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■20424 / inTopicNo.85)  Re[10]: 大外れしてるかもの日記
  
□投稿者/ pipit -(2022/01/15(Sat) 08:33:43)
    純粋悟性概念のことは、とてもややこしいことになるので、とりあえず横に置いて、
    単純なイメージでの、一般の論理コードを表現してみると、

    イチゴは野菜です。という判断がある時、

    イチゴ[→→→→→]野菜
     
    イチゴという表象が、野菜という表象を産むきっかけになって、その際の[コード](産出工程表、指示書、レシピ、等)は、[単称肯定判断]とか?
    あるいは、[包摂]とか?
    (論理のこときちんと知らないので変なこと言ってたらすみません)

    そんなイメージがpipitに形成されつつあります。
    もちろん変更していくのだろうけど、
    とてもおもしろいなぁと思います。
引用返信/返信 削除キー/
■20423 / inTopicNo.86)  大外れしてるかもの日記
□投稿者/ pipit -(2022/01/15(Sat) 08:17:06)
    みなさまおはようございます(^_^)
    全く勘違い読解してるかもだけど今朝思ってたこたを書きます。


    表象A → 表象B
    という形の産出があるとき、『→』部分を、pipitは
    No20420 では、[工程履歴書]と表現したのですが、
    ============
    No20420
    >ある表象がきっかけ(構成素)となってある表象が産出される。
    この産出の工程履歴書みたいなのがコードとしたら、
    そのコードが、純粋悟性概念、って考えるのはどうかなぁ<
    ============
    それは、表象Bから見た表現であって、
    表象Aが現出してる時は、[工程表の創出]、や、→時は、[工程表実行中]とかの表現になるかなぁとか思ってました。


    山下先生の発想はとてもおもしろく思います、が、
    pipitにはむずかしくてややこしいので、大誤解してたらすみません。

    が、少し前に人間にとっての論理のこととかを考えてたこともあって、
    産出コードが純粋悟性概念という構図は、めちゃめちゃおもしろく感じます。

    むずかしくて何回も、もう山下先生の本から一旦離れようかなぁと思うのですが、
    昨日がんばって読もうとしてよかったなー、と、今思いました。

    (o^^o)♪
引用返信/返信 削除キー/
■20421 / inTopicNo.87)  Re[8]: カント先生に頼るの巻
□投稿者/ pipit -(2022/01/14(Fri) 23:27:26)
    カント『純粋理性批判2』中山元先生訳、p51より引用

    『だから判断とは、対象についての間接的な認識であり、対象の像についての像[すなわち観念]なのである。』
引用返信/返信 削除キー/
■20420 / inTopicNo.88)  Re[7]: カント先生に頼るの巻
□投稿者/ pipit -(2022/01/14(Fri) 23:01:06)
    カントの悟性側から山下先生の記述を見れるかなぁ

    山下先生
    『とするなら、概念とは形式あるいは規則であると言える』p29
    『結局、「概念の自発性」である悟性とは、規則を能動的に産出し、直観に適用する能力ということになる。』p29
    『とするならば、概念とは表象間に連関をもたらす自発的機能の規則であると言えよう。』p30

    今、個人的に、表象と表象の関係を論理って言えるかもと思ってるんだよね。

    連関をもたらす規則、も、同じようなイメージって捉えてもいい??

    ある表象がきっかけ(構成素)となってある表象が産出される。
    この産出の工程履歴書みたいなのがコードとしたら、
    そのコードが、純粋悟性概念、って考えるのはどうかなぁ
引用返信/返信 削除キー/
■20414 / inTopicNo.89)  カント先生に頼るの巻
□投稿者/ pipit -(2022/01/14(Fri) 16:36:19)
    山下先生の言ってることが全然わからないので(コードのことなどの箇所読んでます。『カントとオートポイエーシス』p26など)、カント先生に頼ろう。(!)

    山下先生の文章
    『見たように、カントは感性を対象の触発による直観の受容性としているわけであるが、これを本当に受容と見てよいのであろうか?
    直観は心性の規定であり、私の内的状態であって、直観の受容とはその変化に他ならない。
    外官を感覚器官と捉えるなら、これは生命システムの構成素の攪乱による意識システムの表象産出に相当するのではないだろうか?』
    p28

    うん、ここはなんとなくイメージできる。

    『とするならカントの言う悟性とは、意識システムにおけるコードに応じた表象産出とコード創発およびコード連鎖の能力と考えることができる。
    (略)
    ただし注意しておかなければならないが、意識システムのレベルのコードは本来コード表象化されていない。
    つまり認知科学で言う、言語化以前の「名無しの概念」である。
    カントは本を書いている関係上、概念に言語で名称をつけねばならないのであるが。
    (略)
    それでも、このコード表象なきコードのみによる思惟は、脳をもつ脊椎動物になら可能と思われる。
    認知科学では「非言語化思考」と呼ばれるこの思惟は、(略)』p30.31

    、、、うーん、これは、あの『論理』部分を読み直すべきか。。。

    あ、p32に、

    『この意識システムと認識システムの区別は、現代の認知科学では「二重過程理論(略)」に対応するであろう。』とあった。

    ふーむ、カント先生ー (*_*)


