(現在 過去ログ2 を表示中)

TOP HELP 新着記事 トピック表示 ファイル一覧 検索 過去ログ

[ 最新記事及び返信フォームをトピックトップへ ]

■12618 / inTopicNo.73)  筏の喩え
  
□投稿者/ toll -(2021/05/13(Thu) 22:32:20)

    パニーチェ様 レスありがとうございます

    パニーチェ様は仏教全般に明るいのでしょうね


    前回
    「筏の喩」についても調べていて載せようかと思ってたのですが
    長くなるので止めましたがこういう事だったのですね


    ーー引用始めーー

    釈迦の説いた筏の喩とは、総ての教えは筏であり、悟りを開く手段であるという事であった。
    この筏とはバラモン教でもよいし、キリスト教でもイスラム教でもよい。もしかしたらオウム真理教でもよいし、エホバの証人でもよい、当然日本の神道でもよい、儒教でもよい。
    これらは総て筏であり悟りを開く手段であると説いたのである。

    (中略)

    人間が五感から感じる悟りは総て無であり、五感から悟る真実は、総て固定的なものであり、それに執着したときにもはや真実ではないと説いたのである。
    この考えでは釈迦の説いた無分別智でさえも、人間がその考えに執着したときにもはや無分別智では無くなるのである。
    例えば仏教で禁じられている殺生や性生活でさえ、釈迦はそのような事を言った事は無く、例え言ったとしても、それはガンジス川を渡るための筏に過ぎない。釈迦はこのような教条主義を最も嫌ったのである。

    (中略)


    このように、釈迦はこの筏の喩えで我々が真理であると思った時、それはもはや真理ではないと言ったのである。
    なぜなら真理とは永遠のものではないからである。永遠の真実であると思った瞬間、その真実は虚偽となるのである。
    ーー引用終わりーー

    ttp://www1.clovernet.ne.jp/ponnpe/syaka42.html




    昔『正法眼蔵』を読み始めた事がありますが
    直ぐに挫折しました^^
    道元禅師が中国に渡って「椎茸和尚」と出会った時の
    エピソードが好きです
    そのせいか『典座教訓』は読むのが楽しいですね
    勿論 どなたかの解説で読みますが^^


    少し引用しますーー


    【食事をつくることも修行である】

    「若き日の道元は、「人間にはもともと仏性がそなわっているのに、わたしたちはなぜ修行をするのか」という問いを胸に抱き、仏法を学ぶために宋へ渡りました。宋の禅宗寺院において彼が体験し感激したことは、禅仏教というものが「生活禅」だということの発見です。僧堂で坐ることだけでなく、日常生活のすべてが修行だということへの気づきです。これについての道元の体験の一つが、『典座教訓(きょうくん)』に記されています。」
     
    ■『NHK100分de名著 道元 正法眼蔵』より
    https://textview.jp/post/culture/26998
引用返信/返信 削除キー/
■12643 / inTopicNo.74)  Re[24]: 筏の喩え
□投稿者/ パニチェ -(2021/05/14(Fri) 21:39:01)
    2021/05/15(Sat) 05:41:05 編集(投稿者)

    こんばんは、tollさん。レスありがとうございます。
    “パニーチェ様”ってのは、背中がこそばいので“パニさん”か、呼び捨ての“パニ”でお願いします。

    No12618に返信(tollさんの記事)
    > パニーチェ様は仏教全般に明るいのでしょうね

    仏教も広く浅くで、明るいなんて言えるレベルではありません。^^;

    > 前回
    > 「筏の喩」についても調べていて載せようかと思ってたのですが
    > 長くなるので止めましたがこういう事だったのですね

    > ーー引用始めーー

    > 釈迦の説いた筏の喩とは、総ての教えは筏であり、悟りを開く手段であるという事であった。
    > この筏とはバラモン教でもよいし、キリスト教でもイスラム教でもよい。もしかしたらオウム真理教でもよいし、エホバの証人でもよい、当然日本の神道でもよい、儒教でもよい。
    > これらは総て筏であり悟りを開く手段であると説いたのである。

    > (中略)

    > 人間が五感から感じる悟りは総て無であり、五感から悟る真実は、総て固定的なものであり、それに執着したときにもはや真実ではないと説いたのである。
    > この考えでは釈迦の説いた無分別智でさえも、人間がその考えに執着したときにもはや無分別智では無くなるのである。
    > 例えば仏教で禁じられている殺生や性生活でさえ、釈迦はそのような事を言った事は無く、例え言ったとしても、それはガンジス川を渡るための筏に過ぎない。釈迦はこのような教条主義を最も嫌ったのである。

