| さて3つ目の、うちが納税義務者になっている土地についてです。別件でこの土地の事を調べたことがあるのですが、名義人は江戸の終わりの頃の人の様で子孫は絶えているらしいとの事でした。どうも明治になってちゃんとした登記簿を作る時には既によくわからなくなっていたのではないかと思います。その頃うちは羽振りが良かったので、何となくうちが管理することになったのでは?と想像しています。
ボクが小さい頃、ここは畑でしたが、近くに色々うちがお世話になっていた左官屋さんがあり、そこから家を建てたいので土地を貸してくれないか?という相談がありました。本当は左官屋さんはこの土地を買いたかったそうなのですが、名義が違うので売ることが出来なかったようです。
それが先代の左官屋さんのことで、当代の左官屋さんは数年前に亡くなり、左官業自体を止めてしまいました。それで土地を返したいということになり、原状復帰で返してもおらうことになり建物の解体ということになったのでした。
今までは地代で税金を賄っていましたが、更地になって固定資産税が上がり、地代は入ってこなくなるという二重苦(?)の状況になります。しかし本当は三重苦で、この三つ目の「苦」が一番の悩みの種なのです。それは何かと言うと、雑草が生えてくるということで、この世話が一番大変なのです。
只今、色々考え中〜〜〜
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