引用返信/返信 削除キー/
■20413 / inTopicNo.90)  意識と認識
□投稿者/ pipit -(2022/01/14(Fri) 15:57:43)
    No20411
    > 意識システムにあらわれる(産出される構成素)は、バラバラのレゴブロック。
    認識システムにあらわれる(産出される構成素)は、レゴで組み立てられた【対象】で、どう??
    (おおまかな方向性の勘なので、大外れしてたらすみません。勉強しながら修正していくつもりしてます。)<

    うーん、わからん。
    山下先生の本をパラっとだけ読んだけど、
    もしかしたら
    レゴブロックで組み立てられた【対象】の産出も、意識システムに入る感じかも。

    脳の攪乱をコードとして表象を産出する活動体が意識システムとしたら、
    意識システムの構成素は表象で、構造は意識。

    感性も悟性も意識レベルで働いてるってこと??

    じゃあ認識システムは?
    認識システムの構成素も表象とならないの?

    表象を産出するシステムという括りにすると、意識システムも認識システムも同一タイプだけど、
    階層が違う単一体になってて、
    認識システムとは、理性、、、原理の表象を生産する単一体システムということかなぁ。

    悟性はunderstand を生み出すサイクルシステム。
    理性はreason を生み出すサイクルシステム。

    山下先生の本、pipitにはややこしい。。。

引用返信/返信 削除キー/
■20411 / inTopicNo.91)  Re[5]: 意識システム
□投稿者/ pipit -(2022/01/14(Fri) 12:28:27)
    No20374の続きです。

    ==========

    意識システムの次は、認識システムなんだけど、意識と認識で、どう違ってくるのかなあ。
    &
    山下先生の使う『認識』という言葉は、カントの『純粋理性批判』での『認識』の定義とリンクした言葉使いになってるのかなー
    どうかなー

    だけどその前に、まだもう少し、意識システムのお勉強!

    =============

    山下先生的には、意識システムについては、

    『その際、生命システムの一階言及システムである意識システムは表象における現れを自他に区分する。
    生命システムの構造である身体の現れは自分自身として、その外部の現れは自分以外の現れとして区別されてしまうのである。
    実際には、生命システムと意識システムは構造的カップリングでつながっているだけの別のシステムなのであるが。
    ちなみに意識システムの構造である意識は、自己言及可能な中枢的構成素をもつ動物ならもってるであろうレベルの意識であり、人間では胎児や乳幼児の、あるいはてんかんの欠神発作中の意識に相当するだろう。
    つまり、自他を区別して実現しているが、その区別自体は表象していない。
    言い換えれば、自覚を欠いた意識である。』
    『カントとオートポイエーシス』山下和也先生、p22より引用。

    ふむふむ、意識システムとは
    【つまり、自他を区別して実現しているが、その区別自体は表象していない。
    言い換えれば、自覚を欠いた意識である。】

    ※※※※※※※※
    いまいち意識と認識の区別などを含め、まだはっきりと分からない。
    ちょっと先読みしてしまいましょうか、これ(意識システム)に比して、山下先生は「認識システム」をどう定義されてるのかを。

    一部分だけ引用します。認識システムについての詳細はまた後で見ていくつもりしてます。

    認識システムとは、
    『このシステムは意識システムの一階言及システムであるから、意識システムの構造である意識を自分の構成素である認識表象において現すこととなり、しかもこの現れを自分自身と見なしてしまうことになる。
    (略)
    つまり、このシステムは自己が他と区別される自己であるという自覚をもつことができる。
    おそらく、日常的に言う「意識がある」というのはこの状態を指す。』
    p25より引用。
    ※※※※※※※※※※

    あー、ちょっと検索でページ☆とか見て思ったんだけど、

    後で意見変えるかもだけど、レゴブロック!
    (マジモンさん、きっかけワードありがとうー)

    意識システムにあらわれる(産出される構成素)は、バラバラのレゴブロック。

    認識システムにあらわれる(産出される構成素)は、レゴで組み立てられた【対象】で、どう??

    (おおまかな方向性の勘なので、大外れしてたらすみません。勉強しながら修正していくつもりしてます。)

    ※※※※※※※※※※

    ☆検索したページ。
    『山下和也 意識システム』検索で出てきたページ

    『ノラ学者のメモ帳』
    の意識システムについての記述
    https://noraschmemo.blog.fc2.com/blog-entry-458.html
    認識システムについての記述
    https://noraschmemo.blog.fc2.com/blog-entry-462.html


    は、『趣味で学問』のむつきさっちさんの
    『このホームページは私のブログ「ノラ学者のメモ帳」をもとに作成してます。 情報はそちらの方が先なので、よろしければブログの方もどうぞ。』
    のブログでしたーΣ(・□・;)

    ↓ちなみに『趣味で学問』の【認識システム】説明のページ

    https://nora-scholar.net/autopoiesis/systems/recognition/

    ==========

    ちょっとまだよくわからないけど、
    山下先生が、
    カントの概念と対応してるところまで読んだらわかるかなー

引用返信/返信 削除キー/
■20387 / inTopicNo.92)  Re[5]: auto+coprophagy?(゚Д゚;)
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/01/13(Thu) 19:38:19)
    お邪魔しま〜す。

