TOP HELP 新着記事 ツリー表示 トピック表示 ファイル一覧 検索 過去ログ

[ 最新記事及び返信フォームをトピックトップへ ]

■34901 / inTopicNo.85)  Re[75]: つれづれなるままに
  
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/03(Fri) 19:11:16)
    メルポンのいう「世界における(への)存在」から、いまのわたしの物語りを「世界における(への)存在としての私」ってしてるんだけど、

    ちょっと、横道に入って、
    No34900の、わたしが興味ある問いについて、

    「実在する」と「存在する」っていうのは区別して見た方がいいのかも?って。

    そこはかとなく。

引用返信/返信 削除キー/
■34917 / inTopicNo.86)  Re[76]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/04(Sat) 17:58:42)
    そこはかとなく

    「世界」というもの、「世界」と呼んでるもの、の横道。

    パニさんが提示してくれた、アンシュタインとタゴールとの会話、のなかに、
    • タゴール:「この世界は人間の世界です. 世界についての科学理論も, 所詮は科学者の見方にすぎません」
    ってあった。
    これについてだけのね。

    タゴールちゃんが言う「人間の世界」っていうの、わたしにはわかんないんだけど、これ横に置いといて。
    もしタゴールちゃんが自分自身のことを「人間」だと思ってるだとしたら、
    そのままタゴールちゃんにお返しできるかも?
    〈この世界は人間の世界です。このような世界についてのタゴールちゃんのも、所詮はタゴールちゃん見方にすぎません〉
    って。

引用返信/返信 削除キー/
■34934 / inTopicNo.87)  Re[77]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/05(Sun) 10:56:29)
    わたしの物語りに戻りま〜す。

    No34845で、現象学が視野のうちに入れてる(テーマとする)「世界」っていうの、わたしのなかでひとまず定まったんだけど、

    No33337の、
    『…人間は世界においてあり、ほかならぬ世界のうちで自己を知るのである。‥‥』
    と、
    No34792の訳注は、同じところに書いてあったのでまとめとく。

    (i)『‥‥知覚は、その上にあらゆる行為が浮かび上がる背景であり、行為はこれを前提といている。世界は、その構成法則を私が手中にもっているような、ひとつの対象ではない。世界は、私のあらゆる思惟と明瞭な知覚との自然的な場であり領野である。真理は単に「内的人間」*だけに「住まう」のではない。いやむしろ、内的人間などは存在しないのだ。人間は世界においてあり(訳注2)、ほかならぬ世界のうちで自己を知るのである。私が常識の独断論、もしくは科学の独断論から出て、私自身に帰ってくるとき私が見出すのは、内在的真理の根源ではなくて、世界に委ねられた一つの主体(訳注3)なのである。‥‥』(『知覚の現象学』p6)

    (*原注) 汝の内に帰れ、内的人間のなかにこそ真理は宿る―アウグスティヌス

    (訳注2)は、
    No34792のね。

    (訳注3)
    原語はun sujet voue au monde.このsujetは名詞であり、哲学用語として「主体」であるが、形容詞としてのsujet aには「・・・に隷属している」「・・・に従うべき」「・・・を免れがたい」という意味があり、こういう意味のニュアンスがメルロ=ポンティの主体概念にはまといついている。この点を考慮せずに単純にドイツ語のSubjektの訳語たる「主観」「主体」と同義にすると、「世界に委ねられた一つの主体」とは自己矛盾した概念になる。
    (アキュートアクセントは省略してます)

    ここんところ、わたしに思われたのは後で。

引用返信/返信 削除キー/
■34935 / inTopicNo.88)  Re[78]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/05(Sun) 11:09:56)
    ■34934、
    ごめん、
    『…人間は世界においてあり、ほかならぬ世界のうちで自己を知るのである。‥‥』は、No33337には書いとかなかったみたい。

引用返信/返信 削除キー/
■34977 / inTopicNo.89)  Re[79]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/09(Thu) 18:49:13)
    No34934の「アウグスティヌス」についてはもう少し書いてあるので書き写しておく。
    ***************
    (J)『‥‥反省的分析は、先行する構成の道をさかのぼり、聖アウグスティヌスのいわゆる「内的人間」(訳注1)に立ち帰り、そこでもともとこの「内的人間」そのものであった構成の能力と再び合体するつもりになっている。こうして反省はみずからおのれを忘れ、存在と時間に至る手前の不死身の主観に立ち帰る。だが、これは無邪気な独りよがりだ。あるいはお望みなら、自己自身の出発点を自覚しない不完全な反省、といってもいい。私はあるとき反省しはじめたのであり、私の反省は、反省されていないものへの反省である。…‥』       (『知覚の現象学』p6)

