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■33854 / inTopicNo.1)  Re[10]: 超越論的分析論Z−2
  
□投稿者/ pipit -(2023/10/10(Tue) 00:09:32)
    うましかさん、こんばんはー(^O^)

    No33829

    > ◇ 第一の注解。この〔カテゴリー〕表は、悟性概念についての四つの部類を含んでいるおり、まずは二つに区分される。その第一区分〔「量」と「質」〕は直観(純粋直観ならびに経験的直観)の諸対象へと向けられている。第二区分〔「関係」と「様相」〕はこれらの諸対象の現存〔Existenz〕(これらの諸対象相互の連関における、さもなければ悟性との連関における)へと向けられている。
    >
    > ◇ 私は前者の部類を数学的<Jテゴリーの部類と名付け、後者の部類を力学的〔dynamischen〕<Jテゴリーの部類と名付ける。表で見られるように、前者〔数学的カテゴリー〕の部類は相関者〔Korrelate〕を持たず、相関者が見いだされるのは後者〔力学的カテゴリー〕の部類においてのみである。この相違はやはり、悟性の本性のうちに根拠を持っているに違いない。<

    対象の量(数学的)と、対象の動き(力学的)、かなぁ?

    カテゴリーに関する記述を数冊読み直したのですが、
    久しぶりに開いた山下和也先生の解説が私にはおもしろく、また、わかりやすくも思えたので引用します。

    『カントとオートポイエーシス』山下和也先生著、晃洋書房、p103〜106から抜粋引用
    山下先生の解説文章です。
    『(略)
    思惟するとは直観の多様の下に何らかの一つのまとまりを作ることなのであり、作られたこのまとまりがその客観となる。
    カテゴリーとは、表象の多様を連環させて一つのまとまりを作り出す際の普遍的な規則に他ならない。
     まず量のカテゴリーの場合、単一性とはそれを一つのまとまりとする規則、数多性とはまとまりを複数作り出す規則、総体性とは複数のまとまりを一つのまとまりとする規則である。
    したがって、直観の多様の下で、単一性のカテゴリーによって一つの客観が、数多性のカテゴリーによって複数の客観が、総体性のカテゴリーによって複雑の客観から成る一つの客観が思惟されることになる。
    (略)
    次に質のカテゴリーのうち、実在性はあるまとまりを存在するものとして、否定性はまとまりを存在しないものとして、制限性はそのまとまりを何らかの非存在すなわち欠損をもつものとして思惟させる規則である。
    関係のカテゴリーで言えば、内属性と自存性はまとまりとそれがもつ性質の間の連環、原因性と依存性は一つのまとまりが他方のまとまりの産出を引き起こすという連環を、相互性はまとまり同士の双方向の連環を作り出すという規則になる。
    最後に様相のカテゴリーは、可能性-不可能性、現存在-非存在、必然性-偶然性とも、そのまとまりがどのような仕方で作り出されるかを二項的に決める規則になっている。
    可能性ならそのまとまりは作り出されることもありうるのであり、不可能性ならありえない。現存在ならそれは現に作り出されており、非存在ならそうでない。必然性ならそれは必ず作り出され、偶然性ならそうとは限らない。
    (略)
    カントの言う形而上学的演繹は、システムの実際の作動としての連環した認識表象産出である判断から、それを可能にする概念コードの項を読み出す試みと言える。
    (略)
    アプリオリに対象に関係しうる概念には、空間、時間とカテゴリーがあるが、「それらの産出の機会原因は経験に求めることができる」、つまり「認識能力の全体をそれに関して開始し、経験を生じさせる第一の契機は感官の印象が与える」(B118)。
    要するに実際に概念としての規則が作動するのは、それが働きかける印象が与えられたときである。
    カントの言い方では、経験は「感官からの認識への質量と、純粋な直観作用と思惟作用からの、それを秩序づけるある形式」(ibid)とを含むのであり、前者が与えられることを契機として、それに対して後者が作動し、経験が成立する。
    オートポイエーシスの言葉で言えば、概念コードに従って認識表象における現れが、感覚すなわち環境からの攪乱を契機として産出されるとき、経験となる。
    (略)』
    引用終了

    しばらくカント的カテゴリー沼が続きそうですね、
    おつかれさまです!

引用返信/返信 削除キー/
■33830 / inTopicNo.2)  Re[9]: 超越論的分析論Z−1
□投稿者/ pipit -(2023/10/09(Mon) 16:33:11)
    2023/10/09(Mon) 16:36:24 編集(投稿者)

    うましかさん、こんにちはー(^O^)

    No33825
    今さらながら、

    4.様相の
    >  ・現存在〔Dasein〕=|非存在〔Nichtsein〕<

    を目にして、
    『Dasein』という言葉が出てたんだーといろいろ新鮮な気持ちになりました。
    (※wikiより『Dasein (ダーザイン、ドイツ語発音:略])は、ドイツ語で文字どおりに直訳して「ここにいる」という意味である。哲学用語でもあり、現存在(げんそんざい)とも訳されている。
    ドイツの哲学者マルティン・ハイデッガーが自分のコンセプトを説明する語として用いており、とくに著書『存在と時間』においてよく使われる言葉として知られている。実存哲学の用語であり、自己を現にそこ (da) にある (sein) ものとして自覚する存在、つまり人間的な実存のことである。』

    pipitはカテゴリーについてもまだ全然理解できてないのに、演繹論へ進むのやっぱり無謀だったかなぁ、とちょっと思ったスポーツの日でした
    (・・;)

