□投稿者/ うましか -(2025/01/02(Thu) 20:34:55)
| 2025/01/02(Thu) 20:36:25 編集(投稿者)
pipipitさん、こんばんはー
沼っス! (`・ω・´)ゞ あの世のカント先輩
次の節はいりました
とりあえず初版のほうから読んでいきます〜(/・ω・)/
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T 超越論的原理論 第二部門 超越論的論理学 第一部 超越論的分析論 第一篇 概念の分析論 第一章 全ての純粋悟性概念を発見する手引きについて 〔済〕 第二章 純粋悟性概念の演繹について 第一節 (第十三項*1) 超越論的演繹一般の諸原理について 〔済〕 *1 第二版(B版のみの表示) 第十四項 カテゴリーの超越論的演繹への移り行き 〔済〕
◆ なお前もって私はカテゴリーの説明≠セけを予め述べておこうと思う。カテゴリーは対象一般についての諸概念であり、対象の直観は判断のための論理的な諸機能≠フ一つに関して、このカテゴリーによって規定されたもの≠ニ見做されるのである。 というわけで、例えば「全ての物体は、分割可能である。」というように定言#サ断の機能は、主語の述語に対する関係の機能であった。ところが、悟性の単なる論理的な使用に関しては、〔「物体」と「分割可能である」という〕両概念のいずれに主語の機能を与え、またいずれに述語の機能を与えるべきか、あくまで規定されないままであった。何故なら「或る分割可能なものは、物体である。」とも言い得るからである。しかし、実体というカテゴリーによって私が物体の概念をこのカテゴリーに含めるならば、経験における物体の経験的直観は常に主語としてだけ見做されなければならず、決して単なる述語として見做されてはならないということが規定されるのであり、残り全ての他のカテゴリーにおいてもこれと同様である。
【 No.33016より 】 ■ 判断表 1 判断の量=kQuantitaet der Urteile.〕 ・全称判断 〔Allgemeine〕 〔すべてのAはBである〕 ・特称判断 〔Besondere〕 〔あるAはBである〕 ・単称判断 〔Einzelne〕 〔ある一つのAはBである〕
2 〔判断の〕質=kQualitaet.〕 ・肯定判断 〔Bejahende〕 〔AはBである〕 ・否定判断 〔Verneinende〕 〔AはBでない〕 ・無限判断 〔Unendliche〕 〔Aは非Bである〕
3 〔判断の〕関係=kRelation.〕 ・定言判断 〔Kategorische〕 〔AはBである〕 ・仮言判断 〔Hypothetische〕 〔もしAがBなら、CはDである〕 ・選言判断 〔Disjunktive〕 〔Aは、BであるかCであるかDであるかのいずれかである〕
4 〔判断の〕様相=kModalitaet.〕 ・蓋然的判断〔Problematische〕 〔AはBかもしれない〕 ・実然的判断〔Assertorische〕 〔AはBである〕 ・確然的判断〔Apodiktische〕 〔AはBでなくてはならない〕
■カテゴリー表〔Tafel der Kategorien〕 1 量〔Der Quantitaet:〕 ・単一性〔Einheit〕 ・数多性〔Vielheit〕 ・全体性〔Allheit.〕
2 質〔Der Qualitaet:〕 ・実在性〔Realitaet〕 ・否定性〔Negation〕 ・制限性〔Limitation.〕
3 関係〔Der Relation:〕 ・内属〔der Inhaerenz〕≠ニ自体存在〔Subsistenz〕 (実体と偶有性 substantia et accidens) ・原因性〔der Kausalitaet〕≠ニ依存性〔Dependenz〕 (原因と結果〔Ursache und Wirkung〕) ・相互性〔der Gemeinschaft〕=@(能動的なものと受動的なものとの間の相互作用〔Wechselwirkung zwischen dem Handelnden und Leidenden〕)
4 様相〔Der Modalitaet:〕 ・可能性〔Moeglichkeit〕=|不可能性〔Unmoeglichkeit〕 ・現存在〔Dasein〕=|非存在〔Nichtsein〕 ・必然性〔Notwendigkeit〕=|偶然性〔Zufalligkeit〕
―― No.40300 の続き ---
第二節〔初版(A版)〕〔*1〕 経験の可能性のためのア・プリオリな諸根拠について *1 第二版(B版)では、「第二節 純粋悟性概念の超越論的演繹」
◇ 或る概念が完全にア・プリオリに産出され、しかも、たとえその概念がそれ自身を可能的な経験の概念のうちに属すこともなく、可能的な経験の諸要素から成り立ってもいないにせよ、対象と連関すべきであるということは、全く矛盾した不可能なことである。
◇ 何故なら、その概念は、その場合、いかなる直観もその概念に対応しないので、いかなる内容も持たないに違いないからである。というのも、私たちにそれを通じて諸対象が与えられる得る直観一般が、可能的な経験の分野、或いは全対象を成すからである。
◇ 可能的な経験と連関しないア・プリオリな概念は、概念のための論理的な形式だけになるだろうが、或るものがそれを通じて思考される概念自身とはなり得ないであろう。
† 原佑訳上巻、p.248〜p.249参照。 原典はMeiner,p.206 † その他、以下を参照。中山元 訳2, p.181〜p.182、石川文康 訳 上巻, p.156 †≠ナ囲まれた言葉は、カントが『純粋理性批判』文中で強調したものです。 † 翻訳はしますが、◇〜は私が便宜上用いた区分けであり文章は原文・訳文の通りではありません。 † 文中〔〕内は私による挿入、*1、*2〜や、※1、※2〜は私の覚書とします。これらは後に訂正、削除、修正等することがあります。 † ◆〜は原典における段落とします。
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XI−1 No.40347 ]−7 No.40294、]−8 No.40300 ]−4 No.40101、]−5 No.40235、]−6 No.40240 ]−1 No.39171、]−2 No.39245、]−3 No.39943 \−13 No.38896 \−10 No.38144、\−11 No.38253、\−12 No.38689 \−7 No.37244、\−8 No.37409、\−9 No.37955 \−4 No.36646、\−5 No.36657、\−6 No.36908 \−1 No.36429、\−2 No.36501、\−3 No.36600 [−4 No.36127、[−5 No.36266 [−1 No.35606、[−2 No.36085、[−3 No.36113 Z−4 No.34874、Z−5 No.34919、Z−6 No.35259 Z−1 No.33825、Z−2 No.33829、Z−3 No.34795 Y−10 No.33776 Y−7 No.33016、Y−8 No.33658、Y−9 No.33668 Y−4 No.32398、Y−5 No.32507、Y−6 No.32849 Y−1 No.31693、Y−2 No.32053、Y−3 No.32302 X−4 No.30943、X−5 No.31146、X−6 No.31639 X−1 No.30542、X−2 No.30550、X−3 No.30874 W−1 No.30139、W−2 No.30154、W−3 No.30529 V−1 No.29992、V−2 No.30063 U−1 No.29963 T−1 No.29833、T−2 No.29850
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第一部 No.29833,29850 第一篇 No.29963 第一章 No.29992,30063 第一節 No.30139,30154,30529 第二節 No.30542,30550,30874,30943,31146,31639 第三節No.31693,32053,32302,32398,32507,32849, No.33016,33658,33668,33776,33825,33829,34795, No.34874,34919,35259,35606,36085,36113,36127,36266 第二章 第一節 No.36429,36501,36600,36646,36657,36908,37244, No.37409,37955,38144,38253,38689,38896,39171,39245, No.39943,40101,40235,40240,40294,40300 第二節 No.40347
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