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■23094 / inTopicNo.13)  Re[48]: 自由意志
  
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2022/05/05(Thu) 19:41:22)
    ■23092、
    https://www.nhk.jp/p/ts/26ZY61Z6J6/episode/te/RJ7W3PN1G2/
    クリックしたら、
    「はじめての方は利用登録」ってあったから、見るのやめた。
    だからNHKが採用した主張がどんなの知らないけど、

    わたし「自由意志」っていうの、あると思う。
    これ否定する人は「アイデンティティ」とか「この私」を否定してるのと同じ。

引用返信/返信 削除キー/
■23092 / inTopicNo.14)  自由意志
□投稿者/ パニチェ -(2022/05/05(Thu) 17:39:22)
    https://www.nhk.jp/p/ts/26ZY61Z6J6/episode/te/RJ7W3PN1G2/

    NHK ヒューマニエンス 40億年のたくらみ
    「“自由な意志” それは幻想なのか?」
    初回放送日: 2022年5月4日

    ************************************

    番組では自由意志はないという結論
    リベットの実験をやってた。
引用返信/返信 削除キー/
■23069 / inTopicNo.15)  Re[51]: キリスト教的進化論
□投稿者/ パニチェ -(2022/05/04(Wed) 19:01:05)
    こんにちは、knowing itselfさん。
    レスありがとうございます。

    No23036に返信(knowingitselfさんの記事)

    > アメリカの福音派はともかく、それ以外では進化論全面否定は多くないと思います。

    そうなんですね。創造論を否定しても信仰って成立するんですね。

    > イエズス会は学校教育に関わりながら時代の最先端の学問研究に力をいれるので、両立すると思います。イエズス会の神父は、あらゆる学問分野にまたがっていると言って過言ではないです。いまの教皇フランシスコは化学を専攻しています。日本だと、量子力学の観測問題や科学哲学の大家だった柳瀬睦男神父は東大の物理学出身です。どちらもイエズス会です。

    へぇ〜。知りませんでした。
    確かに川上雪担老師も愚さんも東大物理卒でした。

    > 原罪というのは歴史の時間軸の中で闘いながら進んでいかざるをえなくなることなので、進化とつながると思います。

    よかったら教えて下さい。
    上記の原罪はアダムとイブに起因するものですか?
    もしそうであるとするなら「原罪というのは歴史の時間軸の中で闘いながら進んでいかざるをえなくなる」っていうのはもう少し詳しく言えばどういうことでしょうか?

引用返信/返信 削除キー/
■23036 / inTopicNo.16)  Re[50]: キリスト教的進化論
□投稿者/ knowingitself -(2022/05/03(Tue) 09:20:22)
    >>あと、生物学者のティヤールジャルダンは、イエズス会の神父ですね。
    >
    おはようございます。レスありがとうございます

    > 知りませんでした。進化論者でかつイエズス会の神父って両立するのか疑問だったのでWikipediaをくぐりました

    アメリカの福音派はともかく、それ以外では進化論全面否定は多くないと思います。

    イエズス会は学校教育に関わりながら時代の最先端の学問研究に力をいれるので、両立すると思います。イエズス会の神父は、あらゆる学問分野にまたがっていると言って過言ではないです。いまの教皇フランシスコは化学を専攻しています。日本だと、量子力学の観測問題や科学哲学の大家だった柳瀬睦男神父は東大の物理学出身です。どちらもイエズス会です。

    > キリスト教的進化論ってアーサー・C・クラークが「2001年宇宙の旅」で描いた進化の究極としての超知性(神)のイメージとかぶりますね。
    > アーサー・C・クラークがキリスト教的進化論の影響を受けたのかなぁ〜。
    > それにしても創造論はともかくとして、原罪とか最後の審判などのドグマはキリスト教的進化論と矛盾しないんでしょうかねぇ〜。

    原罪というのは歴史の時間軸の中で闘いながら進んでいかざるをえなくなることなので、進化とつながると思います。

引用返信/返信 削除キー/
■23018 / inTopicNo.17)  キリスト教的進化論
□投稿者/ パニチェ -(2022/05/02(Mon) 16:12:58)
    こんにちは、knowing itselfさん。レスありがとうございます。