    >◇ このカテゴリー表については、しかるべき考察が試みられ得るのであり、そのような考察はもしかすると全ての理性認識の学的形式について重大な結果をもたらすかもしれない。<
    >◇ なぜならば、この〔カテゴリー〕表は、哲学の理論的な部門において、学全体を目論む計画≠、その学がア・プリオリな諸概念に基づく限り完璧に立案し、その学を数学的に一定の諸原理に従って区分する≠フに甚だしく有効であるどころか不可欠であることは、既に次のことから自ずと明白だからである。<

    このカテゴリー表から、アプリオリな諸概念に基づく形而上学を、数学的に形成することが可能になる、とカントは言ってるのかなぁ。

    >◇ すなわち、それは、前述の表が、悟性の全ての基本概念どころか人間的悟性におけるそうした基本概念の体系の形式すら含んでおり、従って目論まれる思弁的学の全ての諸契機=Aいや、その上それらの諸契機の秩序≠ノ対してすら指示を与えるということに他ならない。このことについては私が他の著作〔*1〕で見本を示したとおりである。<

    知性機能の全てがカテゴリー表につまってる、とカント的には思ってたのかな。
    『学』は知性を経由して成り立つとすると、カテゴリー表内で表現された『学』しか人間には不可能ということかな。

    『学』が人生の全て、というわけではないですもんね。

    > *1 『自然科学の形而上学的原理』(1786年)。 ちなみに『純粋理性批判』は1781年、第二版は1787年に出版されており、この第11項は、第二版で加筆されたもの。<

    御子柴先生の『自分で考える勇気 カント哲学入門』岩波ジュニア新書の最後らへんに載っているカント年譜を見てみました。
    1786年カント62歳、第二版は87年63歳の刊行でした。なんか胸熱。

    >◇ ここでは、これらの注解のいくつかを挙げておく。<

    楽しみにしてます!
    多分沼....ですよねー(^◇^;)

    と、投稿しようと思ったら、
    No33829の新投稿が!
    読ませていただきますね、沼浴おつかれさまです(^○^)
引用返信/返信 削除キー/
■33829 / inTopicNo.3)  超越論的分析論Z−2
□投稿者/ うましか -(2023/10/09(Mon) 16:26:41)
    2023/10/09(Mon) 16:28:12 編集(投稿者)

    pipitさん、こんばんはー

    どっぷりカント沼(/・ω・)/

    *******

    T 超越論的原理論
    第二部門 超越論的論理学
    第一部 超越論的分析論
    第一篇 概念の分析論
    第一章 全ての純粋悟性概念を発見する手引きについて

    □全ての純粋悟性概念を発見する超越論的な手引き
    第三節 (第十一項〔第二版,1787年〕) 

    ◆ このカテゴリー表については、しかるべき考察が試みられ得るのであり、そのような考察はもしかすると全ての理性認識の学的形式について重大な結果をもたらすかもしれない。
    なぜならば、この〔カテゴリー〕表は、哲学の理論的な部門において、学全体を目論む計画≠、その学がア・プリオリな諸概念に基づく限り完璧に立案し、その学を数学的に一定の諸原理に従って区分する≠フに甚だしく有効であるどころか不可欠であることは、既に次のことから自ずと明白だからである。
    すなわち、それは、前述の表が、悟性の全ての基本概念どころか人間的悟性におけるそうした基本概念の体系の形式すら含んでおり、従って目論まれる思弁的学の全ての諸契機=Aいや、その上それらの諸契機の秩序≠ノ対してすら指示を与えるということに他ならない。このことについては私が他の著作〔『自然科学の形而上学的原理』(1786年)〕で見本を示したとおりである。
    ここでは、これらの注解のいくつかを挙げておく。

    --- No.33825 からの続き ---

    ■ カテゴリー表 ■

    1 量〔Der Quantitaet:〕
     ・単一性〔Einheit〕
     ・数多性〔Vielheit〕
     ・全体性〔Allheit.〕

    2 質〔Der Qualitaet:〕
     ・実在性〔Realitaet〕
     ・否定性〔Negation〕
     ・制限性〔Limitation.〕

    3 関係〔Der Relation:〕
     ・内属〔der Inhaerenz〕≠ニ自体存在〔Subsistenz〕 
      (実体と偶有性 substantia et accidens)
     ・原因性〔der Kausalitaet〕≠ニ依存性〔Dependenz〕
      (原因と結果〔Ursache und Wirkung〕)
     ・相互性〔der Gemeinschaft〕
      (能動的なものと受動的なものとの間の相互作用〔Wechselwirkung zwischen dem Handelnden und Leidenden〕)

    4 様相〔Der Modalitaet:〕
     ・可能性〔Moeglichkeit〕=|不可能性〔Unmoeglichkeit〕
     ・現存在〔Dasein〕=|非存在〔Nichtsein〕
     ・必然性〔Notwendigkeit〕=|偶然性〔Zufalligkeit〕

    ◇ 第一の注解。この〔カテゴリー〕表は、悟性概念についての四つの部類を含んでいるおり、まずは二つに区分される。その第一区分〔「量」と「質」〕は直観(純粋直観ならびに経験的直観)の諸対象へと向けられている。第二区分〔「関係」と「様相」〕はこれらの諸対象の現存〔Existenz〕(これらの諸対象相互の連関における、さもなければ悟性との連関における)へと向けられている。

