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■12243 / inTopicNo.37)  Re[18]: キリスト教の外の救い
  
□投稿者/ knowing itself -(2021/04/28(Wed) 20:08:32)
    愛満開さん はじめまして。

    > 私は、プロテスタントのクリスチャンですが、大変興味深い書き込みでしたので
    > お邪魔させていただきます。

    キリスト教に教派は多数あれど、同じ歴史的な実在のイエスキリストと、同じ新約聖書、この二つに違いはないですね。

    >>プロテスタントとカトリックの違いが出ていると思う。
    >> 恵み、恩寵だけでなく、人間の側からの愛の応答による、神と人間の協働。
    >
    > 確かに、人間と神とが相互に働きあう愛があるというのは、まるで三位一体の神を
    > なぞるような感じでしょうか。

    そうだと思います。

    >>天国で最後に残るのは、信仰や希望ではなく、愛。愛そのものが天国。絶えず活動している愛=天国。地上ではその準備をしているのだと。
    >>
    >>考えてみればそうだね。天国=愛に入っちゃえば、これから何を信仰するの?何を希望するの?天国でも罪びとのまんま、惨めで憐れな罪びとが神を信仰します、神さま助けてください、天国への希望をもちます、というのではそこはまだ天国じゃないからね。
    >
    > 全くそう思います。
    > 人と人が愛し合う進行形であるのが恋愛だったり隣人愛だとしたら、
    > 神と人と愛し合う進行形が天国なのかなと思います。
    > 決して過去形なのではなく未来永劫の相互愛の進行形こそが天国であり、

    そういう表現もできると思います。

    > それは、この地上ですでに始まっていると言う事でしょうか。

    完成に向かって動いているということですね。
引用返信/返信 削除キー/
■12242 / inTopicNo.38)  Re[19]: キリスト教の外の救い 愛満開様へ
□投稿者/ 愛満開 -(2021/04/28(Wed) 19:59:53)
    tollさんこんばんは。はじめまして。

    > 先般まで こちらに投稿されていた方の投稿です
    > プロテスタントの学者さんが唱えたらしい「予定説」に
    > 取り組まれていた方の持論のようなんですが
    > どう思いますか?
    > ーーーーーーーーーーーーーーー
    >
    > ■No12083
    > □投稿者/ 勿忘草 -(2021/04/22(Thu) 17:11:15
    >
    >>もし、神が誰が救われるか選ばれているのなら、私たちがキリストを選んで信じる自由意志はどうなるのでしょうか?
    >
    > 聖書は私たちは自由意志で選択できると言っています。
    >
    > 私たちがしなくてはならないのは、ただイエスキリストを信じること、そうすれば救われると言っています。(ヨハネ3章16節;ローマ10章9−10節)
    >
    > 聖書は、一度も、神が、神を信じる者を拒むとか、誰でも神を求める者を退けるとか言ってはいません。(申命記4章29節)
    >
    > どうしてか、神の神秘さのうちで、予定説は、神に引き寄せられた人と共に働いて(ヨハネ6章44節)、その人が信じて救われるのです。(ローマ1章16節)
    >
    > 神は救われる人をあらかじめ決めておられ、救われるためには、私たちはキリストを選ばなければならないのです。
    >
    > この二つの事実は、同等に真理です。
    >
    > ローマ11章33節は、「ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。
    > そのさばきは、何と知り尽くしがたく、そのみちは、何と測り知りがたいことでしょう。」と宣言しています。
    >

    聖書が 予定説を 語っているなら 私は聖書に従いたいのですが、納得できない点があります。

    神様は 人類を救うためにあらかじめ計画をたてました。 その壮大な 計画は 一人一人の 役割によって 進められます 。
    全ての人が何かしらの役割を与えられていると思います。ですから神様はその役割に応じて、必要な能力 を与えてくれるのです。
    これは救われた人だけではありません。
    救われてない人も 含めて全ての人を通して、神は 計画を進めています。

    そして、神様の恵みを 自分の自由意思で 信じる人達を 救うということです。

    なので、救いの選びは神様の恩寵を自分の自由意思で 信じる人達のことです。

    「A さん、 B さん 、C さん は救うけれど、 Dさん Eさん は救わない」

    という二重予定説が 主張するような 選びではない のです。

    また、「一旦新生しても、最後まで主イエスに留まる信仰」の継続が必要です。
    予定説のように、「一旦救われたら、何がなんでも天国に行ける」というわけでもありません。
引用返信/返信 削除キー/
■12231 / inTopicNo.39)  Re[18]: キリスト教の外の救い 愛満開様へ
□投稿者/ toll -(2021/04/28(Wed) 06:10:57)
    No12225に返信(愛満開さんの記事)