    (訳注1)アウグスティヌスの次の文章にある。「決して外へ出るな、君自身の内に帰れ、内的人間にこそ真理は住む。そしてもし君の本性が可変的であることを見出すならば、君自身をも超え出よ。しかし君が君を超え出るときには、理性的に反省する霊魂を君が超え出るということを忘れてはならない。それゆえ理性の光そのものがともされる所に向ってゆけ」。なおフッサールの『デカルト的省察』の末尾に以上の言葉の最初の文が引用されている。「実証科学は世界喪失における学である。われわれは世界を普遍的な自覚において取り戻すために、まず最初にエポケーによって世界を失わねばならない。(決して外に出るな)とアウグスティヌスはいう。(君自身の内に帰れ、内的人間にこそ真理は住む)」
    **************

    (訳注1)の〔フッサールの『デカルト的省察』の末尾〕を見て見ると、
    *********
    『・・・・こうして、「汝自身を知れ」(7)というデルポイの神殿の言葉は新しい意味をえたことになる。実証的な学問は、世界を喪失した学問である。世界を普遍的な自己視察において取りもどすために、まず世界を判断停止によって失わねばならない。アウグスティヌスは次のように言っている。「外に行こうとしないで、汝自身のうちに帰れ、真理は人の内部に宿っている」(8)と。』(『デカルト的省察』p279-280)

    (訳注7)古代ギリシア、デルポイの神殿の玄関の柱に刻まれていたという言葉で、(神が人間に向って)「身のほどを知れ」(自分が死すべき存在であることを忘れるな)という意味の格言と解かれていた。しかし、(プラトンの描く)ソクラテスは、それを「自分の無知を知」り、「自分の魂を配慮」し、いかに生きるべきかを考察することを命じる要求と捉えた。いまそれをフッサールは、普遍的な自己認識の道こそが哲学の道である、という意味と解しようとしている。

    (訳注8)ラテン教父アウグスティヌスの『真なる宗教」から引用。しかし、本書でたびたび現れてきたように、「外」と「内」という言い方は、誤解を招く恐れがある。フッサール自身、『論理学研究』で理念的なもののありかを「意識の外」に求めるのも、「意識の内」に求めるのも退け、まさにそのような議論のなかから、「意識の志向性」という思想を確立してきた。そして、それを近代的な「外」か「内」かという誤った問題の立て方を退けて、問題を正しく立てるためにこそ、現象学的還元が必要なのであった。その点では付け加えておくべきこととして、アウグスティヌスは、ここで引用された文に続けて、次のように述べていた。「そしてもし汝の本性が可変的であるものを見いだすなら、汝自身をも超越せよ」と。アウグスティヌスは自己の「内部」に止まるのではなく、そこから自己を超越する道を探る。フッサールも本来ならむしろ、この部分まで引用することによって、自らの超越論的なものの探究をそれに喩えるべきだったであろう。
    *********

    フッサールのとメルポンのと、ちょっと違うのかな?って思ったんで、長いけど書き留めとくことにしたよ。

引用返信/返信 削除キー/
■34979 / inTopicNo.90)  Re[80]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/09(Thu) 19:46:49)
    そこはかとなく、

    「優生保護法」っていうのあるみたい。
    「不良な子孫の出生を防止すること」みたい。いまは法律名が「母体保護法」に改められたみたい。
    でも、これって「優生」であることが望ましい、っていうことには変わりなよね。
    ほら、たとえばさ〜、
    おおたにさんみたいな野球選手を、「すばらしい」と見る「優生」思想から、このような「法」ができたのかもね?