    ◇ 私は前者の部類を数学的<Jテゴリーの部類と名付け、後者の部類を力学的〔dynamischen〕<Jテゴリーの部類と名付ける。表で見られるように、前者〔数学的カテゴリー〕の部類は相関者〔Korrelate〕を持たず、相関者が見いだされるのは後者〔力学的カテゴリー〕の部類においてのみである。この相違はやはり、悟性の本性のうちに根拠を持っているに違いない。


    † 原佑訳上巻、p.228〜p.229参照。
    † その他に、中山元訳2、p.80〜p.81、石川文康訳上巻、p.140を参照。
    †≠ナ囲まれた言葉は、カントが『純粋理性批判』文中で強調したものです。
    † 翻訳はしますが、◇〜は私が便宜上用いた区分けであり文章は原文・訳文の通りではありません。
    † 文中〔〕内は私による挿入、*1、*2〜や、※1、※2〜は私の覚書とします。これらは後に訂正、削除、修正等することがあります。
    † ◆〜は原典における段落とします。

    *******

    Z−1 No.33825、Z−2 No.33829
    Y−10 No.33776
    Y−7 No.33016、Y−8 No.33658、Y−9 No.33668
    Y−4 No.32398、Y−5 No.32507、Y−6 No.32849
    Y−1 No.31693、Y−2 No.32053、Y−3 No.32302
    X−4 No.30943、X−5 No.31146、X−6 No.31639
    X−1 No.30542、X−2 No.30550、X−3 No.30874
    W−1 No.30139、W−2 No.30154、W−3 No.30529
    V−1 No.29992、V−2 No.30063
    U−1 No.29963
    T−1 No.29833、T−2 No.29850

    *******

    第一部 No.29833,29850
    第一篇 No.29963
    第一章 No.29992,30063
    第一節 No.30139,30154,30529
    第二節 No.30542,30550,30874,30943,31146,31639
    第三節 No.31693,32053,32302,32398,32507,32849,33016,33658,33668,33776,33825,33829

引用返信/返信 削除キー/
■33825 / inTopicNo.4)  超越論的分析論Z−1
□投稿者/ うましか -(2023/10/09(Mon) 12:30:44)
    2023/10/09(Mon) 12:31:28 編集(投稿者)

    pipitさん、こんにちはー

    世間は「スポーツの日」、、私うましかはまったり休日、どっぷり沼(゚Д゚;)?

    秋〜(*‘∀‘)♪

    *******

    T 超越論的原理論
    第二部門 超越論的論理学
    第一部 超越論的分析論
    第一篇 概念の分析論
    第一章 全ての純粋悟性概念を発見する手引きについて

    □全ての純粋悟性概念を発見する超越論的な手引き
    第三節 (第十一項) 

    ■ カテゴリー表 ■

    1 量〔Der Quantitaet:〕
     ・単一性〔Einheit〕
     ・数多性〔Vielheit〕
     ・全体性〔Allheit.〕

    2 質〔Der Qualitaet:〕
     ・実在性〔Realitaet〕
     ・否定性〔Negation〕
     ・制限性〔Limitation.〕

    3 関係〔Der Relation:〕
     ・内属〔der Inhaerenz〕≠ニ自体存在〔Subsistenz〕 
      (実体と偶有性 substantia et accidens)
     ・原因性〔der Kausalitaet〕≠ニ依存性〔Dependenz〕
      (原因と結果〔Ursache und Wirkung〕)
     ・相互性〔der Gemeinschaft〕
      (能動的なものと受動的なものとの間の相互作用〔Wechselwirkung zwischen dem Handelnden und Leidenden〕)

    4 様相〔Der Modalitaet:〕
     ・可能性〔Moeglichkeit〕=|不可能性〔Unmoeglichkeit〕
     ・現存在〔Dasein〕=|非存在〔Nichtsein〕
     ・必然性〔Notwendigkeit〕=|偶然性〔Zufalligkeit〕


    ◇ このカテゴリー表については、しかるべき考察が試みられ得るのであり、そのような考察はもしかすると全ての理性認識の学的形式について重大な結果をもたらすかもしれない。

    ◇ なぜならば、この〔カテゴリー〕表は、哲学の理論的な部門において、学全体を目論む計画≠、その学がア・プリオリな諸概念に基づく限り完璧に立案し、その学を数学的に一定の諸原理に従って区分する≠フに甚だしく有効であるどころか不可欠であることは、既に次のことから自ずと明白だからである。

    ◇ すなわち、それは、前述の表が、悟性の全ての基本概念どころか人間的悟性におけるそうした基本概念の体系の形式すら含んでおり、従って目論まれる思弁的学の全ての諸契機=Aいや、その上それらの諸契機の秩序≠ノ対してすら指示を与えるということに他ならない。このことについては私が他の著作〔*1〕で見本を示したとおりである。

     *1 『自然科学の形而上学的原理』(1786年)。 ちなみに『純粋理性批判』は1781年、第二版は1787年に出版されており、この第11項は、第二版で加筆されたもの。

    ◇ ここでは、これらの注解のいくつかを挙げておく。


    † 原佑訳上巻、p.228参照。
    † その他に、中山元訳2、p.79〜p.80、石川文康訳上巻、p.139を参照。
    †≠ナ囲まれた言葉は、カントが『純粋理性批判』文中で強調したものです。
    † 翻訳はしますが、◇〜は私が便宜上用いた区分けであり文章は原文・訳文の通りではありません。
    † 文中〔〕内は私による挿入、*1、*2〜や、※1、※2〜は私の覚書とします。これらは後に訂正、削除、修正等することがあります。
    † ◆〜は原典における段落とします。

