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■44599 / inTopicNo.1)  野口裕二「物語としてのケア」(;´・ω・)
  
□投稿者/ うましか -(2025/11/09(Sun) 10:37:30)
    ◇ 野口裕二『物語としてのケア −ナラティブ・アプローチの世界へ −』,2002年

    ・h
    ttps://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/4906#tab3


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■44546 / inTopicNo.2)  現象学と人工知能の哲学(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2025/10/30(Thu) 00:12:50)
    ◇ 野家伸也『現象学と人工知能の哲学 − ドレイファスの人工知能批判をめぐって −』,1988年( ̄▽ ̄;)

    ・h
    ttps://pa-j.jp/journal/4.pdf
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■44545 / inTopicNo.3)  AIの多様化(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2025/10/29(Wed) 23:47:33)
    2025/10/30(Thu) 00:02:05 編集(投稿者)

    ◇土橋和成「AIの多様化と期待される事業機会」, 2025年

    ・h
    ttps://www.nri.com/jp/media/column/extending_society_with_ai/20251006.html

    *******

    ・AIは、ジェネラティブAI(生成AI)、エージェンティックAI(AIエージェント)、フィジカルAI(ロボットなど物理世界のAI)の流れで進化していく、、、とのこと(;´・ω・)


    【追記】

    ◇岡瑞起「AIにも「身体的な経験」が必要…生成AIの不具合がもたらした「言語学の新たな発見」」,2024年

    ・h
    ttps://gendai.media/articles/-/142885

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■44534 / inTopicNo.4)   超越論的分析論XI−10
□投稿者/ うましか -(2025/10/27(Mon) 23:57:42)
    2025/11/04(Tue) 01:35:16 編集(投稿者)

    T 超越論的原理論
    第二部門 超越論的論理学
    第一部 超越論的分析論
    第一篇 概念の分析論
    第一章 全ての純粋悟性概念を発見する手引きについて 〔済〕
    第二章 純粋悟性概念の演繹について
    第一節 (第十三項) 超越論的演繹一般の諸原理について 〔済〕
    第十四項 カテゴリーの超越論的演繹への移り行き 〔済〕

    第二節 経験の可能性のためのア・プリオリな諸根拠について【初版】

    ◆ 2. 構想における再生産の綜合について〔2. Von der Synthesis der Reproduktion in der Einbildung〕

    ◆ 次のことが或る単純で経験的な法則に従うことは確かである。すなわち、しばしば継起し〔gefolgt〕、または随伴してきた〔begleitet haben〕諸表象が、最後には互いに連合し合い〔vergesellschaften〕、このことによって連結し合う〔Verknuepfung〕に至り、このような連結の後に、その対象の存在がなくても、これらの諸表象の一つが、心の他の表象へ移行することを、或る恒常不変の規則〔einer bestaendigen Regel〕に従って引き起こすのである。
    しかしこうした再生産の法則〔Gesetz der Reproduktion〕が前提しているのは、諸現象自身が実際にそうした規則に従っているということ、また、それらの諸現象の表象の多様なものにおいては、或る種の規則に適った随伴乃至は継起〔Begleitung, oder Folge〕が起こるということである。
    というのも、こうしたことが無ければ、私たちの経験的な構想力〔unsere empirische Einbildungskraft〕は、何か己の能力に適ったことを決して為すことができず、それ故、死んだ、私たち自身に未知の能力のように、心の内部に隠されたままでいるに違いないからである。
    辰砂〔Zinnober〕が、ときには赤くときには黒く、ときには軽くときには重く、人間が、ときにはこの動物の姿に、ときにはあの動物の姿に変化したり、夏至になって土地が、ときには作物で、ときには氷雪でおおわれたりすれば、私の経験的な構想力〔meine empirische Einbildungskraft〕は、赤い色を表象する際に重い辰砂を思い浮かべる機会を決して持ち得ないだろう。
    また、或る言葉が、ときにはこの物に、ときにはあの物に与えられたり、さらにまた、同一のものが、あれこれ名づけ変えられて、そこに、諸現象が既に自ずから従っている或る規則が支配していないとすれば、再生産〔der Reproduktion〕のいかなる経験的な綜合〔empirische Synthesis〕も起り得ないだろう。

    ―― No.44186 の続き ---

    ◇ それ故、諸現象のこの再生産そのものを可能にする或るものがなければならない。すなわち、それは、この或るものがそれらの諸現象の必然的な綜合的統一のア・プリオリな根拠であることによって可能にするものでなければならない。

    ◇ しかし人は、諸現象は諸物自体ではなく私たちの諸表象の単なる戯れであって、これらの諸表象が結局は内的感官の諸規定に帰着するということを省察するや否や、直ちにその或るものに気づくのである。

