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No43813 の記事


■43813 / )  超越論的分析論XI−7
□投稿者/ うましか -(2025/07/20(Sun) 09:06:30)
    2025/07/20(Sun) 09:07:28 編集(投稿者)

    T 超越論的原理論
    第二部門 超越論的論理学
    第一部 超越論的分析論
    第一篇 概念の分析論
    第一章 全ての純粋悟性概念を発見する手引きについて 〔済〕
    第二章 純粋悟性概念の演繹について
    第一節 (第十三項) 超越論的演繹一般の諸原理について 〔済〕
    第十四項 カテゴリーの超越論的演繹への移り行き 〔済〕

    第二節 経験の可能性のためのア・プリオリな諸根拠について【初版】

    ◆ 差し当たっての注意
     カテゴリーを根拠付け〔=演繹〕することは、極めて多くの困難と結びついており、私たちの認識一般の可能性の第一根拠のうちへと、極めて深く突入していく必要がある。
    そこで私は完璧な理論を述べることによる冗漫を避けるため、とはいえ、かくも必要な研究に際しては何一つとして揺るがせにしてはならないため、以下の四項目〔*1〕によって読者に教えるというよりむしろ準備し、それに続く第三節〔*2〕におい、悟性のこれらの諸要素の論究を初めて体系的に示すのが一層得策であると認めた。
    このために、読者は第三節に至るまでは曖昧さにつきまとわれるであろう。そうした曖昧さはまだ全く足を踏み入れたことのない道においては、最初は避けられないことであるが、私が希望するように、第三節において解明されて完璧に洞察され得ることであろう。

    *1 @直観における把捉の綜合についてA構想における再生産の綜合についてB概念における再認識の綜合についてCア・プリオリな認識としてのカテゴリーの可能性の差し当たっての説明
    *2 第三節 「悟性と諸対象一般との関係及び諸対象をア・プリオリに認識する可能性について」

    ―― No.43622 の続き ---

    ◇ 1. 直観における把捉の綜合について〔1. Von der Synthesis der Apprehension in der Anschauung 〕

    ◇ 私たちの諸表象は〔unsere Vorstellungen〕、それが何処から生じ〔entspringen〕ようと、
    それら〔私たちの諸表象〕が引き起こされた〔gewirkt seien〕のが外的な諸物〔aeusserer Dinge〕の影響〔Einfluss〕に因るにせよ、或いは、内的な原因〔innere Ursachen〕に因るにせよ、
    また、それら〔私たちの諸表象〕がア・プリオリに生じたにせよ、或いは現象として経験的に生じたにせよ、
    それらの諸表象は心の変様としての内的感官に属し、だからそのようなもの〔心の変様〕として、あらゆる私たちの認識は、結局は内的感官の形式的条件、つまり時間に従っているのであって、この時間において、それらの諸表象はことごとく秩序付けられ、連結され、関係づけられなければならない。これが、以下の論述に際し一貫して根底に置かれなければならない一般的な注意である。

    ◇ あらゆる直観は或る多様なもの〔ein Mannigfaltiges〕をそれ自身の内に含んでいるが、しかしこの多様なものは、心が次々におこる諸印象の継続において時間を互いに区別することがなければ、そのようなものとして表象されるには至らないであろう。
    何故なら、一瞬間の内に含まれているものとして〔als in einem Augenblick enthalten,〕≠ヘ、あらゆる表象は絶対的統一以外の何ものでも決してあり得ないからである。

    ◇ ところで、この多様なものから直観の統一が生ずる(例えば、空間の表象におけるように)ためには、先ずこの多様性にざっと目を通し〔Durchlaufen〕、次にそれらを総合すること〔Zusammennehmung〕が必要であるが、私はこの働きを把捉の綜合〔die Synthesis der Apprehension〕≠ニ名づける。
    というのは、この働きは真っすぐに直観に向けられているのであって、直観はなるほど或る多様なものを提供しはするものの、その際現われる綜合無しではこの多様なものを多様なものとして、しかも一つの表象のうちに♀ワまれているものとして、引き起こすことは決してあり得ないからである。


    † 原佑訳上巻、p.257〜p.259参照。 原典はMeiner,p.209
    † その他、以下を参照。中山元 訳2, p.188〜p.189、石川文康 訳 上巻, p.159〜p.160、宇都宮監訳 上巻p.166〜167
    †≠ナ囲まれた言葉は、カントが『純粋理性批判』文中で強調したものです。
    † 翻訳はしますが、◇〜は私が便宜上用いた区分けであり文章は原文・訳文の通りではありません。
    † 文中〔〕内は私による挿入、*1、*2〜や、※1、※2〜は私の覚書とします。これらは後に訂正、削除、修正等することがあります。
    † ◆〜は原典における段落とします。

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    XI−7 No.43813
    XI−4 No.41315、XI−5 No.43407、XI−6 No.43622
    XI−1 No.40347、XI−2 No.40360、XI−3 No.40741
    ]−7 No.40294、]−8 No.40300
    ]−4 No.40101、]−5 No.40235、]−6 No.40240
    ]−1 No.39171、]−2 No.39245、]−3 No.39943
    \−13 No.38896
    \−10 No.38144、\−11 No.38253、\−12 No.38689
    \−7 No.37244、\−8 No.37409、\−9 No.37955
    \−4 No.36646、\−5 No.36657、\−6 No.36908
    \−1 No.36429、\−2 No.36501、\−3 No.36600
    [−4 No.36127、[−5 No.36266
    [−1 No.35606、[−2 No.36085、[−3 No.36113
    Z−4 No.34874、Z−5 No.34919、Z−6 No.35259
    Z−1 No.33825、Z−2 No.33829、Z−3 No.34795
    Y−10 No.33776
    Y−7 No.33016、Y−8 No.33658、Y−9 No.33668
    Y−4 No.32398、Y−5 No.32507、Y−6 No.32849
    Y−1 No.31693、Y−2 No.32053、Y−3 No.32302
    X−4 No.30943、X−5 No.31146、X−6 No.31639
    X−1 No.30542、X−2 No.30550、X−3 No.30874
    W−1 No.30139、W−2 No.30154、W−3 No.30529
    V−1 No.29992、V−2 No.30063
    U−1 No.29963
    T−1 No.29833、T−2 No.29850

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    第一部 No.29833,29850
    第一篇 No.29963
    第一章 No.29992,30063
    第一節 No.30139,30154,30529
    第二節 No.30542,30550,30874,30943,31146,31639
    第三節No.31693,32053,32302,32398,32507,32849,
    No.33016,33658,33668,33776,33825,33829,34795,
    No.34874,34919,35259,35606,36085,36113,36127,36266
    第二章 
    第一節 No.36429,36501,36600,36646,36657,36908,37244,
    No.37409,37955,38144,38253,38689,38896,39171,39245,
    No.39943,40101,40235,40240,40294,40300
    第二節 No.40347,40360,40741,41315,43407,43622,43813

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