    *******

    Z−1 No.33825
    Y−10 No.33776
    Y−7 No.33016、Y−8 No.33658、Y−9 No.33668
    Y−4 No.32398、Y−5 No.32507、Y−6 No.32849
    Y−1 No.31693、Y−2 No.32053、Y−3 No.32302
    X−4 No.30943、X−5 No.31146、X−6 No.31639
    X−1 No.30542、X−2 No.30550、X−3 No.30874
    W−1 No.30139、W−2 No.30154、W−3 No.30529
    V−1 No.29992、V−2 No.30063
    U−1 No.29963
    T−1 No.29833、T−2 No.29850

    *******

    第一部 No.29833,29850
    第一篇 No.29963
    第一章 No.29992,30063
    第一節 No.30139,30154,30529
    第二節 No.30542,30550,30874,30943,31146,31639
    第三節 No.31693,32053,32302,32398,32507,32849,33016,33658,33668,33776,33825

引用返信/返信 削除キー/
■33794 / inTopicNo.5)  純粋理性批判B165
□投稿者/ pipit -(2023/10/07(Sat) 19:43:35)
    みなさまこんばんは(^_^)
    No33585

    (カント原文の英訳のpipit日訳)
    > しかし、単なるカテゴリーによって現象にアプリオリに法則を規定する(知性の)純粋な能力には、
    〈自然一般が、空間と時間の現象法則への適合性として依拠する法則〉以上の法則を宣言する能力はない。<

    ↑ここまでは
    No33655で読みました。


    >特殊な法則は、経験的に特定な現象に関するものであるため、たとえそれらがすべてその(カテゴリーの)下にあったとしても、そこ(カテゴリー)から完全に導き出すことはできない。
    >一般に後者(特殊な法則)を知るためには、経験を加えなければならない;<


    「後者」という言葉が出ていますが、
    pipitの私見では、
    前者とは『ア・プリオリな総合判断の原則』としての[自然の普遍的法則]であり、
    後者とは『経験的に特定な現象に関する法則』であり、例えば「万有引力の法則」などの個々の法則のことを言ってるのかなと思いました。
    普遍と特殊という言葉を使うなら、カテゴリーからの特殊の法則の演繹は出来ない、ということかなぁ?(普遍とか特殊とか演繹とかよく知りませんけど...)


    >しかし、経験一般について、そして経験の対象として認識できるものについては、それらアプリオリな法則のみが教示を与える。<

    経験【一般】だから、普遍ということかな。
    普遍について何か言及できるとしたら、アプリオリな法則(ア・プリオリな総合判断の原則)のみが教示を与える、と言っているのかな?

    ※pipitは誤読してるかもしれませんが、御子柴善之先生の『カント哲学の核心『プロレゴーメナ』から読み解く』NHKブックス、p138-146を参考にしました。

    というわけで、次は、B165の
    『第二七項 知性の概念の根拠づけからえられた結論』(中山元先生訳、第二巻p172)
    の箇所!

    ふぁいとをーp(^_^)q
引用返信/返信 削除キー/
■33788 / inTopicNo.6)  Re[8]: 超越論的分析論Y−10
□投稿者/ pipit -(2023/10/07(Sat) 18:18:48)
    うましかさん、こんばんはー(^O^)

    No33776
    > 今朝は久しぶりの沼浴です(;´・ω・)
    >
    > 秋〜(*‘∀‘)♪<

    今日の空も秋の空でした♪
    カント先輩の今日の沼模様は、、、

    > ◇ 私はこれらの諸カテゴリーの定義を本書で定義づけたいと思うのだが、故意に省くこととする。後ほど私はこれらの諸概念を、私が論ずる方法論との連関において十分な程度まで分析するだろう。純粋理性の体系においては、そうした定義は当然私に要求され得ることであるに違いない。<

    沼ー ( ・∇・)


    > ◇しかし、本書の場合には、そうした定義は疑惑や攻撃を引き起こすことによって、その研究の要点を見失わせるだけのことであり、これらの疑惑や攻撃に答えることは、その本質的な意図からいくらかでも外れること無しに、確かに別の仕事へと振り向けられることができるのである。<

    前半は言ってることはわかるけど、後半が沼ー
    ( ・∇・)

    > ◇ にもかかわらず、私がこの点について述べたわずかなことからも、なんとしても判然と明らかになるのは、<

    うましかさんが投稿してくださった
    No 33668のことから明らかになるのは、ということかな?


    >そのために必要な全ての説明を伴った一つの完璧な辞典が可能であるのみならず、容易に感性され得るということである。<

    沼ー
    ( ・∇・)


    > ◇ 諸カテゴリーの区画は既に決定されている。必要なのは、その区画を充たすことだけであり、本書が示したような一つの体系的な位置づけは、それぞれの概念が属する特有の位置をやすやすと誤らせるようなことはないのと同時に、まだ空いている位置を容易に気づかしめるのである。<

    区画って、量、質、関係、様相、つてことかな???
    違うのかな???