    No23017に返信(knowingitselfさんの記事)
    > 立花隆の著書では、「宇宙からの帰還」が好きです。以下の内容は既にご存知だと思いますが、カキコします。立花隆は理系志望で成績的にはなんの問題もなかったのに、色弱だかで理系は向かないと言われて仏文科に進んだそうですね。後年に科学の多分野にわたる啓蒙的な著作を残したのは元々の関心が科学にあった。ただ、本人も自分が一番得意なのは、研究というより文章を書くことで、何の苦もなくいくらでも文章を書ける。両親ともにプロテスタントのクリスチャンで文学青年少女だったことが大きいらしい。

    今、Amazonで「宇宙からの帰還」を注文しました。^^
    村田の試合を見るのにお試し無料プレミアム会員になり、今なら送料無料なので丁度よかったです。

    > 立花隆が卒業後に哲学科に入り直して友人と読書会をやったときの中心が、カントの「純粋理性批判」で膨大な時間をかけてウンウン唸りがら読み、議論したが、結局は分からなかった、しかしそれによって読解力や思考力が鍛えられ、以後大いに役立ったと、どこかで語っていました。「純粋理性批判」が難しいのは当たり前なんでしょう。

    そうなんですね。

    > あと、生物学者のティヤールジャルダンは、イエズス会の神父ですね。

    知りませんでした。進化論者でかつイエズス会の神父って両立するのか疑問だったのでWikipediaをくぐりました。
    キリスト教的進化論ってアーサー・C・クラークが「2001年宇宙の旅」で描いた進化の究極としての超知性(神)のイメージとかぶりますね。
    アーサー・C・クラークがキリスト教的進化論の影響を受けたのかなぁ〜。
    それにしても創造論はともかくとして、原罪とか最後の審判などのドグマはキリスト教的進化論と矛盾しないんでしょうかねぇ〜。

引用返信/返信 削除キー/
■23017 / inTopicNo.18)  Re[48]: 知の巨人 立花隆
□投稿者/ knowingitself -(2022/05/02(Mon) 15:27:17)
    > 竹やぶって何だか知っていますか。竹は全部地下茎でつながっているんです。そうすると竹がある山はひと山全部ひとつの植物なんです。人間の知的な営みも実は地下でつながっているんです。みんなの頭の中にあることはどこかであなたの頭に何らかの形で取り込んだわけです。人間の知識の体系みたいなものもそういう風につながっているんです。
    >
    > で、現代社会において最大の問題はあらゆる知識がどんどん細分化し断片化して、ありとあらゆる専門家が実は断片のことしか知らない。専門家が総合的に物を知らない。それが現代における最も危機的な部分であるから、断片化した知を総合する方向にいかなければならない。(松江文学学校での講演より)
    >
    > 「全てを進化の相の下に見よ(20世紀を代表する進化生物学者ピエール・テイヤール・ド・シャルダンの言葉)」
    >
    > 万物の歴史は全て進化の歴史である。ビッグバンで始まった宇宙は素粒子が原子となり物質へと進化した。それは星を生み生命を生んだ。その進化の果てに脳を発達させ生まれた人類。その次の進化の舞台は知である。
    >
    > 人類の知は今後相互に影響し合い、さらに複雑化。個々の人の意識が蜘蛛の巣のように絡み合う。それにより人類全体がより高次の意識を持ち、次のステージに立つ。
    >
    > 動物の場合世代を超えて伝承される情報は遺伝情報しかない。しかしヒトの場合ははるかに大量の情報が言語情報として世代をこえて伝えられていく。これは人間だけが獲得した新たな遺伝の形式である。人間の持つ知識が総合されてひとつの一貫した体系として共有されるようになってきた。
    >
    > これらの動きの延長線上に人類全体が一体となって思考するような日が来るだろう。超人類の誕生であり、超進化。
    > ヒトという種のレベルをこえた進化が実現する。
    >
    > ************************************
    >
    > まるで現代版の超人思想。
    > 上記の立花隆氏の発言はものすごく共感できるものであった。
    > 墓(もともとないけどw)も戒名もいならないというのは全く同じ。
    > もう10年以上前からカキコしているように次のパラダイムは分断化されたジャンルを横断し統合する形で生じるように思う。