    > (中略)

    > このように、釈迦はこの筏の喩えで我々が真理であると思った時、それはもはや真理ではないと言ったのである。
    > なぜなら真理とは永遠のものではないからである。永遠の真実であると思った瞬間、その真実は虚偽となるのである。
    > ーー引用終わりーー

    > ttp://www1.clovernet.ne.jp/ponnpe/syaka42.html

    引用ありがとうございました。少し気になるのは最後の結論っぽいところです。
    何かに固執(執着)するということは固執する主体、つまり我を立てることになり、そうすると悟りから遠ざかってしまうので法門にさえ固執してはいけないってことだと思います。

    私は覚者ではないので、これは書籍やそれなりの人からの受け売りですが悟った後の修行の方が大変らしく、悟ったことすら捨てることが難しい、さらに体得した実相と日常があまりにかけ離れているので、せっかく悟って身綺麗になっても日常で汚れてしまい、その落差というか葛藤が大変みたいです。

    あと如来蔵思想(大乗起信論)や金剛般若経では真如や実相は般若心経の六不(不生不滅、不垢不浄、不増不減)の如く永遠不滅の全体運動(全体性)らしく少し引用の結論とは趣が異なります。

    > 昔『正法眼蔵』を読み始めた事がありますが
    > 直ぐに挫折しました^^
    > 道元禅師が中国に渡って「椎茸和尚」と出会った時の
    > エピソードが好きです
    > そのせいか『典座教訓』は読むのが楽しいですね
    > 勿論 どなたかの解説で読みますが^^
    > 少し引用しますーー
    > 【食事をつくることも修行である】

    > 「若き日の道元は、「人間にはもともと仏性がそなわっているのに、わたしたちはなぜ修行をするのか」という問いを胸に抱き、仏法を学ぶために宋へ渡りました。宋の禅宗寺院において彼が体験し感激したことは、禅仏教というものが「生活禅」だということの発見です。僧堂で坐ることだけでなく、日常生活のすべてが修行だということへの気づきです。これについての道元の体験の一つが、『典座教訓(きょうくん)』に記されています。」
    >  
    > ■『NHK100分de名著 道元 正法眼蔵』より
    > https://textview.jp/post/culture/26998

    見性体験(“底が抜ける”とか“目が開く”と言うそうです)というのは禅定には限らない。
    例えば日常的な作務の最中に底が抜けることもあるそうで、私たちも順序通りの単純作業や何かに集中している時には忘我になります。
    これが三昧に近いらしく“スコン!”と底が抜けることがあるそうです。
    あと正法眼蔵は90巻以上あり、膨大過ぎてなかなか全巻読破は難しいです。
    禅文化学院の『現代訳 正法眼蔵』は十数巻を抜粋したコンパクトで読みやすい書籍でした。

引用返信/返信 削除キー/
■12651 / inTopicNo.75)  覚醒
□投稿者/ 田秋 -(2021/05/15(Sat) 06:37:01)
    おはようございます、パニチェさん

    2B弾というのが昔あったのですがご存じですか?長さ5センチ位、鉛筆くらいの太さの爆竹のようなものです。おもちゃ屋で売っていました。

    子どもと言うものは結構残酷で、その辺にいるががんぼを捕まえて足を全部取っちゃうとかミミズを半分にちぎってどちらが生きるんだろうとか、コガネムシの柔らかい羽根を取って(これがないと飛べません)コガネムシが硬い羽根で飛ぼうとしているのを見て楽しむとか、そういうことを平気で(無邪気に)やっていました。

    正確な時期は忘れましたが小学校の3〜4年生の頃、カエルの口に2B弾を突っ込み火をつけたことがあります。結果、頭が吹っ飛んでいました。

    この瞬間のことは今でも覚えています。
    「こういうことをやってはいけないのだ」
    以後無益な殺生を禁止し、今に至るまでずっと守っています。

    禅宗の本などに「たちまち大悟する」という言葉が出てきます。今思うとあの時命の大切さを「たちまち大悟」したのかな〜って思ったりします。

    違うかな^^

    懺悔
    畑でムカデが出てくると反射的に殺してしまいます。あと、ナメクジみつけると塩かけちゃいます。

    全然大悟してませんね。大体無益な殺生たって、殺生される側からみたら酷い自分本位に見えるでしょうね。

    m(_ _)m

引用返信/返信 削除キー/
■12653 / inTopicNo.76)  Re[26]: 覚醒
□投稿者/ パニチェ -(2021/05/15(Sat) 08:02:28)
    2021/05/15(Sat) 10:24:28 編集(投稿者)

