは風で揺らさせることによって、成長ホルモンと、開花ホルモンが刺激されるということのようです。

    >心にとって脳は必要条件では無くなります。これを又、二つめの仮定にして、答を臨死体験に求めて、いろいろと考察して来たところです。

    植物を前提としては考えるには難しいと思いますが、パニチェ様もご興味のある、量子脳、これが脳死しても量子状態となって意識が宇宙に拡散されるというようなペンローズの議論もありますので、結構面白いものがあると思います。いかがでしょうか?

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■3556 / )  Re[33]: ウィトゲンシュタイン
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/05(Sun) 19:11:54)
    解説書のオススメはどれになりますか?

    いま手元にあるのは、鬼原彰夫氏のですが、まだ完読していません。この本はどのように評価していますか?
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■3555 / )  Re[25]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/05(Sun) 19:04:04)
    「 現実世界 ― ギャップ ― 内面世界 」っていう構図じゃなくて、
    「するものーされるもの」っていうのも描けると思うんだけど。
    んちがう。

    するもの、するものがすること、するものがしたもの、するものにされるもの、するものをさせるもの、されるものがすること、されるものがしたもの、されるものををさせるもの、されるものがしたもの、されるものがしたものにとってするものがされるものになる。そしてこれらをならしめるもの。

    これは二者の間だけでのことではないと、わたし思ってる。

    このようななかで、わたし現象学で言う「絶対的なここ」、これ、本当のことだと思ってる。


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■3554 / )  悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/05(Sun) 18:30:16)
    とてもおもしろいところ引用してくれてありがとう。
    疲れたでしょう。
    感謝してます。


    No3552に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > pipitさま
    > わたしの情報、読んでくれてるのね。うれしい。
    > 中島さんの3542までのところのについてのわたしの見方を書かせてもらいます。
    >
    > カントは、現世界の外に別の世界を想定しているのだと思います。
    > 日本的に言えば、この世とあの世かな?(もっとも日本では仏教的なあの世になるのかもしれないけど)。別の世界を別界ってしますね。
    >
    > 別界が〔神や死後の魂の永遠などの人間の認識を超えるもの〕というもの。
    > これをにキリスト教的「神」ってしちゃいますね。
    >
    > 「超越的」とか「超越的なもの」っていうのは「神」のこと。
    > 「超越論的」っていうのは、人間の、ね。
    > 「神」って、全知全能で、万物の創造主っていうことになってるみたいだから、
    > 当然人間も創造されたもののなかの一種にすぎないことになるよね。
    >
    > こう見たとき、
    > 〔「超越論的」と「超越的」と不可分の概念〕は、「人間」対「神」っていう不可分なもの、正確には人間は神によって創造されたものであるから、神に対する人間っていうことになるのかもしれないけど。
    >
    > 〔この基本構図〕っていうのは、
    > 「全知全能である神に対しての人間の認識(知性)」っていう構図のことって、わたし見ました。
    >
    > だから、(神に対する)〔人間の認識の限界を定める〕ってつながっていくって、わたし、見たんだけど。<

    うん、言いたいことわかる気がするよ、
    私も私の言葉で悪魔ちゃんさんに伝えてみるね。

    構図は同じように捉えてると思うんだ。

    けど、もしかしたら、悪魔ちゃんさんは、カントは神を求めてその構図にした、と、
    感じるかもだけど、
    もしかしたら、論理的にそうしたのかもしれない。
    そのように分割した動機はもしかしたらいろいろ考えられるかもしれない。

    中島先生は、
    >人間の認識の限界を設定することができるためには、われわれはその外側に位置する「超越的なもの」にーー認識できなくとも――何らかの仕方で関与できねばならない。<

    って書いてるけど、これ、限界を設定するってことは、
    限界の外も考慮する、ってことになることだと思うんだ。
    線を引いたら、線の向こう側も同時に設定される。
    そして、カントは、線の向こう側を知ろうとすると仮像になる、
    と言ったとしてるのが、中島先生の次の文章、

    >カントによれば、人間理性は「超越的なもの」に「仮象」(Schein)というかたちで関与するのである。つまり、「超越的なもの」を捉えようとすると人間理性は必ず仮象に陥るが、その仮象への陥り方に関することすべてに消極的意味における「超越論的」という言葉が付される。『純粋理性批判』のうちで「超越論的弁証論」というタイトルはこれを直接示しているが、そこにおいて主導的な役割を演ずる「超越論的仮象」「超越論的理念」「超越論的自由」などは、こうした意味で使われている。<

    でも、動機は何にせよ、このように線を引くことで、
    悪魔ちゃんさんが考えてるように、
    『〔この基本構図〕っていうのは、
    「全知全能である神に対しての人間の認識(知性)」っていう構図のことって、わたし見ました。』
    という地点に行く、と、私は今の所思いました。

    書き込みありがとう!
    引用してくれたところ、最後まで読ませてもらうね

    おつかれさま(^O^)/

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■3553 / )  Re[13]: マジモンさん
□投稿者/ pipit -(2020/07/05(Sun) 18:14:29)
    こちらこそ、書き込みありがとうです(^▽^)

    私は純粋理性批判を通読してさえない者だから、
    勘違いしてる可能性いっぱいだけど
    今の時点の私見で書き込んでいきますね。

    メビウスで、空間の話しましたよね。
    私は、時間もあのイメージで、
    感じているものを時間軸に位置付けるイメージしてます。

    まず、空間のこといえば、
    マジモンさん、今、感じてる色で、例えば、黒色、あるかな?
    その黒色、特定のポイント、独自の空間位置を持ってるでしょう?
    それが自己の外のものを感じてる時の感じる形式・・・空間(形式)に感じてるものが現れてる、ということだと私は思ってます。

    ちょっとここからは、もっと外してる可能性ある、私の今の段階の解釈を言いますね。

    それと同類に、
    心に浮かぶ意識の中身は、時間の位置を持つイメージかな、と、考えています。
    マジモンさんは、過去、現在、未来を知っている、、、
    とは言え、それは、全部、現在のマジモンさんの意識に現れてる想念でしょう?

    現在現れる想念を、マジモンさんは、時間軸のどこかに起きたものとして、あるいは起きるものとして、あるいは目の当たりにしてるものとして、
    位置づけて把握してるでしょう?

    心で感じる時の形式が時間、というのはそういうことかなと私は思ってるんだけど、
    私の考えてることは伝わったかな??

    空間がほんとにあるかどうかはわからないけど、私たちは自己の外にある何かを感じる時、
    主観として、空間という形式上に知る。
    時間がほんとにあるかどうかはわからないけど、私たちは自己の内に何かを感じる時、
    (意識内容みたいなもの)は、
    主観として、時間という形式上に位置を持つものとして現れる、ということかな、と、とりあえず思っています。

    伝わったかな??

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■3552 / )  Re[12]: 超越論的2
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/05(Sun) 18:01:51)
    pipitさま
    わたしの情報、読んでくれてるのね。うれしい。
    中島さんの3542までのところのについてのわたしの見方を書かせてもらいます。

    カントは、現世界の外に別の世界を想定しているのだと思います。
    日本的に言えば、この世とあの世かな?(もっとも日本では仏教的なあの世になるのかもしれないけど)。別の世界を別界ってしますね。

    別界が〔神や死後の魂の永遠などの人間の認識を超えるもの〕というもの。
    これをにキリスト教的「神」ってしちゃいますね。

    「超越的」とか「超越的なもの」っていうのは「神」のこと。
    「超越論的」っていうのは、人間の、ね。
    「神」って、全知全能で、万物の創造主っていうことになってるみたいだから、
    当然人間も創造されたもののなかの一種にすぎないことになるよね。

    こう見たとき、
    〔「超越論的」と「超越的」と不可分の概念〕は、「人間」対「神」っていう不可分なもの、正確には人間は神によって創造されたものであるから、神に対する人間っていうことになるのかもしれないけど。

    〔この基本構図〕っていうのは、
    「全知全能である神に対しての人間の認識(知性)」っていう構図のことって、わたし見ました。

    だから、(神に対する)〔人間の認識の限界を定める〕ってつながっていくって、わたし、見たんだけど。






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■3551 / )  田秋総合研究所 開所記念
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/05(Sun) 17:46:23)
    2020/07/05(Sun) 17:49:22 編集(投稿者)

     西遊記の暦〜貞観13年の干支〜

    西遊記は一人の作者によって書かれたものではなく長い年月をかけ熟成されてきたものをある才能ある集団がまとめ上げたものである(注1)。西遊記の研究は太田辰夫氏、中野美代子氏、磯部彰氏といった日本の研究者が世界を牽引してきた。西遊記の成立や版本の研究はかなり進んでいるが、どういう訳か話し本体の研究は少ない。余りに荒唐無稽でまともな研究の対象になりえないと思われているのかもしれない。

    そこで私田秋が素人のさして切れもせぬメスをふるい解剖を試みることにした。今日は田秋総合研究所開所記念として日頃の研究のごく一部を公開し、読者諸氏のご批判を仰ぐ次第である。なお、文中に記すページ数は岩波文庫から出版されている中野美代子訳の西遊記による。

    三蔵法師が取経の旅に出立したのは貞観13年9月12日のことである(第2巻P85)。貞観13年については第12回にも記述があり「歳次は己巳9月甲戌の初三日、甲戌の良辰」とある(第2巻P46)。貞観13年、9月、3日の十干十二支がそれぞれ己巳、甲戌、甲戌ということである。貞観13年に関しては第9回にも記述があり(第1巻P323)、その注には「貞観13年(639)は正しくは己亥の年にあたる。単なる誤刻ではなく、なんらかの意図があると思われるが、いまは不明」とある。なお実際の玄奘の長安出立は貞観3年頃である。

    ここで話は第98回へ飛ぶ。取経の旅も終わり、陰から三蔵を支えてきた観音菩薩が如来に旅の報告をする場面がある(第10巻P337)。
    「あの者たちの閲した歳月は、じつに14年、すなわち5000と40日であります。」

    試しに5040日を14年で割ってみると360日、ぴったり割れる。ここである仮説を立てることが可能である。すなわち西遊記の世界では毎年変わらず1年が360日という設定になっているのではないか?さらに想像を逞しくすればどの月もひと月30日という非常にシンプルな暦を設定しているのではないか?という仮説である。

    この暦は大変簡単で便利である。十干十二支は全部で60あるからそれを当てはめれば、奇数月の日にちの干支は皆同じ、偶数月も同様、日にちの干支は同じになる。出立時に示された年、月、日の干支を当てはめた表を作成してみる。(掲載図上)
    縦に2列干支が書いてある。左の干支が奇数月の干支、真ん中にある干支が偶数月の干支で、第12回に記述されている干支を基にしている。

    貞観13年の西遊記ワールドの干支である「己巳」とその実世界の干支である己亥に色付けしてある。丁度横並びになっている。これでは「へええ」という程度のインパクトである。そこで十干十二支は還暦と言うように60年で一回りするするので環状に表してみたのが掲載図下である。

    一直線に並ぶのである。丁度真反対になり、作者集団は何らかの理由により実世界の干支の真反対の干支を西遊記に選んだ、というのが筆者の結論である。

    注1.中野美代子氏の説に賛同する。

    オワリ

    図はクリックして別ウィンドウにし+の虫メガネが出るなら拡大してください。

800×1900 => 252×600

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■3550 / )  Re[12]: マジモンさん
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/05(Sun) 17:32:04)
    No3548に返信(pipitさんの記事)
    >
    > 時間は、感性の形式、って言ってるみたいですね

    返信ありがとうございます。
    感性、悟性の「感性」ですよね。
    「形式」ってのが、ミソなんだろうか?

    空間と時間はセットだというのは理解できるんです。
    空間が感性ってもなんとなくわかります。

    時間が感性ってのは、時間を感じているという事ですよね?

返信/引用返信 削除キー/

■3549 / )  ウィトゲンシュタイン
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/05(Sun) 17:22:47)
    No3544に返信(knowing itselfさんの記事)

    >>knowing itselfさんはウィトゲンシュタインは読まれてますか?

    > ちゃんと読んだことはないですが、時間があるならこれから読み込んでみようかなと思っています。ヴィトゲンシュタインは読むときは徹底していて、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」は最低50回は精読したとか言っています。

    カント、ショーペンハウアー、ワーグナーと当初は傾倒していたにもかかわらず掌返しで批判に転じるのが常であったニーチェが珍しく生涯を通して尊敬していた数少ない一人がドフトエフスキーです。

    『ドフトエフスキーこそ、私が何ものかを学びえた唯一の心理学者である。すなわち、彼は、スタンダールを発見したときにすらはるかにまさって、私の生涯の最も美しい幸運に属する。浅薄なドイツ人を軽蔑する権利を十倍もっていたこの深い人間は、彼が長いことその仲間として暮らしたシベリアの囚人たち、もはや社会へ復帰する道のない真の重犯罪者たちを、彼自身が予期してのとはきわめて異なって感じとった(偶像の黄昏 或る反時代的人間の遊撃45)』

    ウィトゲンシュタインは独我論とか<私>と隣接する数少ない哲学者であったことから一時、読み漁りましたが、ニーチェ以上に難解です(笑)。

    訳本は大修館書店ウィトゲンシュタイン全集の「1巻.論理哲学論考」「6巻.青色本・茶色本」「8巻.哲学探究」「9巻.確実性の問題・断片」、後に出版された講談社「ウィトゲンシュタイン宗教哲学日記」を、解説書は永井均著「ウィトゲンシュタイン入門」、AC・グレーリング著岩坂彰訳「ウィトゲンシュタイン」、鬼界彰夫著「ウィトゲンシュタインはこう考えた」、入不二基義著「ウィトゲンシュタイン」、黒崎宏著「ウィトゲンシュタインから龍樹へ 私論『中論』」、講談社「『語りえぬもの』からの問いかけ」を読みました。

    もし読まれる機会があれば、いろいろとレス交換できれば有難いです。私も再度読み直してみます。

返信/引用返信 削除キー/

■3548 / )  マジモンさん
□投稿者/ pipit -(2020/07/05(Sun) 16:48:38)
    こんにちは!

    時間は、感性の形式、って言ってるみたいですね

    マジモンさんは、どんなふうに思ってるのですか?


    No3545に返信(マジカルモンキーさんの記事)
    > こんにちわ。
    >
    > Pipitさん、ちょっと質問したいことがあります。
    > これは品質の質問ではございません。
    >
    > 私はカントの論じている所で違和感がある箇所を指摘してきました。
    > 実はもう外せない違和感が1個ありまして、
    >
    > カントは時間のことをどう思っていると思いますか?
返信/引用返信 削除キー/

■3547 / )  Re[33]: 弁証法とソナタ形式
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/05(Sun) 16:25:23)
    カントとそれを受けたヘーゲルの関係は、古代ギリシアにおけるプラトンとアリストテレスの関係を再現反復したようなところがあると言われますが、同意です。
返信/引用返信 削除キー/

■3546 / )  弁証法とソナタ形式
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/05(Sun) 16:21:48)
    個人的にはヘーゲリアンでもなんでもないないですが、やはりヘーゲルは凄いと思います。世界中の大図書館のあらゆるジャンルの書物に書き込まれている全内容も、哲学的な真理言説としてはヘーゲルを超えていないのかもしれない。そのヘーゲル哲学の核心が弁証法として、クラシック音楽における重要な形式であるソナタ形式と弁証法の類似性・同内容性は、学者や評論家によって指摘されることがあります。ヘーゲルとベートーベンは同年生まれですしね。


返信/引用返信 削除キー/

■3545 / )  Pipitさん
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/05(Sun) 15:55:34)
    こんにちわ。

    Pipitさん、ちょっと質問したいことがあります。
    これは品質の質問ではございません。

    私はカントの論じている所で違和感がある箇所を指摘してきました。
    実はもう外せない違和感が1個ありまして、

    カントは時間のことをどう思っていると思いますか?
返信/引用返信 削除キー/

■3544 / )  Re[31]: 総合者
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/05(Sun) 15:31:45)
    > バートランド・ラッセルの「数学の諸原理」を読んだ頃に、ショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』をはじめとした彼の書籍数冊読了した。ウィトゲンシュタインが読んだ哲学書はこれだけ(参考:A・C・グレーリング著「ウィトゲンシュタイン」
    > 哲学書をほとんど読んでいないことが誰の影響も受けずほぼオリジナルの哲学とも言える前期「論理哲学論考」と後期「哲学探究」を残せたのだと思います。
    > 『意志と表象としての世界』に感銘を受けたのはニーチェと共通しており、二人とも全く異なるジャンルの哲学であるにもかかわらず東洋哲学との共通点があるところが面白いです。
    >
    > knowing itselfさんはウィトゲンシュタインは読まれてますか?

    ちゃんと読んだことはないですが、時間があるならこれから読み込んでみようかなと思っています。ヴィトゲンシュタインは読むときは徹底していて、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」は最低50回は精読したとか言っています。
返信/引用返信 削除キー/

■3543 / )  Re[24]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/05(Sun) 14:38:34)
    まとめ■3527■3528、ごらんください。
    ここにきて、変身願望という課題が投下された。

    変身願望の凶悪事件って結構ある。
    代表的なのは、名古屋大学女子学生殺人事件。
    この犯人は、犯行に及んだ後に、「ついに犯った!」といった。

    いったい「 何を何で犯ったのか? 」

    羊と狼がいる。
    羊の群れの中で、狼は羊の皮を被って生活をしている。
    狼は、隙をついて羊を狩る。

    こう考えると、
    狼に変身したいという欲求はわからなくはない。
    だって、強いから。

    しかし、羊から狼に変身するのは並大抵なもんじゃないと思う。
    羊はハムハムと草食べているだけだ。
    狼に成るには、そのハムハム歯は「肉を引き裂く牙」にならんといかん。
    遺伝子的に無理じゃネ?と思うのです。

    映画「羊たちの沈黙」より、バッファロービルというキャラ(変態)がおるが
    彼は、蛾の蛹に取り憑いていた。
    続々編の「レッドドラゴン」も、フランシス、こいつもかなりの変態だが、
    ドラゴンに昇格しようとしていた(笑)

    なぜ、「別生物」になろうとするのか?
    ともに、「コンプレックス」が鍵になっているようだ

    「コンプレックス」
    Wiki調べ、いや、いろんな学者が登場して、結構めんどくさいね(笑)
    意味を抽象化すると、絡み合った概念が私生活に影響を及ぼして、
    思った通りに行かないといった具合か?

    こっからなぜ、羊から狼までの変身願望へ上り詰めるのか?
    コンプレックスから、別生物への変化は必要なかろうに。
    強い羊でいいんじゃないの?角がバァーン!とある雄羊みたいな。

    「 現実世界 ― ギャップ ― 内面世界 」
    (※内面世界に現実世界が入る?)
    このギャップってのは、「ネガティブな問題」を指している。
    当の本人にとっては死活問題なのかな?




    善悪の彼岸。
    私が過去に堕ちた「善悪の彼岸のイメージ」は、裏側的なモノと感じる。

    日本の裏側はブラジルのようなもので、
    それは仕切りで隔てているわけではなく、
    見えていないだけ。

    つまり、悪というものが一気に攻め込んできてもおかしくない。
    ブラジルが太平洋を渡って、日本に攻め込んでくるようなもの

    善人が善でいられるのは、善以外のもの、払いのけて
    本人の見えない場所まで、それを追いやっているだけではないだろうか?

    よく、神はなぜ悪を作ったのか?という議題があるが、
    悪は物の様に単体であるのではなく、もともと、私らの中にあって
    悪を裏側から引っ張り出しているような気がする。



    なぜ、そう思うのか?というと、
    目に見える悪、可愛く言うと、「ヤンキー姉さん」は、実に堂々としている。
    「むっつりスケベ」は気持ち悪いが、「単なるスケベ」は堂々としている。
    善人で埋め尽くされている社会だが、
    ヤンキーと言えばAさん、単なるスケベのB課長というように
    受け入れらているんじゃないだろうか?

    「 何かの皮を被った何か 」

    やはり、これが気持ち悪い。
    猫を被った女性は、やはり見透かされているような気がするな。
    猫を被った猫ならいいわ。猫やもん(笑)

    面の皮が厚いというが、やはり、「皮」がでてくるね。
    面の皮が厚いってのは、顔しかなく、中身がスカスカやという事。

    かなり絞られてきたな。

    ここで、「狂気」が登場してくる。
    皮膚とは何だという事だ。
    正確にいうと、表情筋や仕草だよね。

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■3542 / )  超越論的2
□投稿者/ pipit -(2020/07/05(Sun) 12:53:45)

    > 3463の、中島氏の続きを書いて見ます。
    >
    > 〔超越的と超越論的〕
    > 〔まず強調されねばならないこと(そしてほとんどの人が無視していること)は、「超越論的」と「超越的」(transzendent)と不可分の概念だということである。<

    けっこうバラバラに考えがちになっちゃうかなぁ
    でも、不可分概念と考えたほうがわかりやすいんだね。

    >神や死後の魂の永遠などの人間の認識を超えるものに関することを「超越的」と呼ぶが、「超越論的」とはこの基本構図をのこしたまま、積極的意味と消極的意味とをあわせ持っている。<

    人間の認識を超えたものという構図をのこし、
    超越論的は、どんな意味を持つのか?

    >積極的意味はさらに二局面に分かれる。<

    はい。積極的には、

    >第一は、人間の認識の限界を定めるという機能、<

    構図があるということは、
    区別線が引かれてるということだからね

    >そして第二は、その限界内でさらに夢や錯覚や妄想や印象から「客観的な実在世界」を区別する機能である。<

    ふむ、なぜに?
    限界内で、なぜに区分できるのか?


    >カントによると、この両機能は人間理性を探ることによりいっきょに見いだされる。<

    両機能とは、人間の認識の限界を定める機能と、認識限界内においてもさらに客観的実在世界を分別する機能。
    幻も、見てる人にとっては、認識の限界内にあらわれてる認識可能なものだからかな。
    可能現実世界の中でも、さらに分別つけるんだね。
    その分別機能は、理性を観ればわかる、と。

    >つまり、各人がただただ理性を省みさえすれば、そのうちに「経験を可能にする諸条件」として時間・空間・(物の基本的あり方としての)カテゴリーを見出すことができ、これらによって構成できる限界が「可能な経験」の限界である。<

    自分がどのように知るという行為を営んでるのか、観察すれば、
    時間空間とカテゴリーが経験を成り立たせてる条件となってることがわかる、
    と言ってるのかな。
    条件だから、限界も定るね。


    >また、「経験を可能にする諸条件」とは、同時に時間・空間における物の基本的あり方なのだから、はじめからそのうちに夢や妄想などと区別された「客観的な実在世界」を抽出できる機能を含んでいる。<

    なんで?
    あかんなぁ、ここだけやったら、わからへんなぁ。
    別の箇所で論理展開してるのかな。
    また余力があったら(^^;;調べてみよう。

    >すなわち、ただ人間理性のうちから「経験を可能する諸条件」を見いだし、<
    >それによって「可能な経験」(「客観的な実在世界」)を構成するという以上の手続きに関するすべてが「超越論的」と呼ばれる。<

    夢の区別のことは置いといて、とりあえず、
    理性から経験を可能にする諸条件をみいだすこと、
    その諸条件により可能な経験、客観的な実在世界を構成する、
    その二つの手続きに関わることが、すべて「超越論的」と呼ばれる。


    >『純粋理性批判』の「超越論的感性論」「超越論的論理学」「超越論的分析論」などのタイトル、またこの手続きにおいて主要な役割を演ずる「超越論的統覚」「超越論的構想力」「超越論的時間規定」「超越論的図式」などはこの意味で使われている。<

    はい。

    > カント以降、「超越論的」という用語はこの意味に限定されてしまったと言ってよい。しかし、カントにおいてはこの積極的意味と表裏一体をなして、次の消極的意味が息づいているのである。<

    片手落ちや言うんやね。
    みんなからこぼれ落ちてしまった、
    カントの頭にあった、超越論的の消極的意味とはどんな意味?


    > 人間の認識の限界を設定することができるためには、われわれはその外側に位置する「超越的なもの」にーー認識できなくとも――何らかの仕方で関与できねばならない。<

    なんでかな?

    >カントによれば、人間理性は「超越的なもの」に「仮象」(Schein)というかたちで関与するのである。<

    おおぅ、仮象で関わる(^^;;
    ある意味身も蓋もない表現に思えるけど、
    私の考えてることとは別の意味なのかな?
    先を読もう。

    >つまり、「超越的なもの」を捉えようとすると人間理性は必ず仮象に陥るが、その仮象への陥り方に関することすべてに消極的意味における「超越論的」という言葉が付される。<

    ん?
    ああ、仮象への陥り方までもが、超越論的か!!

    >『純粋理性批判』のうちで「超越論的弁証論」というタイトルはこれを直接示しているが、そこにおいて主導的な役割を演ずる「超越論的仮象」「超越論的理念」「超越論的自由」などは、こうした意味で使われている。<

    ああ、カント哲学は解釈が割れるのが風物詩みたいになってるけど、
    中島先生はこう解釈するのかぁ。
    確かにわかりやすくなる気がするなぁ。

    >また、『純粋理性批判』において以上の(積極的・消極的)二重の意味を含む方法論は「超越論的方法論」である。<

    方法論、遠い〜
    いつかただりつけるのか。。。
    方法論では、2種の意味が同時に考慮されるのかな。

    > こうして、カントの認識論は(イ)人間の認識の限界を設定し、さらにそのうちで客観的な実在世界を構成する積極的意味と、(ロ)人間理性が「超越的なもの」を捉えようとすると仮象に陥ることを示す消極的意味とから成り、この二重の意味で「超越論的」である。<

    はい。

    >こうした基本構図を有する哲学が「超越論哲学」であり、それは人間理性を超える実在論ではないから「超越論的観念論」である。〕<


    あ、ここで考える前に、用事できて、とりあえずここまでで投稿します

    >
    > つづく
    >
    >

    ありがとう
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■3541 / )  超越論的
□投稿者/ pipit -(2020/07/05(Sun) 12:12:43)
    悪魔ちゃんさん、ありがとう

    > 〔超越論的transzendental〕 中島義道
    > 〔この言葉は、スコラ哲学において、「一」「有」「善」「美」などアリストテレスのカテゴリーの区別を超えるあり方を表す言葉“transcendentalia”に由来する。<

    由来はじめて知ったよ。
    スコラ哲学で、使用されてた単語に由来してたんだね。

    >それが、カントにおいて“transzendent”という言葉との関連において、豊かな内実をもって展開されることになった。<

    ややこしいでしょ。
    transzendental と、
    transzendent
    で、カントはこの語を区別的に使ったみたい。
    ヘーゲルの構成と構築みたいだね。
    哲学者ごとにこだわりの単語使いがあるから、読む方は苦労することもあるね。


    >だが、カント以降この言葉を使用しながら、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルを経てとりわけフッサールさらにアペール、ブプナーなどが本来の意味を単純化・平板化してしまった。ここでは、カントの原意に沿って述べてゆく。〕<

    はい。
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■3540 / )  minoriさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/05(Sun) 11:55:41)
    こんにちは!
    ジメジメでいやですね〜
    カタツムリには心地いいのかな〜

    竹田先生の本は二種類とも持ってるんです。。。
    ちゃんと読めてないだけで。。。
    でも、minoriさんのおかげで、また読破にチャレンジのきっかけできました。
    感謝です(o^^o)

    100分de名著のテキスト、すごくわかりやすくていいですよね!
    著者の西先生は、竹田先生と仲いいんじゃないかな、
    共同で活動などもされてたかも

    ixtlanさんは、竹田先生のフッサールだかヘーゲルだかの本読んで、
    お気に召さなかったみたいですけどね(^^;;

    あぁ、今、悪魔ちゃんさんが引用してくれたとこ読もうと思ってて、
    主題が超越論的という単語なんだけど、
    竹田先生の過去の書がお気に召さなかったixtlanさんが、
    私に、竹田(先生)は超越論的のことはどう書いてる?超越のことは?
    みたいなこと聞いてくださったの思い出しました。

    >「カント 構想力」で検索して出てきたHPの哲学者の方の文章を少し拝見しました。
    カントの『人間学』という著書では、構想力の働きというのには「心の病を引き起こすには部分もある」みたいに書かれているそうです。
    あくまで、構想力の働きにはそうしたことを引き起こす力もある、ということなんだとは思いましたが、ちょっと興味深くもあります。
    それと・・・うろ覚えでの内容を今書いてみたので、話半分で見てくださいね。(;'∀')<

    興味深い記事ありがとうございます!
    また少しずつ、いろんな本を読んでみますね

    おつかれさまです(^O^)/

返信/引用返信 削除キー/

■3539 / )  田秋総合研究所
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/05(Sun) 10:58:12)
    パニチェさま 早速ありがとうございます。

     ご挨拶
    所長の田秋です。今後とも宜しくお願いします。m(_ _)m
返信/引用返信 削除キー/

■3538 / )  田秋総合研究所
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/05(Sun) 10:48:15)
    トピ主:田秋さん

    No3536に返信(田秋さんの記事)