    「優秀な人だけが存在すること」これが「優生」の意味だとわたし勝手に思ってる。

    名を変えたとしても「意味」はなんも変わってないのかもね。





引用返信/返信 削除キー/
■34980 / inTopicNo.91)  Re[81]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/09(Thu) 20:11:36)
    そこはかとなく、ついでの、

    「優生」=〈優れた生〉

    ヒトラーの信念−―ドイツ民族は優生。
    日本民族が優生であることに拍手喝采!
    わかりやすいのはスポーツ。国際大会で言えばオリンピックかな。



引用返信/返信 削除キー/
■35001 / inTopicNo.92)  Re[82]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/11(Sat) 15:17:56)
    現象学における「世界」というものについてわたしが抽出したとこをもう少し。

    (k)『人間の意識という問題が決定的な形で論じられるのは、〈知覚〉や〈感覚的なもの〉の段階においてでなければならないのであるが、しかるにハイデガーの言う企投なるものは(『存在と時間』によれば、それがわれわれに現実の理解可能性を与えてくれるはずのものである)、日常的実存の主体が釘を打って物をつくる以上は〈腕をあげ〉、時計を見るからには〈目を向け〉、車に乗って行くからには〈向きを定める〉のだということを、すでにあらかじめ前提しているからなのである。つまり、行動したり身体を動かしたりする機能や知覚の能力が「自明」なものとあらかじめ判断されてしまえば、後は、人間存在が右のようなさまざまの営みを果たしうるというように、なんの問題もおこらない道理であろう。ひとびとが常識の「自明さ」を最後まで問いつめた試しはいまだかつてなかったが、ハイデガーの読者も、われわれの意図している〈世界の記述〉において彼の展開する精細さが、その引きかえに、「つねに−すでに−そこに」あるわれわれの世界(3)をまったく無視していたのだということに、後になって、やっと気づくというわけである。』 (『行動の構造』上p8)
    (3)原注
    フッサールは、この世界を前述語的と名づけ、それを現象学的記述の対象としている。彼は、『経験と判断』のなかでその世界を次のように性格づけている。「環境は、前所与性〔=あらかじめ与えられてあること〕、つまり受動的前所与の領域として、すなわち、われわれがなんの深いかかわりもなく、把捉的まなざしを向けることもなく、なんの関心も目覚めないままのとき、つねに、すでにそこにある前所与性の領域として、同時にそこにあるものである。いかなる認識活動も、個々の対象に向う把捉活動も、すべてこの受動的前所与性の領域を前提としている」(24ページ)しかし、じつはこの前述語的経験は、認識ばかりではなく〈主題〉をもった活動(ハイデガーによれば「として−構造」をあらわす経験〔Sein und Zeit,pp.15lf〕)にも先行するのである。「世界信念(Weltglauben)という、この普遍的基底は、生活的実践であれ、認識という理論的実践であれ、あらゆる実践の前提となるものである。」(25ページ)。〔『両義性の哲学』2ページ〕

    ここんところについてのも、わたしに思われたのは後で。

引用返信/返信 削除キー/
■35002 / inTopicNo.93)  Re[83]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/11(Sat) 15:52:36)
    あ、書いとくの忘れた。

    (l)『事象そのものに帰るということは、認識に先だつ世界に帰ることである。認識はつねにこの世界について語るのであり、これに対してはいかなる科学的規定も、抽象的、記号的、依存的である。これは、森林や草原や河川がどのようなものであるかをわれわれに最初に教えた風景に対して、地理学が抽象的、記号的、依存的であるのと同様である。』(『知覚の現象学』p4)

    ついでにもうちょっと。
    現象学における「生活世界」をネットで調べたら、あった。
    それを一部書き写しておく。

    小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)に、
    ・・・・・・・・・・・・・
    (m)〔科学によって理念的に構成される以前に、われわれが身体的実践を行いつつ直観的なしかたで日常的に存在している世界のこと。・・・科学が扱う対象の世界は、生活世界を地盤として構成された特殊な世界にすぎない。・・・生活世界は、判断以前の受動的で根源的な信念の場として知覚的・直観的な環境であるだけではなく、主観が他者たちと共に生きている相互主観的なコミュニケーションの共同体でもあって、そのかぎりでは文化伝統の沈殿した歴史的な世界でもある。・・・メルロ・ポンティは『知覚の現象学』で、前客観的な経験の世界としての知覚的な領野と身体的な実存の非人称的な領野の記述を自らの現象学の課題とした。〕
    ・・・・・・・・・・・・・

    ウィキペディアに、
    ・・・・・・・・・・・・・
    (n)〔生活世界とは、後期フッサールの現象学の概念の一つである。・・・科学的な世界理解に先立っていつもすでに自明なものとして与えられている世界を意味する。「生世界」とも訳される。〕
    ・・・・・・・・・・・・・

