| パニチェさん、こんにちは
返信読んだ時に思ったことなんですけど、
呼吸って、意識してもできるし、無意識でもしてるし、ですよね。
仏教のアビダンマの英訳をみたとき、心がコンシャスネスと訳されてて、 おもしろいな、って思ったんです。 訳者のお坊さまは、一般的に無意識下と呼ばれる領域で働く煩悩なども、 瞑想などにより自らに働くものとして知ることができる、と、 考えられてるのかな、と、思いまして。(勘違いしてたらすみません)
瞑想では呼吸を対象にしたりしますが、 もしかして、意識的呼吸と属する要素、と(通常モードでは)無意識的呼吸と属する要素、 両域の成り立ちが観察可能なのかな、と、思いました。
グラデーション、度、という考え方をしてもおもしろいな、って今、思いました。
今は意識度何パーセント 無意識度何パーセント
グラデーションという考え方を教えてくださって、ありがとうございます
お盆、おつかれさまです (^ ^)
> 意識と無意識、自我意識の濃淡などなど、私のイメージはグラデーション的なものです。 > どこかで線引できるようなものではなくて、白から黒、ある色から特定の色に徐々に移行していくようなイメージです。 > > 歩行もいちいち次は右足とか考えてないし、呼吸も意識と無意識の中間的なものです。 > 意識的活動と反射もグラデーション的なんだと思いますが、飛んできたボールを反射的によけた場合は思考活動とは言いにくいかもしれませんね。 > >>ありがとうございます > > どういたしまして。
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