    > 私のトピックを立てて頂けるなら「田秋総合研究所」でお願いしたいと思います。
    > 田秋=Turkey=おマヌケ(?) 総合=なんでも、研究所=酒の肴にする

    とのことです。田秋さん、よろしくお願いします。
返信/引用返信 削除キー/

■3537 / )  Re[42]: 新トピック
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/05(Sun) 10:44:45)
    No3536に返信(田秋さんの記事)
    > パニチェさま
    >
    > 今は私のお願いでここwelcome&雑談で色々書き散らしていますが、元来このトピックはBBS DIONYSOSの玄関みたいなところですよね。初めてここへ来た人の挨拶の書き込み、それに対するwebmasterの歓迎の意、という機能があると思うのです。あと、webmasterからのお知らせとか。
    > 今の状況は玄関入ったらおかしなオッサンがゴザ敷いてガラクタ売ってた、みたいなものです。ここももうすぐ満杯になります。それを機に私のトピックを立てた方がご迷惑にならないような気がします。如何でしょうか。
    > 立てて頂けるなら「田秋総合研究所」でお願いしたいと思います。
    >
    > 田秋=Turkey=おマヌケ(?) 総合=なんでも、研究所=酒の肴にする

    了解しました。私は全然気にしてなかったのですが新トピ設置は有難いです。
    お気遣いありがとうございます。
返信/引用返信 削除キー/

■3536 / )  新トピック
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/05(Sun) 10:40:31)
    パニチェさま

    今は私のお願いでここwelcome&雑談で色々書き散らしていますが、元来このトピックはBBS DIONYSOSの玄関みたいなところですよね。初めてここへ来た人の挨拶の書き込み、それに対するwebmasterの歓迎の意、という機能があると思うのです。あと、webmasterからのお知らせとか。
    今の状況は玄関入ったらおかしなオッサンがゴザ敷いてガラクタ売ってた、みたいなものです。ここももうすぐ満杯になります。それを機に私のトピックを立てた方がご迷惑にならないような気がします。如何でしょうか。
    立てて頂けるなら「田秋総合研究所」でお願いしたいと思います。

    田秋=Turkey=おマヌケ(?) 総合=なんでも、研究所=酒の肴にする
返信/引用返信 削除キー/

■3535 / )  Re[41]: 結婚斡旋業?
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/05(Sun) 09:54:39)
    2020/07/05(Sun) 10:55:30 編集(投稿者)

    おはようございます。

    No3531に返信(田秋さんの記事)

    > 横スレ失礼します。 これが人の話に参加するときの作法なんですね。

    返信することをレスポンスと言い、横入で返信することを“横レス”と言って、Yahoo!掲示板やtextreamでは「横レス失礼」とかカキコしている人もいましたが、掲示板など公共の場に投稿することは、レスを付けられるのが前提なので、これをカキコしないから無作法ということにはならないと私は思います。私はクセでカキコしてしまいますが。。。^^

    > おはようございます。科学には「すべての事は一つの理論で説明できるはずだ」という金科玉条があり、相対性理論と量子力学が統一できないというのは科学者にとっては我慢ならないことらしいです。
    > どうもこの両者の結婚を阻んでいるのは無限大問題のようです。多分朝永振一郎の話だった思いますが、黒板に〇を書いて考えていたというのを読んだことがあります。粒子を点(大きさ0)で表すと妖怪「無限大」が現れるので、それを大きさの有るもの(〇)で考えるということだったと思います。
    > 私には実質何もわからない多時間理論とか繰り込みとか超弦理論とかで、なんとか結婚させてあげたいと科学者が日夜頑張っている、というのが私のイメージです。

    同意です。
    粒子というのは特定の位置を持つ(局所的存在:黒の〇)もので、運動は弾道または曲線であってもひとつのルートをとり、障害物があれば跳ね返ります。
    波は特定の位置を持たず(非局所的存在:無限大のもつれ合わせ)、空間や水面に広がり障害物があっても廻りこんだり、二つの運動が重なったり(干渉)します。
    私たちの日常的な感覚からすれば粒子と波は相容れないものなんですよねぇ〜。

    私たちが観測した時だけ空間に広がっている波が突然収縮(波束または波動関数ψ)?し、粒子として観測されるが、私たちが観測していない時の運動は波として記述しないと辻褄が合わない。

    「それは量子力学が不完全なものであるっちゅ〜ことであって、そのようにしか観測でけへんのは未発見の変数とか観測の何らかの要素があるっちゅう〜ことを暗に示してるって考える方がまともやろ!わしらが月を見ようが、見まいが、月は存在するに決まっとるやん!遠く離れた二つの量子のスピンがもつれ合わせで回転してたとしたら、そら光速を超えて情報が伝達するっちゅうことになるやんか!光速以上の速度で情報が伝わるわけないがな」ってのがアインシュタインの反論(非局所的長距離相関:EPRパラドックス)らしいです。

    これに対してボーアは「観測した時には粒子やねんから粒子として記述すりゃええねん。運動は波でないと記述できんから、それでええやん。わしらが見てない時に対象がどうであるかとか、観測を超えての実在を考えるのは物理の役目とちゃうやろ、実際に現実に相応してるから何の問題もないやん」と答え、現時点ではベルの不等式によってボーアに軍配が上がっており、相対論と量子論は未婚のままみたいです。

    極微ではくマクロ物質にもゆらぎがあることが最近発見されてるみたいです(これまではミクロとマクロの中間であるメゾスコピック系で見つかっていました)。
    https://nazology.net/archives/63812
返信/引用返信 削除キー/

■3534 / )  赤い実さんへ
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/05(Sun) 09:23:00)
    No3530に返信(minoriさんの記事)
    > 受け入れていただいてありがとうございます。(^^♪

    どういたしまして。

    > パニチェさんをはじめ、こちらに書かれている方々が堅苦しい感じではなくって、柔軟だというのは感じるのですが、高度な内容を書かれているのでその部分で、正直、敷居が高く感じられ、初投稿はちょっとドキドキはしました。
    > でも、温かく迎えていただけてほっとしてます。
    > どうぞよろしくお願いします。

    あるテーマに対する解釈や分析、掘り下げ具合などなど深浅はあるかもしれませんが、テーマに高低はなく、ごく日常的な会話もOKですので、敷居なんてありませんよ。^^

    レス交換の内容が理解できるかどうかは、ある言葉や哲学を知っているかどうかの違いです。私なんて友人のシェフ同士の料理に関する話なんて横で聞いててもさっぱりワケワカメです(笑)。

    興味があるかどうかを基本として、興味があることで、分からないことはどんどん質問すればいいと思います。

    私に関して言えば、質問に答えることで自分も考えをまとめたり、調べ直して思考が深まるきっかけになったるするので、質問は大歓迎です。
    私も知らないことで興味があれば質問しまくりますしね。^^

    いくつになっても知らないことを知るのは面白い。
    知った分だけ私が見る世界が広がり、深みも増すような気がします。
    好奇心は死ぬまで持ち続けたいものです。

    お楽しみ下さい。
    このレスへの返信はお気遣いなく♪


返信/引用返信 削除キー/

■3533 / )  Re[40]: 神はサイコロを振らない
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/05(Sun) 09:03:21)
    2020/07/05(Sun) 11:51:31 編集(投稿者)

    こちらは一足先に「おはようございます」です。^^

    No3526に返信(floraさんの記事)

    > 私もちょっと前までN.ボーアに言ったのが初めてだと思っていました。アインシュタインは非常にマメで色々な方々と手紙でコミュニケーションをとっていたようですね。そして自分で気に入った発言はいろいろなところで言ってしまう・・・(笑)

    なるほど。^^

    >>量子力学の誕生によって相対論までの物理は古典とくくられてしまった。
    > そうでしたね。マクロを扱う一般相対性理論と、ミクロの量子理論の統一は可能なのでしょうか。D.ボームの言うように、宇宙は不断で全体、調和しているうということならば、統一可能でしょうか・・・?

    量子重力理論とか、超弦理論とか、いろいろ試みられているようですが、相対論と量子論は相性が悪いみたいですね。
    統一が難しいのは量子力学の不確定性原理と非局所的長距離相関(量子もつれ:状態の共存性)だと思います。
    最新ニュースです。
    https://nazology.net/archives/63812

    >>アインシュタインvsボーアは、素朴実在論vs実証主義でもあり、物理だけではなく科学哲学的なテーマでもあるところが面白いですね。
    > 哲学のロジック展開が数学や、科学にも応用されてきたとか、確か愚さんが以前言ったと思うのですが、まさしくそうなのでしょうね。

    その通りですね。以下は自分なりにまとめてみます(スルーでも結構ですよ。^^)

    古典物理:ガリレオ〜ニュートン力学〜相対性理論
    ・素朴実在論:我々の意識とは無関係に(主観とは独立して)事物や現象、法則は実在する。
    アインシュタイン、プランンク、ド・ブロイ、シュレディンガー、D・ボームなど、量子力学をつくりあげた科学者の一部も含め確率解釈を拒否し、多世界解釈や隠れた変数を提唱。
    ・哲学的にはプラトニズム(イデア論)、カント以前の諸哲学。
    ・宗教的には外に客体なる神の存在を信仰する西洋的宗教観(「神の宮」等一部の例外あり)。

    量子力学
    ・実証主義:観測結果のみを物理学の俎上に載せ理論構築する。
    ニールス・ボーアを代表としたコペンハーゲン学派。
    ・哲学的には論理実証主義(ウィーン学団)、マッハの感覚的経験論、ニーチェの解釈の哲学、ウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」、フッサール現象学〜メルロ=ポンティ知覚の現象学等。
    ・宗教的には内なる神仏、あるいは梵我一如に覚醒することを主とした東洋的宗教観。
     日本仏教:唯識(法相宗)、華厳(事事無礙法界、一即一切・一切即一)、密教(入我我入)、禅宗等々。


    蛇足
    外に神を想定する宗教観は聖戦を認める。内なる仏を灯明とする正統派仏教では「宗旨の争いは釈迦の恥」とさレ融和的、かつ神仏習合(本地垂迹)と見なす。
    見取見(十根本煩悩のひとつ、自分の考えや自分の見解を絶対視し固執すること)も煩悩と戒められ、教義も悟りへの乗り物(指標)であり、目的を他すれば捨て去る、執着すべきではないものと説く(筏の喩)。
    物理が描く世界観も哲学の流れも西洋から東洋的なものへと移り変わっているようです。

返信/引用返信 削除キー/

■3532 / )  エフ二さんへ。
□投稿者/ minori -(2020/07/05(Sun) 06:21:09)
    笑顔がカーネルサンダー似だというエフ二さん。
    声をかけていただいて嬉しいです。(^^♪

    都会はまたコロナが流行りだしてますよね。
    しばらく今の状態が続くのかな。。 ちょっと心配ですね。

    ブログ、見ていただいてたんですね。 わ~、ちょっと恥ずかしいかも。
    自分で以前、リンク貼ったりしたのになんなんだか(笑)、って感じですけど。
     コメント歓迎です。記事の内容と関係ない話でも。
返信/引用返信 削除キー/

■3531 / )  結婚斡旋業?
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/05(Sun) 06:20:14)
    2020/07/05(Sun) 06:48:29 編集(投稿者)

    横スレ失礼します。 これが人の話に参加するときの作法なんですね。

    おはようございます。科学には「すべての事は一つの理論で説明できるはずだ」という金科玉条があり、相対性理論と量子力学が統一できないというのは科学者にとっては我慢ならないことらしいです。

    どうもこの両者の結婚を阻んでいるのは無限大問題のようです。多分朝永振一郎の話だった思いますが、黒板に〇を書いて考えていたというのを読んだことがあります。粒子を点(大きさ0)で表すと妖怪「無限大」が現れるので、それを大きさの有るもの(〇)で考えるということだったと思います。
    私には実質何もわからない多時間理論とか繰り込みとか超弦理論とかで、なんとか結婚させてあげたいと科学者が日夜頑張っている、というのが私のイメージです。
返信/引用返信 削除キー/

■3530 / )  パニチェさんへ。
□投稿者/ minori -(2020/07/05(Sun) 06:10:30)
    受け入れていただいてありがとうございます。(^^♪

    パニチェさんをはじめ、こちらに書かれている方々が堅苦しい感じではなくって、柔軟だというのは感じるのですが、高度な内容を書かれているのでその部分で、正直、敷居が高く感じられ、初投稿はちょっとドキドキはしました。
    でも、温かく迎えていただけてほっとしてます。
    どうぞよろしくお願いします。

返信/引用返信 削除キー/

■3529 / )  pipitさん、ありがとう〜。
□投稿者/ minori -(2020/07/05(Sun) 06:00:11)

    > 自分のトピを作りたい時はパニチェさんにお願いすれば、
    > 赤い実さんあらためminoriさんのトピを作ってもらえるし、
    > この『純粋理性批判』トピも、カントに限らず、なんでも好きな時に書き込んでくださいね!

    一人で読み進めていくとまた挫折しちゃいそうなので、pipitさんや他の方の投稿を拝見して勉強したり励みにさせていただきますね。(^^♪
    トピ作成については、語れるものもないので・・・お願いはしません。
    教えてくれてありがとうございます。


    > 今解読してるのは、第一版での構想力なんですね。
    > 第一版と第二版でカントの書いてる内容が違っているそうで、
    > 竹田先生の本はおそらく第二版の内容の構想力の説明になってるかもなのですが、
    > なんせ勉強途中なので徐々に見ていきますね。
    >
    > minoriさんのご覧になっている本も、多分持ってるものと同じかな?と思うので、
    > また探してきますね。


    以前やりとりさせていただいた時、竹田先生の『はじめてのカント「純粋理性批判」』をpipitさんも私も持ってると知り、「わ~、偶然」って喜んだりしたのですが、実はこの本、二種類あるそうで。
    私が読んでるのは、「超解読」のほうです。
    もう一つは、「完全解読」だそうで、そちらのほうが難しいらしいです。
    pipitさんがお持ちなのは、もしかしたら「完全解読」のほうかな。

    こちらで「100分で名著」の純理が出てると知り、注文し昨日届いたのでほんの少し読みました。
    読みやすい文章でこちらはすらすらと入ってきますね。
    カントの人物像についても、意外な部分が知れて興味深いです。

    「カント 構想力」で検索して出てきたHPの哲学者の方の文章を少し拝見しました。
    カントの『人間学』という著書では、構想力の働きというのには「心の病を引き起こすには部分もある」みたいに書かれているそうです。
    あくまで、構想力の働きにはそうしたことを引き起こす力もある、ということなんだとは思いましたが、ちょっと興味深くもあります。
    それと・・・うろ覚えでの内容を今書いてみたので、話半分で見てくださいね。(;'∀')

    > 書き込み嬉しいです、
    > どうぞよろしくお願いします!


    pipitさんとまたやりとりできて、とても嬉しいです。
    気軽な感じで、こちらでもよろしくお願いします。


返信/引用返信 削除キー/

■3528 / )  Re[23]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/05(Sun) 04:47:44)
    ちょっとまとめますA

    D 悪魔ちゃんの指摘

    > あ、もっとも精神が、身体機能の全停止、一般的に「死」となっても、精神は「魂」って呼ばれるようになって、存在し続ける、っていう見方もあるみたいだけど、現象学においては、「生」における精神(意識)について考えてるって、わたし、見てる。


    Pipitさんの純粋理性批判のトピでもちょくちょく話しましたが
    私は、輪廻というのがいとも簡単に起こりえると思っています。

    凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹

    まず、未来が1つだよね。
    じゃ、どうやって未来を創っていくのか?というと
    善の行為か、罪だよね。
    善い行いにより未来は作られます。
    悪い行いにより、反省して未来は作られます。
    じゃ、善い行いをした人は誰ですか?
    悪い行為をした人は誰ですか?
    名前は?
    善い行いをした人は死にました。名前を憶えていますか?
    悪い行いをした人は死にました。名前を憶えていますか?
    これで、「憶えています」になると完全に輪廻はされている。
    漫画、映画、物語のキャラもそうだよね。
    ワンピースのルフィしっていますか?
    「知っています」輪廻完成だよね。
    だって絵に魂を吹き込んだ人がいるわけですから、
    その魂を読者が感じ取って、感情移入しているのですからね。
    俺の人生は、誰かの繰り返しの可能性がたかく。
    俺の「魂」は、「乗り移り」、「生まれ変わり」の可能性がある。

    凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹

    E 悪魔ちゃんの指摘A

    > <「 外 ― 自 ― 内 」>
    > ちがうよ、<外>も「内」に入れちゃうの。

    これは面白いです。
    世界が重なっていてもおかしくないわね。
    しかし、犯罪者の場合、「ファンタジー」を膨らませる空間がいると思う。
    「内」と「外」が重なっているから、「外」から逃げるのかな
    「狼」と「羊」が重なっているから、「羊」から逃げる? むしろ、喜ぶだろうな
    「狼」として戻ってくるって事か!?
    変身か!羽化か!脱皮か!なんやねん!
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■3527 / )  Re[22]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/05(Sun) 03:39:08)
    ちょっとまとめます。

    目的:
    @ 善悪の彼岸 … これを見える化します。
    A 〔怪物と戦う者は、自分もそのために怪物ととならないように用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む。〕… どんなものか説明し、犯罪を止めます。
    B @Aから、犯罪心理を探ります

    まず、

    A
    文化人類学。ある島の罪と罰。
    犯罪の基本は、「夜這い」。ほぼ「侵入罪」に値すると思われます。

    B
    マジモンの経験 → ■3498
    ちなみに悪魔ちゃんが、私に「捜査官ですか?」といったが、
    なぜ、私が犯罪者が嫌いなのか?というと、
    実はマジモン、マジモン財閥の跡取りで、その財を狙う奴とよく戦っていた。
    しかし、こう見えてもマジモンは暴走族の総長が親友で
    結構、悪に関しては耐性がついており、木刀、及び格闘技が得意なのは、そのため。
    現在、地元では仏のマジモン、子供の神様と呼ばれるくらいの「ふぬけ」です。
    付属池田小事件の宅間守元死刑囚により、「ニーチェの名言」に出合い、覚醒。
    義憤の感情が強いのか、陰惨な事件が起きると、髪が逆立つくらい我を失う。
    最近は、京アニ放火事件の青葉が、「ど悪党やな!」と思っている。

    C
    現象学メルロ・ポンティの「身体は世界と心の媒体」と知り
    「 Aの世界 ― ギャップ ― Bの世界 」の図式が成り立ち、
    この図式で、犯罪心理は全て成り立つのでは?と思っている。

    C−1
    羊と狼、羊の皮を被った狼
    「 Aの世界 ― ギャップ ― Bの世界 」で考えると
    「 羊の群れ ― 羊の皮 ― 狼の考える事 」

    C−2
    凶悪犯の育ちの問題
    「 Aの世界 ― ギャップ ― Bの世界 」で考えると
    「 愛のある善人の世界 ― ギャップ ― 愛がなく非難の世界 」

    C−3
    臆病、ストレス過多、自己中心、妄想、政治的な発言、良心の欠如、依存症
    「 Aの世界 ― ギャップ ― Bの世界 」で考えると
    「 現実の世界 ― ギャップ ― ぶっ壊れている内世界 」

    つまり…

    悪意を育てる場所が必要。
    凶悪犯は秘密基地が必要で、エスカレートする場所が必要。
    吸血鬼。吸血鬼の特徴は、怪力、変幻自在、神出鬼没ですから
    かならず、悪はどこかにいて、知らぬ間にやってくる事。
    なぜ、凶悪犯を吸血やモンスターに例えるのか?
    それは、凶悪犯は、漫画・映画・物語から、モデルである悪を輪廻させていると
    感じるからである。
    よって、愛、信念、恐怖、悪魔は、いとも簡単に輪廻すると思われる

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■3526 / )  Re[39]: 神はサイコロを振らない
□投稿者/ flora -(2020/07/05(Sun) 03:09:15)
    パニチェさん、こんばんは〜

    >>「神はサイコロを振らない」は、私もボーアとの間で交わされたものだと思っていましたが、実は、マックス・ボルンの論考「量子の波動関数」に対して、アインシュタインは1926年12月4日つけの手紙の中に、そのように書いたとのことです。
    >
    >>それを何度も引用するアインシュタインに対してボーアは、「神が何をなさるのか色々指図するものではないですよ」と言ったとのことです。
    >
    > そうなんですか、知りませんでした。
    > さすがフローラさん、よく知っておられる。

    私もちょっと前までN.ボーアに言ったのが初めてだと思っていました。アインシュタインは非常にマメで色々な方々と手紙でコミュニケーションをとっていたようですね。そして自分で気に入った発言はいろいろなところで言ってしまう・・・(笑)
    >
    > 量子力学の誕生によって相対論までの物理は古典とくくられてしまった。

    そうでしたね。マクロを扱う一般相対性理論と、ミクロの量子理論の統一は可能なのでしょうか。D.ボームの言うように、宇宙は不断で全体、調和しているうということならば、統一可能でしょうか・・・?

    > アインシュタインvsボーアは、素朴実在論vs実証主義でもあり、物理だけではなく科学哲学的なテーマでもあるところが面白いですね。

    哲学のロジック展開が数学や、科学にも応用されてきたとか、確か愚さんが以前言ったと思うのですが、まさしくそうなのでしょうね。
返信/引用返信 削除キー/

■3525 / )  Re[39]: 西洋文明
□投稿者/ flora -(2020/07/05(Sun) 02:54:32)
    pipitさん、こんにちは ♪〜

    > こんにちは!

    古代ギリシャの学問というのは凄まじいものがありましたね。pipitもご存じのように英語のphilosophyがギリシャ語の philoとsophia、知を愛すということで学問全般を示していましたね。プラトンも、賢人たちの知識を集積してあの膨大な数の著作を残したのでしょうね。 しかし、文字があるというのは強いですね。紀元前5世紀前後というと、日本では弥生時代が始まったばかり?ですか・・・あああ〜〜、すごいギャップを感じてしまいます。

    このトピでも絵画、文学、彫刻、建築等における西洋文明の深さを話されていたと思いましたが、まさに学問も古代からの訓練の積み重ねが素晴らしいですね。

    私は哲学にはまったく無知ですが、パニチェさんのご厚情でここに置いていただいています。

    引き続きよろしくお願いいたします。


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■3524 / )  Re[13]: 悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/05(Sun) 00:58:52)
    寝ぼけまなこで、ここに反応

    >真偽善悪のない状態。こう状態ってあるんじゃないかって、わたし思ってる。
    身体が存在する、っていうことに真偽善悪ってあるのかしら?<

    うん。判断があとに来るんだね。

    悪魔ちゃんさんが時々私に書いてくれることって、こういうの関係あるのかな?

    判断以前の、身体が存在する、だけ、の境地

    わたしね、ちょっと、というか、大分違うと思うんだけどね、

    悪魔ちゃんさんが、判断のない世界を見てみたい、と思うかどうかはわからないけど、

    わたし、一回、欲のない状態で世界をみてみたいな、って、思ったの。

    でも、欲がない、と、世界も、あらわれないのかな、

    それとも、みれるのかな、そんなこと思ってたよ。

    感情のない世界を知ってみたいんだ。

    わたしのきもち、伝わらないかも、だけど、ね。

    悪魔ちゃんはどんな世界をみてるのか

    それをわたしはいまのところ直知できない

    間主観性とか、いろいろ関わってくるのかな、

    不思議だね、ありがとう。おやすみなさい(^ ^)

    夢うつつで送信〜
返信/引用返信 削除キー/

■3523 / )  悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/05(Sun) 00:40:34)
    こんばんは

    >「構想力」は、【Einbildungskraft】「構成」は、【Konstruktion】だったよ>

    気になったから、英訳を調べてみようと思いました。
    英訳みると分かりやすく感じることもありますもんね。

    まず、日本語訳で出てくるところ見てみますね。
    そのあと、同じ箇所のJ.M.D.Meiklejohnさんの英訳箇所を書いてみますね。
    【】はpipitが付け足しました。

    構想力は、
    『総じて、綜合というのは、盲目ではあるが、心の欠くべからざる機能である【構想力】の働きによるのである。構想力なしではそもそもいかなる認識をも所有することはできないが、しかし我々はこのことに気づくことはめったにない。』(A78/B103)
    Synthesis,generally speaking,is,as we shall afterwards see,the mere operation of 【the imagination】- a blind but indispensable function of the soul, without which we should have no cognition whatever, but of the working of which we are seldom even conscious.


    構成は、
    『数学的認識は概念の【構成】からの理性認識である。』(A713/B741)
    という箇所にしてみました。
    mathematical cognition is cognition by means of 【the construction】 of conceptions.

    ********

    構想力は、imagination
    構成は、construction
    と英訳されてましたね。

    悪魔ちゃんさんがタイピングしてくれた引用文を読んだあと、
    黒崎先生の本で勉強続けてみますね(^-^)

    今日はもうすぐ寝ますね、おやすみなさい

返信/引用返信 削除キー/

■3522 / )  ピピットちゃん、こんばんは♪
□投稿者/ エフニ -(2020/07/04(Sat) 23:15:36)
    No3520に返信(pipitさんの記事)
    > いえぇ、中国は2週間だけのほとんどお遊び旅同然なものだけです(>_<)
    >
    > 中国といえば、
    > 息子のゲーム関係のネット仲間は、香港の子が多いそうで、
    > 今の状況を息子も心配していました。
    > 多分20歳前後の子達が集まってるかんじで、
    > 中国の子が1人いるっていうので、
    > 喧嘩っぽくならんの?と聞いたら、
    > 中国の子、めっちゃ大人な感じなんよ、って言ってました。
    > 今の状態は心痛みますね。
    >
    > わたし出身は関西なのですが、結婚して現在は関西圏から出てしまいました
    > 関西大好きなんですけどね、ラクな雰囲気!
    >
    > >因みに、私は、小学生の頃に(低学年)、夜道をぼんやり歩いていて、肥え溜に落ちたことがあります。ネ<
    >
    > おぉ、夜道で肥溜めに落ちてびっくりでしたね
    > 無事で本当に良かったです
    > 大変でしたね
    >
    > ちなみに、わたし、、、
    > 小学校のとき、
    >
    > 春に自転車乗ってて、あまりに気持ちよくて、
    > 目を瞑って走ってみたら、
    > 自転車ごと水を張った田んぼに、目を瞑ったまま、ダイブしました。。。
    >
    >
    > 春の日の思ひでです。
    >
    >
    > 小学生の時とか、いろいろおもしろかったですね
    > 昭和の雰囲気を思い出します
    > ありがとうございます(*^_^*)
    >
    >
    >
    >ピピットちゃん、レスありがとうァ

    >今の状態は心痛みますね。<

    そうですよね。

    予断を許さなくなって来ましたよね。

    >無事で本当に良かったです。<

    ありがとうございます。

    家に帰ったら怒られるかと思ったら、母親が「落ちて死んだ子供もいる。肥え溜は危ないんだよ。」と、安堵していました。

    ☆田んぼにダイブって、そういう泥だらけの田んぼのお祭りみたいのを、テレビで見たことがあります。

    ピピットちゃんって、いわゆる一つの「おてんば」だったのですね。

    現在からは、想像もつかないでちゅ。(・ε・)
返信/引用返信 削除キー/

■3521 / )  心身二元論。
□投稿者/ エフニ -(2020/07/04(Sat) 22:53:36)
    No3405に返信(floraさんの記事)
    > こんにちは ♪
    >
    > この場合の「心」とは、具体的にどんなことを意味するのでしょうか?
    >
    >

    フローラ様、こんにちは廁

    ☆この場合の心とは、「汝と我」として、意思の疎通を可能にするものを持っている、ということを意味しています。

    植物学が御専門であるフローラ様は、具体例を多くお知りだと思います。

    「モーツァルトを聴かせると、花がなかなか枯れない。あるいは成育が良くなる。」「優しく話し掛けて水をやると、花がなかなか枯れない。成育が良くなる。」「植木屋は、優しく話し掛けながら枝を切っていく。」等の話を聞いて、植物にも心があると仮定しました。

    とすると、心にとって脳は必要条件では無くなります。

    これを又、二つめの仮定にして、答を臨死体験に求めて、いろいろと考察して来たところです。
返信/引用返信 削除キー/

■3520 / )  エフニさん、こんばんは♪
□投稿者/ pipit -(2020/07/04(Sat) 22:42:38)
    いえぇ、中国は2週間だけのほとんどお遊び旅同然なものだけです(>_<)

    中国といえば、
    息子のゲーム関係のネット仲間は、香港の子が多いそうで、
    今の状況を息子も心配していました。
    多分20歳前後の子達が集まってるかんじで、
    中国の子が1人いるっていうので、
    喧嘩っぽくならんの?と聞いたら、
    中国の子、めっちゃ大人な感じなんよ、って言ってました。
    今の状態は心痛みますね。

    わたし出身は関西なのですが、結婚して現在は関西圏から出てしまいました
    関西大好きなんですけどね、ラクな雰囲気!