    こんにちは、横レス失礼します。

    立花隆の著書では、「宇宙からの帰還」が好きです。以下の内容は既にご存知だと思いますが、カキコします。立花隆は理系志望で成績的にはなんの問題もなかったのに、色弱だかで理系は向かないと言われて仏文科に進んだそうですね。後年に科学の多分野にわたる啓蒙的な著作を残したのは元々の関心が科学にあった。ただ、本人も自分が一番得意なのは、研究というより文章を書くことで、何の苦もなくいくらでも文章を書ける。両親ともにプロテスタントのクリスチャンで文学青年少女だったことが大きいらしい。

    立花隆が卒業後に哲学科に入り直して友人と読書会をやったときの中心が、カントの「純粋理性批判」で膨大な時間をかけてウンウン唸りがら読み、議論したが、結局は分からなかった、しかしそれによって読解力や思考力が鍛えられ、以後大いに役立ったと、どこかで語っていました。「純粋理性批判」が難しいのは当たり前なんでしょう。

    あと、生物学者のティヤールジャルダンは、イエズス会の神父ですね。


引用返信/返信 削除キー/
■23015 / inTopicNo.19)  Re[46]: リアリズム
□投稿者/ パニチェ -(2022/05/02(Mon) 13:00:13)
    2022/05/03(Tue) 08:02:19 編集(投稿者)

    No22975に返信(ザビビのふくろうさんの記事)

    > >>「子を産むことが一つの犯罪となりかねない場合がある。強度の慢性疾患や神経衰弱症にかかっている者の場合である。…不出来な者どもにもみとめられた平等権――これは、最も深い非道徳性であり、道徳としての反自然そのものである!」(ニーチェ/原佑訳「権力への意志」『ニーチェ全集第12巻』理想社、P217)
    > >もし良かったら上記のアフォリズムを確認したいのでアフォリズム番号が書いてあるなら教えてもらえますか。

    >  この引用の件ですが,以前,どっかからひっぱってきてメモってたものをコピペしたので,ちょっと番号まではわかりません。すみません。

    分かりました。第734番でした。
    おそらく以下のサイトからではないしょうか。

    https://www.kanaloco.jp/news/social/entry-190726.html

    ********* 以下、HPより引用 **********

    ―能力主義の極致は「超人」。超人思想を説いたニーチェも、一方で弱者を「畜群」と呼び、残酷なまでにさげすむ記述がたくさんあります。
     「ニーチェも優生思想丸出しですね。例えば『権力への意志』にこうあります。『不出来な者どもにも認められた平等権は、最も深い非道徳性である』(※6)と。耳心地のいい言葉だけを抜き取ったニーチェの名言集は、ベストセラーになりました。それは本質的なニーチェ像ではありません」

    ************************************

    耳心地のいい言葉だけを抜き取ったニーチェの名言集が200万部を超えるベストセラーとなった白取春彦著「超訳 ニーチェの言葉」なら、あれはニーチェの言葉でもなんでもない。白取氏が激辛カレーにリンゴとハチミツを入れまくって子供向きのカレーとして発売した白取カレーみたいなもので、本質的なニーチェ像ではないということは同意できるが。。。

    上記の竹内章郎氏の『能力主義の極致は「超人」。超人思想を説いたニーチェも、一方で弱者を「畜群」と呼び云々』がニーチェの本質というなら、これまた激辛カレーにさらに激辛香辛料を入れ食えないカレーにしたようなもの。

    白取氏と同じく取るに足らない戯言でしかない。
引用返信/返信 削除キー/
■22997 / inTopicNo.20)  知の巨人 立花隆
□投稿者/ パニチェ -(2022/05/01(Sun) 22:02:19)
    2022/05/02(Mon) 07:36:51 編集(投稿者)