    ◇ ところで、私たちが、私たちのア・プリオリで最も純粋な直観でさえ、それが、再生産の一貫した綜合を可能にするような、多様なもののそうした結合を含まなければ、いかなる認識も与えないということを立証できるならば、構想力のこの綜合も全ての経験に先立ちア・プリオリな諸原理に根拠付けられていることになり、だから構想力の純粋な超越論的綜合が想定されなければならないが、この綜合は、全ての経験の可能性(これは諸現象の再生産を必然的に前提とする)の根底にあるものである。


    † 原佑訳上巻、p.263〜p.264参照。 原典はMeiner,p.211
    † その他、以下を参照。中山元 訳2, p.192〜p.193、石川文康 訳 上巻, p.161、宇都宮監訳 上巻p.168
    †≠ナ囲まれた言葉は、カントが『純粋理性批判』文中で強調したものです。
    † 翻訳はしますが、◇〜は私が便宜上用いた区分けであり文章は原文・訳文の通りではありません。
    † 文中〔〕内は私による挿入、*1、*2〜や、※1、※2〜は私の覚書とします。これらは後に訂正、削除、修正等することがあります。
    † ◆〜は原典における段落とします。

    *******

    XI−10 No.44534
    XI−7 No.43813、XI−8 No.43877、XI−9 No.44186
    XI−4 No.41315、XI−5 No.43407、XI−6 No.43622
    XI−1 No.40347、XI−2 No.40360、XI−3 No.40741
    ]−7 No.40294、]−8 No.40300
    ]−4 No.40101、]−5 No.40235、]−6 No.40240
    ]−1 No.39171、]−2 No.39245、]−3 No.39943
    \−13 No.38896
    \−10 No.38144、\−11 No.38253、\−12 No.38689
    \−7 No.37244、\−8 No.37409、\−9 No.37955
    \−4 No.36646、\−5 No.36657、\−6 No.36908
    \−1 No.36429、\−2 No.36501、\−3 No.36600
    [−4 No.36127、[−5 No.36266
    [−1 No.35606、[−2 No.36085、[−3 No.36113
    Z−4 No.34874、Z−5 No.34919、Z−6 No.35259
    Z−1 No.33825、Z−2 No.33829、Z−3 No.34795
    Y−10 No.33776
    Y−7 No.33016、Y−8 No.33658、Y−9 No.33668
    Y−4 No.32398、Y−5 No.32507、Y−6 No.32849
    Y−1 No.31693、Y−2 No.32053、Y−3 No.32302
    X−4 No.30943、X−5 No.31146、X−6 No.31639
    X−1 No.30542、X−2 No.30550、X−3 No.30874
    W−1 No.30139、W−2 No.30154、W−3 No.30529
    V−1 No.29992、V−2 No.30063
    U−1 No.29963
    T−1 No.29833、T−2 No.29850

    *******

    第一部 No.29833,29850
    第一篇 No.29963
    第一章 No.29992,30063
    第一節 No.30139,30154,30529
    第二節 No.30542,30550,30874,30943,31146,31639
    第三節No.31693,32053,32302,32398,32507,32849,
    No.33016,33658,33668,33776,33825,33829,34795,
    No.34874,34919,35259,35606,36085,36113,36127,36266
    第二章 
    第一節 No.36429,36501,36600,36646,36657,36908,37244,
    No.37409,37955,38144,38253,38689,38896,39171,39245,
    No.39943,40101,40235,40240,40294,40300
    第二節 No.40347,40360,40741,41315,43407,43622,43813,
    No.43877,44186,44534

引用返信/返信 削除キー/
■44515 / inTopicNo.5)  難波優輝の「物語化批判の哲学」(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2025/10/25(Sat) 20:42:13)
    2025/10/25(Sat) 20:49:52 編集(投稿者)

    ◇難波優輝『物語化批判の哲学 −〈わたしの人生〉を遊びなおすために−』,2025年

    ・h
    ttps://www.kodansha.co.jp/book/products/0000415351

    >物語はなぜ苦しいのか?「物語」が過剰に要求される現代社会で、「人生とはかくあるべきだ」という押しつけに抗う。
    新進気鋭の美学者による「次世代の哲学」。<

    *******

    第一部の「物語篇」は興味ぶかい(;´・ω・)

    第二部の「探究篇」は、、、(´_ゝ`) ん〜ナンダカナー




引用返信/返信 削除キー/
■44504 / inTopicNo.6)  田秋さんへ(・∀・)
□投稿者/ うましか -(2025/10/25(Sat) 10:47:09)
    2025/10/25(Sat) 14:03:29 編集(投稿者)

    おはようございますm(__)m

    「ナラティブ・アプローチ」についての分かりやすいご説明ありがとうございます!