    沼沼ー
    (°▽°)

    投稿ありがとうございます♪
引用返信/返信 削除キー/
■33776 / inTopicNo.7)  超越論的分析論Y−10
□投稿者/ うましか -(2023/10/07(Sat) 10:44:28)
    2023/10/07(Sat) 10:45:19 編集(投稿者)

    pipitさん、おはようございますー

    今朝は久しぶりの沼浴です(;´・ω・)

    秋〜(*‘∀‘)♪

    *******

    T 超越論的原理論
    第二部門 超越論的論理学
    第一部 超越論的分析論
    第一篇 概念の分析論
    第一章 全ての純粋悟性概念を発見する手引きについて

    □全ての純粋悟性概念を発見する超越論的な手引き
    第三節 (第十項) 純粋悟性概念またはカテゴリーについて

    ◆ こうした純粋ではあるが派生的な悟性概念を、純粋悟性の準賓辞=i賓辞に対して)と名付けることを許されたい。根源的で本源的な諸概念が得られるなら、派生的で従属的な諸概念は容易に付加されることができ、純粋悟性の系譜は完全に描きあげられる。しかし、ここでの私の問題は、この体系の完璧さにあるのではなく、一つの体系のための諸原理にあるに過ぎないので、私はこのような補足は別の仕事として取っておく。
    しかし、人が存在論の教科書を手に取り、例えば、原因性というカテゴリーには力、能動、受動という準賓辞を従属させ、相互性というカテゴリーには現在、抵抗という準賓辞を従属させ、様相の賓辞に、発生、消失、変化その他の準賓辞を従属させるなら、その目的は、かなり達成されるのである。
    諸カテゴリーを純粋感性の諸様態modiと結合したり、或いはまたこれらの諸カテゴリー相互を結合したりすると、多数のア・プリオリで派生的な概念が生ずる。それら多数の派生的な概念に注意し、また可能なら完璧に明示することは、有用で、不愉快ではない骨折りではあるが、ここでは必ずしもやってみる必要の無いことであろう。

    --- No.33668からの続き ---

    ◇ 私はこれらの諸カテゴリーの定義を本書で定義づけたいと思うのだが、故意に省くこととする。後ほど私はこれらの諸概念を、私が論ずる方法論との連関において十分な程度まで分析するだろう。純粋理性の体系においては、そうした定義は当然私に要求され得ることであるに違いない。

    ◇しかし、本書の場合には、そうした定義は疑惑や攻撃を引き起こすことによって、その研究の要点を見失わせるだけのことであり、これらの疑惑や攻撃に答えることは、その本質的な意図からいくらかでも外れること無しに、確かに別の仕事へと振り向けられることができるのである。

    ◇ にもかかわらず、私がこの点について述べたわずかなことからも、なんとしても判然と明らかになるのは、そのために必要な全ての説明を伴った一つの完璧な辞典が可能であるのみならず、容易に感性され得るということである。

    ◇ 諸カテゴリーの区画は既に決定されている。必要なのは、その区画を充たすことだけであり、本書が示したような一つの体系的な位置づけは、それぞれの概念が属する特有の位置をやすやすと誤らせるようなことはないのと同時に、まだ空いている位置を容易に気づかしめるのである。


    † 原佑訳上巻、p.227参照。
    † その他に、中山元訳2、p.77〜p.78、石川文康訳上巻、p.138〜p.139を参照。
    †≠ナ囲まれた言葉は、カントが『純粋理性批判』文中で強調したものです。
    † 翻訳はしますが、◇〜は私が便宜上用いた区分けであり文章は原文・訳文の通りではありません。
    † 文中〔〕内は私による挿入、*1、*2〜や、※1、※2〜は私の覚書とします。これらは後に訂正、削除、修正等することがあります。
    † ◆〜は原典における段落とします。

    *******

    Y−10 No.33776
    Y−7 No.33016、Y−8 No.33658、Y−9 No.33668
    Y−4 No.32398、Y−5 No.32507、Y−6 No.32849
    Y−1 No.31693、Y−2 No.32053、Y−3 No.32302
    X−4 No.30943、X−5 No.31146、X−6 No.31639
    X−1 No.30542、X−2 No.30550、X−3 No.30874
    W−1 No.30139、W−2 No.30154、W−3 No.30529
    V−1 No.29992、V−2 No.30063
    U−1 No.29963
    T−1 No.29833、T−2 No.29850

    *******

    第一部 No.29833,29850
    第一篇 No.29963
    第一章 No.29992,30063
    第一節 No.30139,30154,30529
    第二節 No.30542,30550,30874,30943,31146,31639
    第三節 No.31693,32053,32302,32398,32507,32849,33016,33658,33668,33776

引用返信/返信 削除キー/
■33690 / inTopicNo.8)  カテゴリー☆相互性☆日記
□投稿者/ pipit -(2023/10/04(Wed) 08:53:06)
    みなさまおはようございます。
    カントが主張する純粋悟性概念(カテゴリー)の中の一つに、関係についての『相互性』という概念があります。

    J. M. D. Meiklejohnさん英訳では
    『Of Community (略 )』※アクセス禁止になるので略しました。カテゴリー表の英訳ページを載せておきます。
    https://www.gutenberg.org/cache/epub/4280/pg4280-images.html#chap37


    ---------------------
    ↓以下はカントの純粋理性批判の説明ではなく、一般的なCommunity 、reciprocity 、agent、patientの語句説明です。
    ---------------------
    ※参考資料@コトバンク『コミュニティー(community)』
    居住地域を同じくし、利害をともにする共同社会。町村・都市・地方など、生産・自治・風俗・習慣などで深い結びつきをもつ共同体。地域社会。

    ※参考資料Aコトバンク『reciprocity』
    (名)相互取引 相互性 相互関係 相互主義 互恵主義 相互作用 相互互恵 相互利益 相互依存の関係[状態] 互恵関係
    equal reciprocity&#8232;相互平等主義
    Japan-China reciprocity&#8232;日中の互恵関係

    ※参考資料Bwiki『主題役割(しゅだいやくわり、英: thematic role)』
    agent 動作主
    patient被動者
    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E9%A1%8C%E5%BD%B9%E5%89%B2
    ---------------------