    2022年4月30日(一周忌)放送 NHKスペシャル 〜立花隆 最後の旅〜より

    蔵書は単行本だけで10万冊とも20万冊とも言われている。
    自分が死んだら墓も戒名もいらない。遺体はゴミとして捨てて欲しい。集めた膨大な書籍を一冊残らず古本屋へ振り払って欲しい。

    研究し執筆した分野は、生物学、環境問題、医療、宇宙、政治、経済、生命、哲学、臨死体験など。

    追い求めたのは「見当識(自分はどこから来て、現在どこにいて、未来はどこへ向かうのか。同時に人間はどこから来て、現在どこにいて、未来はどこへ向かうのか)」
    その結論というべき答えが以下。

    ************************************

    竹やぶって何だか知っていますか。竹は全部地下茎でつながっているんです。そうすると竹がある山はひと山全部ひとつの植物なんです。人間の知的な営みも実は地下でつながっているんです。みんなの頭の中にあることはどこかであなたの頭に何らかの形で取り込んだわけです。人間の知識の体系みたいなものもそういう風につながっているんです。

    で、現代社会において最大の問題はあらゆる知識がどんどん細分化し断片化して、ありとあらゆる専門家が実は断片のことしか知らない。専門家が総合的に物を知らない。それが現代における最も危機的な部分であるから、断片化した知を総合する方向にいかなければならない。(松江文学学校での講演より)

    「全てを進化の相の下に見よ(20世紀を代表する進化生物学者ピエール・テイヤール・ド・シャルダンの言葉)」

    万物の歴史は全て進化の歴史である。ビッグバンで始まった宇宙は素粒子が原子となり物質へと進化した。それは星を生み生命を生んだ。その進化の果てに脳を発達させ生まれた人類。その次の進化の舞台は知である。

    人類の知は今後相互に影響し合い、さらに複雑化。個々の人の意識が蜘蛛の巣のように絡み合う。それにより人類全体がより高次の意識を持ち、次のステージに立つ。

    動物の場合世代を超えて伝承される情報は遺伝情報しかない。しかしヒトの場合ははるかに大量の情報が言語情報として世代をこえて伝えられていく。これは人間だけが獲得した新たな遺伝の形式である。人間の持つ知識が総合されてひとつの一貫した体系として共有されるようになってきた。

    これらの動きの延長線上に人類全体が一体となって思考するような日が来るだろう。超人類の誕生であり、超進化。
    ヒトという種のレベルをこえた進化が実現する。

    ************************************

    まるで現代版の超人思想。
    上記の立花隆氏の発言はものすごく共感できるものであった。
    墓(もともとないけどw)も戒名もいならないというのは全く同じ。
    もう10年以上前からカキコしているように次のパラダイムは分断化されたジャンルを横断し統合する形で生じるように思う。

引用返信/返信 削除キー/
■22979 / inTopicNo.21)  Re[46]: リアリズム
□投稿者/ パニチェ -(2022/05/01(Sun) 08:38:15)
    2022/05/01(Sun) 09:35:00 編集(投稿者)

    おはようございます、ザビビのふくろうさん。レスありがとうございます。
    以下はかなり蛇足も含む返信になりますので適当にスルーしてもらって結構です。
    ザビビのふくろうさんと同じくご意見,ご批判ご自由にお願いします^^

    No22975に返信(ザビビのふくろうさんの記事)
    > >多少の弁明をさせてもらいます。
    > >まず私は無宗教ではなく仏教徒です。その一方で一神教や人格神的なドグマに対しては批判的な意見を持っていすが、これらを信仰する人たちを批判する気は全くありません(仏教の宗派〔佛典〕によっては一神教的なドグマもあります)。
    > >よって非宗教的観点が正しいことを前提にはしておりません。

    > 了解しました。
    > まだパニチェさんの考えをちゃんと掴んだわけではないので,表現が不適切だったかもそれませんね。すみせん。

    全然大丈夫です。^^

    > で,カルト・原理主義は論外でいいとして,ニーチェのキリスト教批判を,パニチェさんは全面的に受け入れているんでしょうか?
    > あるいは,いわゆる正統的――カトリックでもプロテスタントでもいいですが,キリスト教信仰そのものについてはどうなんでしょう?
    > 信仰者を批判しないということはわかりましたが,キリスト教以外も含めて一神教的世界観そのもの,についてはどう考えているのですか?
    > つまり,それらもまた,1つの世界解釈として認めているのか,そうでないのか?ってことですね。