    おはようございます、田秋さん。レスありがとうございます。

    No12651に返信(田秋さんの記事)
    > おはようございます、パニチェさん

    > 2B弾というのが昔あったのですがご存じですか?長さ5センチ位、鉛筆くらいの太さの爆竹のようなものです。おもちゃ屋で売っていました。

    知ってます。^^

    > 子どもと言うものは結構残酷で、その辺にいるががんぼを捕まえて足を全部取っちゃうとかミミズを半分にちぎってどちらが生きるんだろうとか、コガネムシの柔らかい羽根を取って(これがないと飛べません)コガネムシが硬い羽根で飛ぼうとしているのを見て楽しむとか、そういうことを平気で(無邪気に)やっていました。
    >
    > 正確な時期は忘れましたが小学校の3〜4年生の頃、カエルの口に2B弾を突っ込み火をつけたことがあります。結果、頭が吹っ飛んでいました。
    >
    > この瞬間のことは今でも覚えています。
    > 「こういうことをやってはいけないのだ」
    > 以後無益な殺生を禁止し、今に至るまでずっと守っています。

    > 禅宗の本などに「たちまち大悟する」という言葉が出てきます。今思うとあの時命の大切さを「たちまち大悟」したのかな〜って思ったりします。

    > 違うかな^^

    あはははは。
    漸悟(ゆっくり悟りに至る)対する頓悟(すばやく悟りに至る)ですね。^^

    > 懺悔
    > 畑でムカデが出てくると反射的に殺してしまいます。あと、ナメクジみつけると塩かけちゃいます。

    > 全然大悟してませんね。大体無益な殺生たって、殺生される側からみたら酷い自分本位に見えるでしょうね。

    > m(_ _)m

    今でも蚊は殺しまくっています。
    蚊の命とそこいらいにいるペットのワンコの命は同等だとは思いますが。。。(笑)
引用返信/返信 削除キー/
■12686 / inTopicNo.77)  Re[19]: 大規模検査の必要性
□投稿者/ rest -(2021/05/15(Sat) 21:23:20)
    2021/05/15(Sat) 21:26:18 編集(投稿者)
    No12514に返信(restさんの記事)
    > ■No12357に返信(restさんの記事)
    >>■No12315に返信(restさんの記事)
    > >>■No12253に返信(restさんの記事)
    >>>>2021/04/29(Thu) 11:08:38 編集(投稿者)
    >>>>
    >>>> 今年2月に政府専門家会議に提出された報告書には、PCR検査を行う国内施設を調査した結果、陽性検体を陽性と判定する確率は99.4%〜99.8%だったと報告されている。つまり偽陽性は著しく少ない、ということがわかる。
    >>>> さらに日本医師会の有識者会議特別チームでは、感染していない人を陰性と判定する確率は99%以上とされている。つまり偽陰性も著しく少ない、ということを示している。
    >>>> これらのことから偽陽性、偽陰性を理由にPCR検査の大規模検査に反対する根拠はないことがわかる。大規模PCR検査を通して、できれば全数検査を通して陽性患者を早めに発見し、保護隔離することによって市中感染を防ぐことができる。
    >>>> ある少数政党の政策だからといって偏見でみるのではなく、国民の命を守るという視点から大胆に採用してもらいたいものだ。この手法は共有財産だと思う。
    >>>> 国民の自粛疲れに応えるものとして大規模検査を期待したい。
    > >>
    > >>自己レス。大規模なワクチン接種で感染を防ぐことができる、と勘違いしているようだ。イスラエルで感染が激減したのはワクチン接種によるのではなく、ロックダウン(都市封鎖)の影響によるものといわれている。ワクチンは発症予防効果は約95%と報告されているが感染予防効果は明確ではない。ワクチン接種しても感染はするが重症化はしない。だから感染を防ぐということではない。ワクチン接種後もマスク着用が必要ということのようだ。
    > >> それに対して大規模なPCR検査をすれば早めに症状のない陽性患者を保護隔離し、市中感染を防ぐことができる。感染予防効果はワクチン接種よりも大きい、といえる
    >>
    >> 自己レス。人流抑制いわば自粛との比較でいうと、いくら自粛といっても感染源を断つということはできない。感染源を温存したまま自粛解除するのですぐまた感染がひろがっていく。このくりかえしだ。第4波が来ているのもその証拠だ。
    >> それに対して大規模なPCR検査は感染源を断つことができる唯一の方法だ。
    >> 今日は憲法記念日、コロナ下で私的権利の制限としての公共の福祉と営業の自由、あるいは個人の自由のバランスをどうとるかで問題になっている。自粛ではどうしてもそうなるが、大規模なPCR検査では私的権利の制限は不必要になる。だから憲法上の矛盾は生じない。
    >
    >  自己レス。PCR検査を受けた。その結果陰性と判明した。唾液の採取による方法なのでいたって簡単だ。そこで考えた。中国で感染状況が収まったのはワクチンのせいなのか、それとも大規模なPCR検査によるものなのか。明らかに後者だろう。無論ワクチン(米国製)の接種は必要だと思う。症状の予防効果はある。しかし感染の予防効果は明確ではない。実際某県では病院関係者がワクチン接種したものの数名感染していたというニュースがあった。