    >因みに、私は、小学生の頃に(低学年)、夜道をぼんやり歩いていて、肥え溜に落ちたことがあります。ネ<

    おぉ、夜道で肥溜めに落ちてびっくりでしたね
    無事で本当に良かったです
    大変でしたね

    ちなみに、わたし、、、
    小学校のとき、

    春に自転車乗ってて、あまりに気持ちよくて、
    目を瞑って走ってみたら、
    自転車ごと水を張った田んぼに、目を瞑ったまま、ダイブしました。。。


    春の日の思ひでです。


    小学生の時とか、いろいろおもしろかったですね
    昭和の雰囲気を思い出します
    ありがとうございます(*^_^*)






返信/引用返信 削除キー/

■3519 / )  Re[21]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/04(Sat) 22:16:57)
    No3518に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > <「 外 ― 自 ― 内 」>
    > ちがうよ、<外>も「内」に入れちゃうの。
    > 意識(あるいは精神)の話をしてるのね。
    > 意識って私の身体の内にあるものじゃない?

    違うと言われるだろう思っていました(笑)

    しかし、おそらく「 A−ギャップ―B 」の形が鍵を握っているだろうなと思います。

    これだと羊の皮を被った狼も説明できちゃうなと…



    > あ、もっとも精神が、身体機能の全停止、一般的に「死」となっても、精神は「魂」って呼ばれるようになって、存在し続ける、っていう見方もあるみたいだけど、現象学においては、「生」における精神(意識)について考えてるって、わたし、見てる。

    「生」における精神(意識)ってどういうことでしょうか?

    文章が読み取れなかった。

    私が輪廻派の部分でしょうか?



    > ちょと気なったんだけど
    > <犯罪心理おける「凶悪犯が劣悪な環境で育つ」は理解できる。>
    > における<劣悪な環境>っていうのはどういう環境なのかしら?


    これは簡単で、簡単といったらヤバいですけど、

    ★★ 生れ落ちて一度も愛さず、非難ばかりすればその子は犯罪者になる ★★

    これは定石です、悪用禁止で。確率論だけども。
返信/引用返信 削除キー/

■3518 / )  Re[20]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/04(Sat) 21:58:04)
    <「 外 ― 自 ― 内 」>
    ちがうよ、<外>も「内」に入れちゃうの。
    意識(あるいは精神)の話をしてるのね。
    意識って私の身体の内にあるものじゃない?

    あ、もっとも精神が、身体機能の全停止、一般的に「死」となっても、精神は「魂」って呼ばれるようになって、存在し続ける、っていう見方もあるみたいだけど、現象学においては、「生」における精神(意識)について考えてるって、わたし、見てる。

    ちょと気なったんだけど
    <犯罪心理おける「凶悪犯が劣悪な環境で育つ」は理解できる。>
    における<劣悪な環境>っていうのはどういう環境なのかしら?

返信/引用返信 削除キー/

■3517 / )  Re[9]: pipitさまへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/04(Sat) 21:36:39)
    3506
    <悪魔ちゃんさんの言葉をパッとみて、あ、受精卵の方がips細胞より、いいな!と思ったんだけど、ちゃんと読んだら、未受精卵子、なんだね。>
    ありがと! 

    <未受精卵子の方が悪魔ちゃん的にはいいの?>
    うん、そう。受精卵の場合すでに他者が入ってる状態よね。

    わたしの言う「初期化」の意味は後で欠くね。

    ニーチェに絡めますね。
    「大いなる正午」っていうのありみたい。
    わたしの真上に太陽があって、そのとき私の身体の影は地面に現れない。
    真偽善悪のない状態。こう状態ってあるんじゃないかって、わたし思ってる。
    身体が存在する、っていうことに真偽善悪ってあるのかしら?

    わたしが知りたかったこと、<「構想力」は、【Einbildungskraft】「構成」は、【Konstruktion】だったよ>
    ありがとうございます。


返信/引用返信 削除キー/

■3516 / )  Re[19]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/04(Sat) 21:34:43)

    「 外(他) ― ギャップ ― 内(己) 」

    臆病もこれで説明できちゃうな、
    残るは依存症も…、できちゃうな。

    犯罪心理おける「凶悪犯が劣悪な環境で育つ」は理解できる。
    無知の方が、犯罪・戦争を引き起こすってのはもそうだな。
返信/引用返信 削除キー/

■3515 / )  ピピットちゃん、こんばんは♪
□投稿者/ エフニ -(2020/07/04(Sat) 21:26:30)
    何をおっしゃいますか。

    私は、道子先生のサイトでの「きのこちゃん」としての投稿をロムしていた当時から、そしてピピットちゃんが学生時代に中国に留学していたと知った時から、ずっと尊敬モードでピピットちゃんを見ています。

    ところで、今日仕事仲間に、「昨日の関西は寒かったらしいよ。ネット仲間が「今日は寒いからおでんにする」と言っていたよ。」と言ったら、みんなちょびっと、びっくりしていました。

    因みに、私は、小学生の頃に(低学年)、夜道をぼんやり歩いていて、肥え溜に落ちたことがあります。ネ
返信/引用返信 削除キー/

■3514 / )  Re[18]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/04(Sat) 21:26:17)
    「 外(他) ― 内(己) 」 

    深淵ってのは、己が住まう内世界に存在して、
    きっと深い深い穴であり、
    そこに己が秘密にしたいモノを捨てまくって、
    蓋をしめているようなもんじゃない?

    その蓋を開けると、一気に地獄があふれ出すっていう算段か。

    凶悪犯が、神格化するのも、外環境が言う事聞かへんもんで、
    内世界をコントロールしている事やな。

    これで、自己中心、妄想、政治的発言、良心の欠如、
    ストレス過多は一気に解決したな。


    残るは。

    「臆病」と「依存症」やな。
返信/引用返信 削除キー/

■3513 / )  Re[17]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/04(Sat) 21:10:12)
    「 外(他) ― 内(己) 」 → ギャップ有り → 妄想発生

    善悪の彼岸、完全に終わったんちゃう?

    自は、自分の顔をを指さす事やろ?

    完全、終了やで。
返信/引用返信 削除キー/

■3512 / )  Re[16]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/04(Sat) 21:02:51)
    No3509に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > 3502
    > <「自己」はどこよ>
    >
    > わたし、意識(あるいは精神)をいくつかに分節して見てる。
    > 場所の名前として、大きく分けて「自」「己」「他」に。
    > 「自己」っていうのは正確には「自」と「己」の領域。
    > それぞれ機能があって…。
    > これ、メビウスでいっぱい話したし、もう言うのやんなちゃったからやめる。


    No3504に返信(悪魔ちゃんさんの記事)

    正直、メルロ・ポンティの言っている事が正しいと思うが、

    「 外 ― 自 ― 内 」になった場合、

    アプリオリも、怪物も、どうでもよくなったよね。

    そして、「自」「己」「他」となったら、

    おそらく、「 外(他) ― 自(自) ― 内(己) 」

    この善悪の彼岸、終わったんちゃう?
返信/引用返信 削除キー/

■3511 / )  Re[10]: 悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/04(Sat) 20:59:18)
    ごめんね、ちょっと家事とかしてきます。

    おつかれさま!
返信/引用返信 削除キー/

■3510 / )  悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/04(Sat) 20:58:16)
    悪魔ちゃんさま

    >哲学へ戻ります。わたしのばあい、哲学は独学です。
    哲学書を読んで理解しようとするとき、使われてる用語の意味が哲学者によって異なってるようなのです。
    フッサールの『デカルト的省察』のなかにはデカルトやカントについての記述があります。そこで彼らのことについても調べなければならなくなります。
    たとえば、「超越論的現象学」というのがでてきます。この「超越論的」はカントの用語で、フッサールはこのカントの用語を使用しながらもその意味が違うようなのです。そこで“カントの超越論的”を調べて見ました。
    中島義道さまが「超越論的」について書かれているのがありました。
    ここ、『純粋理性批判』なのでここに書き写して見ようと思います。<

    はい。

    >〔超越論的transzendental〕 中島義道
    〔この言葉は、スコラ哲学において、「一」「有」「善」「美」などアリストテレスのカテゴリーの区別を超えるあり方を表す言葉“transcendentalia”に由来する。それが、カントにおいて“transzendent”という言葉との関連において、豊かな内実をもって展開されることになった。だが、カント以降この言葉を使用しながら、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルを経てとりわけフッサールさらにアペール、ブプナーなどが本来の意味を単純化・平板化してしまった。ここでは、カントの原意に沿って述べてゆく。〕<

    あー、悪魔ちゃんさんが言うように、言葉に込める意味がそれぞれ異なってしまってるみたいだね。


    >という書きだして始まるものです。ちょっと長いので分けて、でももうすでに御存知でしたらおっしゃってください。<

    ちゃんと知らないよ。
    中島先生が、どこかの本で、みんな(フィヒテとか)誤解してる!カントはそんな意味で使ってないのに!みたいなかんじの気持ちで書いたような文章は読んだことあるけど、どこがどう違う、とか、理解してないよ、

    長いのにごめんね、
    いつも本当にありがとう。
返信/引用返信 削除キー/

■3509 / )  Re[15]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/04(Sat) 20:54:12)
    3502
    <「自己」はどこよ>

    わたし、意識(あるいは精神)をいくつかに分節して見てる。
    場所の名前として、大きく分けて「自」「己」「他」に。
    「自己」っていうのは正確には「自」と「己」の領域。
    それぞれ機能があって…。
    これ、メビウスでいっぱい話したし、もう言うのやんなちゃったからやめる。
返信/引用返信 削除キー/

■3508 / )  エフニさん、こんばんは!
□投稿者/ pipit -(2020/07/04(Sat) 20:51:13)
    いえぇ、
    もう4年くらいたちそうなのに、
    まだアンチノミーの前までしか進んでない驚愕のノロさ。。。

    やめた方がいいのかしらと時に迷いつつ

    やめれません〜〜〜

    ちなみに私は田んぼに落ちそうなくらいぼんやり歩いてるかんじです。
    いつもありがとうございます!
返信/引用返信 削除キー/

■3507 / )  Re[14]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/04(Sat) 20:46:11)
    『人類学的思考の歴史』、あら、覚えていてくてなのね。
    ちょっと紹介すると、

    本文で337ページ。字の大きさはそんなに小さくないと思います。どう説明していいのかわかりません。

    序文の書き出しの部分を写して見ます。

    1 本書はなにをめざすのか
    本書は人類学的思考の歴史をあとづけようとするものである。
    人類学とは奇妙な学問である。それは、哲学、文学、歴史、神学等に細分化された西洋の知の分類体系に抗するかたちで、人間の身体から感情、観念、環境との関係までを総合的に理解しようとするものであり、さらには人間の全活動領域としての経済、政治、社会、宗教、倫理、芸術等を総体として理解しようとする傾向性をもっている。それが研究対象とするのは全体としての人間であり、人間の活動の全領域である。このような意味において人類学は、世界を分割し、分割することで明瞭な意識を獲得し、それによって世界を統治・操作することをめざしてきた近代西洋の知のあり方に対する異議申し立てとして成立したのであった。人類学が人文社会諸科学のなかで占める特質性は、他の諸科学が論じてこなかった、西洋から見て異質な諸社会、「未開」という形容詞をつけられるのがつねであった諸社会を研究するという研究対象の特異性にあるのではない。むしろ人類学の特質性は、近代西洋がつくりあげてきた知の分類体系とは異質な原理に立つ、研究方法と理念の独自性にこそ求められるべきなのである。
    ・・・

    哲学書とちがってわたしには読みやすかったです。

    別に読まなくてもいいと思います。わたしこの本の宣伝してるわけじゃないから。


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■3506 / )  悪魔ちゃんさまへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/04(Sat) 20:45:21)
    悪魔ちゃんさん、こんばんは(^O^)/
    少しずつ読んでみますね、ありがとう!
    おつかれさま!


    ごめん、大分前の書き込みへの返信からはじめるね。

    >ips細胞のイメージで「構想」を捉えようとしてるみたいですが、それだったら”卵子”の方がいいかもしれません。未授精卵子の細胞質には初期化因子が含まれてることが想像できるから。<


    悪魔ちゃんさんの言葉をパッとみて、あ、受精卵の方がips細胞より、いいな!と思ったんだけど、
    ちゃんと読んだら、未受精卵子、なんだね。
    未受精卵子の方が悪魔ちゃん的にはいいの?
    受精卵の方が、分化のコースが決められてるから、もう進むしかない、一方方向だからかなぁ。
    初期化かぁ、
    進むだけじゃない、戻ることも可能、のイメージかなぁ
    んー、悪魔ちゃんさんの頭の中は、面白そうだなぁ


    >「構想力」の日本語訳の「構想」というのは原本ではどのような語となっているのしょうか?教えていただけるとありがたいです。
    というのは、フッサールの『デカルト的省察』(FD)では「構成」と訳されているものがあります。訳注を書き写してみます。<

    まず、ここを書くね。
    カント辞典で調べますね。
    、、、、
    「構想力」は、【Einbildungskraft】
    「構成」は、【Konstruktion】
    だったよ。


    >〔構成Konstitution:超越論的現象学は「超越論的主観性における世界の構成」を解明するもので、「構成」はその中心概念の一つではるが、フッサールの用法は必ずしも明確ではなく、あたかも「自我が世界を構成=創造する」かのような誤解も生み、フッサール自身が「意味形成」と「創造」の間で動揺していたという、フッサール晩年の助手オイゲン・フィンクの指摘もあり、その解釈をめぐって議論されてきた。考慮すべきなのは、フッサールがしばしば「構成されるsich konstituieren」という再帰動詞の形を使っていることである。なお、「構成的konstitutive」という形容詞をフッサールは、このような「構成の問題に関わる」ものを形容するのに使っているので、むしろ、「構成に関わる」と訳した。〕<




    >また、3277で、ななしさまが<A構築主義 自分に現れてくる現象のみ対象でカントやフッサール、ニーチェなど>とおっしゃていましたが、FD)FDの訳注では、
    〔フッサールは、「構成Konstitution」とは区別して、「構築konstruktion」という語を、根拠のないまま上から理念を無理矢理押し付けて作り上げてしまう、という意味で使っている。〕
    ななしさまの「構築主義」がどのようなものかはわかりませんが、「構築」という語だけからみたらフッサールの場合は違うんじゃないかと思ってます。<

    微妙な単語使い、哲学者ってするよね。

    フッサールは構築はそのような意味で使ってるんですね。
    初めて知りました。
    ありがとうです(o^^o)
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■3505 / )  こんばんは。
□投稿者/ エフニ -(2020/07/04(Sat) 20:43:09)
    お〜〜ァ

    れいちゃん、久しぶりゥ

    ヤフー時代は、影が薄かった私ですので、「ところで、お前、誰?」と言われそうですが、エフニです。

    忘れてしまっているかも知れませんが。

    私はれいちゃんの、「ここで、ちょっと一休み」は、時々チラ見していました。

    れいちゃんがニークラに参加してくれて、凄く嬉しいです廂

    しかしピピットちゃんは、圧倒的ホームグラウンドが「原始仏教」で、カントはスピンオフみたいな感じだったけど、段々カントのほうもハイレベルになってきて、ピピットちゃんは凄いですよね。

    因みに、私は、相変わらず、ぼんやりとした人生を過ごしています、
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■3504 / )  Re[13]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/04(Sat) 20:39:54)
    あら!マジモンさん捜査官だったの?
    わたし一般人だから、その世界でのことわかんない。
    でも、精神的きつかったのかもね。
    <木刀をもって電車に乗り込もうとしていた>って”客観的”に見て、ヤバかったよね。
    マジモンさんの深淵、長く覗き込んじゃったせいかも?

    わたし、心理学っていう科学じゃないの。「現象学的心理学」っていうの、「現象学」は「哲学」って見てるから、言い換えると「哲学的心理学」っていうことになるのかな?

    ちょと、フーコーを思い出した。「フーコー入門」っていう書物のなかにこんなことが書いてありました。
    〔この当時のフランスの心理学は、実験を中心とした「科学的な学問性」を強調する学問だった。心理学を専攻したフーコーが最初に尋ねられた質問は、〈君はビネのような科学者になりたいかね、それともメルロ=ポンティのような心理学者になりたいかね〉という問いだったという。ビネは知能テストの創始者として知られるが、この知能テストに象徴されるのは、「測定し、数え、計算する」科学的な心理学が真の心理学であるという考え方である。そして当時の心理学の学界では、現象学から人間の身心関係についての思索を展開したメルロ=ポンティのような「思考し、反省し、次第に哲学へと向けて目覚める」哲学的な心理学は、偽りの心理学であるというのが一般的な考え方だった。〕フーコーはたしか男性で同性愛者だったと思う。そしてエイズになったみたい。

    わたし、あくまで独学哲学的な視点からしか記述できない。






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■3503 / )  Re[30]: 総合者
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/04(Sat) 20:34:20)
    2020/07/04(Sat) 20:40:09 編集(投稿者)

    No3499に返信(knowing itselfさんの記事)
    > どんな分野でもそうだと思うが、天才というのはある意味総合者でしょう。自分発のオリジナルだけなんてありえません。哲学も。カントもそうだと思う。
    > ただそうでないタイプもいて、それに当たるのはウィトゲンシュタインあたりでしょうか。

    同意です。
    17歳のウィトゲンシュタインはウィーン大学のボルツマンのもとで物理学の研究を目指していたが入学資格をとることができず、父親の専門であった工学の才能を示していたためベルリンのシャルロッテンブルクにある工科大学に入学するも三学期で退学。その後、航空工学に興味をもったことからマンチェスター大学の航空工学科の学生となる。卒業間近になりプロペラの設計に取り組んだことから数学的な面に興味を抱き、数学基礎論に魅せられるようになった。バートランド・ラッセルの「数学の諸原理」を読んだ頃に、ショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』をはじめとした彼の書籍数冊読了した。ウィトゲンシュタインが読んだ哲学書はこれだけ。ラッセルとフレーゲによりもたらされた倫理学と哲学の最新の成果に興味をかき立てられ、イェーナ大学のフレーゲの推薦もあり、ケンブリッジ大学のラッセルのもとで師弟関係を結び論理学と哲学の研究に没頭する。ラッセルは当時を振り返って「ウィトゲンシュタインほどの才能のある人物に出会ったのはムーア以来のことだった」と手紙に書き記している。(参考:A・C・グレーリング著「ウィトゲンシュタイン」)

    哲学書をほとんど読んでいないことが誰の影響も受けずほぼオリジナルの哲学とも言える前期「論理哲学論考」と後期「哲学探究」を残せたのだと思います。
    『意志と表象としての世界』に感銘を受けたのはニーチェと共通しており、二人とも全く異なるジャンルの哲学であるにもかかわらず東洋哲学との共通点があるところが面白いです。

    knowing itselfさんはウィトゲンシュタインは読まれてますか?

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■3502 / )  Re[13]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/04(Sat) 20:16:19)
    現象学 メルロ・ポンティが言っている事って正しいと思うな。

    身体は世界と心の媒介か

    うんそうやと思う。

    まさしく、「 外 ― 自己 ― 内 」やん

    妄想は、心じゃなく、頭脳か…

    アプリオリってのは、もともと持っているものやろ。




    「自己」はどこよ。
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■3501 / )  Re[13]: pipitさまへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/04(Sat) 19:51:39)
    ためしにやってみたんだけど、半角20000文字って、けっこう書けるのね。
    pipitさまだったら腑に落ちるところがあるかも、って。
    気が向いたら読んで見て。

    あ、それから3486に「仮象」っていうのあるけど、中島氏は「現象・仮象」っていう題で書いてあるのもある。参考までに一部抜粋しておきます。

    〔…ランベルトは「現象学」(Ph&auml;nomenologie)という用語をはじめて使用したとされるが、彼の現象学とは「仮象の学」にほかならない。この場合、仮象という概念に「真」に対する「偽」という意味合は含まれていない。仮象とはあくまでも真偽以前の「中間物」であり、何ごとにせよ見えるがまま・現れるままの事柄であって、これはドイツ語の“Schein”の意味を忠実に保っていると言えよう。・・・カントはこのランベルトの構想を一部引き受け、『純粋理性批判』をはじめ『現象学』というタイトルにしようとしたほどほどである。しかし、この構想をカントは大きく変容させ、仮象を「誤った現れ」という意味に限定した。それは「錯覚」とほぼ同義であり、広く主観的にそう見える(思われる)ものを客観的だと誤って判断するときに生ずるものである。…〕
    「…こうした変容の過程で、ランベルトにおいては特に積極的な意味を持っていなかった現象は、カントにおいては積極的に経験内の「真の現れ」という意味を受け持つことになる。…〕
    って、書いてありました。


    ちょっと、ニーチェに絡めますね。
    『善悪の彼岸』のなかにこんなのがある。
    144
    〔女が学問的な傾向をもつのは、通常は彼女にどこか性的に異常なところがあるからだ。すでに不妊ということが趣味を或る意味で男性化させる。−−すなわち、男は、失礼ながら、「不妊動物」である。−−〕
    なんか、たたなくなったじじいが言いそうなこと。
    箴言?誰に言ってるのかしら。



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■3500 / )  ブラームス4番
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/04(Sat) 19:44:21)
    大好きな曲です。
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■3499 / )  総合者
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/04(Sat) 19:29:18)
    どんな分野でもそうだと思うが、天才というのはある意味総合者でしょう。自分発のオリジナルだけなんてありえません。哲学も。カントもそうだと思う。

    ただそうでないタイプもいて、それに当たるのはウィトゲンシュタインあたりでしょうか。
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■3498 / )  Re[12]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/04(Sat) 19:23:24)
    No3485に返信(悪魔ちゃんさんの記事)

    はい、悪魔ちゃん、お疲れ様です。
    今本屋に行ったんですが、売ってない(笑)

    『善悪の彼岸』、『人類学的思考の歴史』も絶版です〜

    と言われてしまった。
    しかし、ふと思った。

    大人の図書館通いも乙かもしれない…と。

    では始めます。



    > 第4章 箴言と間奏 146
    > 〔怪物と戦う者は、自分もそのために怪物ととならないように用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む。〕

    > 現象学的に見ると

    ここまで来たら、悪魔ちゃんの言っている事を地でいってみようと思う。
    まず、現象学をやってみようと思う。


    > 私(自分自身)に対する怪物は、私の精神(自分)うちに内在化する。
    > その内在化した怪物が即自となると私は怪物となってしまう。
    > だから、自己を見失わないように気をつけねばならない。

    『内在化』ってのがあるんだろうな。

    外在世界 ― 自己 ― 内在世界

    こんな感じなんだろうな。
    凶悪犯をみると、例外なく臆病者にみえるわけです。

    ・自己ってどこにいるの?という疑問
    ・内在世界と妄想は別物なの?という疑問

    おそらく、おそらく

    肉体と呼べる世界ではないよね。
    脳が作りし、外の世界、脳が作りし自己、
    脳が作りし内在世界、脳が作りし妄想世界

    すくなくとも4つのスペースが必要になるよね。

    > 私が覗いている深淵は私の精神(自分)のうちに内在化する。
    > 覗いているのは私だ、と私は思っているのかもしれないけど、
    > でも逆に、内在化した深淵に自己が見られているのだ。

    当時の事を考えてみる。

    ・私は当時、犯罪者が嫌いで、そいつらを何とかしようと思っていた。
     具体的いうと、宅間守。完全にこいつが引き金。
     付属池田小事件は、確か昼だった。
     この事件が発生したとき、毛が逆立つのを覚えている。
     私は頭の中が真っ白になり、
     木刀をもって電車に乗り込もうとしていた。



    ・ロバートKレスラーの本を買い漁った。
     そこで、

    〔怪物と戦う者は、自分もそのために怪物ととならないように用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む。〕
     


    ・私は、この文をイメージしたら、真っ暗な空間に地平線のような景色になった。



    ・私は深淵をイメージしたと自覚していたので、まさか、ワチャワチャ君がこちらを覗いているとは思っていなかった。しかし、気づいたらもう居やがった。イメージで作った世界なので、何とでもなると思ったが、その映像の虜になっていってしまった。



    ・「私の中にもいる」と感じ、私も生まれ持った凶悪性をもっているのか?と1か月引きこもった。誰に相談するべきかと考えた。その当時、恋人もいたので、冷や汗をかきながら、椅子に座り、椅子に座りながら寝ていた。右腕で左腕を拘束し、左腕で右腕で拘束していた。しっかりしないと!しっかりしないと!とずっと言っていたような気がする。



    ・どうやって解消したのか?というと、ペットを飼った。ひたすら、モフモフした。景色がキレイな場所へ訪れ、景色を眺めた。そのうち、その映像の虜になる事は無くなった。



    > ってなるのかな? おそらく意味がわかんないかもしれないけど、
    > 現象学っていう深淵を長く覗き込んでいるとこうなちゃうのかも。
    > 現象学では「現象学的心理学」っていうのもあるよ。

    現象学心理学、読むかな。

    > あ、それと、『善悪の彼岸』箴言と間奏146の前の2つもわたしおもしろいと思う。アイロニー的に書き換えられるから。

    探すわ。
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■3497 / )  Re[38]: ラストシンフォニー 田秋さんへ
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/04(Sat) 19:11:27)
    > そろそろ次のラストシンフォニーに行きましょうか。次のお題は何にしますか?
    >
    > 但し今から2週間余りは勉強が超忙しくなるので、7月下旬辺りに出来上がればいいかなって感じです。

    そうですね。ブラームスの四番でお願いします。

    田秋さんのご予定とペースにしたがってご自由に書き込みください。楽しみにしています。


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■3496 / )  無縁仏三郎親分
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/04(Sat) 19:09:49)
    カキコが待ち遠しいけど、ろくろ首を見習い大人しく待ちこがれていよう♪
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■3495 / )  Yahoo!掲示板&textream
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/04(Sat) 19:07:21)
    ド変人ベスト3

    第三位 あめみなか


    第二位 銅鐸の神


    第一位 パオパオこと豚麻呂
         別名「ラーメン右翼的原理主義ネオナチたまに左翼でたまに反左翼」w

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■3494 / )  〈私〉についての探究
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/04(Sat) 19:04:18)
    ちょいサボってるなw
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■3493 / )  神トピ西遊記
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/04(Sat) 18:55:47)
    2020/07/04(Sat) 18:58:28 編集(投稿者)

    2003年4月26日 投稿者:Temporal_anitya (無常山寂静寺( ̄へ ̄)

    ~~むだむだぁ~~( `.∀´)∝〜〜 金角役のりきまる師
    調教が必要ね。 ( =_=)    銀角役のパンドラ先生

    かつて凶悪なる金角、銀角を倒した?馬、悟空、八戒、は・・
    ・・・ひょんなことから、悟浄と出会い、・・・
    その後、三蔵法師:凌花さんと、悟空の妹:華紫チャンが加わって、今日も神の存在と大いなる法を求めて、互いに論争しながら、歩いておりました。

    ・・・・テクテク・・・

    ( ̄^ ̄ ) だから、法華経では・・・
      _  
    \( ̄へ ̄ ) だから、佛法とは・・・

    Щ(^∞^ ) ナニを頓珍漢な・・・現代医学とは・・・
      _  
    \( ̄へ ̄ ) まったく安本丹な・・・カイロと言うンは・・・

    Ψ(^−^ ) ニーチェやん

    \( ̄へ ̄ ) 無常でっしゃろ〜。

    Δ(σ_σ) 天使って、ステキ。(だいじょ〜ぶか、さんぞー。佛法はどうしたぁ〜〜激泣)
      仏教はあんまり知らないけど、三蔵法師なの〜。でも、ハゲ頭はイヤ!!だから、華紫ちゃん釣れてきちゃった。

    (‘‘) あたし、名前が全国公開されてるンの〜。(悟空の妹だからヘンタイ・・じゃなくて変人)
      三蔵凌花さんのオトモダチです〜〜〜。まだ、ミッツー・・・じゃなくて、中学生と間違えられるノー。凌花お姉さまでは、ムリなの〜。

    -------------------------
    ということで・・・・

    ( ̄^ ̄ )(σ_σ) \( ̄へ ̄ ) Щ(^∞^ ) Ψ(^−^ ) スタコラさっさ
                 (‘‘)←本人により変更(遠くを見てるの)

    で、・・・・とある村に入ったとき、そこでは二大勢力が骨肉の争いをしておりました。
     
     (・_・ )K あのね、Yクン。君の立場をもう少し自覚したまえよ。
     (°-° )L だから、違うのは意見ではなく、意見の捉え方です。

     (`^´ )Y ウルせ〜ゾ、K。暴走族の存在を容認するンか、おら〜〜〜。
     ☆〜(σ。σ)♪ ま、エ〜ンちゃう。 Yの言うこともモットモよ。Kのはモットモすぎ。

    ・・・・・ここで入り乱れて、大バトルに発展するかと思い気や・・・

     (・_・ )K だから、矛盾は存在しないわけ。俗世的じゃないけど理解できた?
      _  
    \( ̄へ ̄ ) だから、「一切現象界」に存在しないものはおまへン。

    Ψ(^−^ ) カール・ゴッチはつよいで〜〜〜。

     (`^´ )Y ぼくは、ブルーノ・サンマルチノだ!

