| 2025/04/29(Tue) 10:47:51 編集(投稿者)
自分なりのケリを付けるために以下も説明しておこうと思う。
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No42808 SumioBaBaさんから、おくたがわさんへの返信 パニチェさんの以下の記述です(No42685から引用)。 >量子力学の多世界解釈では「量子は波である」世界と「量子は粒子である」世界が並行して存在しますが、「量子が存在する」世界と「量子が存在しない」世界は想定していません。
前半も後半も、変だと思います。前半はSumioBabaが指摘したらパニチェさんが撤回されたので、良しとします。 しかし、後半も変です。観測していない時は、「1個の量子が発生していない世界」と「1個の量子が発生している世界」も重ね合わせになれるし、どちらなのかを観測すると、「1個の量子が発生していない世界」と「1個の量子が発生している世界」とに、世界が分裂すると思われるからです。放射性元素がβ崩壊して1個の電子を放出する例を挙げています(No42774)。 《未崩壊》=「1個の電子が発生していない状態」、《崩壊済》=「1個の電子が発生している状態」です。
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No42789 パニチェから、おくたがわさんへの返信 No42708でSumioBabaさんから『「量子は波である」世界と「量子は粒子である」世界が並行して存在するのではありません。我々の世界W1という1つの世界の中の1個の量子が、様々な位置座標R=(x,y,z)を持つ「粒子」状態の重ね合わせΨ(R)でも表せるし、様々な運動量P=(Px,Py,Pz)を持つ「波」状態の重ね合わせΦ(P)でも表せる、ということです』との反論がありました。議論がそちらにそれてしてしまうことが嫌で、先の私の意見はいったん撤回しました。
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No42789でおくたがわさんにレスしているように自分の発言に誤りがあったから撤回したのではなく、議論がそちらにそれる、拡散してしまうことが嫌で撤回したということ。 これについての説明とSumioBabaさんの根本的な間違いを指摘しておきます。
まず、以下の引用で和田純夫氏が述べている通り、観測前はコペンハーゲン解釈も多世界解釈もほぼ違いはなく共存(重ね合わせ)を認めてるということ。 ちなみに和田純夫氏は日本を代表する多世界解釈を支持する研究者の一人である。
No42815 パニチェ *** 以下、和田純夫著『シュレディンガーの猫がいっぱい』よりの引用 ***
まず電子を波で表したとしましょう。もちろんこの時の電子の位置は決まっていません。この波を、無数の細かい波に分割します。こうして分割された無数の波の一つひとつは、位置の決まった波となります。逆に言えば、無数の細かな波のすべてによって、もとの波は構成されています。そして、この分割してできた波は電子の位置が決まっている状態を表し、一方、もとの広がりをもつ波は、電子がさまざまな位置にある状態が「共存」していることを表しています。つまり、量子力学では、一つの電子がさまざまな位置になる状態が共存していることになります。 ここで注意することは、電子が無数にあるのではなく、また一つの電子が同時にあちこちにあることでもないという点です。電子がAにある状態、Bにある状態というように、無数の電子が共存しているのです。今、無数の状態が共存していると言いましたが、あらゆる状態が共存しているわけではありません。もとの一つの波の形が共存の様子を表していて、波の高さが、各状態の共存の程度を示しているのです。 たとえば波が高ければ、あるいは逆に深ければ共存度は大きく、波の高低が小さければ共存度は小さい。そして波の高さがゼロなら、そのような状態は共存していないことになります。つまり、「電子の波は何を意味するか」という問題に対しては、「共存する状態の共存度を表している」と答えることができるのです。 無数の状態の共存という言い方は、多世界解釈の「多世界」という言葉を連想させます。確かに私も、多世界解釈に影響を受けてこの言い方を思いついたのですが、この段階で、ボーアたちのコペンハーゲン解釈と違ったことを言っているというわけではありません。単に彼らが「重ね合わせ」という言葉で表現したことを、言いかえたにすぎません。
************* 引用終わり *************
観測(粒子を検出)した瞬間にコペンハーゲン解釈では波動関数ψが収縮したと判断するし、多世界解釈では世界が分岐したと判断する。
上記で和田純夫氏も述べている通り、共存(重ね合わせ)、つまり波の状態から、粒子を検出するのだから、「量子は波である世界」から「量子は粒子である世界」へ分岐すると言っても間違いではない。ただこの言い方は議論が生じる言い方であることは認める。
多世界解釈にも公理というものがあり、一般的には、観測前の共存度そのものが何であるかは定義しない。またSumioBabaさんが観測前も粒子として発言していることからして、こういう議論に拡散してしまうことを嫌って撤回したまで。
SumioBabaさんの根本的な間違いは、波動関数ψの共存(重ね合わせ)を全く理解していない、確率(確率振幅)を「存在する」「存在しない」の確率と捉えているところである。
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