    自己レス。N501Y変異株についてPCR検査に大部分は陽性反応で出るようです。

     https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2551-lab-2/10354-covid19-45.html

     207128例のうち、N501YはPCR検査で陽性が12,886例あり、また4,889例が陰性として報告された。偽陰性のリスクがあるということになる。
     偽陽性や偽陰性のリスクと、偽陽性や偽陰性のリスクを考えて何もやらないで感染拡大を放置するリスクと比較してどちらがリスクが大きいかを考えてみる。何もやらないで感染拡大を放置するリスクのほうが大きい。危機管理は最悪の状態に備えるというのが基本だ。すると大規模PCR検査の必要性が一定程度認識できるのではないか。
引用返信/返信 削除キー/
■12802 / inTopicNo.78)  私的格言
□投稿者/ 田秋 -(2021/05/18(Tue) 06:04:45)
    他人に欠点・欠陥を見出した時、往々にしてそれが自分の欠点・欠陥の場合がある。何故それを嫌悪するのかというと、自分がそうであるとは認めたくないからだ。
引用返信/返信 削除キー/
■12934 / inTopicNo.79)  阿含経
□投稿者/ おくたがわ -(2021/05/21(Fri) 09:48:22)
    最近yutubeの動画で阿含経について見ています。初期仏教とのことですが、素朴に(?)良いことが言われているよう。

    昨日他トピで起きていたことについて、たまたまタイムリーと(私には)思える動画を見たので
    『佐々木閑の仏教講義 3「阿含経の教え 1−4」』
    https://www.youtube.com/watch?v=zJa-RB4LSoY&t=1s
    『〜 心に生じる粗雑な思考を 
    内側にひっこめ、なにものにも依存せず
    他者を悩ますことなく、煩悩を断ち切り
    誰に対しても誹ることがない』

    私は、あの流れを見て何人かの人に対して腹を立てましたが、その私の判断や理由も粗雑な思考であり得るのでしょう。

    また、後半の『「呼び名」の上で生きることへの警鐘』の部分、
    言葉による規定、特にそれを他者への批判に用いることについてもタイムリーに考えさせられました。

    もちろん、前述の「粗雑な思考」とか「煩悩」も他者を非難するために用いるなら危ないことこの上ないものになるでしょう。
    腹を立てて文句を言いたくなっていた自分の中ではそれが起きてしまっているわけです。この投稿をしている動機にもそれは残っているのでしょう。



引用返信/返信 削除キー/
■12937 / inTopicNo.80)  Re[22]: 阿含経
□投稿者/ パニチェ -(2021/05/21(Fri) 11:05:03)
    おはようございます、おくたがわさん。

    No12934に返信(おくたがわさんの記事)

    > 『佐々木閑の仏教講義 3「阿含経の教え 1−4」』
    > https://www.youtube.com/watch?v=zJa-RB4LSoY&t=1s
    > 『〜 心に生じる粗雑な思考を 
    > 内側にひっこめ、なにものにも依存せず
    > 他者を悩ますことなく、煩悩を断ち切り
    > 誰に対しても誹ることがない』

    とてもためになる動画ですね。紹介ありがとうございました。
    私は動画の違うところに興味がわいたというか、今、私が探究しているところとかぶるところがあったので自分の考えをまとめる意味もあり、自己レスっぽい投稿をしてみます。

    佐々木閑氏が述べている仏教とバラモン教(ジャイナ教は詳しくないので省きます)の違い、つまり自己の内にアートマンなるものを認めるか否かでバラモン教と仏教は異なるという主張について、私は以前は同じように考えていたが、最近になってむしろ違いはないのでは?という考えに至っている。