     (σ_σ) 私、タロットで言うと女帝。ホホホ、ジョ〜オー様とお呼び。

     ☆〜(σ。σ)♪ ウチは体育会系じゃ。タロットは風呂場にかぎるで。

    Ψ(^−^ ) シュレディンガーの猫は、生死の境がナインよ。

     (σ_σ) 知れでンガンの猫?かわいいの?

      馬   ぽわ〜〜〜ん(最近、ノーミソ使ってない・・・)
    ( ̄^ ̄ )・・・三蔵法師はホントに夏目雅子なんだろ〜か・・・キャシーちゃんに乗り換えてモラオ〜かな・・・・ワカイし・・・・でも、夏目雅子がイイ、絶対イイ!!

    (‘‘) だ〜〜かーーら、あたしは菊川霊に似てるの!!(笑ったときだけ。キッパリ)
    ・・・え?知らない?・・・さてはオッサン?・・・もーむすッて知ってるぅ?

     (σ_σ) 「嶺花」じゃないユーとるヤロが、ボケ。今度間違えたら、月にかわってお仕置きよ・・・ふッふるい。
     (;σ_σ)/~~ビシビシ!!☆:(~O~;=;~O~)シビレル〜

    Щ(^∞^ ) だから、自律神経失調症と言う病名はないんです。・・・その他のことは知ったことじゃない。ご勝手にというしかない。

     (σ_σ) 八戒さん、お医者さんみたい。

    Ψ(^−^ ) ふんふん・・・ベンキョ〜になるヤン。

    さてさて、この支離滅裂なる西遊記一行の将来や、如何に・・・・
    ヘ( ̄ー ̄ヘ)(ノ ̄ー ̄)ノ♪ ちゃんちゃん

    正法無常宗祖師 転法(/\)南無一切無常絶対超越真理

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■3492 / )  オフ会について
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/04(Sat) 18:38:50)
    開催場所;香港だけはやめておこう。

    国家の存在が国民の人権よりも重視される際は倫理道徳も地に堕ちる。
    この場合の国家とは国民ではない一部の特権階級の人たちの益を指す。

    まだブラジルや1日5万人の感染者を出している米国の方が安全だ。
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■3491 / )  Re[12]: pipitさまへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/04(Sat) 18:15:36)
    引用タイピングありがと!!

    感謝です m(_ _)m
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■3490 / )  Re[11]: pipitさまへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/04(Sat) 18:13:41)
    ひえ〜〜〜
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■3489 / )  Re[11]: pipitさまへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/04(Sat) 18:12:40)
    3487のつづき

    〔周辺用語との区別について〕
    〔ここで、補足的に多くの研究者が誤用している「超越論的主観」(transzendentales Subjekt)という言葉の原意に触れておく。カントの場合、いまだ「主観」という言葉には「基体」(Substratum)という意味が残っており、それは実体としての不滅の魂という意味を呼び起こす危険性を持っている。そこで、彼は自我についてはこうした「超越論的主観」という側面を徹底的に批判し、「作用体」という側面だけをあらわす「超越論的統覚」を採用した。つまり、カントにとって、自我とは「超越論的統覚」であって「超越論的主観」ではないのである。
     次に、「超越論的」と「純粋」(rein)と「ア・プリオリ」(a priori)との区別に触れておく。
    「純粋」は、カントの場合、経験的(empirisch)ではないという否定的意味が基本であるが、積極的に理性だけからという意味を担って「根源的」(urspr&uuml;nglich)と言い換えられることもある。例えば「純粋統覚」とはいかなる経験的なものも含まない統覚であるが、「超越論的統覚」とは「経験を可能にする諸条件」を含むような統覚である。「純粋総合」とは経験的な混入物を洗い流した純粋な線のような総合であるが、「超越論的総合」とは「経験を可能にする諸条件」を含む「時間」という特有の線のような総合である。
    また「ア・プリオリ」は「ア・ポステリオリ」に対する言葉であるが、カントの場合、同じように「経験的」に対立する言葉として「純粋」と重なる。しかし、違いが強調される場合もあり、「すべて変化は原因をもつ」という判断は経験に由来しないという意味でア・プリオリであっても「変化」という物質に関する判断だから、経験的なものが混入しており「純粋」ではないとされる。一方、「7+5=12」のような数学的判断は経験的なものが混入していなから、ア・プリオリであってかつ純粋な判断ということになる。だが、この用語法が常に守られているわけではない。そして、再確認すれば、「超越論的」とは単に「経験的な混入物がない」ことではなく、「経験的な混入物がない」にもかかわらず経験に適用されるのはなぜか、という問いの全体に関わることである。
     これに関連して、「超越論的」という言葉(カントの原意)は「相互主観的」(intersubjektiv)とは相容れないことを強調しておく。「超越論的」とは「事実問題」(quid facti)ではなく「権利問題」(quid juris)であり、カントは地上の上の人間すべてが事実合意しても客観性は保証されない、と考える。客観性とは、こうした「相互主観性」を超えたところにあり、しかも単なる「目的」や「理念」ではないものとして了解されている。それは独自の要請である。言い換えれば、「超越論哲学」を求めるか否かは「ひとつの客観的な実在世界」を求めるか否かの問題であり、これは(フィヒテが強調するように)「関心」の問題であり、究極的には各人の「生き方」の問題である。
     最後に、翻訳について触れておく。「超越論的」は九鬼周造が昭和4(1929)年にはじめて使用したと言われており、意外に歴史は古い。それまで、そしてこれ以降も長く“transzendental”には「先験的」という訳が定着している。この訳語は、「経験的」(empirisch)との対語が明瞭であるだけ一面的な意味に引きずられ、「純粋」や「ア・プリオリ」と区別がつかなくなる。また、”transzendental”のもうひとつの意味である「超越するもの」との消極的連関を捉えきれていない。「先験的弁証論」では何のことかわからないであろう。そこで、近年特に現象学の隆盛と相まって、言葉としては硬いがむしろ「超越的」との連関も示しながらその複雑な意味を含むという利点をもった「超越論的」が支配的になってきた。だが、依然として「先験的」という訳語を使っている研究者もおり、個々の例について「先験的」と「超越論的」に訳し分けている研究者もいるのが実情である。〕

    以上です。

    内容については、わたしよくわかりません。
    でも、「超越論的」という用語の意味がカントのとフッサールとは異なっている、っていうことがわたしにおいてわかった、ということだけで、わたしにとってはそれでいいの。どこがどのように異なっているかについてはここではやめとく。





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■3488 / )  floraさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/04(Sat) 18:08:58)
    こんにちは!

    参考文献としては情報は書かれてなく、文中に『国家』『ティマイオス』
    という本の名前が出てきていました。

    フローラさんの書き込みを読んで、もう一度本を読んでみました。

    フローラさんがおっしゃるように、プラトンはピタゴラス派の人たちに
    大きな影響を受けた、という話の中で、ピタゴラ派の方たちの思想の紹介として、
    数学的な比例の世界は、音楽的な調和の世界と非常に密接に結びついている話が
    のっていました。
    私がいい加減に抜粋してしまったので、プラトン発の思想、プラトンのオリジナルの思想
    のような文章になって、申し訳ございませんでしたm(_ _)m
    教えてくださってありがとうございます!

    私は全然知識ないのですが、伊藤先生は、プラトンがピタゴラス派などのアイデア(?)を
    引き継いで、さらに発展させた、と考えられているようです。

    『彼は数学者ピュタゴラスよりももっとずっと丁寧な議論を重ねることで、
    宇宙の構造と人間の本性の関係について、きわめて深い洞察を見出すことができました。
    彼の哲学に接することのできた古代のギリシア人は、このような数学的であると同時に哲学的でもある発想を徐々に身につけることによって、
    古代世界の他の文明では見られないような、惑星の運行システムというアイデアを発明し、
    科学としての天文学を決定的に進展させるとともに、そのシステムを動かす宇宙的な「魂」の力について考える、哲学という学問の役割に目を開くことができたのです。』p50


    私には不勉強でわからないのですが、
    脈々と引き継がれ、いろんな人間によって育てられてきた考え方だったのですね。
    floraさん、ありがとうございます!

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■3487 / )  Re[10]: pipitさまへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/04(Sat) 18:03:58)
    3486のつづき

    〔経験への適用〕
     〔だが、カントは、時間・空間の「超越論的研究」とカテゴリーの「超越論的演繹」におけるように、「超越論的」をさらに限定した意味でも使用している。これらの場合「超越論的」とは「形而上学的」(metaphysisch)に対する概念であり、「形而上学的」とは理性のうちからア・プリオリな条件を導出する段階にかかわる手続きであるのに対して、「超越論的」は理性から導出された概念を経験に適用する段階にかかわる手続きである。ここには、「経験を可能にする諸条件は理性から導出され、経験から導出されたのではないのに、なぜ経験に適用しうるのか」という難問が控えている。この問いは「演繹論」(カテゴリー論)の場合顕著だが、「感性論」(空間論・時間論)においても基本的には同じかたちをとる。カントの回答は、時間・空間・カテゴリー(例えば因果律)ははじめから「一般的に物理学を可能にする」ようなものでなければならない、というものである。「経験を可能にする諸条件」すなわち時間・空間・カテゴリーは、虚心坦懐に人間理性のうちを探って導出するものではなく、事実学としての物理学を一般に可能にするようなものでなければならない。時間・空間・カテゴリーとは一般に物理学を可能にするようなものでなければならず、それらによって構成される「客観的な実在世界」とは「そこで一般に物理学が可能になるような世界」である。
     ここには明らかに循環がある。むしろ、限定された意味での「超越論的」とは、この循環を端的に承認することを要求することである。ここには、世界に関する様々な記述のうち物理学こそ「客観的実在世界」を特権的に記述できる、という強烈な思い込みがある。一種の物理主義であるが、この思い込みを論駁することは、じつはそれほど容易な作業ではない。カントの問題をやや普遍化して言い換えるならば(別の語り方ではなく)「物の空間・時間的配置ならびに運動を記述することによってのみわれわれが世界を客観的・統一的に語ることができるのはなぜか」という問いに関わることが「超越論的」なのである。これは、今日なお大きな問いであろう。物理学が世界を記述し尽くすことができないことは明らかであるが、別の仕方で世界をより客観的・統一的に語ることができるわけでもない。客観的・統一的な世界記述を求める限り、やはりわれわれは時空における物の配置と運動に着目する以外の仕方ないのだとすれば、それはなぜなのか。この問いに関わることが狭義の「超越論哲学」である。〕

    つづく

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■3486 / )  Re[9]: pipitさまへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/04(Sat) 18:02:18)
    pipitさまが『純粋理性批判』を理解しようとなさっているので、中島義道氏の書いたものを紹介しようかと思ったのです。参考になれば的な程度です。
    3463の、中島氏の続きを書いて見ます。

    〔超越的と超越論的〕
    〔まず強調されねばならないこと(そしてほとんどの人が無視していること)は、「超越論的」と「超越的」(transzendent)と不可分の概念だということである。神や死後の魂の永遠などの人間の認識を超えるものに関することを「超越的」と呼ぶが、「超越論的」とはこの基本構図をのこしたまま、積極的意味と消極的意味とをあわせ持っている。積極的意味はさらに二局面に分かれる。第一は、人間の認識の限界を定めるという機能、そして第二は、その限界内でさらに夢や錯覚や妄想や印象から「客観的な実在世界」を区別する機能である。カントによると、この両機能は人間理性を探ることによりいっきょに見いだされる。つまり、各人がただただ理性を省みさえすれば、そのうちに「経験を可能にする諸条件」として時間・空間・(物の基本的あり方としての)カテゴリーを見出すことができ、これらによって構成できる限界が「可能な経験」の限界である。また、「経験を可能にする諸条件」とは、同時に時間・空間における物の基本的あり方なのだから、はじめからそのうちに夢や妄想などと区別された「客観的な実在世界」を抽出できる機能を含んでいる。すなわち、ただ人間理性のうちから「経験を可能する諸条件」を見いだし、それによって「可能な経験」(「客観的な実在世界」)を構成するという以上の手続きに関するすべてが「超越論的」と呼ばれる。『純粋理性批判』の「超越論的感性論」「超越論的論理学」「超越論的分析論」などのタイトル、またこの手続きにおいて主要な役割を演ずる「超越論的統覚」「超越論的構想力」「超越論的時間規定」「超越論的図式」などはこの意味で使われている。
    カント以降、「超越論的」という用語はこの意味に限定されてしまったと言ってよい。しかし、カントにおいてはこの積極的意味と表裏一体をなして、次の消極的意味が息づいているのである。
    人間の認識の限界を設定することができるためには、われわれはその外側に位置する「超越的なもの」にーー認識できなくとも――何らかの仕方で関与できねばならない。カントによれば、人間理性は「超越的なもの」に「仮象」(Schein)というかたちで関与するのである。つまり、「超越的なもの」を捉えようとすると人間理性は必ず仮象に陥るが、その仮象への陥り方に関することすべてに消極的意味における「超越論的」という言葉が付される。『純粋理性批判』のうちで「超越論的弁証論」というタイトルはこれを直接示しているが、そこにおいて主導的な役割を演ずる「超越論的仮象」「超越論的理念」「超越論的自由」などは、こうした意味で使われている。また、『純粋理性批判』において以上の(積極的・消極的)二重の意味を含む方法論は「超越論的方法論」である。
    こうして、カントの認識論は(イ)人間の認識の限界を設定し、さらにそのうちで客観的な実在世界を構成する積極的意味と、(ロ)人間理性が「超越的なもの」を捉えようとすると仮象に陥ることを示す消極的意味とから成り、この二重の意味で「超越論的」である。こうした基本構図を有する哲学が「超越論哲学」であり、それは人間理性を超える実在論ではないから「超越論的観念論」である。〕

    つづく


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■3485 / )  Re[11]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/04(Sat) 17:49:37)
    第4章 箴言と間奏 146
    〔怪物と戦う者は、自分もそのために怪物ととならないように用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む。〕

    現象学的に見ると

    私(自分自身)に対する怪物は、私の精神(自分)うちに内在化する。
    その内在化した怪物が即自となると私は怪物となってしまう。
    だから、自己を見失わないように気をつけねばならない。
    私が覗いている深淵は私の精神(自分)のうちに内在化する。
    覗いているのは私だ、と私は思っているのかもしれないけど、
    でも逆に、内在化した深淵に自己が見られているのだ。

    ってなるのかな? おそらく意味がわかんないかもしれないけど、
    現象学っていう深淵を長く覗き込んでいるとこうなちゃうのかも。
    現象学では「現象学的心理学」っていうのもあるよ。

    あ、それと、『善悪の彼岸』箴言と間奏146の前の2つもわたしおもしろいと思う。アイロニー的に書き換えられるから。



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■3484 / )  科学者は神さまがお好き?
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/04(Sat) 17:27:27)
    私お気に入りの神さまと科学者とのエピソードです。

    光が粒子なのか波なのかわからなくて科学者が困っていたときの話。

    月水金は粒子、火木土は波と考え、日曜日は神さまにお伺いをたてる。

    神さまと科学者、意外に相性がいいのかも。。。







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■3483 / )  Re[38]: 神はサイコロを振らない
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/04(Sat) 17:14:09)
    レスありがとうございます。

    No3481に返信(floraさんの記事)
    > 横の横失礼いたします。

    >>アインシュタインの名言「神はサイコロ遊びをなさらない」はボーアとの論争(非局所的長距離相関)で発せられたもので、アインシュタインもボーアと並んでプランクの法則を引き継いで量子論の基礎を築いた一人ですから、プランクとは師弟関係だったのかもしれませんね。

    > 「神はサイコロを振らない」は、私もボーアとの間で交わされたものだと思っていましたが、実は、マックス・ボルンの論考「量子の波動関数」に対して、アインシュタインは1926年12月4日つけの手紙の中に、そのように書いたとのことです。

    > それを何度も引用するアインシュタインに対してボーアは、「神が何をなさるのか色々指図するものではないですよ」と言ったとのことです。

    そうなんですか、知りませんでした。
    さすがフローラさん、よく知っておられる。

    量子力学の誕生によって相対論までの物理は古典とくくられてしまった。
    アインシュタインvsボーアは、素朴実在論vs実証主義でもあり、物理だけではなく科学哲学的なテーマでもあるところが面白いですね。
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■3482 / )  Re[9]: ディープラーニング
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/04(Sat) 17:07:13)
    No3473に返信(田秋さんの記事)
    > 藤井聡太七段は本当に強いと思います。私は将棋も趣味なので、棋聖戦も王位戦も見ています。藤井七段が6億手読んで指し手を決めた訳ではなく(推測です。根拠は、例えば1秒間に5万手読むとすると3時間で5億4000万手。いくら藤井七段でも・・・)、いわゆる大局観だと思います。例えば数3の難しい問題で、最初の方向を見誤るとドツボにハマり一生解けない、、、の反対みたいなものですね。昔、大山康晴が感想戦で「わからんがこうやるんだろうな」とか言ってました。

    田秋さん、将棋強そう。^^

    > もう誰も勝てない怪獣みたいな藤井七段ですが、先日、abemaTVで行われている超早指し戦で広瀬八段に2連敗してましたから、将棋って深くて面白いですね。

    面白いですね。私は亡くなった親父から筋が悪いと言われたんで趣味にするところもまでもいってないんですが。。。
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■3481 / )  神はサイコロを振らない
□投稿者/ flora -(2020/07/04(Sat) 16:59:06)
    横の横失礼いたします。

    > アインシュタインの名言「神はサイコロ遊びをなさらない」はボーアとの論争(非局所的長距離相関)で発せられたもので、アインシュタインもボーアと並んでプランクの法則を引き継いで量子論の基礎を築いた一人ですから、プランクとは師弟関係だったのかもしれませんね。

    「神はサイコロを振らない」は、私もボーアとの間で交わされたものだと思っていましたが、実は、マックス・ボルンの論考「量子の波動関数」に対して、アインシュタインは1926年12月4日つけの手紙の中に、そのように書いたとのことです。

    それを何度も引用するアインシュタインに対してボーアは、「神が何をなさるのか色々指図するものではないですよ」と言ったとのことです。
返信/引用返信 削除キー/

■3480 / )  悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/04(Sat) 16:44:20)
    書き込みありがとう!!

    ぶ、文体が、

    pipitには疲れない書き方してね!

    悪魔ちゃんさんの考えてること聞かせてもらうの、私は本当に楽しいの。

    いつもありがとう。

    また後で返信するね!(というばかり。はよ勉強せえ、やね)

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■3479 / )  赤い実さんお久しぶりです!
□投稿者/ pipit -(2020/07/04(Sat) 16:40:54)
    こんにちは!
    お元気そうで嬉しいです、書き込みありがとうございます!!

    赤い実さんどうなさってるかな〜と思っていました(o^^o)
    自分のトピを作りたい時はパニチェさんにお願いすれば、
    赤い実さんあらためminoriさんのトピを作ってもらえるし、
    この『純粋理性批判』トピも、カントに限らず、なんでも好きな時に書き込んでくださいね!

    今解読してるのは、第一版での構想力なんですね。
    第一版と第二版でカントの書いてる内容が違っているそうで、
    竹田先生の本はおそらく第二版の内容の構想力の説明になってるかもなのですが、
    なんせ勉強途中なので徐々に見ていきますね。

    minoriさんのご覧になっている本も、多分持ってるものと同じかな?と思うので、
    また探してきますね。
    途中放棄でいつしかそのまま、、、みたいな(^^;;
    根性全然ありませぬ〜

    書き込み嬉しいです、
    どうぞよろしくお願いします!
返信/引用返信 削除キー/

■3478 / )  Re[10]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/04(Sat) 15:41:35)
    本を注文する前に、

    (てか、ニーチェクラブの住人は、マジ、本が好きだな(笑))


    『怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ。』

    なんだが、これは

    「 ミイラ取りがミイラになる 」のではなく、

    実際に、俺の心の中に、何かがいた。

    それは、キューブ(立方体)の裏、
    6面体の目に見えない2面をコソコソ動く何かと…いうか、
    丸坊主で鼻から上だして、俺を見ている感じ。卑猥な面構えをしていた。
    たぶん、ゴキブリ人間のような奴だったと思う。
    ワチャワチャしているような奴だったな。

    今では、あの頃は病気だったのかと思ったが、
    今はもう、そういうイメージはわかない。
    わかないというか…、全然、囚にはなっていない。
返信/引用返信 削除キー/

■3477 / )  Re[9]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/04(Sat) 15:18:38)
    ★ 善悪の彼岸をネットで調べた。買おうと思った

    私は、何をもって、「 頭が良いか 」をよく考える。

    実際、病院へ行き、IQテストを受けたことがある。
    医者は、私の頭脳が見えているわけではなく、私の表情で、
    私のIQを量っているようだった。

    私は、この問題が解ければ、IQが高い事を指すだろうと
    一生懸命テストをした。

    IQテストで「積み木」と「ストーリーの組み合わせ」のテストがあり、
    私は、腕まくりをして、これなら簡単だと思って、楽しみながらテストをした。

    すると、医者は、
    持っていたボールペンを落とし、口をあんぐりと開けて、
    私を化け物のようにみていた。

    どうも私は、3分で解く問題を、15秒くらいで解いたらしく、
    その件に関して、医者は私の言動を止め、
    これから先の人生のアドバイスをしてきた。

    自分にとっては、その能力は普通とおもっていたが、
    他人から見たら驚愕な能力らしく、
    何と言ったらいいのか、絶対音感のような、
    これは、個人的に考えると、一度見たら、瞬時に組み立ててコピーできる能力っぽい。

    うれしいやら、かなしいやら。

    飛んでいるスズメバチをオーバーヘッドキックできるよ。
    どうも、空間を捉えるのが長けているみたいだね。


    善悪の彼岸をネットで調べた結果、こう思った。

    2次元で考えていないな、3次元で考えているな。



    ま、けど、普通の人は2次元で考えるよね。
    学校だって黒板、デスクは2次元だし、本だって2次元だし。

    ■3475■3468

    で一応、レポートの様に「物書き」をしてみたけれど

    善悪の彼岸ってのは、絞られていきているね。

    それは、「 善人でも悪人でも善と悪を考えている@ 」という部分だね。
    ほかは、結果だとか成り行き(結構失礼な表現だけど)だけど、
    @は冷静に見ると不可解文章だよね。

    もう一つ、不可解なのは、やはり法だよね。
    「法の前では平等」っていうが、ホンマやなと思った。

    メビウスリングの中で、どうしても先に進めなかった部分はこうです。

    ・森の中のモンスター
    ・隙間に降り注ぐ影

    こっから先へ進まない。

    特に「降り注ぐ影」って何なの?という事。

    人は、臆病である。では、「臆する」とは何なの?
    臆すると、精神世界でなんらかな影が降り注ぐの?

    これがわからないんだな〜☆
返信/引用返信 削除キー/

■3476 / )  世界(宇宙)の調和
□投稿者/ flora -(2020/07/04(Sat) 15:16:47)
    こんにちは、pipitさん。

    伊藤氏の『宇宙はなぜ哲学の問題となるのか』ですが、プラトンに関して著作の参考文献に何を挙げられておりますでしょうか? 『ティマイオス』、もしくは『国家』でしょうか?

    古代ギリシャにおいての「天体の音楽」もしくは「天体のハーモニー」の概念は一般的には、ピタゴラスから始まったと言われています。 プラトンの『国家』7巻においてもピタゴラスの「ハーモニー」に関しての記載があります。ですから著作の中の宇宙、音楽、調和に関しては、プラトンというよりは、ピタゴラスから始まった、古代ギリシャの宇宙観、音楽、引き継いで書いていると私には思われます。

    ケプラーの著作に『Harmonices Mundi』(1619)というのがあります。意味は世界(宇宙)の調和、この中でも彼は古代ギリシャからの伝統を受け継いで、7つの天体(図の左上から右下へ、土星、木星、火星、地球、金星、水星、月)を音符で表しています。

    D.ボームの『創造性について』の第2章に「科学と芸術について」というのがあります。私翻訳権は1/3持っていますが、版権は出版社ですので、内容は引用できませんが、つまり科学者と芸術家も人間を通して調和、断片のない全体の美を追求しているということのようです。やはり、「調和」というキーワードが出てきました。ご参考までに。



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■3475 / )  Re[8]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/04(Sat) 12:14:18)
    善人は、善とは何か?悪とは何か?を常に考え、
    悪行を犯すまい、悪人を近づけさせないとルールに縛られているようだ。

    一方の悪人の方も、善とは何か?悪とは何か?と常に考えていそう。
    飽くまでもこれは予想だが。
    彼らは捕まる事を望んでいるような発言も多いし、
    死刑執行前に、自国の法制度などを称賛している場面もある。

    私が、「予想」と書いたのは、飽くまでも、悪人の心が完全に理解できず
    いったい、おめーらは何のために犯罪をおかした?犯している?と思うからです。

    また、悪人は、無知さ感じる。

    法廷をイメージすると、人の毎日の日常ってまるで演劇だなと思う。
    法廷に立った凶悪犯をみると、まるで一般人と変わりがない。
    その人が法廷で、「素っ裸で、鎖鎌を振り回していた」ら
    少なくとも、この人は普通じゃないと思う。

    「なぜ?」

    じゃ、私が法廷にたったらどうしよう。
    仮に「痴漢の冤罪」だとする。

    「俺は痴漢なんてしてません!」と強く主張するだろう。
    なぜか? 悪人と思われたくないし、事実やっていないから。
    そもそも、痴漢冤罪で刑務所入って、刑務所で酷い目に合わされるのでしょ?
    もし、有罪になったら、自分の人生の運の悪さを呪うわと思うだろう。
    そして、弁護士や検事の発言に神経質になるだろう。

    「このマジモン、かなりの女好きなのです」
    「このマジモン、普段から、遺伝子遺伝子言うて、
    不倫・浮気なんか文化どころか、
    当たり前と言っておるのですよ、裁判長!」
    「ま〜やらしい!ま〜やらしい!」

    (たしかに〜そうだけど〜…)と思うだろうが、事実、

    「裁判長、ワタクシはお尻は触っておりません!
    なぜなら、そのお尻の所有者である女性の許可を得なければ
    その女性のお尻はさわれないのであります

    『お尻、さわってもよろしいでありますか!』
    『うむ、許可する』(合意)
    『さわりまーす、さわりまーす』

    そうでなければ、法律違反なんでしょ? 」


    ★そもそも、暗黙の了解ってのは、皆がどこで知ったのか?★




    なぜ、凶悪犯は法廷で大人しくなるのか?
    逆に、善人のほうが、法廷では荒っぽくなるのではと思う。
    法や法廷に無知だからではないだろうか?
    有罪、無罪は「死んだらどうなるんだろう」に匹敵するくらいの恐怖は感じる。
    個人的には。

    悪人は、羊の皮を被った狼であるが、法廷では、頭脳戦を繰り広げているように見え、
    自己主張の場のようにも見える。



    宮崎勉はこういった。
    「本当は、私は優しい人間だと、伝えてほしい」

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■3474 / )  ラストシンフォニー
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/04(Sat) 11:47:41)
    knowing itselfさん

    そろそろ次のラストシンフォニーに行きましょうか。次のお題は何にしますか?

