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■14154 / inTopicNo.73)  思考 
  
□投稿者/ pipit -(2021/06/15(Tue) 23:03:37)
    思考、も、感覚も

    その一瞬は
     どこからかの立場からしか表せられないのかなー

    座標。。。デカルト。。。(連想) 
引用返信/返信 削除キー/
■14156 / inTopicNo.74)  観察
□投稿者/ pipit -(2021/06/15(Tue) 23:18:42)
    二重スリット実験思い出したー(・・・知らんけど・・・)

    観察されると、観察対象ちゃんは、ふるまい方を変えるみたいな???

    おやすみなさい ☆彡
引用返信/返信 削除キー/
■14261 / inTopicNo.75)  日記
□投稿者/ pipit -(2021/06/19(Sat) 18:50:14)
    おくたがわさんに前にいただいたレスの箇所を考えたいと思ってたのですが、、、
    該当箇所読んで、、、
    今のわたしには、難しくて、いったん断念かなぁ( ̄▽ ̄;)ムズカシー

    でも、実は、カントの自我論も、モロに興味あるところなのです。
    演繹論読んでいく途中で、ちゃんと理解したいと思ってる箇所なので、
    自我論の箇所を勉強するとき、この箇所についても理解できたらいいな、と思っています。


    No13757に返信(おくたがわさんの記事)
    > 先日、中山さんによる解説的補足を挿入した訳が諸刃の刃となりかねないという話がありましたが、
    > たまたま永井均さんによる誤訳指摘のツイートが検索でかかりました。
    > https://twitter.com/hitoshinagai1/status/1130037242779582464
    > >訳者が付け加えた文章なのだが、この超重要な箇所の論旨を真逆に誤解しており、ゆえにさせることになる。
    >
    > 『論旨を真逆に誤解させる』かどうかは、後で現物(中山さんの純理)を読んで判断しようかと。自分に分かるならですが。
    >
    > *****
    > 続くツイートの以下はたぶんカントに対する永井さんの疑義
    >
    >>「規定する/される」はいずれも「統覚の統一の普遍的条件=カテゴリーによって規定する/される」の意味だ。最後の「客体」はここでは客観的に実在する自己の意味だ。規定「する」自己の側は客観的に認識できないのだ。なのに認識できると考えてしまうのが「合理的心理学」の誤りだとカントは言う
    >>規定「する」自己(超越論的統覚)はまだカテゴリーが適用されていないから認識不可能なのであれば、そもそも(合理的心理学ではなく)超越論哲学はいかにして可能なのか。超越論的統覚がどう「超越論的に」働くかもやはり認識できないはずでは? 我々に認識可能なのはそれが働いた結果だけでは?
    >
    > 永井さんの指摘は置いといて(置いとくんか〜い
    > ここで、規定される自己=規定する自己ではないのか というと、さっき自分の書いたことと関連するのでは。
    > で、
    > たしか純粋統覚について、自己意識を産み出すものと産み出される自己意識が、ともに純粋統覚であるかのようになってしまうカントの文章(英訳)、というのを以前pipitさんと検討したことがあり、
    > (pipitさんから、カントは機能自体と機能の結果を同じ単語で表現する場合があるようだといった指摘をいただいた記憶があります)
    > 今回、幾つかの訳でチェックしたところ、全ての和訳で同様な矛盾(もしくは難解さ)が生じていました。ゆえに原文自体がそのようであるのだと思います。
    > もしかすると、思考する自己 即 思考される自己 的なものをカントも考えていたのか。そして機能と結果を同じ単語で表現してしまうのは、その変に理由があるのか(だんだん妄想的になってるかも自分)
    > しかしそれをカントのような形式で文章化するのは、それは大変だと思われ、そういったところにも難解さがあるのでは。<

    まだ理解できてないんだけど、
    山下和也先生著の『カントとオートポイエーシス』にも、このような観点からの記述もあるっぽいんですよね。
    んー

    難しすぎっ(私には)!!
引用返信/返信 削除キー/
■14271 / inTopicNo.76)  カント沼番外地:第一版序論 V−4
□投稿者/ うましか -(2021/06/19(Sat) 22:41:54)
    2021/06/20(Sun) 12:02:00 編集(投稿者)

    pipitさん、こんばんはー
    おじゃまします。

    No.14097 V−3
    No.14009 V−2
    No.13815 V−1
    No.13643 U−1
    No.13576 T−3
    No.13436 T−2
    No.13389 T−1