    原始仏教では無我よりも非我が用いられたという中村元博士の主張を支持する。
    原始仏典では、日常的に用いられる「私」、つまり物質的な自己の肉体や呼び名(ラベリング)としての自己なるものは「アートマンならざるものである(非我)」という教説が主となっている。

    「アートマンなるものは存在しない」という無我説は後世のものであって、これはアートマンなるものが自己の実体、あるいは塊があるかのような誤解に基づくものであって、もともとは「物質的な自己の肉体や呼び名(ラベリング)としての自己なるものはアートマンならざるものであり(非我)、そんなものは無い(無我)。」という教説であろう。
    つまり無い、無自性なるものはアートマンではなく「物質的な自己の肉体や呼び名」であるということ。

    何故なら仏教(大乗仏教)でも一切衆生悉有仏性を認めており、大乗起信論(如来蔵思想)や金剛般若経においても仏性なる如来は般若心経の六不(不生、不滅、不垢、不浄、不増、不減)と説かれ、「生ずることがないという存在の本質の異名(17・c)」とされる。

    つまりアートマンの実体であるブラフマンが如来であり、梵我一如(アドヴァイタ)は仏教においても見性体験であるということ。ここに至って仏教とバラモン教の差異はない。

    探究途上であるのは〈私〉との整合性であるが、これは実体験的なところから言えば〈私〉が確たる存在の本質として上回っており、これがブラフマンなるものと不二となるか否かはまだ分からない、今のところは不二ではないというところにいる。


引用返信/返信 削除キー/
■13007 / inTopicNo.81)  別の選択肢
□投稿者/ rest -(2021/05/22(Sat) 10:01:19)
     戸塚ヨットスクール事件というのがあった。ひきこもり少年などを集めてスパルタ式に暴力を伴う猛特訓で矯正するという中で生徒が死亡したり、行方不明になったりした事件だ。いまではひきこもりを矯正する仕事人という業者による監禁、暴行事件も後をたたないようだ。全国で20万〜40万世帯、人数にして100万人いると推計されているひここもり。いまも人権上の問題を抱えている状態だ。別の選択肢だが県ひきこもり地域支援センターで相談するのも一つの選択肢ではないか。
引用返信/返信 削除キー/
■13093 / inTopicNo.82)  
□投稿者/ パニチェ -(2021/05/23(Sun) 21:47:58)
    2021/05/23(Sun) 21:53:22 編集(投稿者)

    以下、Panietzsche Room > ニーチェU > ツァラトゥストラの動物たち > 蛇より

    『ツァラトゥストラが、われとわが心にこう語り終えとき、折しも太陽は正午の空に佇んでいた。ふと彼は、探る目付きで天を見やった─頭上に鳥の鋭い叫びを聞いたのである。すると見よ!一羽の鷲が空に大きな輪を描き、鷲には一匹の蛇が懸かっていた。獲物とは見えず、あたかも盟友のようであった。というのも、蛇は鷲の首に輪をなして絡まっていたからである。「あれは、わたしの動物たちだ!」ツァラトゥストラはこう言って心の底から喜んだ。「太陽の下で最も誇り高い動物と、太陽の下で最も賢明な動物だ、─彼らが物見にやってきた。ツァラトゥストラがまだ生きているかどうかを、彼らは探ろうと欲している。まことに、わたしはまだ生きているのだろうか?人間たちの許にいることが、動物たちの許にいるよりずっと危険なことを私は知った。ツァラトゥストラは危険な道を歩むのだ。わたしの動物たちが、わたしを導いてくれますように。」こう言ってから、ツァラトゥストラは森の聖者の言葉を思い出した。吐息して、彼はおのれの心にこう語った。「わたしはもっと賢くありたい!わたしの蛇のごとく、どこまでも賢くありたい!だが、それは不可能な願いというものだ。ならばわたしは、わたしの誇りに、それがわたしの賢明さと、常に相共に歩んでくれることを願おう!いつかわたしの賢明さが、わたしを捨てることがあっても、─ああ、賢明さは飛び去ることが好きなのだ!─そのときわたしの誇りが、なおもわたしの愚味と共に、天翔けり行かんことを!」─こうしてツァラトゥストラの没落は始まった。(ツァラトゥストラの序説)』

    『脱皮する。─脱皮することのできない蛇は破滅する。その意見を変えることを妨げられた精神の持ち主たちも同様である。彼らは精神であることを止める。(曙光 第573番)』