    上記の一般的語句説明でなんとなくイメージ出来てきたのですが、
    世界に個が同時存在すると認識するための純粋悟性概念が『相互性』という概念(認識機能)なのかなぁと思いました。

    『カント事典』p309の『相互作用』の一節に、
    『そこで問題になっているのは、われわれは何を根拠に、この世界における多数の物が、ある時点に「同時に」存在していると言えるのかという問題である。』
    とありますが、
    そのように捉える人間認識側の理由として純粋悟性概念をカントは唱え、カント的には演繹によって概念の客観的妥当性を論証した(賛否あり)ということなのかなぁと、思いました。

    岩井拓朗先生の
    『空間における同時存在のカント的理解』という論文が公開されていました。

    https://www.l.u-tokyo.ac.jp/philosophy/pdf/ron34/06-IWAI.pdf

    季節の変わり目だからなのか、めちゃ眠く、頭も働かないので、きちんと考えたり読んだり出来てないのですが
    (><)
    (-_-)zzz

引用返信/返信 削除キー/
■33689 / inTopicNo.9)  Re[7]: 超越論的分析論Y−9
□投稿者/ pipit -(2023/10/04(Wed) 00:14:10)
    うましかさん、こんばんはー(^ ^)

    No33668
    > ◇ こうした純粋ではあるが派生的な悟性概念を、純粋悟性の準賓辞=i賓辞に対して)と名付けることを許されたい。
    >
    > ◇ 根源的で本源的な諸概念が得られるなら、派生的で従属的な諸概念は容易に付加されることができ、純粋悟性の系譜は完全に描きあげられる。
    >
    > ◇ しかし、ここでの私の問題は、この体系の完璧さにあるのではなく、一つの体系のための諸原理にあるに過ぎないので、私はこのような補足は別の仕事として取っておく。
    >
    > ◇ しかし、人が存在論の教科書を手に取り、例えば、原因性というカテゴリーには力、能動、受動という準賓辞を従属させ、<

    力...動き....
    「原因」という概念の下に、「力」「受動」「能動」という概念が生じる、ということかなぁ。
    力をwikiでみてみると
    『力(ちから)は、物事が変化する原因となるもの。またはその象徴を指す。』
    とありました。
    原因という文字が出てきますが、この概念が『力』という概念を下支えしているとカントは考えているのかなぁ....
    変化させる側(能動)と変化させられる側(受動)。背後に「原因」という概念...
    俗っぽく言えば、「原因」を「犯人」と換言すればわかりやすくなるかな???

    >相互性というカテゴリーには現在、抵抗という準賓辞を従属させ、<

    対等のものが2つという意味なのかなぁ。
    ネットで相互性を検索すると、
    『読み方:そうごせい
    相互関係がある性質、または相互に作用があるような状態を表す言い回し。特に、相互に他を補うような関係性などについて言われる。』とありました。

    相互関係があるから、、、なにゆえ現在???
    抵抗はまだわかるかなぁ。
    コンフリクトみたいな?

    >様相の賓辞に、発生、消失、変化その他の準賓辞を従属させるなら、その目的は、かなり達成されるのである。<

    なんで様相にこんな言葉が??(T . T)
    可能な世界で生滅変化する?全然違うかな....

    > ◇ 諸カテゴリーを純粋感性の諸様態modiと結合したり、或いはまたこれらの諸カテゴリー相互を結合したりすると、多数のア・プリオリで派生的な概念が生ずる。それら多数の派生的な概念に注意し、また可能なら完璧に明示することは、有用で、不愉快ではない骨折りではあるが、ここでは必ずしもやってみる必要の無いことであろう。<

    なんかわかりませんが、妙に面白味のある文章に思えます......
    沼ですね!!

    カント沼文章、おつかれさまです(^O^)♪
引用返信/返信 削除キー/
■33668 / inTopicNo.10)   超越論的分析論Y−9
□投稿者/ うましか -(2023/10/02(Mon) 23:21:56)
    2023/10/02(Mon) 23:24:05 編集(投稿者)

    pipitさん、こんばんはー


    (=_=)ね、、眠いっす。。。


    *******

    T 超越論的原理論
    第二部門 超越論的論理学
    第一部 超越論的分析論
    第一篇 概念の分析論
    第一章 全ての純粋悟性概念を発見する手引きについて

    □全ての純粋悟性概念を発見する超越論的な手引き
    第三節 (第十項) 純粋悟性概念またはカテゴリーについて

    ◆ それ故、この根源的な概念のためになお注意しておくべきことがある。
    カテゴリーは、純粋悟性の真の基幹概念≠ニして、己の同じく純粋な派生的な概念≠も持っている。そうした派生的な概念は、超越論的哲学の完璧な体系においては断じて見落とされることはできないが、しかし私は、ここではもっぱら批判を試みているのであるから、そうした派生的な概念に関しては単に言及することで満足してよいであろう。

    --- No.33658からの続き ---

    ◇ こうした純粋ではあるが派生的な悟性概念を、純粋悟性の準賓辞=i賓辞に対して)と名付けることを許されたい。

    ◇ 根源的で本源的な諸概念が得られるなら、派生的で従属的な諸概念は容易に付加されることができ、純粋悟性の系譜は完全に描きあげられる。

    ◇ しかし、ここでの私の問題は、この体系の完璧さにあるのではなく、一つの体系のための諸原理にあるに過ぎないので、私はこのような補足は別の仕事として取っておく。

    ◇ しかし、人が存在論の教科書を手に取り、例えば、原因性というカテゴリーには力、能動、受動という準賓辞を従属させ、相互性というカテゴリーには現在、抵抗という準賓辞を従属させ、様相の賓辞に、発生、消失、変化その他の準賓辞を従属させるなら、その目的は、かなり達成されるのである。