    いま、現象学における「世界」っていうのがどんなんかを、わたしに見えるようにしようとしてるんだけど、だいたい現象学からの書き写しはすんだかな?
    つぎから、これまで抽出したところから、わたしの憶測を書いていくことにするね。


引用返信/返信 削除キー/
■35005 / inTopicNo.94)  Re[84]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/11(Sat) 19:15:38)
    そこはかとなく、

    AIっていうの、

    自ら問いを立てるのかしら?
引用返信/返信 削除キー/
■35006 / inTopicNo.95)  Re[85]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/11(Sat) 20:18:01)
    たしか、フィロソフィアには「問答法」っていうのあったみたい。
    ソクラテスだったかしら?

    これって、問いと答えでしょ?
    問いがなければ答えもないよね。
    問いと答えは対(つい)になって存在してる、っていうことよね。

    「知」っていうの、こういうのから生まれるんじゃないかしら?

    AIへの問いとして、
    「あなたは何を知りたいの?」っていう質問したら、どんな答えが返って来るかしら? 
    って、ふと。

引用返信/返信 削除キー/
■35007 / inTopicNo.96)  Re[86]: つれづれなるままに
□投稿者/ 田秋 -(2023/11/11(Sat) 20:57:14)
    2023/11/11(Sat) 23:40:07 編集(投稿者)

    こんばんは、悪魔ちゃん

    ウィキペディアの《人口知能》に以下のような文章があります。

    『日本大百科全書(ニッポニカ)』の解説で、情報工学者・通信工学者の佐藤理史は次のように述べている。
    「誤解を恐れず平易にいいかえるならば、「これまで人間にしかできなかった知的な行為(認識、推論、言語運用、創造など)を、どのような手順(アルゴリズム)とどのようなデータ(事前情報や知識)を準備すれば、それを機械的に実行できるか」を研究する分野である」

    「自ら問いを立てる」というのはまさに人間にしかできない(できなかった)知能的な行為です。それをどのような計算方法とデータでできるようになるかを研究しているのが人工知能の研究です。

    囲碁にアルファ碁という世界名人にも勝つAIソフトがあります。その開発者が「対局中のアルファ碁が何を考えているか全くわからない」と言っていました。

    絵を描くAIや作曲するAIは既にあります。少し前までは絵や音楽は一応人間の専売特許的な地位にありました。

    アルゴリズムの良し悪しは重要です。これの改良によって計算が大幅に簡単になることがあります。
    例えば1から10まで全部足すと幾つか?という問題。
    順番に1+2+3+4+5+6+7+8+9+10=55と足していく方法もありますが、1+9.2+8.3+7,4+6、10それと5で55の方がスマートです。

    もう一つ、碁盤は縦横19×19、石を置ける場所があります。石が置ける場所は全部で幾つあるでしょう?

    19×19を掛け算の筆算
     19
    ×19
    ――
    で計算するのも一つの方法です。

    19^2(19の2乗)を(20−1)^2と考え(a-b)^2=a^2-2ab+b^2の公式を使うと
    20^2=400、-2abは-40、b^2は1ですから400-40+1=361と暗算でもできるようになります。

    また同じくウィキペディアの「技術的特異点」に

    技術的特異点(ぎじゅつてきとくいてん、英語: technological singularity〔テクノロジカル・シンギュラリティ〕)またはシンギュラリティ (singularity) とは、科学技術が急速に「進化」・変化することで人間の生活も決定的に変化する「未来」を指す言葉。発明家にして思想家のレイ・カーツワイルによれば特異点とは、技術的「成長」が指数関数的に続く中で人工知能が「人間の知能を大幅に凌駕する」時点 (以下略)

    かなり確実な予想として将来AIは人間を超えるだろうとされています。それがいつなのかは諸説ありますが、一つの有力な説として2045年というのがあります。

    天才物理学者がよってたかって量子力学を作り上げました。それと同じようなことが〜AI自身も参加して〜人工知能の研究の世界でも行われているのだと思います。
引用返信/返信 削除キー/

<前の12件 | 次の12件>

トピック内ページ移動 / << 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 >>

[このトピックに返信]
Mode/  Pass/

TOP HELP 新着記事 ツリー表示 トピック表示 ファイル一覧 検索 過去ログ

- Child Tree -