    愛満開 様 初めまして

    https://youtu.be/EevRrWyBllY

    この動画を観ての投稿でしたか?
    英語が判るんですね!
    英語が判って内容(カトリックの司祭さんのようですが)も理解できる
    英語も判らない、三位一体も判らない私などは
    クリスチャンにはなれないですね^^



    プロテスタントの方という事なんですが
    コレ ↓
    先般まで こちらに投稿されていた方の投稿です
    プロテスタントの学者さんが唱えたらしい「予定説」に
    取り組まれていた方の持論のようなんですが
    どう思いますか?
    ワンセンテンス毎に区切っってみましたので
    出来たら それぞれについて解説いただけたらと思います
    宜しくお願いします


    ーーーーーーーーーーーーーーー

    No12083
    □投稿者/ 勿忘草 -(2021/04/22(Thu) 17:11:15

    > もし、神が誰が救われるか選ばれているのなら、私たちがキリストを選んで信じる自由意志はどうなるのでしょうか?

    聖書は私たちは自由意志で選択できると言っています。

    私たちがしなくてはならないのは、ただイエスキリストを信じること、そうすれば救われると言っています。(ヨハネ3章16節;ローマ10章9−10節)

    聖書は、一度も、神が、神を信じる者を拒むとか、誰でも神を求める者を退けるとか言ってはいません。(申命記4章29節)

    どうしてか、神の神秘さのうちで、予定説は、神に引き寄せられた人と共に働いて(ヨハネ6章44節)、その人が信じて救われるのです。(ローマ1章16節)

    神は救われる人をあらかじめ決めておられ、救われるためには、私たちはキリストを選ばなければならないのです。

    この二つの事実は、同等に真理です。

    ローマ11章33節は、「ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。
    そのさばきは、何と知り尽くしがたく、そのみちは、何と測り知りがたいことでしょう。」と宣言しています。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    > knowing itselfさんはじめまして。
    >
    > 私は、プロテスタントのクリスチャンですが、大変興味深い書き込みでしたので
    > お邪魔させていただきます。
    >
    >>プロテスタントとカトリックの違いが出ていると思う。
    >> 恵み、恩寵だけでなく、人間の側からの愛の応答による、神と人間の協働。
    >
    > 確かに、人間と神とが相互に働きあう愛があるというのは、まるで三位一体の神を
    > なぞるような感じでしょうか。
    >
    >>天国で最後に残るのは、信仰や希望ではなく、愛。愛そのものが天国。絶えず活動している愛=天国。地上ではその準備をしているのだと。
    >>
    >>考えてみればそうだね。天国=愛に入っちゃえば、これから何を信仰するの?何を希望するの?天国でも罪びとのまんま、惨めで憐れな罪びとが神を信仰します、神さま助けてください、天国への希望をもちます、というのではそこはまだ天国じゃないからね。
    >
    > 全くそう思います。
    > 人と人が愛し合う進行形であるのが恋愛だったり隣人愛だとしたら、
    > 神と人と愛し合う進行形が天国なのかなと思います。
    >
    > 決して過去形なのではなく未来永劫の相互愛の進行形こそが天国であり、
    > それは、この地上ですでに始まっていると言う事でしょうか。
引用返信/返信 削除キー/
■12228 / inTopicNo.40)  Re[18]: 三位一体
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2021/04/27(Tue) 20:56:14)
    悪魔ちゃんしちゃう。

    わたしの参考書からの書き写しで〜す。

    三位一体説
    《神の本性は唯一であるが、神のなかに父と子と聖霊という位格(知恵と意志とを備えた独立の主体)をもち、父なる神、子たるキリスト、聖霊は同格でるという説。アウグスティヌスにより確立された。》

    アウグスティヌス [Aurelius Augustinus, 354~430]
    《古代キリスト教会の最大の教父。青年時代、新プラトン派に傾倒、その後回心しカトリック神学の基礎を確立した。「人間は神の恵みによってのみ救われる」という恩寵(おんちょう)論を説き、神の絶対性、原罪、三位一体説、救済予定説など、以後の神学上の課題について言及している。主著『告白録』『神の国』》

    みたい。

    わたしプロテスタントとかカトリック教会っていうのよくわかんなけど、結局キリストさんが”教えようとしてること”(あるいは主張したいこと)についてよね?