    但し今から2週間余りは勉強が超忙しくなるので、7月下旬辺りに出来上がればいいかなって感じです。
返信/引用返信 削除キー/

■3473 / )  Re[8]: ディープラーニング
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/04(Sat) 11:24:59)
    藤井聡太七段は本当に強いと思います。私は将棋も趣味なので、棋聖戦も王位戦も見ています。藤井七段が6億手読んで指し手を決めた訳ではなく(推測です。根拠は、例えば1秒間に5万手読むとすると3時間で5億4000万手。いくら藤井七段でも・・・)、いわゆる大局観だと思います。例えば数3の難しい問題で、最初の方向を見誤るとドツボにハマり一生解けない、、、の反対みたいなものですね。昔、大山康晴が感想戦で「わからんがこうやるんだろうな」とか言ってました。

    もう誰も勝てない怪獣みたいな藤井七段ですが、先日、abemaTVで行われている超早指し戦で広瀬八段に2連敗してましたから、将棋って深くて面白いですね。

返信/引用返信 削除キー/

■3472 / )  ディープラーニング
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/04(Sat) 10:42:26)
    最強棋士と言われる渡辺三冠との棋聖戦で藤井7段の中盤に打った「3一銀」。
    AI診断は4億手読み当初「疑問手」と判定し、その後、6億手読んだ後に「最善手」に変更したらしい。

    AIが将棋で人をはるかに上回ったのは「ディープラーニング」が可能となったため。
    将棋の棋譜で最古のものは1607年の対局が残っており、その後現在に至るまで棋譜が残され400年をかけて定石や戦略が定着した。

    かつてのAIはこれらの棋譜を入力することと、先読みの計算能力を基本としていたため人間の直感や意外な手には対応できず、チェスやオセロとは違いプロ棋士を負かせることはできなかった。

    これを突破したのが深層学習(ディープラーニング)と呼ばれる学習手法で、過去の棋譜はもちろん、休みないAI同士の対戦により新たな定石や戦法、対応を身に付け戦略を向上させたことにある。

    既にこれまで人間が対戦してきた局数をはるかに上回る、しかもAI同士という最強者同士の対戦数によってプロ棋士も敵わない領域に到達しているらしい。
    そのAIをもってしても判定ミスをするような手を打つってのが藤井7段の末恐ろしいところ。

返信/引用返信 削除キー/

■3471 / )  はじめまして赤い実(minori) さん
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/04(Sat) 10:01:05)
    ようこそ、ニーチェクラブへ

    No3464に返信(minoriさんの記事)
    >  パニチェさん、はじめまして。
    > クラブの主旨に従った投稿をすることを約束します。
    > またこちらに投稿させていただければ幸いです。
    > どうぞよろしくお願いいたします。

    丁寧に挨拶いただき、ありがとうございます。
    大歓迎です。自由に使って下さい。

    ここはそんなに堅苦しいルールを設置しているつもりはありませんが、リアルと同じようなマナーを基本としているため、やはりあるタイプの方にとってネット上では堅苦しいのかもしれませんね。^^

    INFOにも表記しましたが以下を理想としています。

    『ニーチェクラブの作法
    表現とか言葉使いとかは気にしません。私も大阪弁のタメ口でカキコすることも多いので。
    違法行為や法に抵触するようなカキコ、意味不明や商業目的のカキコなどは管理人の判断によって削除し、即アク禁にします。これについての抗議は一切受け付けません。
    また法に抵触さえしなければ許されるというぬるい感覚も嫌いです。
    統一したルールや作法を設定する気は毛頭ありません。ルールとか規則、法律によって行為が制約されるのではなく、暗黙のルールやマナーを自然体で身に付けている人や自律する人を尊重したいですし、そこで自然発生的に生じるルールやマナーに私も従いたいと思います。』

    やっぱ堅苦しいのかなぁ。。。^^
    あまり気にせずに自然体でカキコして下さい。
    こちらこそ、よろしくお願いします。

返信/引用返信 削除キー/

■3470 / )  Re[34]: アインシュタイン
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/04(Sat) 09:49:52)
    おはようございます。
    > 今までで、美しい!と感激したベスト5には入る一つに
    > e=mc^2
    > があります。

    たしかに美しいですね。物理学的な理解はおいて素人的にイメージすると、ほんの微小な物質でも、光速の二乗倍という途轍もなく莫大なエネルギーとの互換性が成り立つということですから、物質を圧倒的に超える非物質的なエネルギーの内在と言えないこともないですね。

    アインシュタインがノーベル賞を取ったのは相対論ではなく、光電効果の理論でしたが、不正確を覚悟でものすごく大雑把にいうと、光子が物質に閾値を跳躍するエネルギーを与えるというのでしたね。

    アインシュタインの理論の背景には、素朴なところで、物質を超える光の真理への確信があったのかもしれません。計算は苦手だったらしいですから、物事を幾何学的に捉えていたのでしょう。光やハーモニーを幾何学的に捉えるところもプラトン的です。
返信/引用返信 削除キー/

■3469 / )  Re[36]: アインシュタインのバイオリン
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/04(Sat) 09:49:14)
    2020/07/04(Sat) 09:52:13 編集(投稿者)

    横レス失礼します。

    No3466に返信(田秋さんの記事)
    > ちょっとアインシュタインのバイオリンについて調べました。
    > 趣味でバイオリンを弾いていたのは本当で、マックス・プランク(あの量子論の!)とモーツァルトのソナタを演奏(プランクがピアノ)してたとか、シュナーベルと合わせていて「数が数えられないのか!?」と怒られたとか、そういう話があるようです。アインシュタインは「神はサイコロ遊びをなさらない」と量子論には否定的でしたが、本業を離れると仲良くアンサンブルしてたんですね。またアインシュタインが怒られる話、場面を想像すると愉快です。

    これ凄く面白いですね。
    プランク定数の提唱者にして量子論の父とアインシュタインが演奏していたとは。
    wikipediaで調べてみたところプランクの方がアインシュタインより21歳年上みたいです。
    だからアインシュタインの方が叱られていたのかな。。。(笑)

    アインシュタインの名言「神はサイコロ遊びをなさらない」はボーアとの論争(非局所的長距離相関)で発せられたもので、アインシュタインもボーアと並んでプランクの法則を引き継いで量子論の基礎を築いた一人ですから、プランクとは師弟関係だったのかもしれませんね。
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■3468 / )  Re[7]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/04(Sat) 09:43:02)
    善人はまず悪人の心の内容に触れる事ができないし、
    触れたくもないと思っている。理解したくないと…。
    善人は悪人自体と仲よくしたくない。

    しかし、誰が善なのか?悪なのか?を知りたがっている。
    悪だと判断した場合、悪は隔離したいと思っている。
    現に日本には刑務所がある。
    刑務所の中に、悪人しかいないのか?善人もいるかもしれない。

    一方、悪人の考えている事。
    悪人は善人に見つかりたくないと思っている。
    正確にいうと、大人数の善人に自分は悪である事を理解されたくない。
    理由は善人に袋叩きにされたくないから
    悪人は、善人は群れを成すと思っている。
    なので、悪人は善人の姿をして、カモフラージュしている。

    「羊と狼、羊の皮を被った狼」

    狼は…、なぜ、そもそも自分が狼だと思っているのだろうか?
    それは、過去に羊を狩った事があるから。
    周りに、羊を狩った事がある奴に遭遇したことがない。
    私だけ、他とは違うと思っている。
    自分だけは羊ではないと自覚がある。

    「特別なんだと」

    そもそも、羊と狼の違いの線引きはなんだろうか?
    羊の皮を被った狼は、「羊の皮を被っています」と自己申告しなければ
    それは羊であることではなかろうか。
    悪人は実感がある。自分は悪人だと。そのために羊の観察し、羊に化けている。
    そして、羊の皮を脱ぎ捨て、実行する。

    「実行」

    善人は理解している。
    羊の皮を被った狼が、その皮を脱ぎ捨て、この群れの中の一匹の羊を狩ると…。
    それが私かもしれない。それは私ではない赤の羊かもしれない。
    羊は狼が強いという事をしっている。
    羊は狼のように実行する能力がない。羊は私では無理だと思っている。

    狼は知っている。この群れの中の弱い羊を1匹隔離し、バレずに狩ってしまおうと…。

    「知る」

    羊は羊を知っている。
    狼は狼である事を知っている。
    そもそもどこで知るのか?

    羊は羊として成長するのか?
    狼は狼として成長するのか?
    羊が狼に成長するのか?
    狼が羊に成長するのか?

    「成長」

    テッド・バンディはこういった。
    「テレビや妄想の中で楽しんでいたが、ある日突然、犯ってしまおうと思うのさ」

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■3467 / )  質量保存の法則 3
□投稿者/ rest -(2020/07/04(Sat) 09:18:54)

      核分裂における質量欠損と飛び出してくるエネルギーのあいだにはE=mc^2の関係があるといわれているが、
    物体が光エネルギーを放射すればその質量は減少するというが光の粒子が質量をもつと実験的にいわれているのでトータルでは質量は減らない。すなわち質量保存の法則は成り立っているのである。
    光の粒子の質量が0ならば確かに質量欠損の分エネルギーに転化したといえるが、光の粒子が質量をもてば質量は減っていない。つまり質量はエネルギーに転化していない。したがって質量はエネルギーではない。実験的には光の粒子の質量m≦10^-14ev/c^2といわれている。E=mc^2は成立しない。

    相対論は光の理論としては美しいが、実体の理論としては誤謬だらけだ。
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■3466 / )  アインシュタインのバイオリン
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/04(Sat) 09:17:16)
    ちょっとアインシュタインのバイオリンについて調べました。
    趣味でバイオリンを弾いていたのは本当で、マックス・プランク(あの量子論の!)とモーツァルトのソナタを演奏(プランクがピアノ)してたとか、シュナーベルと合わせていて「数が数えられないのか!?」と怒られたとか、そういう話があるようです。アインシュタインは「神はサイコロ遊びをなさらない」と量子論には否定的でしたが、本業を離れると仲良くアンサンブルしてたんですね。またアインシュタインが怒られる話、場面を想像すると愉快です。

    彼の演奏の録音の件ですが、慈善事業としての演奏をしていたので(集客力抜群ですね)録音が残っていても不思議ではないのですが、youtubeにアップされている演奏は偽物が多く(動画ではなく静止画+演奏)、鑑定書付の本物の演奏にはまだお目にかかっていません。

    ガルネリを持っていたというのも本当の様です。どこでどういう風手に入れたのかはわかりません。最良のガルネリはストラドよりいいような気がします。堀米ゆず子さんのヴァイオリンたしかガルネリです。ビオラのプリムローズもガルネリでした。飯田さんという楽器メーカーにコピーを作らせ、それはレッスン室で見たことがあります。まだ完成途中でニスを塗っていない白木の状態でした。

    アインシュタインがガルネリ、ホームズがストラド、なんかうれしくなります。
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■3465 / )  (削除)
□投稿者/ -(2020/07/04(Sat) 08:20:22)
    この記事は(投稿者)削除されました
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■3464 / )  Re[6]: 黒崎先生のカントの入門書の読解7
□投稿者/ minori -(2020/07/04(Sat) 07:58:33)
    pipitさん、お久しぶりです。 マイブログで使っているnameにて投稿していますが、赤い実です。
    いつの間にか、名前の可愛さと年齢が合わない気恥ずかしさを感じるようになり、変えました。

    あるところである方がカントについての投稿をされてるのを見たのをきっかけに、ふと以前途中で挫折してしまった『はじめてのカント「純粋理性批判」』竹田青嗣 講談社現代新書にチャレンジしています。

    > ★ 構想力それ自身が感性的な面と悟性的な面の両面を未分化の形で有しており、
    > 感性・悟性のいずれか一方に吸収されることのできなきものだ、
    > と考えた方がより真実に近いと思われる。
    >
    > とのこと。
    >
    > むむむむ、違うかもだけど、ちょっと、言いたい方向垣間見えてきたような。
    >
    > 山中伸弥教授が研究されてるips細胞(人工多能性幹細胞)、みたいな、
    > いろんな細胞に分化できる幹細胞のイメージでいいんじゃないかなぁ。
    > 第一版の構想力。。。
    >
    > 未知の根、から、悟性と感性の幹、において、
    > ハイデッガーのカント解釈のように、
    > 悟性と感性の根としての構想力。。。
    >
    > 違うかもだけど、とりあえず、読んでいきます。
    >
    > 構想力が感性的な面と悟性的な面の両面を未分化の形で有していることを
    > はっきりと示しているのが、
    > 「超越論的図式論」での「構想力」の役割だ、と、黒崎先生はおっしゃいます。p152
    >
    > ちょっとだけのぞいておくことにしよう、ですって。
    >
    > 今日はここまで!
    > 続きはp153から。

    pipitさんは、黒崎先生という方の本で勉強されているのですね。
    丁寧に一つ一つ理解を進めていpipitさんに倣って、私も再度少しずつ勉強していきたいと思っています。

    竹田先生の本のp46に、「悟性における四つのアプリオリな要素が考察される。」として、その第三の「図式」。感性と悟性の間にあってこれを架橋する「構想力」の働きとされている。感性的な直観を、悟性という異なった領域にもちこむための媒介者の役割を担う。 ・・・とあります。

    感覚器官を通じぱっと認識したものを判断していく過程で「構想力」が必要であり、「構想力」もアプリオリなもの、ということでいいのかな、と今のところ考えています。

    まずまず、難しいですね。 でも、だからこそ。かな。&#128166;


     パニチェさん、はじめまして。
    クラブの主旨に従った投稿をすることを約束します。
    またこちらに投稿させていただければ幸いです。
    どうぞよろしくお願いいたします。




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■3463 / )  Re[10]: pipitさまへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/04(Sat) 06:32:57)
    pipitさま

    <無銭飲食>で、なんとなくわかってきました(たまに面白い表現しますね)。
    ありがとうございます。

    哲学へ戻ります。わたしのばあい、哲学は独学です。
    哲学書を読んで理解しようとするとき、使われてる用語の意味が哲学者によって異なってるようなのです。
    フッサールの『デカルト的省察』のなかにはデカルトやカントについての記述があります。そこで彼らのことについても調べなければならなくなります。
    たとえば、「超越論的現象学」というのがでてきます。この「超越論的」はカントの用語で、フッサールはこのカントの用語を使用しながらもその意味が違うようなのです。そこで“カントの超越論的”を調べて見ました。
    中島義道さまが「超越論的」について書かれているのがありました。
    ここ、『純粋理性批判』なのでここに書き写して見ようと思います。

    〔超越論的transzendental〕 中島義道
    〔この言葉は、スコラ哲学において、「一」「有」「善」「美」などアリストテレスのカテゴリーの区別を超えるあり方を表す言葉“transcendentalia”に由来する。それが、カントにおいて“transzendent”という言葉との関連において、豊かな内実をもって展開されることになった。だが、カント以降この言葉を使用しながら、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルを経てとりわけフッサールさらにアペール、ブプナーなどが本来の意味を単純化・平板化してしまった。ここでは、カントの原意に沿って述べてゆく。〕

    という書きだして始まるものです。ちょっと長いので分けて、でももうすでに御存知でしたらおっしゃってください。

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■3462 / )  Re[55]: マジカルモンキーさんへ
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/04(Sat) 01:12:28)
    No3461に返信(パニチェさんの記事)
    > お疲れ雅です。
    >
    > ■No3459に返信(マジカルモンキーさんの記事)
    >
    > う〜む。。。
    > やっぱどうも噛み合わないというか会話が成立しません。
    > もちろん、これは私の印象でしかありませんが。。。
    > それぞれの返信にマジレスしたら、またマジカルモンキーさんが気分を害することになると思います。
    > お互いそれぞれが好きなことを投稿することにしましょう。
    >
    > お疲れ雅でした。


    こんばんわ、マジモンです。
    できるだけ、研究畑にいた経歴の性格で、
    パニチェ様にはメッセージを送りたいと思います。

    上述のパニチェ様の素直さは正解だと思います。

    生物学をやっていると多様性って言葉があって、
    人においても個々に性格が違うのは当たり前と思います。

    私は、個人的にも個々に性格が違った方が理想的と感じます。
    私は私の知らない世界を知りたく、他の方も知らない世界を知りたいはず。

    『別』だとか、『差』だとか、は有りですよ。

    質問したことがあれば、質問をすればいいだけで、
    品質に関しては大まかに伝えましたので、私であろうと質問すればいいですよ。



    品質を操る、その良さは何か?というと

    @ 仲間を守れる
    A 相手も喜ぶ
    B 嘘、欠陥が見つかる
    C 未来への切符

    です。

    では、おやすみなさいませ。
返信/引用返信 削除キー/

■3461 / )  マジカルモンキーさんへ
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/04(Sat) 00:55:10)
    2020/07/04(Sat) 01:05:01 編集(投稿者)

    お疲れ様です。

    No3459に返信(マジカルモンキーさんの記事)

    う〜む。。。
    やっぱどうも噛み合わないというか会話が成立しません。
    もちろん、これは私の印象でしかありませんが。。。
    それぞれの返信にマジレスしたら、またマジカルモンキーさんが気分を害することになると思います。
    お互いそれぞれが好きなことを投稿することにしましょう。

    お疲れ様でした。
返信/引用返信 削除キー/

■3460 / )  Re[6]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 23:26:50)
    No3454に返信(悪魔ちゃんさんの記事)

    > マジモンさん
    > え!学生のとき文化人類学だった(3413)の?
    > わたし『人類学的思考のれ歴史』(竹中尚一郎著)、読んだことある。
    > けっこうおもしろかった。

    一般教養でやったんだよ。
    これ以上、俺の情報を書くと、俺の正体がおそらくバレる。

    人類学的思考の歴史、読んでもいいけど、分厚い?サッサって読める?

返信/引用返信 削除キー/

■3459 / )  Re[53]: 狂気1
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 23:22:54)
    No3448に返信(パニチェさんの記事)

    お疲れ様です。

    > マジカルさんはセントラルドグマとか獲得形質遺伝についてどのような意見を持っておられますか?

    セントラルドグマは可逆性がないよね。
    ベニクラゲの若返りぐらいじゃないかな。

    獲得形質遺伝に関しては否定的だよね
    いろんな理由はあるけれど、そもそも倫理的にあってはならぬものと思っている
    農業、養殖、家畜と遺伝子操作によって、人工生命体ってのがあるわけじゃないですか?
    獲得形質遺伝を仮に肯定してしまうと、人造人間もOKになってしまうけども。


    > 哲学とはもともと学問全般をさし、現在、広義では物事を掘り下げ本質を追究しようとする取り組みだと思っています。
    > テーマとしては存在論、認識論、実在論、観念論、決定論、宿命論、機械論、相対主義、二元論、一元論、独我論、懐疑主義、科学哲学などのジャンルがあり(これ以外にも多分ある)、主題として、真理、本質、同一性、普遍性、数学的命題、論理、言語、知識、観念、行為、経験、世界、空間、時間、歴史、現象、人間一般、理性存在、自由、因果性、世界の起源のような根源的な原因、正義、善、美、意識、精神、自我、他我、神、霊魂、色彩など(これ以外にも多分ある)です。
    > これらが終わったというのは正直ピンときません。

    この文章を読んだ瞬間に、俺はいらないと思いました。
    私はこれでも会社を経営した経験があり、これをすべて勉強しようとは思わない。
    この先の未来は不必要としたい。
    そのための高度情報化社会であって、
    世界はスピードがある情報処理技術に軍配を挙げると思う。

    なので、哲学を愛する人が、哲学を守らないといけないかなとは思いますよ。
    マジモンはマジモンの趣味があり、マジモンの人生がありますので、悪しからず。

    > 打撃系は極真の黒崎健時VSムエタイ〜藤原敏男時代、ボクシングはモハメド・アリvsジョー・フレージャーの世紀の一戦から知ってますし、総合系は第一次UWF&初期UFCからです。

    藤原敏男(笑)
    かなり年上の方なのですね。
    お疲れ様です。



    ★ では遺伝子・進化関連のトピ題は何にしますか?


返信/引用返信 削除キー/

■3458 / )  悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/03(Fri) 22:14:58)
    こんばんは。
    パニチェさんのシンプルは、マジモンさんが男女の性差を持ち出した論理に比して、シンプルということだと思うよ。

    『実名のリアルで面と向かって初対面ではとても同じような態度がとれないであろう立ち振る舞いは、匿名に甘えているということです。私はそういう甘っちょろい人間は嫌いです。』

    複雑、単純、という在り方自体を、複雑に考えることもできるかもだけど、
    とりあえず、パニチェさんは、上記のように今のところ考えてる、と考えたらどうかな?

    ここではパニチェさんは、『ディオニソスホール』というお店のマスターと
    考えたらいいんじゃないかなと私は思ってます。
    マスターだから、いろんなお客さんのことも考慮するし、
    他人に失礼な態度とってる、とマスターが判断する人には、拒否する権利もあるんじゃないかな。

    あら、そう考えると、私たち無銭飲食になるかしら(^^;;
    追い出されるまで、哲学にチャレンジしよっか☆〜(ゝ。∂)

    私も知らないんだけど、、、
    昔は、パニチェさんもかなりお口が悪い時もあったみたいな〜??
    残念ながら、私はリアルタイムで見たことないんだけどね、
    相当、口悪いパニチェさんは面白かったやろうね
    私は怖くて近づけんやろうけど(^^;;

    でも、それは、多分相手が大分強烈やったからだと思うけど。
    昔、ヤフー掲示板ってのがあって、私は最後の最後で参加したくらいなんだけど、
    それでも、めちゃ濃いキャラいっぱいでおもしろかったよ!

    でも、ここでは、個人店のオーナーでマスターになられたからね
    しっかりされてる、ってことじゃないかな

    欠如、は、
    あるべきものが欠けてる、って感じに私は思うかな?

    何か気になったのかな?

    おつかれさま!

    幹細胞と構想、については、また明日か、それ以降に返信したいと思ってます。
    ありがとう!!


返信/引用返信 削除キー/

■3457 / )  Re[33]: アインシュタイン
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/03(Fri) 21:53:07)
    今までで、美しい!と感激したベスト5には入る一つに
    e=mc^2
    があります。
返信/引用返信 削除キー/

■3456 / )  Re[32]: 偽?アインシュタインの演奏
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/03(Fri) 21:26:37)
返信/引用返信 削除キー/

■3455 / )   アインシュタインの演奏
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/03(Fri) 21:07:38)
    アインシュタインはバイオリン演奏が趣味でしたからね。
    https://www.youtube.com/watch?v=BdUaNVPI1nU
    好きな作曲家はモーツァルトだったそうですから、「モーツァルトが聴けなくなることだよ」というのは本心かもしれません。

返信/引用返信 削除キー/

■3454 / )  Re[5]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/03(Fri) 20:59:01)
    マジモンさん
    え!学生のとき文化人類学だった(3413)の?
    わたし『人類学的思考のれ歴史』(竹中尚一郎著)、読んだことある。
    けっこうおもしろかった。


返信/引用返信 削除キー/

■3453 / )  Re[8]: pipitさまへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/03(Fri) 20:46:58)
    pipitoさん、ありがとうございます。お言葉にあまえて。

    ねえ、ここにはわたしのこと「無礼」者っていう人いるのね。で、そのひと<私はもっとシンプルに考えている>て言うのよ。なんかわたし意味わかんなかったから、
    「シンプル」をネットで調べたら、「単純なさま。また、飾り気やむだなところがなく、簡素なさま。」ってあるの。そして「礼」をネットで調べたら、「敬うこと。尊敬すること。 社会秩序を保ち、人間関係を円滑に維持するために守るべき、社会生活上の規範。 敬意を表すために頭を下げること。 謝意を表すこと。また、その言葉。また、謝礼のために贈る金品。」ってあったのね。

    わたし、た自分ではけっこう単純だと思ってるし、飾り気やむだなところないように、簡素に、そう、合理的に話そうかと思ってる(ん?そうなってないかもしれないけど)。

    「礼」の「尊敬すること」は意味わかんから後で調べて見る。「社会秩序を保つために」とか「「社会生活上の規範」ってあるけど、哲学って、これに従うことなのかしら?

    わたし思ったことを言っちゃうのかも。こういったら相手が心地よくなるんじゃないかとか、こういったら相手が不愉快になるんじゃないか、っていうのあんまり”考えて”発言してないのかも。わたしがそのとき思ったことをすぐに言っちゃう?

    わたしのこういうのって、タメ口?悪口なの?

    よくわかんない。

    ふと、「欠如」っていう意味どう思います?

    あ、これはいいわ。ただ言いたかっただけ。

    あなた優しいね。










返信/引用返信 削除キー/

■3452 / )  アインシュタインの名言
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/03(Fri) 20:44:49)
    物理学者のアインシュタインに、「死とは?死とはモーツアルトが聴けないことだよ」という名言がありました。真意はよくわかりませんが、彼ならハーモニーの美しさに宇宙的な幾何学に通じるものを感じていたとしても不思議ではありません。
返信/引用返信 削除キー/

■3451 / )  ヨーロッパ音楽の特殊性
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/03(Fri) 20:22:46)
    まず文学、絵画、建築など圧倒的な蓄積があったというのはそのとおりだと思います。クラシック音楽の展開は比較的新しい。それにもかかわらず、クラシック音楽の発展が目覚ましいものになった理由の一つが、プラトン的なものがあったからだと思います。
    田秋さんは日本の音楽家にお札になった人がいないと仰ってあました。夏目漱石や福沢諭吉は当たり前の感覚でお札になっている。やはりヨーロッパにおけるベートーヴェンやバルトークは思想家や文豪に匹敵するのでしょう。プラトン的な伝統がない非ヨーロッパ文化で音楽家がそこまでの地位をもつことはなかなか考えにくいのではないでしょうか。

    現代ではポップ系音楽などでもミュージシャンの地位は非常に高いですが、そこでもハーモニーの基礎はクラシックがあるからですね。
返信/引用返信 削除キー/

■3450 / )  悪魔ちゃんさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/03(Fri) 19:53:11)
    悪魔ちゃんさん、書き込みありがとう!!
    私には、メビウスの感じでいいよ!
    【私が言及できるのは、私という範囲だけ】だけど、
    pipit【には】、タメ口、悪口、オッケー(^_^)☆

    いつもの悪魔ちゃんで、このトピに遊びに来てね!

    書き込みの内容を理解しようと読んで、
    また後で返信する予定してます!

    おつかれさま (o^^o)


    No3449に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > pipitさま
    >
    > ips細胞のイメージで「構想」を捉えようとしてるみたいですが、それだったら”卵子”の方がいいかもしれません。未授精卵子の細胞質には初期化因子が含まれてることが想像できるから。
    >
    > 「構想力」の日本語訳の「構想」というのは原本ではどのような語となっているのしょうか?教えていただけるとありがたいです。
    >
    > というのは、フッサールの『デカルト的省察』(FD)では「構成」と訳されているものがあります。訳注を書き写してみます。
    >
    > 〔構成Konstitution:超越論的現象学は「超越論的主観性における世界の構成」を解明するもので、「構成」はその中心概念の一つではるが、フッサールの用法は必ずしも明確ではなく、あたかも「自我が世界を構成=創造する」かのような誤解も生み、フッサール自身が「意味形成」と「創造」の間で動揺していたという、フッサール晩年の助手オイゲン・フィンクの指摘もあり、その解釈をめぐって議論されてきた。考慮すべきなのは、フッサールがしばしば「構成されるsich konstituieren」という再帰動詞の形を使っていることである。なお、「構成的konstitutive」という形容詞をフッサールは、このような「構成の問題に関わる」ものを形容するのに使っているので、むしろ、「構成に関わる」と訳した。〕
    >
    > また、3277で、ななしさまが<A構築主義 自分に現れてくる現象のみ対象でカントやフッサール、ニーチェなど>とおっしゃていましたが、FD)FDの訳注では、
    > 〔フッサールは、「構成Konstitution」とは区別して、「構築konstruktion」という語を、根拠のないまま上から理念を無理矢理押し付けて作り上げてしまう、という意味で使っている。〕
    > ななしさまの「構築主義」がどのようなものかはわかりませんが、「構築」という語だけからみたらフッサールの場合は違うんじゃないかと思ってます。
    >
    > なんか丁寧に書こうとすると疲れます。
    >
    >
    >
    >
返信/引用返信 削除キー/

■3449 / )  Re[7]: 幹細胞と構想
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/03(Fri) 19:32:03)
    pipitさま

    ips細胞のイメージで「構想」を捉えようとしてるみたいですが、それだったら”卵子”の方がいいかもしれません。未授精卵子の細胞質には初期化因子が含まれてることが想像できるから。

    「構想力」の日本語訳の「構想」というのは原本ではどのような語となっているのしょうか?教えていただけるとありがたいです。

    というのは、フッサールの『デカルト的省察』(FD)では「構成」と訳されているものがあります。訳注を書き写してみます。

    〔構成Konstitution:超越論的現象学は「超越論的主観性における世界の構成」を解明するもので、「構成」はその中心概念の一つではるが、フッサールの用法は必ずしも明確ではなく、あたかも「自我が世界を構成=創造する」かのような誤解も生み、フッサール自身が「意味形成」と「創造」の間で動揺していたという、フッサール晩年の助手オイゲン・フィンクの指摘もあり、その解釈をめぐって議論されてきた。考慮すべきなのは、フッサールがしばしば「構成されるsich konstituieren」という再帰動詞の形を使っていることである。なお、「構成的konstitutive」という形容詞をフッサールは、このような「構成の問題に関わる」ものを形容するのに使っているので、むしろ、「構成に関わる」と訳した。〕

    また、3277で、ななしさまが<A構築主義 自分に現れてくる現象のみ対象でカントやフッサール、ニーチェなど>とおっしゃていましたが、FD)FDの訳注では、
    〔フッサールは、「構成Konstitution」とは区別して、「構築konstruktion」という語を、根拠のないまま上から理念を無理矢理押し付けて作り上げてしまう、という意味で使っている。〕
    ななしさまの「構築主義」がどのようなものかはわかりませんが、「構築」という語だけからみたらフッサールの場合は違うんじゃないかと思ってます。

    なんか丁寧に書こうとすると疲れます。




返信/引用返信 削除キー/

■3448 / )  Re[52]: 狂気1
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/03(Fri) 19:17:39)
    2020/07/03(Fri) 20:14:21 編集(投稿者)

    No3446に返信(マジカルモンキーさんの記事)

    > >>基本、コミュニケーションってYESか、NOじゃねーの?
    > >>YES、NO以外のoutputでくると、相手は非常に困るよね?

    >>コミュニケーションがイエスかノーかというのは、相手が好きか嫌いかという意味でしょうか?