    *******

    ◇さて、次のことはたしかに自然的〔natuerlich〕であるとおもわれる。

    ◇すなわち、経験という地盤を捨て去るやいなや、その由来を知らずに所有している諸認識でもって、また、その起源〔Ursprung〕がわかっていない諸原則を信頼して、その基礎を慎重な研究によってあらかじめ確かにしておくことなしに、すぐさま一つの建物を建てるのではなく、

    ◇それゆえ〔also *1〕、いったいいかにして悟性はあらゆるこうしたア・プリオリな諸認識へと達しうるのか、またいかなる範囲〔Umfong〕、妥当性〔Gueltigkeit〕および価値〔Wert〕をそれらのア・プリオリな諸認識はもちうるのか、という問題がいち早く投げかけられている。

    *1 第二版序論では、dass man also〔それゆえ〕〜のあとに、"vielmehr むしろ" が挿入される。

    ◇事実また、(この自然的〔natuerlich〕という言葉を、)正当かつ当然行われるべきはずのものと理解するならば、これ以上自然的なことは何ひとつとしてない。

    ◇しかし、この言葉を通例おこなわれているものと理解するならば、これまた、こうした研究が長くなおざりにされざるをえなかったということ以上に自然的で明白なことは何ひとつとしてない。


    →原佑訳上巻、p.92〜p.93参照(※翻訳は参照するが、◇〜は原文・訳文の通りではありません (;´・ω・))。文中〔〕内は私による挿入。*数字は私による覚書。




    あああカント沼に沈む〜

    ストレス溜まる〜(# ゚Д゚)


    それでは〜
引用返信/返信 削除キー/
■14275 / inTopicNo.77)  自然的という言葉のニ義性という可能性
□投稿者/ pipit -(2021/06/19(Sat) 23:55:21)
    No14271
    うましかさん、こんにちはー

    言葉のニ義性を絡めて考えてみました。
    的外れだったらすみません。

    ※※※※※※※※※※※※
    カント的【自然的】という言葉の二義性@A
    @正当かつ当然行われるべきはずのもの(本来あるべき姿としての自然)という意味合い
    A通例おこなわれているもの(現在ありのままの姿としての自然)という意味合い
    ※※※※※※※※※※※※

    @としての【自然的】の適用例

    経験を棄てた地に建物(知見)を建てようとするなら、
    『いったいいかにして悟性はあらゆるこうしたア・プリオリな諸認識へと達しうるのか、またいかなる範囲〔Umfong〕、妥当性〔Gueltigkeit〕および価値〔Wert〕をそれらのア・プリオリな諸認識はもちうるのか』
    という問いを何よりも先に(知見の建築前に)提出しておくことが、【自然的】@(本来あるべき姿)に思われる。


    Aとしての【自然的】の適用例

    とは言え、こうした研究(『いったいいかにして悟性はあらゆるこうしたア・プリオリな諸認識へと達しうるのか、またいかなる範囲〔Umfong〕、妥当性〔Gueltigkeit〕および価値〔Wert〕をそれらのア・プリオリな諸認識はもちうるのか』)が長くなおざりにされざるをえなかったということ以上に【自然的】A(現在ありのままの姿)で明白なことは何ひとつとしてない。

    変だったらすみません(^人^)
    おやすみなさーい ☆彡

引用返信/返信 削除キー/
■14277 / inTopicNo.78)     感想 
□投稿者/ pipit -(2021/06/20(Sun) 00:06:19)
    No.14275
    全然違うかもなんだけど、
    もし、そうなら、、、、


    いや、カント先生、「うまいこと言えた ー ☆ 」じゃないから、、、

    わかりにくいですから 、、、、


    (カント先生、誤解してたら、すみません m(_ _)m )
引用返信/返信 削除キー/
■14286 / inTopicNo.79)  pipitさんへ
□投稿者/ うましか -(2021/06/20(Sun) 13:23:23)
    2021/06/21(Mon) 08:06:19 編集(投稿者)
    2021/06/21(Mon) 08:04:39 編集(投稿者)

    こんにちはー、pipitさん
    おじゃまします!

    とつぜんですが!(;´・ω・)
    原佑訳で「自然的」と訳されたドイツ語をミスしましたので訂正します。m(__)m

    naeturlich → natuerlich です。

    No.14271は編集機能で訂正してあります。

    *******

    >カント的【自然的】という言葉の二義性

    おくたがわさんにも助言(→No.14121)をいただいたように原佑訳以外の翻訳も参照して、なんとか理解できるよう悪戦苦闘していたところでしたが〜
    (´;ω;`)ウッ…

    そうですね!