    でね、クリスチャンちゃんに聞いて見たいことがあるのね。

    キリストさんって、マリアっていう女性から生まれたとわたし見てるんだけど、キリストさん、母マリアについて何か言ってる?
    ここんとこわたしが”知りたい”ところ。

    「いや、それちがうよ」っていうところあったら教えて。








引用返信/返信 削除キー/
■12225 / inTopicNo.41)  Re[17]: キリスト教の外の救い
□投稿者/ 愛満開 -(2021/04/27(Tue) 20:02:30)
    knowing itselfさんはじめまして。

    私は、プロテスタントのクリスチャンですが、大変興味深い書き込みでしたので
    お邪魔させていただきます。

    > プロテスタントとカトリックの違いが出ていると思う。
    > 恵み、恩寵だけでなく、人間の側からの愛の応答による、神と人間の協働。

    確かに、人間と神とが相互に働きあう愛があるというのは、まるで三位一体の神を
    なぞるような感じでしょうか。

    > 天国で最後に残るのは、信仰や希望ではなく、愛。愛そのものが天国。絶えず活動している愛=天国。地上ではその準備をしているのだと。
    >
    > 考えてみればそうだね。天国=愛に入っちゃえば、これから何を信仰するの?何を希望するの?天国でも罪びとのまんま、惨めで憐れな罪びとが神を信仰します、神さま助けてください、天国への希望をもちます、というのではそこはまだ天国じゃないからね。

    全くそう思います。
    人と人が愛し合う進行形であるのが恋愛だったり隣人愛だとしたら、
    神と人と愛し合う進行形が天国なのかなと思います。

    決して過去形なのではなく未来永劫の相互愛の進行形こそが天国であり、
    それは、この地上ですでに始まっていると言う事でしょうか。
引用返信/返信 削除キー/
■12223 / inTopicNo.42)  キリスト教の外の救い
□投稿者/ knowing itself -(2021/04/27(Tue) 19:10:06)
    https://youtu.be/EevRrWyBllY

    プロテスタントとカトリックの違いが出ていると思う。
    恵み、恩寵だけでなく、人間の側からの愛の応答による、神と人間の協働。

    天国で最後に残るのは、信仰や希望ではなく、愛。愛そのものが天国。絶えず活動している愛=天国。地上ではその準備をしているのだと。

    考えてみればそうだね。天国=愛に入っちゃえば、これから何を信仰するの?何を希望するの?天国でも罪びとのまんま、惨めで憐れな罪びとが神を信仰します、神さま助けてください、天国への希望をもちます、というのではそこはまだ天国じゃないからね。


引用返信/返信 削除キー/
■12183 / inTopicNo.43)  外に神を立てるのでなく神の中で交わる
□投稿者/ knowing itself -(2021/04/25(Sun) 19:31:10)
    三位一体の神をもちだすと、三位一体の神を外側に仰ぎみてひれ伏すとか、三位一体をドグマとして盲信するとか、三位一体の神の奴隷になるとか、誤解する人が必ずいます。

    はっきりいって違う。三位一体の神というのは、神の交わりの内部に人間が参加するのでなければ、神と人の関係はいつまでいっても不健全だという考え方です。
    そのために独り子が受肉した。




引用返信/返信 削除キー/
■12180 / inTopicNo.44)  Re[14]: 予定説そのものはおかしくない
□投稿者/ knowing itself -(2021/04/25(Sun) 19:13:55)
    tollさんへ

    >>公会議といえば、ニカイア、コンスタノポリス、エフェソス、カルケドンなどが有名ですが、そこでの決定が現在まで有効であるのと同じだと思います。三位一体、キリストの神性と人性などの教義はこれらの公会議で決定されています。三位一体やキリストの神性と人性が現在では無効だといったら、プロテスタントでも異端になるのではないでしょうか。
    >
    >
    > そういう事なんでしょうね
    > 組織に属さないなら異端云々にも捉われず
    > 自由に思想される分には宜しいかと思いますけれどね
    > ありがとうございました