    > ・質問者が回答者に質問をし、イエス(そうです)、ノー(ちがいます)と答える事です。この時、質問者は回答者の答えを大体予測しており、答えが大幅に予想と違ったら、いろいろと考えます。

    >  ・この人は非常にレベルの高い人だとか
    >  ・質問とは、全然違う事をOUTPUTしてくるから関わらない方がいいなとか
    >  ・驚愕な答えの場合、この人は天才系かな。
    >  ・この人はこの分野は苦手だろうな

    > 憶測をする事で、相手との摩擦を軽減します。
    > 相手の苦手な分野を敢えて、攻める事はありません。

    > ・見栄をはったりすると「嘘つき」と思われます。品の偽造ですよね。しかし、あまりこういう掲示板で相手の事を「嘘つき」というのは可哀そうですよ。本当の事を言っていようが、嘘言っていようが、どうでもいいし、私は見逃します。自分がしっかりとしていればよい事です。

    > ● 私の話が独特なのは、全て、本当の事を話しているからです。敢えてチョイスしています、現実は小説より奇なりを地で言っています。面白そうだから。なにぶん、「善悪の彼岸トピ」を作るような人間なのですから、信用されても良いです。善悪の彼岸の本を買ってこいというのなら、買ってきて、超抽象化しますよ。

    了解しました。善悪の彼岸はマジカルさんが興味がわき読もうと思ったら買えばいいと思います、興味がないなら買って読む必要はないと思います。
    どういう本であるかは、上記アイコンのニーチェワンダーランド(NIETZSCHE)>著作群>善悪の彼岸>に説明を書いてあります。

    > ありがとうございます。
    > 父とは仲が悪く、死んでからも仲が悪いので、
    > ゆくゆく読まさせていただきます。

    了解しました。
    提案ですがテーマを順序づけて絞りませんか?

    > ★ 解決してない所

    > 私は若いころ、遺伝子研究をしていました。
    > これを書くと、おそらく身元がバレるので、
    > 脳内分泌に関わる遺伝子の進化系統が…、主です。
    > アメリカ合同ですね。
    > 他には多種多様の補助的な研究をしておりました。

    進化論についてはYahoo!掲示板で4〜5年議論をしたことがあります。
    信じられないかもしれませんが、ここにいる常連も知っている人がいます。
    テーマは脳科学の知見とネオダーウィニズム(セントラルドグマ)についてです。
    個人的には興味があるので、このテーマからお願いできれば有難いです。
    マジカルさんはセントラルドグマとか獲得形質遺伝についてどのような意見を持っておられますか?

    > ★ 現代では哲学は終わったという点。
    > これやりますか?
    > やってもいいですけど、パニチェさん個人の見解が聞きたいですね。
    > その手段として哲学を利用してくれればいいですけど。

    哲学とはもともと学問全般をさし、現在、広義では物事を掘り下げ本質を追究しようとする取り組みだと思っています。
    テーマとしては存在論、認識論、実在論、観念論、決定論、宿命論、機械論、相対主義、二元論、一元論、独我論、懐疑主義、科学哲学などのジャンルがあり(これ以外にも多分ある)、主題として、真理、本質、同一性、普遍性、数学的命題、論理、言語、知識、観念、行為、経験、世界、空間、時間、歴史、現象、人間一般、理性存在、自由、因果性、世界の起源のような根源的な原因、正義、善、美、意識、精神、自我、他我、神、霊魂、色彩など(これ以外にも多分ある)です。
    これらが終わったというのは正直ピンときません。

    > ★ 道場の先生による【狂気の正体】
    > これはやりましょうかね?
    > ただ、その道場の先生と私は強い師弟関係で成立しているのも確かです。
    > 格闘技センスから、私はかなり『トリックスター』です。

    トリックスターってパンクラス〜プライド時代の須藤元気みたいですね。
    格闘技は総合系や打撃系など長年のファン+αです。
    打撃系は極真の黒崎健時VSムエタイ〜藤原敏男時代、ボクシングはモハメド・アリvsジョー・フレージャーの世紀の一戦から知ってますし、総合系は第一次UWF&初期UFCからです。
    このテーマは上記のテーマが決着してからの方が有難いです。
    あくまで私の希望なので、マジカルさんの希望も仰って下さい。

返信/引用返信 削除キー/

■3447 / )  日記
□投稿者/ pipit -(2020/07/03(Fri) 19:14:09)
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■3446 / )  Re[58]: マジカルモンキーさんへ
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 18:45:13)
    No3445に返信(パニチェさんの記事)
    > 2020/07/03(Fri) 17:31:36 編集(投稿者)
    >
    > ■No3443に返信(マジカルモンキーさんの記事)

    > あっ、そうですか。ご冥福をお祈りします。

    ありがとうございます。

    >>基本、コミュニケーションってYESか、NOじゃねーの?
    >>YES、NO以外のoutputでくると、相手は非常に困るよね?
    >
    > コミュニケーションがイエスかノーかというのは、相手が好きか嫌いかという意味でしょうか?

    ・質問者が回答者に質問をし、イエス(そうです)、ノー(ちがいます)と答える事です。この時、質問者は回答者の答えを大体予測しており、答えが大幅に予想と違ったら、いろいろと考えます。

     ・この人は非常にレベルの高い人だとか
     ・質問とは、全然違う事をOUTPUTしてくるから関わらない方がいいなとか
     ・驚愕な答えの場合、この人は天才系かな。
     ・この人はこの分野は苦手だろうな

    憶測をする事で、相手との摩擦を軽減します。
    相手の苦手な分野を敢えて、攻める事はありません。
     
    ・見栄をはったりすると「嘘つき」と思われます。品の偽造ですよね。しかし、あまりこういう掲示板で相手の事を「嘘つき」というのは可哀そうですよ。本当の事を言っていようが、嘘言っていようが、どうでもいいし、私は見逃します。自分がしっかりとしていればよい事です。

    ● 私の話が独特なのは、全て、本当の事を話しているからです。敢えてチョイスしています、現実は小説より奇なりを地で言っています。面白そうだから。なにぶん、「善悪の彼岸トピ」を作るような人間なのですから、信用されても良いです。善悪の彼岸の本を買ってこいというのなら、買ってきて、超抽象化しますよ。


    > 私は無宗派の自称仏教徒ですが、以下は身近な人が亡くなった時に私が読んでいる私の心に沁みるお経です。
    > 蓮如さんの「白骨の章」という説法です。
    >
    > ****************************
    >
    > それ、人間の浮生(ふしょう)なる相(そう)をつらつら観(かん)ずるに
    >
    > おほよそはかなきものは、この世の始中終(しちゅうじゅう)
    >
    > まぼろしのごとくなる一期(いちご)なり
    >
    > されば、いまだ萬歳(まんざい)の人身(にんじん)を
    >
    > うけたりといふ事をきかず、一生すぎやすし
    >
    > いまにいたりて、たれか百年の形體(ぎょうたい)をたもつべきや
    >
    > 我やさき、人やさき、けふともしらず、あすともしらず
    >
    > おくれさきだつひとは、もとのしづくすゑの露(つゆ)よりもしげしといへり
    >
    > されば、朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて
    >
    > 夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり
    >
    > すでに無常の風きたりぬれば、すなはちふたつのまなこたちまちにとぢ
    >
    > ひとつのいきながくたへぬれば、紅顔むなしく變(へん)じて
    >
    > 桃季(とうり)のよそほひをうしなひぬるときは
    >
    > 六親眷屬(ろくしんけんぞく)あつまりて、なげきかなしめども
    >
    > 更(さら)にその甲斐(かい)あるべからず
    >
    > さてしもあるべきことならねばとて、野外(やがい)におくりて
    >
    > 夜半(よわ)のけむりとなしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり
    >
    > あはれといふも中々(なかなか)をろかなり
    >
    > されば、人間のはかなき事は
    >
    > 老少不定(ろうしょうふじょう)のさかひなれば
    >
    > たれの人も、はやく後生(ごしょう)の一大事を心にかけて 
    >
    > 阿弥陀仏(あみだぶつ)を深くたのみまゐらせて
    >
    > 念仏まうすべーきものなり
    >
    > あなかしこあなかしこ
    >
    > ****************************
    >
    > 人間の生涯はほんの一瞬のこと
    > 永遠の命をもったとも聞かないし、寿命がいつ尽きるかは誰も知らない
    >
    > 今朝は血行のよい顔色であったとしても、夕方には白骨となるのが命あるものの定めである。
    >
    > 人の命も法印(諸行無常:一定の状態を保ち続けるような常なるものはこの世界には無い。無常なるものに常住不変を求める心に苦が生じる)のうちにあり
    >
    > 瞳を閉じ、長く大きなひと息をもってひきとれば、親族一同が集まり嘆き悲むが、その甲斐もなく白骨に成り果ててしまうことをもって、人の命や一生はなんと哀れで、夢幻の如く虚しいものだと悲観的にのみ思うことは愚かなことだ
    >
    > 毎日年寄りであろうと若者であろうと、数多くの人達が先立っており、人間の生や存在そのものが儚いものであることは、年寄りであろうと、若者であろうと、金持ちであろうと、貧しい人であろうと、健康な人であろうと、病人であろうと、幸福の絶頂にいる人であろうと、苦難に喘ぐ人であろうと、同じであり、互いに明日は死ぬかもしれない身の上にある
    >
    > 愛する人の死に直面し、嘆き悲しみの中にある今こそ
    > 命と生を受けた奇跡と尊厳を今一度しっかり心に刻み
    > 命ある限り精一杯前向きに生きていこうという誓いも立てようではないか。


    ありがとうございます。
    父とは仲が悪く、死んでからも仲が悪いので、
    ゆくゆく読まさせていただきます。



    ★ 解決してない所

    私は若いころ、遺伝子研究をしていました。
    これを書くと、おそらく身元がバレるので、
    脳内分泌に関わる遺伝子の進化系統が…、主です。
    アメリカ合同ですね。
    他には多種多様の補助的な研究をしておりました。


    ★ 現代では哲学は終わったという点。

    これやりますか?
    やってもいいですけど、パニチェさん個人の見解が聞きたいですね。
    その手段として哲学を利用してくれればいいですけど。


    ★ 道場の先生による【狂気の正体】

    これはやりましょうかね?
    ただ、その道場の先生と私は強い師弟関係で成立しているのも確かです。
    格闘技センスから、私はかなり『トリックスター』です。

返信/引用返信 削除キー/

■3445 / )  マジカルモンキーさんへ
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/03(Fri) 17:25:15)
    2020/07/03(Fri) 17:31:36 編集(投稿者)

    No3443に返信(マジカルモンキーさんの記事)

    > パニチェさん
    > 人を怒らす天才だな(笑)
    > 俺の親父そっくりだわ。今年2月に死んだけど。

    あっ、そうですか。ご冥福をお祈りします。

    > 基本、コミュニケーションってYESか、NOじゃねーの?
    > YES、NO以外のoutputでくると、相手は非常に困るよね?

    コミュニケーションがイエスかノーかというのは、相手が好きか嫌いかという意味でしょうか?

    No3444に返信(マジカルモンキーさんの記事)

    >>憤慨してますよね?
    >>まさに今のマジカルモンキーさんの状態です。
    >>「自分が相手に憤慨しているから、相手も自分に憤慨しているように見えるんですよ」という教えです。
    >>相手や世界は自分の鏡写しのところがあるという意味です。

    > そういう意味ですか。
    > ありがとうございます。
    > かなり憤慨しました、すみませんでした。

    いえいえ、とんでもない。
    私こそお詫びします。すみません。
    私は無宗派の自称仏教徒ですが、以下は身近な人が亡くなった時に私が読んでいる私の心に沁みるお経です。
    蓮如さんの「白骨の章」という説法です。

    ****************************

    それ、人間の浮生(ふしょう)なる相(そう)をつらつら観(かん)ずるに

    おほよそはかなきものは、この世の始中終(しちゅうじゅう)

    まぼろしのごとくなる一期(いちご)なり

    されば、いまだ萬歳(まんざい)の人身(にんじん)を

    うけたりといふ事をきかず、一生すぎやすし

    いまにいたりて、たれか百年の形體(ぎょうたい)をたもつべきや

    我やさき、人やさき、けふともしらず、あすともしらず

    おくれさきだつひとは、もとのしづくすゑの露(つゆ)よりもしげしといへり

    されば、朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて

    夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり

    すでに無常の風きたりぬれば、すなはちふたつのまなこたちまちにとぢ

    ひとつのいきながくたへぬれば、紅顔むなしく變(へん)じて

    桃季(とうり)のよそほひをうしなひぬるときは

    六親眷屬(ろくしんけんぞく)あつまりて、なげきかなしめども

    更(さら)にその甲斐(かい)あるべからず

    さてしもあるべきことならねばとて、野外(やがい)におくりて

    夜半(よわ)のけむりとなしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり

    あはれといふも中々(なかなか)をろかなり

    されば、人間のはかなき事は

    老少不定(ろうしょうふじょう)のさかひなれば

    たれの人も、はやく後生(ごしょう)の一大事を心にかけて 

    阿弥陀仏(あみだぶつ)を深くたのみまゐらせて

    念仏まうすべーきものなり

    あなかしこあなかしこ

    ****************************

    人間の生涯はほんの一瞬のこと
    永遠の命をもったとも聞かないし、寿命がいつ尽きるかは誰も知らない

    今朝は血行のよい顔色であったとしても、夕方には白骨となるのが命あるものの定めである。

    人の命も法印(諸行無常:一定の状態を保ち続けるような常なるものはこの世界には無い。無常なるものに常住不変を求める心に苦が生じる)のうちにあり

    瞳を閉じ、長く大きなひと息をもってひきとれば、親族一同が集まり嘆き悲むが、その甲斐もなく白骨に成り果ててしまうことをもって、人の命や一生はなんと哀れで、夢幻の如く虚しいものだと悲観的にのみ思うことは愚かなことだ

    毎日年寄りであろうと若者であろうと、数多くの人達が先立っており、人間の生や存在そのものが儚いものであることは、年寄りであろうと、若者であろうと、金持ちであろうと、貧しい人であろうと、健康な人であろうと、病人であろうと、幸福の絶頂にいる人であろうと、苦難に喘ぐ人であろうと、同じであり、互いに明日は死ぬかもしれない身の上にある

    愛する人の死に直面し、嘆き悲しみの中にある今こそ
    命と生を受けた奇跡と尊厳を今一度しっかり心に刻み
    命ある限り精一杯前向きに生きていこうという誓いも立てようではないか。

返信/引用返信 削除キー/

■3444 / )  Re[56]: 狂気2
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 17:16:38)
    No3442に返信(パニチェさんの記事)

    > 憤慨してますよね?
    > まさに今のマジカルモンキーさんの状態です。
    > 「自分が相手に憤慨しているから、相手も自分に憤慨しているように見えるんですよ」という教えです。
    > 相手や世界は自分の鏡写しのところがあるという意味です。

    そういう意味ですか。
    ありがとうございます。
    かなり憤慨しました、すみませんでした。


    > 品質というか品がないことは分かります。
    > すみませんでした。

    こちらこそ、すみませんでした。
返信/引用返信 削除キー/

■3443 / )  Re[51]: 狂気1
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 17:13:42)
    パニチェさん

    人を怒らす天才だな(笑)

    俺の親父そっくりだわ。今年2月に死んだけど。

    基本、コミュニケーションってYESか、NOじゃねーの?

    YES、NO以外のoutputでくると、相手は非常に困るよね?
返信/引用返信 削除キー/

■3442 / )  Re[55]: 狂気2
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/03(Fri) 17:08:21)
    No3440に返信(マジカルモンキーさんの記事)

    >> 万法不離識(すべての外界は見るものの心を離れない)、
    >> 唯識無境(外界とは自己が対象化されたもの)という言葉をは…

    > 知りませんよ〜
    > 勿体ぶらずに教えてくださいな〜
    > 実に腹が立つ!!!
    > 教えてくださいよ〜、お願いしますよ〜
    > 頭に来るな!こいつ!!
    > パニチェ先生教えてください〜。

    憤慨してますよね?
    まさに今のマジカルモンキーさんの状態です。
    「自分が相手に憤慨しているから、相手も自分に憤慨しているように見えるんですよ」という教えです。
    相手や世界は自分の鏡写しのところがあるという意味です。

    >>ごめんなさい。あまり興味がありませんが、投稿や返信内容からして本当かな?という思いはありました。

    > 興味がないと自分でInputとしといて、
    > 俺にどんな研究していたなんて聞くってさ
    > 品質がないんだぜ、わかる?

    品質というか品がないことは分かります。
    すみませんでした。
返信/引用返信 削除キー/

■3441 / )  幹細胞
□投稿者/ pipit -(2020/07/03(Fri) 17:01:12)
    みなさまこんにちは。


    >むむむむ、違うかもだけど、ちょっと、言いたい方向垣間見えてきたような。
    山中伸弥教授が研究されてるips細胞(人工多能性幹細胞)、みたいな、
    いろんな細胞に分化できる幹細胞のイメージでいいんじゃないかなぁ。
    第一版の構想力。。。<

    これ、けっこうおもしろいものに例えちゃったと思っちゃってます (o^^o)♪♪

    図式論もまともに理解せず、飛ばしてたとこだから
    前よりは理解するようにがんばろうかな。

    ixtlanさんが、よくこんな変なコト思いついたなー
    みたいな感想を述べられてた記憶があるんですよね。
    違うかもだけど。

    カントはじめ哲学のこと、いろいろ聞いてみたかったな

    今どんなかんじなんかなー

    地球は、コロナウィルスで大変なことになってるんですよー
    まさか自分がパンデミック経験するとは思わなかったなー


返信/引用返信 削除キー/

■3440 / )  Re[54]: 狂気2
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 17:00:19)
    No3439に返信(パニチェさんの記事)

    > ごめんなさい、ストレートに返信しますね。
    > 具体的な反論ができないために、マジカルモンキーさんの私に対する妄想「長生きしたら賢いはずだ」 「憤慨している」を披露しているだけです。
    > 万法不離識(すべての外界は見るものの心を離れない)、唯識無境(外界とは自己が対象化されたもの)という言葉をご存知ですか?


    万法不離識(すべての外界は見るものの心を離れない)、
    唯識無境(外界とは自己が対象化されたもの)という言葉をは…

    知りませんよ〜

    勿体ぶらずに教えてくださいな〜

    実に腹が立つ!!!

    教えてくださいよ〜、お願いしますよ〜

    頭に来るな!こいつ!!

    パニチェ先生教えてください〜。



    > ごめんなさい。あまり興味がありませんが、投稿や返信内容からして本当かな?という思いはありました。


    興味がないと自分でInputとしといて、

    俺にどんな研究していたなんて聞くってさ

    品質がないんだぜ、わかる?
返信/引用返信 削除キー/

■3439 / )  Re[53]: 狂気2
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/03(Fri) 16:39:17)
    2020/07/03(Fri) 16:51:14 編集(投稿者)

    レスありがとうございます。

    No3438に返信(マジカルモンキーさんの記事)

    > パニチェさん
    > 貴方が勘違いしているのは、
    > 「 長生きしたら賢いはずだ 」と思い込んでいるんだよ。
    > 現在はそういう時代じゃねーよってこと。
    > 今の時代に、侍いたら、おかしいよね? もう、侍どころの騒ぎじゃねーよね?
    > マジモンと、パニチャどちらが正しいとか、そういう話じゃねーのって。
    > 貴方が憤慨している時点で、
    > 「 パニチェさんはいったい、何をInputして長生きしたら賢いはずだわけ? 」
    > と思うのです。

    ごめんなさい、ストレートに返信しますね。
    具体的な反論ができないために、マジカルモンキーさんの私に対する妄想「長生きしたら賢いはずだ」 「憤慨している」を披露しているだけです。

    万法不離識(すべての外界は見るものの心を離れない)、唯識無境(外界とは自己が対象化されたもの)という言葉をご存知ですか?

    > それと、私の研究論文を知りたいのですか?

    これも正直に返信します。
    ごめんなさい。あまり興味がありませんが、投稿や返信内容からして本当かな?という思いはありました。

    議論にならないようならレス交換はやめときましょう。
    どうぞ、楽しんで下さい。
返信/引用返信 削除キー/

■3438 / )  Re[52]: 狂気2
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 16:22:15)
    No3437に返信(パニチェさんの記事)

    パニチェさん

    貴方が勘違いしているのは、

    「 長生きしたら賢いはずだ 」と思い込んでいるんだよ。

    現在はそういう時代じゃねーよってこと。

    今の時代に、侍いたら、おかしいよね? もう、侍どころの騒ぎじゃねーよね?




    マジモンと、パニチャどちらが正しいとか、そういう話じゃねーのって。

    貴方が憤慨している時点で、

    「 パニチェさんはいったい、何をInputして憤慨しているわけ? 」

    と思うのです。




    それと、私の研究論文を知りたいのですか?
返信/引用返信 削除キー/

■3437 / )  Re[51]: 狂気2
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/03(Fri) 15:57:45)
    2020/07/03(Fri) 16:16:28 編集(投稿者)

    >>鬱病を狂気と主張しているのではなく、一般的に狂気と呼ばれる精神状態(上記の辞書の意味)は神経伝達物質やニューロンの発火によるということを示すために鬱病にスポットを当てたということです。
    >>>>悲しいから脳内物質が分泌されるのではなく、脳内物質が分泌されるから悲しくなるというメカニズム。鬱病は快を司る特定部位(左前頭前野)の機能が低下したり、セロトニンが低下することによって将来の不安などの精神状態がつくり出されることが判明しています。
    >>専門分野ならお分かりだと思いますが、上記は脳科学的の常識ですよね?

    > 今の常識は、鬱はウィルス性です。
    > パニチェさんのおっしゃっている事は、もう古いんです。

    鬱病がウィルス性であり、かつ「脳内物質が分泌されるから悲しくなるというメカニズム」が古いという出自を示して下さい。(1)
    うつ病の発症にヘルペスウイルスが関係している可能性があるというひとつの学説であって、「脳内物質が分泌されるから悲しくなるという」というメカニズムを否定するものではありません。仮にヘルペス説が正しいとしても遺伝子によってそのような形質が形成され発病するということでしょう。

    >>>>物理的な刺激を与えることによって(脳深部電気刺激療法)改善が見られます。
    >>>>ある意味で私たちは外部刺激とこれに反応する脳という人形師によって操られるマリオネット的な要素もあるということです。
    >>>>19世紀の英国の鉄鋼労働者でフィニアス・ゲイジは仕事中に爆発で飛んできた鉄骨の杭が頭を貫通し、命はとりとめたものの前脳部の大半を失ったため、事故以前は勤勉で前向きな性格が豹変し酒に溺れる浮浪者になったとの事です。
    >>>>凶悪犯罪をおこした受刑者には前頭葉に異常や機能不全を持つ者が相当数いたというデータもあります。

    >>科学的な知見やその根拠となった事例だから、出自として持ち出しました。
    >>出自や根拠も提示せずに自分の意見や考えだけを述べているだけでは議論になりません。

    > 我慢して議論にしてください。
    > とにかくパニチェさんの情報は古いて長いのです。
    > データを提出されても、「それ見た事あるよ」程度なんです。
    > 古いデータの考察は、何十年前に終了していますよという事です。
    > つまり、つまらないのです。
    > 古いわけです。
    > 「そんなことは知っていますよ」と敢えて社会は口に出さないだけなんです。

    これも(1)に同じです。


    No3433に返信(マジカルモンキーさんの記事)
    >>言葉の定義を恣意的に変更すれば狂気も自分でコントロールできるものとして説明することは容易いです。
    >>外国人と議論する場合でもそのテーマとなる言葉の定義を明確にした上で論じることは有意義な議論には不可欠であると私は思います

    > 私は「哲学の時代は終わった」と思う派で
    > 2011年スマホ大流行により、
    > パッと思うつくものが世界の思考になってしまいました。
    > とにかくパニチェさんは古いんじゃないでしょうか?
    > アップデートした方がいいんじゃないですかね
    > グローバルになっているわけですし、
    > 世界共通の簡単な言葉で、説明しても良いですよね。

    何をもって哲学と理解されているのかも分かりませんし、終わったと言われるところの「哲学の時代」といのが何を意味しているかも分かりません。
    また具体的な反論もなく「古い」と言われても何がどのように古いのかも分からないし、感想や印象を述べているだけで、具体的な反論になっていないと思います。

    マジカルモンキーさんが思うところの「哲学」の定義を教えて下さい。
    あと脳科学とか進化論が専門分野ということですが、具体的にはどういう研究をされていたのかも教えていただければ有難いです。
返信/引用返信 削除キー/

■3436 / )  Re[50]: 狂気1
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/03(Fri) 15:53:41)
    レスありがとうございます。
    気が変わりました。返信させてもらいますが、以後スルーしてもらっても結構ですし、私もどこかでスルーさせてもらうかもしれません。

    No3432に返信(マジカルモンキーさんの記事)
    > では、そうしてください。
    > 私の許可はいりませんし、貴方が私に憤慨するのもお門違いだと思います。

    マジカルモンキーさんに対して私はまったく「憤慨する」なんて気持ちはないのですが、レス交換が有意義かそうでないかは個々で判断すればいいとは思います。

    > こちらは勝手に楽しんでおり、
    > 私の言葉を信用してくれる人がinputすればよいだけの話です。

    楽しんでもらうのよいことです。
    反論されたり、議論するのがお嫌いですか?

    >>それぞれが勝手な定義で喋ってても噛み合わないだけですから、まずは言葉の定義を明確にすべきだと考え辞書での意味を提示しました。

    > 私も20年前「辞書魔」で、学校、研究室、会社まで、辞書を持っていくようなタイプでした。
    > ある日、辞書が重いという事で、辞書を使わずに、のべる事は可能かと考えたことがありました。
    > 辞書→漢和辞典→言葉と変化していき、社会でも賢い人は辞書を持っていないなと結論づけました。
    > パニチェさんは、どうも、目の前にいる人物が、「自分よりもレベルが低い」と勝手に思い込んでらっしゃる。
    > その判断は不幸な事ですよ。

    上記はマジカルモンキーさんが「『パニチェは自分よりもレベルが低い』と勝手に思い込んでいると考えている」という表明以外の何ものでもないです。
    「勝手な定義で喋ってても噛み合わない」という私の主張に対しての反論になっていないという自覚はありませんか?

    >>それは定義の問題です。
    >>マジカルモンキーさんが3424で用いた「狂気」が一般的だとは思いません。
    > >>例えば、「上段蹴り1万回しなさい」と師匠からいわれた場合
    > >>初めは、怒りが沸いてくる。
    > >>次に、悲しみが沸いてくる。
    > >>次に、狂気がやってくる。
    >>上記の狂気を嫌気に変えても文章の意味はつながります。

    > そうでしょうか?
    > 怒り・悲しみ・狂気は、道場の先生の教えであり、
    > その壁を一つ一つ乗り越えれば、結果がでているので、
    > 何も問題がないように思えますが…。

    > 嫌気がさすは、第1段階の怒りの領域であります。
    > 肩書主義なんだろうけど、道場の先生レベルではいかんのですか?

    では矛盾を指摘します。

    > >>例えば、「上段蹴り1万回しなさい」と師匠からいわれた場合
    1.> >>初めは、怒りが沸いてくる。

    これはいわれた弟子の感情ですね?

    2.> >>次に、悲しみが沸いてくる。

    これもいわれた弟子の感情ですね?