    うましかもAI先輩にたのんで調べてみました(;´・ω・)

    ■検索語:「なぜナラティブが重視されたのか その背景」

    ●AI による概要
     ナラティブが重視されるようになった背景には、社会全体が変化し、人々の価値観が多様化する中で、「客観的な事実やデータ」だけでは人々の共感や信頼を得ることが難しくなってきたことが挙げられます。

    ◆社会構造の変化
    ・「大きな物語」の終焉: ポストモダン以降、社会全体を覆うような絶対的な価値観や「大きな物語」(国民国家、イデオロギーなど)が力を失いました。代わりに、個人や集団の多様な価値観から生まれる「小さな物語」が重要視されるようになりました。

    ・情報過多と信頼の危機: インターネットやSNSの普及により、膨大な情報が流通するようになりました。客観的な情報だけでは他との差別化が難しくなり、作り手の主観的なストーリーや文脈が、共感を呼ぶための重要な要素となりました。

    ◆心理学・医療分野の変化
    ・ナラティブ・アプローチの誕生: 1990年代に、臨床心理学や医療の分野でナラティブ・アプローチが生まれました。これは、専門家が一方的にアドバイスする従来のカウンセリングに限界を感じたことが背景にあります。

    ・主観的な語りの重要性: 問題を抱える人自身が、自分の人生の物語(ナラティブ)を語ることで、問題に新たな意味づけを見出し、解決へと向かうことを支援する考え方です。医療や介護の現場でも、患者の語りを重視する動きが広がりました。

    ◆ビジネス・マーケティング分野の変化
    ・消費者行動の変化: 単に性能や価格を訴求するだけでは、消費者の心は動きにくくなりました。代わりに、ブランドの価値観やストーリーに共感し、感情的に繋がることを求めるようになりました。

    ・SNSの普及: SNSを通じて企業やブランドの「人となり」が可視化されるようになり、一方的な情報発信ではなく、企業や顧客のストーリーを紡ぐ「ナラティブ・マーケティング」が注目を集めています。

    ・多様なステークホルダー: 株主だけでなく、従業員、顧客、社会など多様な関係者(ステークホルダー)の物語を考慮することが、企業の持続的な成長に不可欠だという認識が広まりました。

    ◆ナラティブの持つ力
    ・共感と信頼の醸成: 人は物語を通じて、他者の経験や感情を追体験し、共感を深めます。この共感が、ブランドへの信頼や愛着へとつながります。

    ・意味の再構築: ナラティブは、出来事を単なる事実の羅列としてではなく、意味のある文脈の中で捉え直すことを可能にします。これにより、個人や組織は過去の経験を乗り越え、未来への展望を描くことができます。

    ・多様性の受容: 一つの絶対的な物語が存在しない時代において、個々のナラティブを尊重する姿勢は、多様な価値観を受け入れることにつながります。


    ※AI の回答には間違いが含まれている場合があります。

    *******

    ふーん「ナラティブ」は、ビジネスにも活かされているんだ(。´・ω・)?

    【追記】

    ◇ 「インタビューって、何だろう?:ナラティヴ・アプローチの研究者、野口裕二に訊く——連載|編集できない世界をめぐる対話 D 」,2023年

    ・h
    ttps://hillslife.jp/culture/2023/08/03/what-is-editing-05/



引用返信/返信 削除キー/
■44442 / inTopicNo.7)  Re: クラインマン「病いの語り」(;´・ω・)
□投稿者/ 田秋 -(2025/10/14(Tue) 11:33:11)
    おはようございます、うましかさん

    クラインマンの色々な情報ありがとうございます。病気には治療によって完治するものと慢性疾患のように完治しないものがあり、後者、病気と共に生きる時の患者の気持ちの持ち方や病いとどのように向かい合うか、また、同じ病気を持つ人たちのサークルのなかで自分の経験を語り合うことによって希望や新たな知見が生れる、そういう方面から研究することをナラティブアプローチと言うようです。

    ボクも血圧が高めで薬を飲んでいますが、これも慢性疾患の一種で、薬を飲んだからといって高血圧が完治するものではなく、血圧が上がらないように飲み続ける訳です。

    ナラティブアプローチは慢性疾患の他にも摂食障害、知的障害、認知症、小児がん患者家族、遺伝子疾患などたくさんのテーマがあります。

    まだよくわかってないので自分の言葉で喋れていません。 m(_ _)m
引用返信/返信 削除キー/
■44440 / inTopicNo.8)  Re: クラインマン「病いの語り」(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2025/10/14(Tue) 01:14:17)
    2025/10/14(Tue) 01:32:24 編集(投稿者)
    2025/10/14(Tue) 01:31:39 編集(投稿者)