    たしかにカントは"natuerlich"を二義的に使っていますね。

    ( ※原佑訳を参照した私の分かりづらい誤読の可能性大なまとめをたたき台にしていただいているので、pipitさんには申しわけないのですが(;゚Д゚) )

    カントは"natuarlich"を二義的に使うことによって、(カントの視点からすれば、) やるべきことをやってこなかったこれまでのdogmatischな形而上学を念頭に、皮肉ったり諫めたりしているのかな〜などと、おもいました。

    No.14009 、第二版序論の"dogmatisch"の二義性を参照

    ついでに、「カントの使う言葉の二義性の可能性」から、的外れかもしれない未だ思い付きの段階なのですが、以前pipitさんからいただいた形而上学的〜と超越論的〜の対比での「形而上学的〜」をどんなニュアンスとして理解したらよいのかという自分の疑問をクリアにするヒントになるかも〜などと考えています。

    No.12735



    それでは〜

引用返信/返信 削除キー/
■14287 / inTopicNo.80)  うましかさんへ
□投稿者/ pipit -(2021/06/20(Sun) 14:15:31)
    No.14286
    うましかさん、こんにちはー(^。^)

    >カントは"natuarlich"を二義的に使うことによって、(カントの視点からすれば、) やるべきことをやってこなかったこれまでのdogmatischな形而上学を念頭に、皮肉ったり諫めたりしているのかな〜などと、おもいました。<

    それもあるかもですが、
    自然因果的な用法の【自然】として↓

    数学的なアプリオリな認識例(実例)があったので、アプリオリな認識についての是非を精査することがなかったのも【自然】。

    みたいな感じでも述べてるのかなー、という可能性も思いました。

    それではしつれいしまーす♪(o^^o)

引用返信/返信 削除キー/
■14288 / inTopicNo.81)  日記
□投稿者/ pipit -(2021/06/20(Sun) 14:22:52)
    そうするのが自然だろ!(道理)


    そうなるのも自然だね。(因果関係)


    ありのままの君でいて。って、どっち? 今が仮だという意味?今が真だという意味?


    言葉って、難しくて、大変だね。



引用返信/返信 削除キー/
■14290 / inTopicNo.82)  pipitさんへ
□投稿者/ うましか -(2021/06/20(Sun) 15:05:55)
    こんにちはー

    >自然因果的な用法の【自然】として↓

    >数学的なアプリオリな認識例(実例)があったので、アプリオリな認識についての是非を精査することがなかったのも【自然】。

    >みたいな感じでも述べてるのかなー、という可能性も思いました。

    なるほど!(;゚Д゚)?!

    続けて読むと、pipitさんのご指摘どおり、ア・プリオリな諸認識の一部としての「数学的認識」(原佑訳、p.93)が「実例」としてあげられていますね!

    >数学は、どこまで私たちが経験に依存せずにア・プリオリな認識において成功しうるか、という、一つの輝かしい実例を私たちにあたえている。<
    →原佑訳、p.94


    と、なんとか取り繕えたのはいいのですが…(´;ω;`)ウゥゥ





    >自然因果的な用法の【自然】


    「自然因果的」意味の「自然」、これ、気になりますね〜(;゚Д゚)







引用返信/返信 削除キー/
■14291 / inTopicNo.83)  うましか沼日記
□投稿者/ うましか -(2021/06/20(Sun) 15:30:00)
    >そうするのが自然だろ!(道理)


    >そうなるのも自然だね。(因果関係)


    >ありのままの君でいて。って、どっち? 



    (-ω-;)ウーン 深い


    それ当然だろ!と言われると、根拠や理由を述べるまでもなく当たり前のルールだと言われているみたい。

    それ必然だね!と言われると、原因を追及するまでもなく決まりきった結果だったと言われているみたい。

    自然でいいよ!と言われると、中身はどうあれどんな結果もとりあえずは肯定すると言われているみたい。
引用返信/返信 削除キー/
■14292 / inTopicNo.84)  pipit in なまけ森日記
□投稿者/ pipit -(2021/06/20(Sun) 16:58:47)

    > それ当然だろ!と言われると、根拠や理由を述べるまでもなく当たり前のルールだと言われているみたい。
    >
    > それ必然だね!と言われると、原因を追及するまでもなく決まりきった結果だったと言われているみたい。
    >
    > 自然でいいよ!と言われると、中身はどうあれどんな結果もとりあえずは肯定すると言われているみたい。<

    おお、すべて【然】だー。
    当・必・自 → 【然】

    > 「自然因果的」意味の「自然」、これ、気になりますね〜(;゚Д゚)<

    あら、、、、自然沼 ☆ (((o(*゚▽゚*)o)))
引用返信/返信 削除キー/

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