    ■20380、
    うましかさんって、
    自分の糞、香しい一品、それ食べつづけて大きくなったのね。
    わたし、な〜んか納得。


引用返信/返信 削除キー/
■20382 / inTopicNo.93)  Re[4]: auto+coprophagy?(゚Д゚;)
□投稿者/ pipit -(2022/01/13(Thu) 16:36:36)
    うましかさん、こんにちはー(^O^)

    No20380
    うましかさんは物知りだなぁ
    coprophagyを検索しましたよ。

    河本先生の解説、すごいですよねー。
    オートポイエーシス論の正確な構図なのか否か私にはわかりませんが、説明的にはわかりやすいですよね。

    あと、河本先生のYouTubeで印象残ってるセリフは、
    『本は捨てるために読む』だったかなぁ
    ウィトゲンシュタインさんや現象学などがお好き?な印象あります。

    河本先生の本は未読ですが、動的な感じなのかなぁ。
    個性的な先生ですね(^ ^)


引用返信/返信 削除キー/
■20380 / inTopicNo.94)  auto+coprophagy?(゚Д゚;)
□投稿者/ うましか -(2022/01/12(Wed) 23:38:18)
    pipitさん、こんばんはー

    No.20368 (pipitさん)

    >つまり正確に言うとオートポイエーシスとは、オートポイエーシスなんてかっこいい名前でなくて、クソの自己活用体ですね。クソの自己活用体が、ところがこの時クソの意味が変わっちゃう、ここが問題なんだ。で、この辺がこうポイントなんですよ。

    こ、これはすごい解説ですねー(゚Д゚;)

    >クソの自己活用体が、ところがこの時クソの意味が変わっちゃう、ここが問題

    沼。。。(;゚Д゚)(゚Д゚; )



    とにかく、メモっておきたい、香しい一品です!


    自分の糞をたべ出た糞をたべ出た糞を食べ出た糞を食べ…


    名づけて、auto+coprophagy?(゚Д゚;) 
引用返信/返信 削除キー/
■20377 / inTopicNo.95)  山下先生と河本先生
□投稿者/ pipit -(2022/01/12(Wed) 22:27:14)
    No20375
    >山下先生的には、実際に作動してる働きに、オートポイエーシス・システムを見る、って感じなのかなと思いました。<

    ちなみに、河本先生は、私が見たYouTubeでは、上記のような行為にはちょっと文句ありそうな感じかもでした。
    私の勝手な感想ですが、
    河本先生は、オートポイエーシス論をもっと実践的な使い方に活かしたいような印象を受けました。

    でもおそらく、山下先生は山下先生の言い分があると思われます。

    それぞれの思いがきっとありますよね。
引用返信/返信 削除キー/
■20375 / inTopicNo.96)  今日振り返ってみた日記
□投稿者/ pipit -(2022/01/12(Wed) 22:18:37)
    No20361
    > 『ここで、意識に現れる一切のものを「表象」と呼ぼう。そして、表象において現れているすべての像、知覚像や記憶像、思考像、空想像などをまとめて「現れ」と呼んでおく。
    > 見えている光景や音、思い出している情景、思考の内容、空想された描像、そのすべてが現れである。
    > 認知科学ではイメージと呼ばれる。』
    > p18.19

    ↑が、山下先生の【表象】の定義で、

    【表象】が構成素であり、表象から成るその構造を《意識》とするシステムを、
    『意識システム』としてる。

    オートポイエーシスは個体として働いてるけど、
    閉鎖した時に個体が成り立つ、という考え方だと思う。

    作動することではじめて個体が成り立つかんじかな?

    思い出す山下先生の記述は、
    No20240
    『(略)オートポイエーシス、自己創出という事態は操作的閉鎖によるシステムの実現を指すのであって、システムによる構成素や構造の産出を言うのではない。
    なぜ自己創出かと言うと、このシステムは実現に際し、自身以外の何者によって作られるのでもないからである。
    操作的閉鎖は結局、産出プロセス・ネットワークの連鎖の仕方だけによって成立する。
    もちろん、そこにはさまざまな要因が影響しているが、そのうちのどれが操作的閉鎖を起こしたかを特定することはできない。
    システムの実現を説明できるのは、操作的閉鎖が起きたという事実だけなのである。
    そして操作的閉鎖は、それによってシステムとなるネットワークの連鎖の形状のみによって決まる。
    操作的閉鎖に先立ってシステムは存在していないが、逆に言えば操作的閉鎖とシステムの実現は同時なので、操作的閉鎖によってシステムが実現すると言っても、システムが操作的に閉鎖して自身を実現すると言っても同じことである。
    (略)』
    『カントとオートポイエーシス』山下和也先生著、p7より引用

    あ!思い出した。
    もう少し簡潔な言葉があったような、、、で、
    No20236
    『オートポイエーシス・システムは理論モデルではない。』p6
    だ。

    山下先生的には、実際に作動してる働きに、オートポイエーシス・システムを見る、って感じなのかなと思いました。

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