    ◇西倉実季・近藤恵・篠木絵理『「病いの語り」再考』,2019年

    ・h
    ttps://www.jstage.jst.go.jp/article/shitsuforum/11/0/11_5/_pdf

    上記論文の冒頭部分を引用します(;´・ω・)

    >医師が診断する「疾患(disease)」と病者やその家族が経験する「病い(illness)」を対比的に用いたクラインマン(Kleinman, 1996/1988)の議論からも明らかなように,「病いの語り(illness narrative)」は,近代医療が看過してきた「患うこと(suffering)」の個別的な経験を主題化しようとする視点である。<

    *******

    アーサー・クラインマンは精神科医で医療人類学の第一人者とのこと。
    ・h
    ttps://www.msz.co.jp/book/author/ka/15919/


    さて、では「医療人類学にとってナラティブとは何か?」(;´・ω・)

    ◇飯田淳子『「医療人類学にとってナラティヴとは何か?」-- 使い込まれた道具の味わい』,2018年

    ・h
    ttps://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/server/api/core/bitstreams/24587215-88c0-4203-867c-38be2ec34c12/content

    ・h
    ttps://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/collections/d9cfe100-c3a1-4137-b1d5-ea11f578052f




引用返信/返信 削除キー/
■44439 / inTopicNo.9)  クラインマン「病いの語り」(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2025/10/14(Tue) 00:46:03)
    2025/10/14(Tue) 00:48:37 編集(投稿者)

    ◇アーサー・クラインマン『病いの語り − 慢性の病いをめぐる臨床人類学 −』,1996年

    ・h
    ttps://www.seishinshobo.co.jp/book/b88293.html

    >本書は、慢性の病いをかかえた患者やその家族が肉声で語る物語を中心に構成されている。生物医学が軽視しがちな病いの「経験」と「語り」に耳を傾けてその意味を理解することが、現代の医療やケアに最も必要であることが明らかにされる。 原書名 THE ILLNESS NARRATIVES: Suffering, Healing and the Human Condition

    *******

    AI先輩にきいてみた(;・∀・)

    ●検索語 アーサー・クラインマン 病い 疾患

    ■AI による概要
    アーサー・クラインマンは、医療人類学の分野で、**「疾患(disease)」と「病い(illness)」を区別したことで知られています。「疾患(disease)」は、医学的・客観的な視点から捉えられる病気で、専門家が診断・治療の対象とするものです。一方、「病い(illness)」**とは、それを患う本人が体験する主観的な経験、その人や周囲の人々が語る物語や意味づけを含んだものです。

    ◆疾患(disease)
    ・医学的な枠組みに基づいた、客観的な病気の状態を指します。
    ・専門家(医師など)が診断・治療の対象とします。
    ・例:高血圧、糖尿病などの病名や、検査結果。

    ◆病い(illness)
    ・病気を抱える本人の、主観的な体験を指します。
    ・患者自身の感情、生活への影響、周囲の人々との関係性の変化、人生における意味づけなどが含まれます。
    ・病気によって引き起こされる「物語」と捉えられます。
    ・例:「仕事ができなくなったことへの苦しみ」、「家族の態度の変化」。

     クラインマンは、この両者の区別を、患者個々の経験や文化的な文脈を理解することの重要性を強調するために提唱しました。

    ※AI の回答には間違いが含まれている場合があります。


引用返信/返信 削除キー/
■44426 / inTopicNo.10)  田中彰吾の「生きられた〈私〉」(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2025/10/13(Mon) 09:08:27)
    ◇ 田中彰吾『生きられた〈私〉をもとめて − 身体・意識・他者 −』,2017年

    ・h
    ttps://www.kitaohji.com/book/b580135.html

    >現象学的な立場から,アイデンティティを「私が私であること」と理解し,根源的な場面まで遡ってその根拠を考える。


引用返信/返信 削除キー/
■44425 / inTopicNo.11)  うましかの密かな驚きニュース(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2025/10/13(Mon) 08:57:07)
    ・11月24日 那須川天心 vs. 井上拓真  (;・∀・)やるの?

    ・井岡一翔がバンタムへ (;´・ω・)やれるの?


引用返信/返信 削除キー/
■44349 / inTopicNo.12)  人工知能に人工人格はやどるか(´-`).。oO
□投稿者/ うましか -(2025/10/02(Thu) 01:11:35)
    なんて問いをおもいつき、AI先輩とねるまえのおしゃべり(-_-)zzz

    結論。

    >人工人格という語は、人工知能が自律的に人格を生成するようになったとき、自壊する。

    ちなみに、この場合の「人格」とは、(うましかとAI先輩のおしゃべりを前提に)

    ●生物かどうかではなく、
    ●自律的に自己を構築し、世界と関係を持ち、物語を形成する存在かどうか

    で定義されるべきだという視点に立つ

    (´-ω-`)沼。。。
引用返信/返信 削除キー/

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