    3.> >>次に、狂気がやってくる。

    この狂気というのは「上段蹴り1万回しなさい」といわれた師匠の指示が「狂気沙汰」だと弟子が思ったということではないのですか?
    1と2は弟子の心情であるのに対して、3は弟子が思うところの師匠の指示が「狂気沙汰」ということではないですか?
    もしそうだとすると言葉の使い方に問題があります。弟子は師匠の「上段蹴り1万回しなさい」という狂気沙汰の指示に「嫌気がさす」というのが弟子の心情となります。
    これが違うなら、上記の狂気とはどういうものでしょうか?ランナーズハイをもって狂気とするなら「場所を変えて、大会で結果が出ると、狂気なんてもんは吹っ飛んでしまうね。」に繋がりません。
    大会で結果が出ると「あの時師匠の指示を狂気沙汰だと嫌気がさしたが、その思い(嫌気)が吹っ飛んでしまう」なら意味は通じると思います。

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■3435 / )  Re[51]: 狂気
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 15:02:14)
    そうだなー

    「読解力の時代」と言いましょうか

    「言葉単体の時代」と言いましょうか

    抽象化、要約が試されているんじゃないでしょうか?
返信/引用返信 削除キー/

■3434 / )  新参者
□投稿者/ 田秋 -(2020/07/03(Fri) 14:55:28)
    私は音楽を生業としてきましたが、文学や美術にはずっと尊敬の念を抱いています。さらに本業であるクラシック音楽の立場からすると、それは畏敬の念と言っても過言ではありません。何故かというと、クラシック(古典)音楽というのは(ちょっとズルして)バロック音楽まで含めたとしても、たかだかここ400年ほどの歴史しかないのです。いわゆる新参者です。

    音楽の父と言われるヨハン・セバスチャン・バッハが生まれたのは1685年です。ですからミケランジェロ(1571―1610)、レンブラント(1606―1669)、フェルメール(1632―1675)などはバッハの音楽を聴いたことがないのです。フェルメールなどはそんなに昔の画家というイメージはないのですが、それでも音楽の父はその後の生まれです。日本の歴史と比べると江戸時代以降です。

    歴史が浅いから劣っているということではありませんし、ここ数百年で1000年分くらいの音楽の天才が出た感もあるのですが、やはり建築、絵画、文学などに接すると歴史の重みは感じます。
返信/引用返信 削除キー/

■3433 / )  Re[50]: 狂気
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 14:33:51)
    No3430に返信(パニチェさんの記事)

    > 言葉の定義を恣意的に変更すれば狂気も自分でコントロールできるものとして説明することは容易いです。
    > 外国人と議論する場合でもそのテーマとなる言葉の定義を明確にした上で論じることは有意義な議論には不可欠であると私は思います。


    私は「哲学の時代は終わった」と思う派で

    2011年スマホ大流行により、

    パッと思うつくものが世界の思考になってしまいました。

    とにかくパニチェさんは古いんじゃないでしょうか?
    アップデートした方がいいんじゃないですかね

    グローバルになっているわけですし、
    世界共通の簡単な言葉で、説明しても良いですよね。
返信/引用返信 削除キー/

■3432 / )  Re[49]: 狂気
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 14:20:12)
    No3429に返信(パニチェさんの記事)
    > 2020/07/03(Fri) 12:55:22 編集(投稿者)
    >
    > もう一度だけ返信してみます。
    > あまり生産的なレス交換になりそもないと私は思いますので、次回の返信はスルーさせてもらうかもしれません。

    では、そうしてください。
    私の許可はいりませんし、貴方が私に憤慨するのもお門違いだと思います。
    こちらは勝手に楽しんでおり、
    私の言葉を信用してくれる人がinputすればよいだけの話です。



    > それぞれが勝手な定義で喋ってても噛み合わないだけですから、まずは言葉の定義を明確にすべきだと考え辞書での意味を提示しました。


    私も20年前「辞書魔」で、学校、研究室、会社まで、辞書を持っていくようなタイプでした。
    ある日、辞書が重いという事で、辞書を使わずに、のべる事は可能かと考えたことがありました。
    辞書→漢和辞典→言葉と変化していき、社会でも賢い人は辞書を持っていないなと結論づけました。
    パニチェさんは、どうも、目の前にいる人物が、「自分よりもレベルが低い」と勝手に思い込んでらっしゃる。

    その判断は不幸な事ですよ。


    > それは定義の問題です。
    > マジカルモンキーさんが3424で用いた「狂気」が一般的だとは思いません。
    >>例えば、「上段蹴り1万回しなさい」と師匠からいわれた場合
    >>初めは、怒りが沸いてくる。
    >>次に、悲しみが沸いてくる。
    >>次に、狂気がやってくる。
    > 上記の狂気を嫌気に変えても文章の意味はつながります。

    そうでしょうか?

    怒り・悲しみ・狂気は、道場の先生の教えであり、
    その壁を一つ一つ乗り越えれば、結果がでているので、
    何も問題がないように思えますが…。

    嫌気がさすは、第1段階の怒りの領域であります。
    肩書主義なんだろうけど、道場の先生レベルではいかんのですか?


    > 鬱病を狂気と主張しているのではなく、一般的に狂気と呼ばれる精神状態(上記の辞書の意味)は神経伝達物質やニューロンの発火によるということを示すために鬱病にスポットを当てたということです。
    > >>悲しいから脳内物質が分泌されるのではなく、脳内物質が分泌されるから悲しくなるというメカニズム。鬱病は快を司る特定部位(左前頭前野)の機能が低下したり、セロトニンが低下することによって将来の不安などの精神状態がつくり出されることが判明しています。
    >
    > 専門分野ならお分かりだと思いますが、上記は脳科学的の常識ですよね?


    今の常識は、鬱はウィルス性です。
    パニチェさんのおっしゃっている事は、もう古いんです。


    > >>物理的な刺激を与えることによって(脳深部電気刺激療法)改善が見られます。
    > >>ある意味で私たちは外部刺激とこれに反応する脳という人形師によって操られるマリオネット的な要素もあるということです。
    > >>19世紀の英国の鉄鋼労働者でフィニアス・ゲイジは仕事中に爆発で飛んできた鉄骨の杭が頭を貫通し、命はとりとめたものの前脳部の大半を失ったため、事故以前は勤勉で前向きな性格が豹変し酒に溺れる浮浪者になったとの事です。
    > >>凶悪犯罪をおこした受刑者には前頭葉に異常や機能不全を持つ者が相当数いたというデータもあります。
    >
    > 科学的な知見やその根拠となった事例だから、出自として持ち出しました。
    > 出自や根拠も提示せずに自分の意見や考えだけを述べているだけでは議論になりません。



    我慢して議論にしてください。
    とにかくパニチェさんの情報は古いて長いのです。
    データを提出されても、「それ見た事あるよ」程度なんです。
    古いデータの考察は、何十年前に終了していますよという事です。
    つまり、つまらないのです。

    古いわけです。

    「そんなことは知っていますよ」と敢えて社会は口に出さないだけなんです。



    > 上記の話と今論じている「狂気」についてのレス交換との繋がりや文脈が理解できません。


    なるほど。

    品質は、世界共通なんです。

    こちらが日本人で外人に素早く理解させるために、

    「道場の先生レベル」の狂気をお話ししました。

    経験則です。
返信/引用返信 削除キー/

■3431 / )  Re[28]: 悟りと脳科学
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/03(Fri) 12:53:50)
    2020/07/03(Fri) 12:57:22 編集(投稿者)

    No3428に返信(knowing itselfさんの記事)

    > 覚醒した人の脳状態は、五戒を犯す脳状態とは明らかに違うと思います。五戒が成立した時代には当然のことながら、現代脳科学の知見などはありませんが、直感的には洞察していたと思います。本当に深いレベルでの安息、穏やかさに何が必要であるのか。
    > どれだけ紛い物の内的体験をしようが、五戒を破ったことを自分の脳は騙せません。
    > オウムは五戒を破って鈍化に開き直っている時点で、覚醒とは無関係でしょう。

    同意です。オウムは魔境や野弧禅の典型でしょうね。
    正しい禅定にはまともな師家が必要な理由でもあると思います。
返信/引用返信 削除キー/

■3430 / )  Re[49]: 狂気
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/03(Fri) 12:51:12)
    No3427に返信(マジカルモンキーさんの記事)
    > 地球上には、いろんな人種があり、いろんな国がありますよね。
    > つまるところ言葉が重要になってくるんです。

    > 品質管理をしているとまず、この言葉問題にぶち当たります。

    > お互いに日本人ならば、コミュニケーションをとる事で
    > 意思疎通は可能でしょう。

    > 「辞書を持ち出す、日本語で書かれたデータを持ち出す。ほら信用してよ」

    > じゃなくて、それは責任の所在を言っているわけで、
    > その情報が正しいかどうかは、「聞く側の問題」です。

    > 俺が日本人だから可能であって、仮に私がアメリカ人でも同じことができますか?

    言葉の定義を恣意的に変更すれば狂気も自分でコントロールできるものとして説明することは容易いです。
    外国人と議論する場合でもそのテーマとなる言葉の定義を明確にした上で論じることは有意義な議論には不可欠であると私は思います。
返信/引用返信 削除キー/

■3429 / )  Re[48]: 狂気
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/03(Fri) 12:46:26)
    2020/07/03(Fri) 14:00:49 編集(投稿者)

    もう一度だけ返信してみます。
    あまり生産的なレス交換になりそうもないと私は思いますので、次回の返信はスルーさせてもらうかもしれません。

    No3426に返信(マジカルモンキーさんの記事)

    >>三省堂 大辞林 第三版より
    >>狂気
    >>気が狂っていること。常軌を逸した精神状態。 「 −の沙汰(さた)」 「 −乱心」

    > パニチェさんは、辞書を使うタイプなんですね。

    それぞれが勝手な定義で喋ってても噛み合わないだけですから、まずは言葉の定義を明確にすべきだと考え辞書での意味を提示しました。

    >>精神疾患による異常も狂気とするなら問題はそう簡単ではないと思います。

    > それは狂気ではないですよ。病気です。

    それは定義の問題です。
    マジカルモンキーさんが3424で用いた「狂気」が一般的だとは思いません。
    > 例えば、「上段蹴り1万回しなさい」と師匠からいわれた場合
    > 初めは、怒りが沸いてくる。
    > 次に、悲しみが沸いてくる。
    > 次に、狂気がやってくる。
    上記の狂気を嫌気に変えても文章の意味はつながります。

    >>鬱病ひとつをとってみても何か原因があって悲しいのではない。
    >>何の原因もなく眠れない、あるいは朝起きたら悲しい状態が延々と続く。

    > それは狂気ではないです。うつ病です

    鬱病を狂気と主張しているのではなく、一般的に狂気と呼ばれる精神状態(上記の辞書の意味)は神経伝達物質やニューロンの発火によるということを示すために鬱病にスポットを当てたということです。

    >>悲しいから脳内物質が分泌されるのではなく、脳内物質が分泌されるから悲しくなるというメカニズム。鬱病は快を司る特定部位(左前頭前野)の機能が低下したり、セロトニンが低下することによって将来の不安などの精神状態がつくり出されることが判明しています。

    > これが私の専門分野です。

    専門分野ならお分かりだと思いますが、上記は脳科学的の常識ですよね?

    >>物理的な刺激を与えることによって(脳深部電気刺激療法)改善が見られます。
    >>ある意味で私たちは外部刺激とこれに反応する脳という人形師によって操られるマリオネット的な要素もあるということです。
    >>19世紀の英国の鉄鋼労働者でフィニアス・ゲイジは仕事中に爆発で飛んできた鉄骨の杭が頭を貫通し、命はとりとめたものの前脳部の大半を失ったため、事故以前は勤勉で前向きな性格が豹変し酒に溺れる浮浪者になったとの事です。
    >>凶悪犯罪をおこした受刑者には前頭葉に異常や機能不全を持つ者が相当数いたというデータもあります。

    > 正直、言っていいですか?
    > なぜ、このような情報を鵜呑みにしているんですか?
    > 「鵜呑みにする理由」を本気で教えてほしい。
    > 結構いらっしゃると思います。
    > ビックリするくらいの肩書主義ですかね?
    > 私は自己紹介でも話しましたが、品質管理をマスターするレベルです。
    > なぜ故、パニチェさんは、パニチェさんが私に紹介した文書記録を
    > 信用しているのですか?

    科学的な知見やその根拠となった事例だから、出自として持ち出しました。
    出自や根拠も提示せずに自分の意見や考えだけを述べているだけでは議論になりません。

    > 別な質問します。
    > 私が仮にアメリカ人でも、同じ行為はできますか?
    > 私が英語ペラペラで、パニチェさんは英語は話せません。
    > そういう状況で、パニチェさんは私に説得や納得させることはできますか?
    > お互いに、日本語が話せるから、話しているだけなんじゃないですかね。
    > 単なる「洗脳」だよね。

    上記の話と今論じている「狂気」についてのレス交換との繋がりや文脈が理解できません。


返信/引用返信 削除キー/

■3428 / )  Re[27]: 悟りと脳科学
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/03(Fri) 12:46:19)
    >>覚醒した人たちの脳をスキャンすれば、上記と同じようになると思います。動物的な回路が抑えられ、扁桃体の活動が低下し、左脳の過緊張がなくなって両脳のバランスがとれ、戦うか逃げるか反応が完全に無意味になり、などの特性は一般的に覚醒した人に伴うものだからです。脳の状態が変わったからこういった効果が生まれたというより、覚醒した人たちの心身の状態を脳として観測するとそうなるのだと思います。
    >>逆に、脳状態がこのような人たちは覚醒しているかというと、それは必ずしも言えないでしょう。
    >
    > 全くもって同感です。
    >
    >>ただ、もし脳科学などの発展によって上記の脳状態に容易に至れるようなメソッドなどが提供できれば、それは歓迎すべきでしょう。
    > そうですね。
    > 悪用した例としてはオウムが薬を使ってトリップが見性体験であるかのように驚かせ、高学歴の人たちをグルに帰依させてました。
    > アイソレーションタンクでも不思議な感覚に陥るようです。

    覚醒した人の脳状態は、五戒を犯す脳状態とは明らかに違うと思います。五戒が成立した時代には当然のことながら、現代脳科学の知見などはありませんが、直感的には洞察していたと思います。本当に深いレベルでの安息、穏やかさに何が必要であるのか。
    どれだけ紛い物の内的体験をしようが、五戒を破ったことを自分の脳は騙せません。
    オウムは五戒を破って鈍化に開き直っている時点で、覚醒とは無関係でしょう。


返信/引用返信 削除キー/

■3427 / )  Re[48]: 狂気
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 12:13:52)
    地球上には、いろんな人種があり、いろんな国がありますよね。
    つまるところ言葉が重要になってくるんです。

    品質管理をしているとまず、この言葉問題にぶち当たります。

    お互いに日本人ならば、コミュニケーションをとる事で
    意思疎通は可能でしょう。

    「辞書を持ち出す、日本語で書かれたデータを持ち出す。ほら信用してよ」

    じゃなくて、それは責任の所在を言っているわけで、
    その情報が正しいかどうかは、「聞く側の問題」です。

    俺が日本人だから可能であって、仮に私がアメリカ人でも同じことができますか?
返信/引用返信 削除キー/

■3426 / )  Re[47]: 狂気
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 12:02:04)
    No3425に返信(パニチェさんの記事)

    > 三省堂 大辞林 第三版より
    > 狂気
    > 気が狂っていること。常軌を逸した精神状態。 「 −の沙汰(さた)」 「 −乱心」

    パニチェさんは、辞書を使うタイプなんですね。


    > 精神疾患による異常も狂気とするなら問題はそう簡単ではないと思います。

    それは狂気ではないですよ。病気です。


    > 鬱病ひとつをとってみても何か原因があって悲しいのではない。
    > 何の原因もなく眠れない、あるいは朝起きたら悲しい状態が延々と続く。


    それは狂気ではないです。うつ病です。



    > 悲しいから脳内物質が分泌されるのではなく、脳内物質が分泌されるから悲しくなるというメカニズム。鬱病は快を司る特定部位(左前頭前野)の機能が低下したり、セロトニンが低下することによって将来の不安などの精神状態がつくり出されることが判明しています。


    これが私の専門分野です。


    > 物理的な刺激を与えることによって(脳深部電気刺激療法)改善が見られます。
    > ある意味で私たちは外部刺激とこれに反応する脳という人形師によって操られるマリオネット的な要素もあるということです。
    > 19世紀の英国の鉄鋼労働者でフィニアス・ゲイジは仕事中に爆発で飛んできた鉄骨の杭が頭を貫通し、命はとりとめたものの前脳部の大半を失ったため、事故以前は勤勉で前向きな性格が豹変し酒に溺れる浮浪者になったとの事です。
    > 凶悪犯罪をおこした受刑者には前頭葉に異常や機能不全を持つ者が相当数いたというデータもあります。


    正直、言っていいですか?
    なぜ、このような情報を鵜呑みにしているんですか?

    「鵜呑みにする理由」を本気で教えてほしい。
    結構いらっしゃると思います。

    ビックリするくらいの肩書主義ですかね?

    私は自己紹介でも話しましたが、品質管理をマスターするレベルです。

    なぜ故、パニチェさんは、パニチェさんが私に紹介した文書記録を
    信用しているのですか?

    別な質問します。

    私が仮にアメリカ人でも、同じ行為はできますか?
    私が英語ペラペラで、パニチェさんは英語は話せません。
    そういう状況で、パニチェさんは私に説得や納得させることはできますか?

    お互いに、日本語が話せるから、話しているだけなんじゃないですかね。
    単なる「洗脳」だよね。
返信/引用返信 削除キー/

■3425 / )  狂気
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/03(Fri) 11:46:04)
    三省堂 大辞林 第三版より
    狂気
    気が狂っていること。常軌を逸した精神状態。 「 −の沙汰(さた)」 「 −乱心」
    ****************************

    精神疾患による異常も狂気とするなら問題はそう簡単ではないと思います。
    鬱病ひとつをとってみても何か原因があって悲しいのではない。
    何の原因もなく眠れない、あるいは朝起きたら悲しい状態が延々と続く。

    悲しいから脳内物質が分泌されるのではなく、脳内物質が分泌されるから悲しくなるというメカニズム。
    鬱病は快を司る特定部位(左前頭前野)の機能が低下したり、セロトニンが低下することによって将来の不安などの精神状態がつくり出されることが判明しています。
    物理的な刺激を与えることによって(脳深部電気刺激療法)改善が見られます。
    ある意味で私たちは外部刺激とこれに反応する脳という人形師によって操られるマリオネット的な要素もあるということです。

    ttp://sci.digitalmuseum.jp/project/nhksp/chapter_3.php

    19世紀の英国の鉄鋼労働者でフィニアス・ゲイジは仕事中に爆発で飛んできた鉄骨の杭が頭を貫通し、命はとりとめたものの前脳部の大半を失ったため、事故以前は勤勉で前向きな性格が豹変し酒に溺れる浮浪者になったとの事です。
    凶悪犯罪をおこした受刑者には前頭葉に異常や機能不全を持つ者が相当数いたというデータもあります。
返信/引用返信 削除キー/

■3424 / )  Re[45]: ニーチェの発狂とニーチェ哲学
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 10:30:11)
    狂気なんてもんは全然、説明がつきますよ

    私は格闘技で一定の結果、県レベルで3回優勝しているけども
    例えば、「上段蹴り1万回しなさい」と師匠からいわれた場合

    初めは、怒りが沸いてくる。
    次に、悲しみが沸いてくる。
    次に、狂気がやってくる。

    場所を変えて、大会で結果が出ると、狂気なんてもんは吹っ飛んでしまうね。

    狂気は、自分が解けない問題を、問題が解けない自分で、解決しないといけない。自分ではない自分を、自分の中で形成しないといけないから、狂ってくる。
    それは簡単にいうと、自作自演ができるかどうかでしょうね。

    例えばですよ。

    キグルミを着たり、仮面をかぶると、性格が変わるのと一緒ですね。
    だから、私は精神的に参っている人には、
    ファッションでも楽しめばとか
    旅行に行ったら、転職したらとか、アドバイスするのと一緒と感じますね。
返信/引用返信 削除キー/

■3423 / )  Re[44]: ニーチェの発狂とニーチェ哲学
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/03(Fri) 10:13:00)
    No3421に返信(パニチェさんの記事)
    > 2020/07/03(Fri) 09:50:38 編集(投稿者)

    おはようございます。
    パニチェさんは、完全に男性脳だね。
    男性だから、しょうがないけど。


    > 1.ニーチェ哲学に対する否定的な見解
    > (1)W.W.Ireland(医師、1901年英国の医学雑誌へ「F.ニーチェ、その精神医学的研究」と題した論文と発表)
    > 苦痛がかれの精神をを疲労させ、かれの人生への不満を高めたことは疑いない。さらにニーチェの自己中心主義がこうして年を追って高まって行った。永劫回帰や超人の思想は奇怪な思想に過ぎず、ツァラトゥストラ以後のニーチェの著作は不潔やきたならしい書物である。

    そう感じた事はありません。


    > (2)P.J.Mobius(ライプツヒ大学講師から開業医、1902年発刊「ニーチェにおける病的なもの」著者)
    > ニーチェの著作を読む人々は、ニーチェの全部を読まずに、個々の、みずから気に入った、真珠のようないちばんよいところだけを読む。ただ、その個々の真珠が、目に見えない、きわめてふたしかなひもでつながっている。(気をつけてなさい。この男は精神病者なのですよ。)

    ……
    この男は精神病者なのですよという部分が、しっくりこないですね。
    余計なお世話でないでしょうか?


    > 2.ニーチェ哲学に対する肯定的な見解
    > (1)Kurt Hildebrandt(精神科医から転進しキール大学哲学教授 1923年「ニーチェの精神病のはじまり」発刊)
    > 永劫回帰をMobiusが『ニーチェによって持ち出されたもっとも精神薄弱的な考え』と言い捨てることは、哲学者ではないひとりの医学者の軽率な発言である。この理念については専門の哲学者や科学者たちによってもっとまじめに論議されるべきものである。とにかく、一般的に言って、ひとつの詩作品のイメージや理念を軽々しく病的と呼ぶのはたいへん危険なことである。

    そう思います。


    > (2)Katl Jaspers(精神神経科医から転進した哲学者、1935年「ニーチェ─その哲学入門」発刊)
    > ニーチェの病気を進行性麻痺と確定するには、精神病院に収容されている多数の一般の進行性麻痺患者の病状経過との比較も行われねばならないが、こうした一般患者の知的能力は通常ニーチェのそれと比べられないほど低いので、かれらの書筒をニーチェの書筒や作品と対比してみてもほとんど無意味である。創造的霊感の時期には、ニーチェはまたおそるべき深淵をのぞくことによって人間存在の前人未到の認識に達していた。

    そう思います。

    > (3)著者 小林真氏の見解
    > Mobiusに反して言えば「ニーチェについては、自分の気に入ったところだけをえらんで読み、そこからそれだけの詩的うましさを味わい、それだけの人間的叡智をくみ取って下さい。それらの個々の真珠を結ぶ紐がいかにゆるく、いかにふたしかなものであっても、それを気にかける必要はありません。」ということである。

    そう思います。


    > (4)パニチェの見解
    > ニーチェかく語りき
    > 「新しい思想に道を拓き、尊敬されていた習慣や迷信の束縛を破るのは、ほとんどいたるところで狂気なのである。(曙光 14)」
    > 「天才には一粒の塩の代わりに少しの狂気が与えられている。(曙光 14)」
    > 人間の精神は病的なものがあるからこそ、人間の精神でありうる。
    > 病的ではない精神はむしろ感情を有さないロボット(人工無能)のそれである。
    > 人格異常や精神異常とは、能力、特徴、特性、性格の一側面に過ぎず、その傾向は万人が有するものである。
    > ニーチェの思想が狂気なら、人格神にひれ伏すクリスチャンや信仰者も狂気である。

    狂気というものはさほど難しくない。
    狂気は自作自演とか仮面のようなものです。

    自分では解けない問題を自分で解かなければいけないので、狂気の沙汰になる。
    自分では解けない問題を、他人に任せれば、それでよし。
    それが今の社会形態と感じます。

    ショートケーキが作れません、ケーキ屋さんに依頼します。
    狂気なんて起こりません。



    > 「善悪の彼岸」や「道徳の系譜」が「ツァラトゥストラ」の哲学的解説書版であったように、「曙光」以降のニーチェの著作は思考プロセスをすっ飛ばして、結論のみを抽出し綴っている。
    > それぞれの著書の構想や思考過程は、ちくま学芸文庫から出版されているニーチェ全集の別巻3・4「生成の無垢〈上〉・〈下〉」にまとめられている。
    > ニーチェの著書にある種の異質性や極論を感じるひとつの要因である。


    私は、ニーチェの言葉が極論とは感じるが、異質性は感じられない。
    思考プロセスをすっ飛ばして、結論のみを抽出して綴っているという部分は、
    それが普通だと思う。
返信/引用返信 削除キー/

■3422 / )  意識は機械でつくれるか
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/03(Fri) 07:58:40)
    <還元>
    https://www.weblio.jp/content/%E9%82%84%E5%85%83
    ──三省堂 大辞林 第三版より──
    B〔哲〕多様で複雑な物事を何らかの根本的なものに置き直し、帰着させること。 「現象学的−」 「本質に−して事態を論ずる」

    <アルゴリズム>
    ttp://research.nii.ac.jp/~uno/algo_3.htm
    ──上記サイトよりの引用──
    「アルゴリズム」というのは、コンピューターで計算を行うときの「計算方法」のことなんですが、広く考えれば、何か物事を行うときの「やり方」のことだと言っていいでしょう。その「やり方」を工夫して、より良いやり方を見つけよう、というのが、アルゴリズムの研究です。同じ計算を行うんだったら、いい方法でやればより速く計算できますね、ということです。


    「意識はアルゴリズムに還元することができるか」→「意識はコンピュータで再現可能か」→「意識は機械でつくれるか」

返信/引用返信 削除キー/

■3421 / )  ニーチェの発狂とニーチェ哲学
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/03(Fri) 03:50:21)
    2020/07/03(Fri) 09:50:38 編集(投稿者)

    横レス失礼します。

    No3419に返信(マジカルモンキーさんの記事)
    > 確かニーチェは統合失調症になったんだよね、そこは気を付けているつもり。

    統合失調(分裂症)という所見もありますが、一番有力なのは「梅毒による進行麻痺性精神障害(梅毒性脳膜炎)」ですね。残っている医者の所見は以下です。
    (Panietzsche Room>ニーチェT>第六章>ニーチェの狂気(1)&(2)より)

    *********以下、小林真著「ニーチェの病跡 ─ ある哲学者の生涯と旅・その詩と真実 ─ 」より引用*********

    ニーチェの既往症および遺伝負因
    1.頭痛や眼痛発作は幼少の頃(1858年ニーチェ14歳の日記)よりあり、遺伝性のものと考えられる。
    2.父親が脳疾患で死亡。父親の姉妹はヒステリー的でやや病的な人格異常が認められた(ニーチェの母がイエーナ病院で陳述)。
    3.母親の2〜3の兄弟は精神的にやや異常で、ひとりの姉妹は自殺し、もうひとりの姉妹は狂気になった。また兄は精神障害に陥った(ニーチェ家と親しいOla hansson家の家族の陳述)。
    4.弟Josephは2歳の時に脳発作(脳卒中?)で死亡。
    5.1865年、発症したリウマチによる髄膜炎
    6.1867年、徴兵中に落馬、胸骨を骨折し、のちにその部分が化膿し数週間の治療を要した。
    7.1870年、普仏戦役に志願従軍し、エアランゲンで赤痢と咽喉ジフテリアにかかり、その後、生涯胃の異常(嘔吐や胃痛)を抱ることとなった。バーゼルに帰還した後も黄疸や不眠症に悩まされた。
    8.1875年、医師から処方された硝酸銀を服用。
    9.1883年、不眠症のため塩素性の睡眠薬を多量に服用。
    10.1889年1月7日、トリノでのカタストロフィー(発狂)
    11.1889年1月〜1899年5月、イエーナ大学病院での水銀湿布治療。
    12.1900年8月25日没

    ※複数の医学者によるニーチェの病気についての見解
    梅毒による進行麻痺性精神障害(梅毒性脳膜炎)
    器質的脳疾患
    内因性の遺伝性疾患(分裂症、躁鬱病)


    1.ニーチェ哲学に対する否定的な見解
    (1)W.W.Ireland(医師、1901年英国の医学雑誌へ「F.ニーチェ、その精神医学的研究」と題した論文と発表)
    苦痛がかれの精神をを疲労させ、かれの人生への不満を高めたことは疑いない。さらにニーチェの自己中心主義がこうして年を追って高まって行った。永劫回帰や超人の思想は奇怪な思想に過ぎず、ツァラトゥストラ以後のニーチェの著作は不潔やきたならしい書物である。

    (2)P.J.Mobius(ライプツヒ大学講師から開業医、1902年発刊「ニーチェにおける病的なもの」著者)
    ニーチェの著作を読む人々は、ニーチェの全部を読まずに、個々の、みずから気に入った、真珠のようないちばんよいところだけを読む。ただ、その個々の真珠が、目に見えない、きわめてふたしかなひもでつながっている。(気をつけてなさい。この男は精神病者なのですよ。)

    2.ニーチェ哲学に対する肯定的な見解
    (1)Kurt Hildebrandt(精神科医から転進しキール大学哲学教授 1923年「ニーチェの精神病のはじまり」発刊)
    永劫回帰をMobiusが『ニーチェによって持ち出されたもっとも精神薄弱的な考え』と言い捨てることは、哲学者ではないひとりの医学者の軽率な発言である。この理念については専門の哲学者や科学者たちによってもっとまじめに論議されるべきものである。とにかく、一般的に言って、ひとつの詩作品のイメージや理念を軽々しく病的と呼ぶのはたいへん危険なことである。

    (2)Katl Jaspers(精神神経科医から転進した哲学者、1935年「ニーチェ─その哲学入門」発刊)
    ニーチェの病気を進行性麻痺と確定するには、精神病院に収容されている多数の一般の進行性麻痺患者の病状経過との比較も行われねばならないが、こうした一般患者の知的能力は通常ニーチェのそれと比べられないほど低いので、かれらの書筒をニーチェの書筒や作品と対比してみてもほとんど無意味である。創造的霊感の時期には、ニーチェはまたおそるべき深淵をのぞくことによって人間存在の前人未到の認識に達していた。

    (3)著者 小林真氏の見解
    Mobiusに反して言えば「ニーチェについては、自分の気に入ったところだけをえらんで読み、そこからそれだけの詩的うましさを味わい、それだけの人間的叡智をくみ取って下さい。それらの個々の真珠を結ぶ紐がいかにゆるく、いかにふたしかなものであっても、それを気にかける必要はありません。」ということである。

    ******************** 引用終わり ******************

    (4)パニチェの見解
    ニーチェかく語りき
    「新しい思想に道を拓き、尊敬されていた習慣や迷信の束縛を破るのは、ほとんどいたるところで狂気なのである。(曙光 14)」
    「天才には一粒の塩の代わりに少しの狂気が与えられている。(曙光 14)」

    人間の精神は病的なものがあるからこそ、人間の精神でありうる。
    病的ではない精神はむしろ感情を有さないロボット(人工無能)のそれである。
    人格異常や精神異常とは、能力、特徴、特性、性格の一側面に過ぎず、その傾向は万人が有するものである。
    ニーチェの思想が狂気なら、人格神にひれ伏すクリスチャンや信仰者も狂気である。

    「善悪の彼岸」や「道徳の系譜」が「ツァラトゥストラ」の哲学的解説書版であったように、「曙光」以降のニーチェの著作は思考プロセスをすっ飛ばして、結論のみを抽出し綴っている。
    それぞれの著書の構想や思考過程は、ちくま学芸文庫から出版されているニーチェ全集の別巻3・4「生成の無垢〈上〉・〈下〉」にまとめられている。
    ニーチェの著書にある種の異質性や極論を感じるひとつの要因である。
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■3420 / )  Re[4]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/02(Thu) 23:28:52)
    ナイトウォーカーの心理

    修学旅行の夜、班に分かれ布団を敷き、
    『 誰が一番起きていられるか?のゲーム 』をする。
    徐々に1人1人寝ていきます。



    最後まで起きていた人はいったい何を考えたのだろうか?