    そういうことだと思います。個人の内面の信仰の自由は不可侵ですが、キリスト教の場合、キリストの弟子から連綿と継承されてきた教えの根幹を自由に改変することには限界があるということでしょう。ドライブの自由はあっても、交通法規はあると。そこはきっちり守る。

    この点、憲法や法律の解釈とカトリック神学は非常に似てますね。緻密な規範論理学、解釈学として完成されています。アメリカ合衆国でも、現在の最高裁判所の判事は、9人のうち6人がカトリックを信仰する判事です。相性がいいのかもしれません。


引用返信/返信 削除キー/
■12147 / inTopicNo.45)  Re[13]: 予定説そのものはおかしくない
□投稿者/ toll -(2021/04/25(Sun) 06:14:08)
    No12134に返信(knowing itselfさんの記事)
    > tollさん こんにちは はじめまして
    >
    >
    >>ところで、お聞きしたいのですが
    >>
    >>「カトリック教会では予定説は、トリエント公会議で異端として排斥された。
    >>
    >>ーーーー中略ーーーー
    >>
    >>でも、この「二重予定説」をはっきりと、「異端」と
    >>断定した教会がありました。
    >>「異端」とは、キリストの使徒たちに繋がる教えではない教説のことです。
    >>その教会が、カトリック教会だったのです。
    >>この忌まわしい教説に対して、はっきりと、教会全体で
    >>Noと言ったのが、カトリック教会だったというわけです。(Wiki より)」
    >
    >>今現在もこの通りなのでしょうか?
    >
    > 公会議の決定は、日本の法制度で言えば最高裁判所の判決のようなものなので、今現在まで、異端との断定は有効です。まったくこの通りです。


    了承いたしました


    > 公会議といえば、ニカイア、コンスタノポリス、エフェソス、カルケドンなどが有名ですが、そこでの決定が現在まで有効であるのと同じだと思います。三位一体、キリストの神性と人性などの教義はこれらの公会議で決定されています。三位一体やキリストの神性と人性が現在では無効だといったら、プロテスタントでも異端になるのではないでしょうか。


    そういう事なんでしょうね
    組織に属さないなら異端云々にも捉われず
    自由に思想される分には宜しいかと思いますけれどね
    ありがとうございました
引用返信/返信 削除キー/
■12137 / inTopicNo.46)  「宗教者ウィトゲンシュタイン」星川啓慈
□投稿者/ knowing itself -(2021/04/24(Sat) 16:58:45)
    同書によると、ウィトゲンシュタインは、「パウロの〈救いの予定説〉は、私の段階においては、非宗教性そのものであり、不愉快なナンセンスである。だから、パウロの教義は私向きではない」と語っている。

    しかし、晩年のウィトゲンシュタインは、パウロを批判したことを後悔しているとも同書には書かれています。

    一筋縄ではいかない感じです。

引用返信/返信 削除キー/
■12136 / inTopicNo.47)  Re[13]: トゥルーマンショーと二重予定説
□投稿者/ knowing itself -(2021/04/24(Sat) 14:59:13)
    アートポットさん レスありがとうございます

    > お久しぶりです、はじめましての方もどうぞ、よろしく

    > 僕の基本は、有神論と色即是空の両方

    私も同じで、この両方です。
引用返信/返信 削除キー/
■12135 / inTopicNo.48)  Re[15]: 二重予定説
□投稿者/ knowing itself -(2021/04/24(Sat) 14:55:59)
    勿忘草さん こんにちは。レスありがとうございます

    > この掲示板にきて二重予定説の書き込みをしてみて、こんなに皆さんから非難が
    > 来るとは、正直思ってもみませんでした。
    >
    > きっと誰かは、同意してくれる人がいるかもしれないと思っていましたが・・・。
    >
    > これが、事実であり、論理の現実なのだとしたら甘んじて受けようと思います。
    >
    > 最後に、knowing itselfさんをはじめ皆様の更なる御多幸を祈念しています。
    >
    > もう、今後は、こちらに来ることはないと思います。
    >
    > 大変、失礼しました。

    失礼の意味がわかりません。

    「二重予定説」については、個人的に考えを変えるつもりはありませんが、勿忘草さんが自説を探求するために投稿されてもまったく問題はないと思いますよ。また、「二重予定説」以外にもテーマはいくらでもあるので、投稿していただくものが個人的に興味のあるテーマであればレスさせてもらいます。
引用返信/返信 削除キー/

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