| うましかさん、こんばんは!
■No16495
> ※1 「感覚 Empfindung」という言葉は「生理学的あるいは心理学的な事象」ではない(『カント事典』,p.77、植村恒一郎の説明による)とのことだが、よく分からない。植村によれば、「感覚」とは「知覚から空間的な広がりと時間的な持続を取り去ったもの」らしい。(-_-;)…??<
p77読んでみました。おもしろい!! 項目の最後に ⇒知覚、知覚の予科 ってありますでしょう? わたしも未勉強なのですが、『純粋悟性の諸原則の体系』に【知覚の予科】があるんです。 一つ前は【直観の公理】。 御子柴善之先生の本でいえば、p270が知覚の予科の解説になっています。
> ※2 「規定されていない対象 Der bestimmte Gegenstand」、何に規定されていないのか分からない… (-_-;)?? > > ◇現象において、私は、感覚に対応するものを現象の実質〔Materie〕と名づけるが、現象の多様なものが或る種の関係において秩序づけられ得る〔*1〕ようにするようなものを、私は現象の形式〔Form〕と名づける。 > > *1「秩序づけられ得る」は、 第一版では「秩序づけられて、直観される」とされる。 > > ◇諸感覚がそのうちのみ秩序づけられ、よって或る種の形式において配置され得るものは、それ自身これまた感覚ではあり得ないから、私たちにはなるほど全ての現象の実質はア・ポステリオリにのみ与えられてはいるが、しかし全ての現象の形式はことごとく心のうちにア・プリオリに感覚のために既に用意されていなければならず、だから全ての感覚とは別個に考察され得るのでなければならない。 > > ※3 秩序付けられ、或る種の?形式において配置された諸々の感覚は、それ自身感覚ではない…(-_-;)?? > ※4 全ての現象の実質はア・ポステリオリに与えられている。 > ※5 現象の形式(ア・プリオリ)→感覚→(ア・ポステリオリ)現象の実質? これらの関係がいまいちスッキリしない。<
うましかさんのおかげさまで、うましかさん由来のきっかけにより、 新しい概念がわたしの中に現れつつあります。 それがカント哲学の理解として正解か不正解か今の時点ではわからないのですが、、、 カント先生の思考回路は変態かも!!みたいなσ(^_^;)
うましかさんは、ご自分で考えたいタイプかなあ???と、とりあえずわたしの妄想は言わずにおきますね。
いつもありがとうございます!!
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