    最悪の場合
    ・寝首を刈っ切る事ができるなぁ
    ・寝ているダチが死体に見える。
    ・寝ているダチが人形に見える。
    ・寝ているダチに悪戯ができる。
    ・興奮、優越感、ベロベロ
    ・財布から金抜き取る
    ・女子部屋いこうする



    と考えていたら、恐怖でしょうね。班長もびっくりだと思うわ。
    だって、他の皆は無抵抗に目を閉じて夢の中ですからね。
    まぁー俺がこのような文章を書き続けるから
    ニーチェクラブの皆は自動的に、読んでしまう(笑)



    んで、ちょっとした疑問だが、
    「最後まで起きていた奴が、こんなことを考えているわけがない」と
    思う人は何人いるんだろうか?
    それとも「最後まで起きていた奴がこんなことを考えているかもしれない」と
    思う人は何人いるんだろうか?



    『怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ。』



    私が犯罪心理を探ろう探ろうと思うと、
    このような気持ち悪い文章が出来上がっていくんだが
    皆さんは耐えられますか?
    また拒否しない事はできますか?

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■3419 / )  Re[3]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/02(Thu) 22:34:30)
    No3411に返信(悪魔ちゃんさんの記事)

    悪魔ちゃんへ


    > 「怪物と戦う者は、自分もそのために怪物とならないように用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む。」
    > 「怪物」を「哲学」に、また「深淵」を〈奥深く、底知れぬこと〉としてこれも「哲学」と置きかえて上記の命題を書きかえてみます。
    > 「哲学と戦うときには自分もそのために哲学とならないように用心するがよい。そして、君が長く哲学を覗き込むならば、哲学もまた君を覗き込む。」
    > こういう人、pipitさま以外に、ここにいるのでしょうか?


    この文章を読むと、悪魔ちゃんらしいなと思いますよ。
    悪魔ちゃんは、思考に自由さがあって、俺の固定概念を壊してくれるよね。
    また、助けに入るタイプだよね。

    けど、マジカルモンキーは、

    『怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ。』

    この文章は弄れない。当時衝撃的だったからね。
    愛、信念、恐怖、悪魔は輪廻あるだろうなと思われる文章ですし…

    確かニーチェは統合失調症になったんだよね、そこは気を付けているつもり。
    善悪の彼岸っていう言葉で連想できるのは、陰陽道なんだけどね。俺は。


    > マジカルモンキーさま、『善悪の彼岸』っていう書物、手元にありますか?

    ニーチェの本、買ってもいいんだけど、俺は「哲学はもう終わったでしょ?」という立場だから、哲学の本、買うつもりはないよ。
    けど哲学者図鑑なるものはあるよ。

    マジカルモンキーは ビックバンからマジモンまでの系譜をたどりたいだけだよ。
    そのためには、@人間の進化と宗教の取得 A裏世界 B犯罪心理をやろうとしているだけよ。時間がないから。

    > ちなみに、わたしはニーチェ嫌いです。

    ニーチェのどこが嫌いなんだろうか?
    正直、ニーチェの名言は的を得ていると感じるけど。

    現代人っぽくて詰まんないと思うけど。
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■3418 / )  黒崎先生のカントの入門書の読解7
□投稿者/ pipit -(2020/07/02(Thu) 22:30:53)
    というわけで、p151最終行で
    『いったい〈構想力〉よ、お前は何ものなのだ?』の続きで、
    p152に書いてる内容の理解にチャレンジしてみます。

    p152〜

    のっけから、あれれ、ですが、

    『特に「構想力」とは何なのか、それは認識諸能力のうちでどのような位置を
    占めるのかという点になると、カントの論述ははなはだ心もとない。』p152

    時には感性的なものとして位置づけられたり
    あるいは悟性の働きの一側面をあらわすものとされたりする。
    このあいまいさの理由の一つとして、黒崎先生は、、、

    演繹論・・・客観的認識の成立を論じる、にあたり、
    上からの道、と、
    下からの道、の二種に論じてる

    上からの道は、統覚の側から論述を始める。
    下からの道は、感性の側から論述を始める。

    統覚の側から論述を進めるときは、
    構成力は悟性の内官に対する影響として語られ、

    逆に感性の側から論述を進める場合には、
    構想力の感性的な面が強調されるという側面は確かにある、

    が、このあいまいさは、論述の仕方だけには解消しきれない。

    むしろ、このあいまいさは、

    ★ 構想力それ自身が感性的な面と悟性的な面の両面を未分化の形で有しており、
    感性・悟性のいずれか一方に吸収されることのできなきものだ、
    と考えた方がより真実に近いと思われる。

    とのこと。

    むむむむ、違うかもだけど、ちょっと、言いたい方向垣間見えてきたような。

    山中伸弥教授が研究されてるips細胞(人工多能性幹細胞)、みたいな、
    いろんな細胞に分化できる幹細胞のイメージでいいんじゃないかなぁ。
    第一版の構想力。。。

    未知の根、から、悟性と感性の幹、において、
    ハイデッガーのカント解釈のように、
    悟性と感性の根としての構想力。。。

    違うかもだけど、とりあえず、読んでいきます。

    構想力が感性的な面と悟性的な面の両面を未分化の形で有していることを
    はっきりと示しているのが、
    「超越論的図式論」での「構想力」の役割だ、と、黒崎先生はおっしゃいます。p152

    ちょっとだけのぞいておくことにしよう、ですって。

    今日はここまで!
    続きはp153から。

    タイトルは「感性と悟性の〈共通の根〉」

    おつかれさまです ☆彡


返信/引用返信 削除キー/

■3416 / )  黒崎先生のカントの入門書の読解の続き
□投稿者/ pipit -(2020/07/02(Thu) 21:50:44)
    みなさま、こんばんは!

    黒崎政男先生
    『カント『純粋理性批判』入門』講談社選書メチエ
    の第3章【『純粋理性批判』の動揺】の読解の続き、はじめます(o^^o)

    どこから読むか、忘れたので、まずは、前回のコピペを

    黒崎政男先生の入門書の読解6↓

    >違うかもだけど、今の感想書きます。

    綜合は構想力の働きによる。構想力なしには我々にはいかなる認識も所有できない。

    ここまでは、AB同じ。
    そのあとの論が、2パターン

    A(第一版)パターン:
    綜合は構想力の働きによる。構想力なしには我々にはいかなる認識も所有できない。→
    構想力はアプリオリな綜合の能力であり、そのため我われはそれに【生産的構想力】と名付ける。
    生産的構想力の超越論的機能を介してのみ、経験自身も初めて可能ということ。
    『それゆえ、すべての認識の根底にアプリオリに存在している人間の心の根本能力として、我われは純粋構想力を持っている。
    この構想力を介して我われは、
    一方にある直観の多様と、
    他方にある純粋統覚の必然的統一の条件とを、
    一つに結合する。』
    (A124)

    感性と悟性を一つに結合するのは、純粋構想力、だと。

    綜合を行うのが構想力のチカラ。

    『〈統覚〉の超越論的統一は、〈構想力〉の純粋綜合に関係している。
    この構想力の純粋綜合は、認識における多様なもののすべての結合を可能ならしめるア・プリオリな条件である。
    …したがって、〈構想力〉の純粋(生産的)綜合の必然的統一の原理は、
    〈統覚〉に先行して、すべての認識、特に、経験の可能性の根拠である。』
    (A118)

    なんですとー!
    統覚に先行して、、、
    統覚でさえも、構想力の原理に沿って行使される、ということかな

    あ、違うのか、
    なんで違うのかも見ていくみたい。
    とりあえず、p151までにしますか。


    B(第二版)パターン:
    綜合は構想力の働きによる。構想力なしには我々にはいかなる認識も所有できない。→
    『すべての結合は我々がそれに気づこうと気づくまいと、悟性の機能なのであって、我々はこの働きに綜合という一般的な名称を与えるであろう。』
    (B130)
    『だから、構想力の超越論的綜合は、感性に対しておこなう悟性の作用の一つなのであり、また我々に可能な直観の諸対象への、悟性の最初の適用なのである。』
    (B152)

    あらゆる結合は悟性の機能だから、
    綜合を行う構想力も、
    悟性の機能上に働いてる、ということかなと思いました。

    わからんでもないけどなー
    普通、特に概念的な領域での、ある対象とある対象の結合や、結合の上で成り立つ綜合は、
    私やったら思考の領域と思っちゃうもんなー

    A(第一版)の構想力、何者なんやろ、読んで行こう。

    投稿します。<


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■3415 / )  Re[27]: 悟りと脳科学
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/02(Thu) 21:39:11)
    2020/07/02(Thu) 21:43:02 編集(投稿者)

    こんばんは。

    No3412に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > おじゃまします。

    > 「偏桃体」と「海馬」との関係、さらに「大脳皮質」との関係はどう見てますか?
    > 「悟り」との関係はひとまず横に置いといて。

    悪魔さんも投稿していたように脳の三重構造を支持します。
    脊椎の先端まで入れれば魚類、爬虫類、哺乳類、人間脳ということになるのではないでしょうか。
    で、扁桃体や視床下部は原初的な恐怖を司る爬虫類脳に含まれ攻撃や逃避をショートカットでもって無意識的に(反射的に)対処し、海馬は短期記憶に関連するようですね。

    『恐怖はなぜ起こるのだろう?どうしてコントロールが難しいのか?ある種の恐怖は、私たちの脳にしっかり刻みこまれている。進化の歴史を遠くさかのぼった昔、人類に危害をおよぼしていたものがかすかな記憶となって残っているのだ。人間の赤ん坊を入念に観察し、また動物を使って実験してみると、特定の刺激におびえることがわかる。その反応は、対象にはじめて遭遇した時に起こるとは限らない。だがはじめて接したときに、気をつけた方がいいと思わせる気配が少しでもあれば、恐怖が深く、しっかりと定着する。(リタ・カーター著、養老孟司監修 脳と心の地形図)』

    『怖さを意識するときにも、知識の「使いまわし」が不可欠である。情動を生みだすのは、大脳辺縁系にあって脅威的な刺激に反応する扁桃だ。扁桃が活発になると信号が送られ、逃げる、あるいは戦うといった対応が準備される。だがあなたが実際に恐怖を感じるのはこの信号の「第二波」が前頭皮質に届いたあとである。扁桃は特定の対象に反応するような遺伝子配列になっていて、まるで構造自体のなかにその対象の表現を持っているようである。霊長類の場合は、もぞもぞはいまわる虫や、高い場所、それにある種の動物に恐怖を感じるようになっていて、「ヘビ+危険」という概念が生まれる前から組み込まれている。しかしその概念が「目覚める」ためには、第二の刺激にさらされなくてはならない。それはほとんどの場合、対象におびえているほかの誰かを見ることである。サルの赤ん坊が生まれてはじめてヘビを見ても、恐怖は覚えない。しかしヘビを見ておびえる母親の姿を見ると、赤ん坊はヘビを怖がるようになる。だがそれは、母親の反応が合図になったという単純なものではない。それを示す独創的な実験がある。花に恐怖を覚えるよう条件づけされた母親を、赤ん坊といっしょにゲージに入れる。そこに、花を入れると、母親はおびえて飛びあがる。しかし、赤ん坊はヘビの時とちがって、怖がるよりむしろ当惑するだけで、花に対する恐怖心は生じないのである。人間の恐怖にはいろいろあるが、鳥や虫、ヘビ、高所といった一般的なものは、誰もが避けたがる自然界の危険と密接に結びついている。だが恐怖症にならない人がほとんどなのは、本能的な知識を理解しておらず、意識的な恐怖がうかびあがってこないからだ。(リタ・カーター著、養老孟司監修 脳と意識の地図形)』

返信/引用返信 削除キー/

■3414 / )  Re[26]: 悟りと脳科学
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/02(Thu) 21:32:33)
    レスありがとうございます。

    No3410に返信(knowing itselfさんの記事)
    > 覚醒した人たちの脳をスキャンすれば、上記と同じようになると思います。動物的な回路が抑えられ、扁桃体の活動が低下し、左脳の過緊張がなくなって両脳のバランスがとれ、戦うか逃げるか反応が完全に無意味になり、などの特性は一般的に覚醒した人に伴うものだからです。脳の状態が変わったからこういった効果が生まれたというより、覚醒した人たちの心身の状態を脳として観測するとそうなるのだと思います。
    > 逆に、脳状態がこのような人たちは覚醒しているかというと、それは必ずしも言えないでしょう。

    全くもって同感です。

    > ただ、もし脳科学などの発展によって上記の脳状態に容易に至れるようなメソッドなどが提供できれば、それは歓迎すべきでしょう。

    そうですね。
    悪用した例としてはオウムが薬を使ってトリップが見性体験であるかのように驚かせ、高学歴の人たちをグルに帰依させてました。
    アイソレーションタンクでも不思議な感覚に陥るようです。

返信/引用返信 削除キー/

■3413 / )  Re[3]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/02(Thu) 20:39:30)
    No3411に返信(悪魔ちゃんさんの記事)

    こんばんわ、悪魔ちゃん
    元気にしておりましたか?


    > <犯罪学の基礎>の例のなかで。<ある島では箱入り娘制度が残っており、自分の娘を檻の中に入れ結婚をするまで閉じ込めていた。>っていうのはいつのはなしですか?

    私が学生の頃の文化人類学なので、20年前の資料でしたね。
    なんなら、探してみましょう。
    夜這い者は、長髪でTシャツを着ていましたね(笑)
    場所で思いだせるのはパプアニューギア当たりの島だったと思います。
    片腕、両腕の犯罪者でしたね。


    > 「怪物と戦う者は、自分もそのために怪物とならないように用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む。」
    >
    > 「怪物」を「哲学」に、また「深淵」を〈奥深く、底知れぬこと〉としてこれも「哲学」と置きかえて上記の命題を書きかえてみます。
    >
    > 「哲学と戦うときには自分もそのために哲学とならないように用心するがよい。そして、君が長く哲学を覗き込むならば、哲学もまた君を覗き込む。」
    > こういう人、pipitさま以外に、ここにいるのでしょうか?

    どういう意味ですか?


    > マジカルモンキーさま、『善悪の彼岸』っていう書物、手元にありますか?

    善悪の彼岸という書物はありません。


    > ちなみに、わたしはニーチェ嫌いです。
    > (わたしなりに礼を尽くして丁寧に書いて見ました)


    私に礼儀を尽くさなくても良いですよ。
    いつもの悪魔ちゃんでいいんじゃないですか?
返信/引用返信 削除キー/

■3412 / )  Re[26]: 悟りと脳科学
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/02(Thu) 20:26:08)
    おじゃまします。

    「偏桃体」と「海馬」との関係、さらに「大脳皮質」との関係はどう見てますか?
    「悟り」との関係はひとまず横に置いといて。
返信/引用返信 削除キー/

■3411 / )  Re[2]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2020/07/02(Thu) 20:10:21)
    <犯罪学の基礎>の例のなかで。<ある島では箱入り娘制度が残っており、自分の娘を檻の中に入れ結婚をするまで閉じ込めていた。>っていうのはいつのはなしですか?

    「怪物と戦う者は、自分もそのために怪物とならないように用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君を覗き込む。」

    「怪物」を「哲学」に、また「深淵」を〈奥深く、底知れぬこと〉としてこれも「哲学」と置きかえて上記の命題を書きかえてみます。

    「哲学と戦うときには自分もそのために哲学とならないように用心するがよい。そして、君が長く哲学を覗き込むならば、哲学もまた君を覗き込む。」

    こういう人、pipitさま以外に、ここにいるのでしょうか?

    マジカルモンキーさま、『善悪の彼岸』っていう書物、手元にありますか?

    ちなみに、わたしはニーチェ嫌いです。
    (わたしなりに礼を尽くして丁寧に書いて見ました)






返信/引用返信 削除キー/

■3410 / )  Re[25]: 悟りと脳科学
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/02(Thu) 19:37:25)
    レスありがとうございます。


    > 世界的な脳科学者として知られるジル・ボルト・テイラーという人が脳卒中となり主に左脳に大きなダメージを受け8年のリハリビを経て復活した記録を「奇跡の脳」という本にまとめてます。
    > 驚くべきことに彼女が体験したのは涅槃に近い境地であったとのことでした。

    > これ以外にも脳科学関連書籍に禅宗の高僧の三昧中の脳をスキャンし分析した結果も紹介されています。参考までに以下のようなものです。
    >
    > 瞑想状態の脳は不安を作りだす扁桃体の活動が低下し、視床下部や自律神経系(戦うか逃げるかの判断の源)の働きも鈍るようです。一方、ひとつの対象に注意が固定され前頭前野の活動が活発になり、頭頂野の活動が減ることによって身体地図を担当する領域が静まり身体感覚がなくなる。身体の境界に関する意識が低下することによって自己が外部にも流れ出し周囲のものを組み込んでいき、自分が内側だけでなく外側からもじかに体験しているように感じるとのこと。
    > ラマナ・マハルシ師にせよ、クリシュナムルティにせよ、禅定や瞑想状態、所謂悟りと呼ばれる三昧時に脳がどのような状態になるのかは興味があります。


    覚醒した人たちの脳をスキャンすれば、上記と同じようになると思います。動物的な回路が抑えられ、扁桃体の活動が低下し、左脳の過緊張がなくなって両脳のバランスがとれ、戦うか逃げるか反応が完全に無意味になり、などの特性は一般的に覚醒した人に伴うものだからです。脳の状態が変わったからこういった効果が生まれたというより、覚醒した人たちの心身の状態を脳として観測するとそうなるのだと思います。

    逆に、脳状態がこのような人たちは覚醒しているかというと、それは必ずしも言えないでしょう。

    ただ、もし脳科学などの発展によって上記の脳状態に容易に至れるようなメソッドなどが提供できれば、それは歓迎すべきでしょう。
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■3409 / )  Re[27]: 物質的な形を超えたもの
□投稿者/ knowing itself -(2020/07/02(Thu) 19:12:58)
    こんばんは、レスありがとうございます。

    > プラトン的で有ろうと無かろうと、物質的な形を超えたものに価値を置く最たる芸術は音楽だとはやはり私には言えません。それぞれの分野の最良なものを比べれば同点引き分けノーサイドだと思うのです。

    物質的な形を超えたものに価値を置かない芸術というのは、ほぼありえないですからね。それぞれの分野の最良のものを比較して序列をつけられないことには、賛成します。

    > そもそも「物質的な形を超えたもの」がそれぞれの芸術において何を指すのでしょうか?人は芸術に感動します。芸術作品から発散される何かエネルギーのようなもの、音や色、形、文章といった媒体に密接に関係しながらもそれを超えた何か、正確には説明できない、しかし誰もが経験する何か、そういうものが心を打つのであり、それが各々の芸術の「物質的な形を超えたもの」だと私は思います。

    そうだと思います。

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■3408 / )  Re[1]: 善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/02(Thu) 18:10:54)
    犯罪学の基礎

    ある島のお話。

    ある島では箱入り娘制度が残っており、自分の娘を檻の中に入れ
    結婚をするまで閉じ込めていた。
    結婚相手になりそうな男性は、木彫りを彫り、それを箱入り娘に手渡して
    女性は男性を選んでいた。

    なぜ、檻の中に自分の娘を入れるのか?
    それは政略結婚でもあるし、なにぶん、強姦を恐れたからだ。

    犯罪の基礎は、「夜這い」

    夜這い男を、ナイトウォーカーとする。
    ナイトウォーカーは、夜、村の衆が寝静まったら、行動をする。
    四つん這いになり、茂みに隠れ、誰にも気づかれずに、箱入り娘の檻に侵入する。
    そして強姦。

    村の衆に捕まったナイトウォーカーは、腕切断の刑に処される。
    しかし、これにも懲りずに夜這いをし、もう片方の腕も切断される。
    実際に両腕のない男性を確認。
    これがある島での風習、及び罪と罰である。



    ナイトウォーカーの心理を探っていく。

    考察1:なぜ、ナイトウォーカーは夜行性なのか?

    狼男、吸血鬼とモンスターの物語には、満月がつきものだが、
    これは月の神秘な力ではなく、ただ満月の光が明るいから。
    行動しやすいためです。
    そして、村の衆が寝ているから、行動しやすいのだろう。
    ここまでは善人であるマジモンの見解

    じゃ、異常心理ではどうなっているのか?
    ナイトウォーカーは村の衆が寝ている姿が「死体の様にみえるから」です。
    つまりナイトウォーカーは夜行動する事で、優越感に浸っているわけです。
    寝ている姿が死体に見えて、生きている者は「私」だけ…の様にみえるわけ
    いつでも寝首刈ってやるぞと、村の衆をバカにして、行動をとっている。
    下着泥棒も、墓荒らしも、ロリコンもこの類かと思う。
    寝ている姿→死体→「人間は人形である」→人形→ロリコンの流れかと思います。

    まずはこんなけ。

    んで、次から

    『怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ。』
    をやっていく。

    マジモンが怪物退治にいくということですね。
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■3407 / )  マジカルモンキーさんへ
□投稿者/ pipit -(2020/07/02(Thu) 17:23:34)
    マジカルモンキーさん、
    ありがとう〜

    おつかれさまです !


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■3406 / )  プラトン
□投稿者/ pipit -(2020/07/02(Thu) 17:07:39)
    みなさま、こんにちは。

    田秋さまはじめ、話題が高度過ぎて私には話がわかってないのですが、
    『宇宙はなぜ哲学の問題になるのか』伊藤邦武さん(無縁さんのご紹介、感謝です!)
    という本に、プラトンのことが載ってました。

    引用します。
    『古代ギリシアの哲学者、たとえばプラトンは、宇宙の組み立てが
    数学的に見て美しい図形をモデルにして設計されているはずだ、と考えました。
    彼らは、宇宙の数学的構造を見通すことが、
    宇宙そのものが奏でる天上の音楽に聞き入ることだと考えました。
    (略)
    星空の世界を科学として考える。そのために、星の運行のあり方を一つのシステムと考えて、そこに数学的知識を活用する。
    その結果として、星空の世界を直接目に見える美の世界ではなく、
    音楽的調和の世界として感じるようになるー。
    これがまず古代ギリシアの文明において独自な形で展開した考え方の大きな道筋です。
    (略)
    したがって、数学的な比例の世界は、音楽的な調和の世界と非常に密接に結びついている。
    あるいは数学の世界とは音楽の世界そのものであり、それは世界の中にある調和の姿を、
    目や耳を通して私たちに教えてくれる学問に他ならない、となるのです。
    (略)
    しかし、それ以上に決定的な思想として、後代の哲学者たちにも非常に強い印象を与えたのは、
    宇宙全体が確固たる数学的構造をもち、それゆえに芸術的調和を体現しているという、
    その調和の思想によってでした。
    彼はピュタゴラス派の人びとのように、数学=音楽の追求から一直線に魂の浄化が可能になる、と考えたわけではありません。
    むしろ、宇宙の数学的構造と魂の働きとは、それぞれ別に探究されるべきではあるが、
    最終的にはそれらが同じ構造をもっていることに、
    われわれは目を開く必要があるのだープラトンの哲学の核心にはこのような考え方があります。』
    p15〜50より抜粋引用終わり

    めにみえないほんとのもの、から、
    目に見えるように、
    耳に聞こえるように、
    私たちに見せてくれる。
    聴かせてくれる。

    世界の調和の一部分を、切り取り、
    奏でてくれる。

    これだよ、と、取り出してくれる、才能ある人々。

    芸術に関わる、そんなひとたちのイメージを思い浮かべました。


    あるいは、心が、物質を産みだす。
    形あるものに、心が、表現されてる、のか。

    そんな感想を持ちました。

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■3405 / )  脳の無い植物に心はあるか?4
□投稿者/ flora -(2020/07/02(Thu) 14:46:11)
    こんにちは ♪

    この場合の「心」とは、具体的にどんなことを意味するのでしょうか?


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■3404 / )  トピ設置しました
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/02(Thu) 12:51:38)
    2020/07/02(Thu) 14:46:14 編集(投稿者)

    おはようございます。

    私はもっとシンプルに考えています。
    私が既にええ歳(古い世代)ってのもあるかもしれませんが、性別関係なく、実名のリアルで面と向かって初対面ではとても同じような態度がとれないであろう立ち振る舞いは、匿名に甘えているということです。私はそういう甘っちょろい人間は嫌いです。

    匿名のネット上であろうが、実名の実社会であろうが常識は同じであるべきだし、マナーや倫理道徳も同じ。
    むしろ匿名の方がもっと自己を律しなければならないとも思っています。
    多分、この話は平行線ですからやめときましょう。^^

    No3401に返信(マジカルモンキーさんの記事)
    > 少年Aは堕ちて、私が踏みとどまったと表現した方がいいのかしらね(笑)
    > あぶなかったな、俺(笑)
    > このニーチェの名言に出合った20歳の私の精神世界では、天使と悪魔が戦っていました。冷や汗をかくくらいでしたね。私の20歳は激しい時期で、幼女誘拐未遂事件の犯人を私(正確にいうと20人、山狩りレベル)は捕まえた事があります。
    > なぜ、人間は堕ちるのか? 私の中の最大の関心ですね。
    > 私が輪廻があるのでは?と思ったのも、この名言が発端ですね。

    ニーチェの言葉ってニーチェワンダーランドでもカキコしましたが「飛翔のための強固にして柔軟な踏板であるとともに、喉元に突きつけられた鋭利な刃物」なんだと思います。ある意味、読者に決断を迫る迫力がある。

    悪魔の囁きにもなるし、人として生まれてきたことに対する人間賛歌にもなる。
    意味や価値は読者が創出するものであり、それは読者に委ねられているってことだと思います。

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■3403 / )  サモトラケのニケ
□投稿者/ flora -(2020/07/02(Thu) 12:43:44)
    私が10代のころ、ルーブルで初めて見て、非常に感動したヘレニズム時代の彫刻。
    紀元前200年ころのもののようです。力強い身体に張り付いた衣のドレープの美しさ、ポーズ、単に感動しました。芸術というものは予備知識等のバックグランド関係なしに感動を与えるのが芸術ではないかと、私は思っています。
415×552

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■3402 / )  善悪の彼岸 箴言と間奏第146番
□投稿者/ パニチェ -(2020/07/02(Thu) 12:32:54)
    『怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ。』

    トピ主: マジカルモンキーさん

    よろしくお願いします。
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■3401 / )  Re[54]: パニチェさんへ2
□投稿者/ マジカルモンキー -(2020/07/02(Thu) 12:22:13)
    No3397に返信(パニチェさんの記事)

    > 「善悪の彼岸 箴言と間奏第146番」ですね。『怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ。』
    > 酒鬼薔薇聖斗の好むアフォリズムとして有名になってしまったのがちょい残念です。
    >
    > ちなみに「善悪の彼岸」は難解で不評だった「ツァラトゥストラ」の解説版という意味あいもあり、これに対応する箇所として『わたしの海の底は静かである。この底に、ひとをからかうことを好む怪物どもが隠されていようとは、そもそも誰が察知しよう!(崇高な者たちについて)』とあります。


    「善悪の彼岸 箴言と間奏第146番」の新トピをお願い致します。

    メビウスでは「犯罪心理といえばマジモン」と言われるくらいに
    深堀しましたが、ある所でピタリと止まっています。

    『怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ。』

    この言葉は、ロバート・K・レスラーのプロファイリングでこの文章をしりましたね。

    少年Aは堕ちて、私が踏みとどまったと表現した方がいいのかしらね(笑)
    あぶなかったな、俺(笑)

    このニーチェの名言に出合った20歳の私の精神世界では、天使と悪魔が戦っていました。冷や汗をかくくらいでしたね。私の20歳は激しい時期で、幼女誘拐未遂事件の犯人を私(正確にいうと20人、山狩りレベル)は捕まえた事があります。

    なぜ、人間は堕ちるのか? 私の中の最大の関心ですね。
    私が輪廻があるのでは?と思ったのも、この名言が発端ですね。


    では、新トピ開設よろしくお願いします_(._.)_

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