    大地を這いまわり、超人が立脚する大地に根ざした二次元動物の蛇は鷲とともにツァラトゥストラの友である。
    脱皮し続ける蛇は自己超克の象徴でもある。

    大地の主であり、遥か昔に手足を退化させ現在の体形に至った。
    そういう意味では完全体と言ってもいいかもしれない。

    旧約聖書では、蛇はアダムとイブをそそのかした動物として悪者にされている。
    古代エジプト(BC1500〜1450)の「アラン(アモン)・ラー」への信仰では蛇は聖なる動物である。ツタンカーメンの黄金のマスクの頭部や玉座にも蛇があしらわれているのはこのためであり、ツァラトゥストラでは永劫回帰の象徴として再び蛇が鷲とともに聖なる動物として採用された。

    「正午の太陽」とは、彼岸や審判、背後世界に生の意味や価値を求める思想を「夜の哲学」と批判し、これに対抗して打ち立てた「永劫回帰」や「運命愛」を代表とする超人思想のことである。

    鷲は上昇気流に乗り円を描きながら、より高みへと上っていく。
    蛇は高みで旋回する鷲の首に螺旋状に巻き付く友である。
    鷲と蛇の高みへの循環こそ永劫回帰の象徴である。

    PS.日本にも白蛇信仰がある。ちなみにフクロウも人間のラベリングによって悪者にされたり縁起のよい動物になったりしてる。ほんま動物にとっては迷惑な話やね。

引用返信/返信 削除キー/
■13101 / inTopicNo.83)  社会哲学と尊属殺人
□投稿者/ rest -(2021/05/23(Sun) 22:45:45)
     ドイツの社会学者テンニースによると、社会の結合類型としてゲマインシャフト(共同社会)とゲゼルシャフト(利益社会)がある。
     私はこのことに関連して社会的結合のありかたとして個性的結合と類的結合というわけかたをしている。個性的結合はゲゼルシャフトを意味し、類的結合はゲマインシャフトを意味している。
     具体的にいうと個性的結合は同時に類的対立を生じさせ、たとえば市場経済の物々交換において異なる商品を扱う業者では懇意に交換がなされ、同じ商品を扱う業者では対立、競争が生じる。個性が違うと安心するが個性が同じだと緊張し対立が生じる。個性的結合は物々交換だから当然利益社会である。つまりゲゼルシャフトだ。
    また個性的結合は同時に類的対立も引き起こすので、血縁共同体と著しい緊張関係をもたらす。家族内対立であり、少年なら反抗期、うまくいけば自立心を養うがうまくいかないときは尊属殺人にいたるケースがある。本質は類的対立なのだ。
     類的結合は同時に個性的対立を生じさせ、共同体社会(ゲマインシャフト)における秩序維持機能を果たす。共同体社会におけるルールは諸個人の類的行為によって維持されるが個性的結合が強いと類的行為を嫌ってルールからはみだしていく。これがルール違反であり、犯罪であり、悪の本質であるといえる。
     共同体は個性に対して抑圧的であるのも類的結合が同時に個性的対立という原理の反映である。共同体は自己と異質なものには攻撃的に対立する。日本におけるいわゆる世間というのは諸個人に同調圧力が働くのも、共同体による異質なものへの対立が原理的に働くからだ。
     私が基準にしている社会の望ましい在り方は、フロイトから学んだ。超自我(共同体意識)とイド(個性的意識)の中間的な仲立ちをする自我(エゴ)の在り方だ。どちらも認めて共存する在り方だ。現実原則に基づく。個性的結合と類的結合は対立はするけれどもどちらも必要な存在でありバランスが大切だろうと思う。
引用返信/返信 削除キー/
■13132 / inTopicNo.84)  Re[23]: 阿含経
□投稿者/ おくたがわ -(2021/05/24(Mon) 16:09:36)
    No12937に返信(パニチェさんの記事)
    こんにちは。
    続きの動画で関連する内容があり、中村さんの考えへの言及がありました。
    『佐々木閑の仏教講義 3「阿含経の教え 1−7」』
    https://youtu.be/iLh-rVv_UBo?t=595

    どちらが正しいか言える素養が私にはまったくありませんし議論もできず申し訳ありませんが、あくまでご参考までに。
引用返信/返信 削除キー/

<前の12件 | 次の12件>

トピック内ページ移動 / << 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 >>

[このトピックに返信]
Mode/  Pass/

TOP HELP 新着記事 トピック表示 ファイル一覧 検索 過去ログ

- Child Tree -