    ◇ 諸カテゴリーを純粋感性の諸様態modiと結合したり、或いはまたこれらの諸カテゴリー相互を結合したりすると、多数のア・プリオリで派生的な概念が生ずる。それら多数の派生的な概念に注意し、また可能なら完璧に明示することは、有用で、不愉快ではない骨折りではあるが、ここでは必ずしもやってみる必要の無いことであろう。


    † 原佑訳上巻、p.226〜p.227参照。
    † その他に、中山元訳2、p.76〜p.77、石川文康訳上巻、p.138を参照。
    †≠ナ囲まれた言葉は、カントが『純粋理性批判』文中で強調したものです。
    † 翻訳はしますが、◇〜は私が便宜上用いた区分けであり文章は原文・訳文の通りではありません。
    † 文中〔〕内は私による挿入、*1、*2〜や、※1、※2〜は私の覚書とします。これらは後に訂正、削除、修正等することがあります。
    † ◆〜は原典における段落とします。

    *******

    Y−7 No.33016、Y−8 No.33658、Y−9 No.33668
    Y−4 No.32398、Y−5 No.32507、Y−6 No.32849
    Y−1 No.31693、Y−2 No.32053、Y−3 No.32302
    X−4 No.30943、X−5 No.31146、X−6 No.31639
    X−1 No.30542、X−2 No.30550、X−3 No.30874
    W−1 No.30139、W−2 No.30154、W−3 No.30529
    V−1 No.29992、V−2 No.30063
    U−1 No.29963
    T−1 No.29833、T−2 No.29850

    *******

    第一部 No.29833,29850
    第一篇 No.29963
    第一章 No.29992,30063
    第一節 No.30139,30154,30529
    第二節 No.30542,30550,30874,30943,31146,31639
    第三節 No.31693,32053,32302,32398,32507,32849,33016,33658,33668

引用返信/返信 削除キー/
■33659 / inTopicNo.11)  Re[6]: 超越論的分析論Y−8
□投稿者/ pipit -(2023/10/01(Sun) 23:05:06)
    うましかさん、こんばんはー(^○^)

    No33658
    > やっぱカント先輩って変●だなーとしみじみおもいます。
    >
    > ナニをくどくど言ってるのか全然わからない( ノД`)シクシク…<

    はいー、私もほんとーに、変◯やな....とカントのことよく思います....

    pipitの先ほどの投稿(No33655)も、たった一文を読むために、右往左往....
    ある意味、読解者も変☆彡..............

    > ◆ それ故、この根源的な概念のためになお注意しておくべきことがある。
    > カテゴリーは、純粋悟性の真の基幹概念≠ニして、己の同じく純粋な派生的な概念≠も持っている。<

    カテゴリーは派生概念を持つということなのかな???

    >そうした派生的な概念は、超越論的哲学の完璧な体系においては断じて見落とされることはできないが、しかし私は、ここではもっぱら批判を試みているのであるから、そうした派生的な概念に関しては単に言及することで満足してよいであろう。<

    なんでそんな謎沼残すんですかー
    (T . T)


    > ◇ こうした純粋ではあるが派生的な悟性概念を、純粋悟性の準賓辞(賓辞に対して)と名付けることを許されたい。<

    ん?

    カント先輩は思考回路が根本的に変わってるんですかねー
    それとも???

    この先を日本語訳で見てみましたけど、けっこうな沼沼が続きますね
    おつかれさまです (/ _ ; )

引用返信/返信 削除キー/
■33658 / inTopicNo.12)  超越論的分析論Y−8
□投稿者/ うましか -(2023/10/01(Sun) 22:26:35)
    2023/10/01(Sun) 22:27:25 編集(投稿者)

    pipitさん、こんばんはー

    やっぱカント先輩って変●だなーとしみじみおもいます。

    ナニをくどくど言ってるのか全然わからない( ノД`)シクシク…

    永井均もわからないけど、永井のくどさを変●の所業とは感じない

    この違いはいったいなんなのか。。。(。´・ω・)?謎沼

    *******

    T 超越論的原理論
    第二部門 超越論的論理学
    第一部 超越論的分析論
    第一篇 概念の分析論
    第一章 全ての純粋悟性概念を発見する手引きについて

    □全ての純粋悟性概念を発見する超越論的な手引き
    第三節 (第十項) 純粋悟性概念またはカテゴリーについて

    ■ 判 断 表 ■

    1 判断の量=kQuantitaet der Urteile.〕
    ・全称判断 〔Allgemeine〕 〔すべてのAはBである〕 
    ・特称判断 〔Besondere〕 〔あるAはBである〕
    ・単称判断 〔Einzelne〕  〔ある一つのAはBである〕

    2 〔判断の〕質=kQualitaet.〕
    ・肯定判断 〔Bejahende〕 〔AはBである〕
    ・否定判断 〔Verneinende〕 〔AはBでない〕
    ・無限判断 〔Unendliche〕 〔Aは非Bである〕

    3 〔判断の〕関係=kRelation.〕
    ・定言判断 〔Kategorische〕 〔AはBである〕
    ・仮言判断 〔Hypothetische〕 〔もしAがBなら、CはDである〕
    ・選言判断 〔Disjunktive〕 〔Aは、BであるかCであるかDであるかのいずれかである〕

    4 〔判断の〕様相=kModalitaet.〕
    ・蓋然的判断〔Problematische〕 〔AはBかもしれない〕
    ・実然的判断〔Assertorische〕 〔AはBである〕
    ・確然的判断〔Apodiktische〕 〔AはBでなくてはならない〕

    ■ カテゴリー表 ■

    1 量〔Der Quantitaet:〕
    ・単一性〔Einheit〕
    ・数多性〔Vielheit〕
    ・全体性〔Allheit.〕

    2 質〔Der Qualitaet:〕
    ・実在性〔Realitaet〕
    ・否定性〔Negation〕
    ・制限性〔Limitation.〕

    3 関係〔Der Relation:〕
    ・内属〔der Inhaerenz〕≠ニ自体存在〔Subsistenz〕 (実体と偶有性 substantia et accidens)
    ・原因性〔der Kausalitaet〕≠ニ依存性〔Dependenz〕 (原因と結果〔Ursache und Wirkung〕)
    ・相互性〔der Gemeinschaft〕=@(能動的なものと受動的なものとの間の相互作用〔Wechselwirkung zwischen dem Handelnden und Leidenden〕)

    4 様相〔Der Modalitaet:〕
    ・可能性〔Moeglichkeit〕=|不可能性〔Unmoeglichkeit〕
    ・現存在〔Dasein〕=|非存在〔Nichtsein〕
    ・必然性〔Notwendigkeit〕=|偶然性〔Zufalligkeit〕

    ◆ さて、これ〔カテゴリー〕は、綜合の全ての根源に純粋な諸概念を明示したものであり、そうした純粋な概念を悟性は自分自身のうちにア・プリオリに含んでおり、このためだけからでも悟性は純粋な悟性である。つまり、悟性はこうした純粋な概念によってのみ、直観の多様なものについて或るものを理解し得るのである。換言すれば、直観の〔対象である〕客観を思考し得るのである。
    この〔カテゴリーの〕区分は、一つの共通的な原理、すなわち判断する能力(これは思考する能力と同じものである)に基づいて、体系的に作り出されており、行き当たりばったりに純粋な概念を運を天にまかせて探し出して成立したものではなく、そのような探し方による純粋な概念の完全な列挙については、人は決して確信を持ち得ない。というのも、その列挙が完全なものかどうかは帰納によって推論する他はなく、何故悟性に内在するのが、まさしくこれらの諸概念であって他の概念でないのかは、帰納によっては決して洞察されないということを考慮しないからである。
    こうした根本概念を探し出すことは、アリストテレス≠フような明敏な人にふさわしい計画であった。しかし、彼はいかなる原理も持っていなかったので、そうした根本概念を行き当たりばったりにかき集めて、それらをはじめ10個探し出し、それをカテゴリー〔Kategorien〕 (賓辞〔Praedikamente〕)と名付けた。その後、アリストテレスは〔そうした根本概念を〕さらに5個発見したと信じ、それらを後賓辞〔Postpraedikamente〕と呼び付け加えた。
    しかしながら、アリストテレスの表は依然として欠陥を残したままであった。その上、純粋感性のいくつかの様態modi、(時間quando、場所ubi、位置situs、同じく前時prius、同時simul)、また一つの経験的な様態(運動motus)も、またそのうちには見いだされるが、これらは悟性のこの系図の内には全く見出されてはならないものであり、或いはまた、いくつかの派生的な概念(能動actio、受動passio)もまた、根源的な概念のうちにいっしょに数え入れられているとともに、根源的な概念のいくつかは全面的に欠けているのである。

    --- No. 32849,33016からの続き ---

    ◆ それ故、この根源的な概念のためになお注意しておくべきことがある。
    カテゴリーは、純粋悟性の真の基幹概念≠ニして、己の同じく純粋な派生的な概念≠も持っている。そうした派生的な概念は、超越論的哲学の完璧な体系においては断じて見落とされることはできないが、しかし私は、ここではもっぱら批判を試みているのであるから、そうした派生的な概念に関しては単に言及することで満足してよいであろう。

    ◇ こうした純粋ではあるが派生的な悟性概念を、純粋悟性の準賓辞(賓辞に対して)と名付けることを許されたい。


    † 原佑訳上巻、p.226参照。
    † その他に、中山元訳2、p.76、石川文康訳上巻、p.138を参照。
    †≠ナ囲まれた言葉は、カントが『純粋理性批判』文中で強調したものです。
    † 翻訳はしますが、◇〜は私が便宜上用いた区分けであり文章は原文・訳文の通りではありません。
    † 文中〔〕内は私による挿入、*1、*2〜や、※1、※2〜は私の覚書とします。これらは後に訂正、削除、修正等することがあります。
    † ◆〜は原典における段落とします。

    *******

    Y−7 No.33016、Y−8 No.33658
    Y−4 No.32398、Y−5 No.32507、Y−6 No.32849
    Y−1 No.31693、Y−2 No.32053、Y−3 No.32302
    X−4 No.30943、X−5 No.31146、X−6 No.31639
    X−1 No.30542、X−2 No.30550、X−3 No.30874
    W−1 No.30139、W−2 No.30154、W−3 No.30529
    V−1 No.29992、V−2 No.30063
    U−1 No.29963
    T−1 No.29833、T−2 No.29850

    *******

    第一部 No.29833,29850
    第一篇 No.29963
    第一章 No.29992,30063
    第一節 No.30139,30154,30529
    第二節 No.30542,30550,30874,30943,31146,31639
    第三節 No.31693,32053,32302,32398,32507,32849,33016,33658

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