    まずユダヤ・イスラム・キリスト教的なドグマを信じ、それが人生のプラスになりその人にとっての指針やより所になるなら私がどうのこうのと言うべきではないとは思っています。
    その上で私自身はというと人格神による創造論とか原罪とか最後の審判などなどはフィクションだと考えています。
    旧約聖書はある政治的な意図(選民思想とユダヤ人のための立国)をもって世界の神話(ハンムラビ法典やギルガメッシュ神話)を寄せ集めて作られた民族宗教的なドグマである、と。

    アニミズムやトーテミズム、シャーマニズムなど世界で自然発生的に起こった宗教はほとんど多神教です。
    おそらく一神教というのはユダヤ教からではないでしょうか。
    また地球史(46億年)における人類史(500万年)を考えても人間は新参者であって、それを投影したような神が宇宙を創造したなどどう考えても不自然です。
    ただ意図的パンスペルミア説なるものもあり、人間のような生物が宇宙に拡散しているなら地球史(46億年)における人類史(500万年)だけを前提とするのはミスリードかもしれませんが。。。。

    > この質問の背景には,次のような疑念というとあれですが(笑),疑問があるんです。
    > ニーチェは,真理は解釈だと言いながら,自分の解釈が実在を捉えており,キリスト教は虚偽・虚構だ,としているように見えるわけです。
    > で,パニチェさん自身についても,一連のやりとりになったNo24のタイトルは「リアリズム」ですよね。
    > たとえば,具体的内容は私にはわかりませんが,とりあえずパニチェさんの世界観が仏教的世界観だとして,それこそがリアリズムで,キリスト教世界観はフィクションだ,というような考えがあるのでは?ということです。

    その通りです。
    但し、大方の大乗佛典(法華経とか浄土三部経、維摩経など)や釈尊を神格化したような原始佛典もフィクションだと思っています。
    リアルと思える仏教的世界観というのは華厳の事事無礙や密教の汎神論、倫理観で言えば先に述べた煩悩の汚れの度合いで分別する「善、悪、無記(有覆無記、無覆無記)」です。

    > ちなみに私見を述べれば,世界像が解釈だというのは同意なんです。
    > そして,それはフィクションなどではなく,それこそがリアルだと考えます。
    > ちょうど,従来「ヴァーチャルリアリティー(VR)」にはイコール仮想現実イコール非現実という含意があったと思いますが,最近では,VRこそがリアルだという考えになってきていると思っているのですが,(その正否はともかく)それとパラレルなイメージです。
    > つまり,一神教的世界解釈による世界像もリアル,仏教的世界像もまたリアル,ってことです。

    面白い発想ですし、同意できるかもしれません。
    ただ私にとっての「ヴァーチャルリアリティー(VR)」ってのは実証主義(観測可能なものだけを俎上に載せる)なんですね。
    極論すれば仮にこの世界が「水槽脳が見る夢」であったとしても、その世界がリアルだということです。
    ザビビのふくろうさんは創造論とか原罪、最後の審判などキリスト教的な世界観をVRとして考えられますか。

    > ************************
    > >いいとこどりをしています。^^
    > >もっと言えばニーチェという劇薬を中和するのに仏教を用います。
    > >さらに言えば哲学だけに限らず脳科学や物理(相対論&量子論)、進化論などなどもいいとこどりをしています。
    > >私にとってはニーチェも仏教も脳科学、物理、進化論etcはライフワークならぬライフホビーである探究テーマの道具です。

    > このレスを見るとパニチェさんにはひょっとしたらどうでもいいのかもしれませんが,哲学的に問題なのは,つまみぐい・いいとこどりは二枚舌,ダブルスタンダードであって,ひとつの思想としては非整合的で破綻するんじゃないかということですね。
    > 劇薬を中和するつもりが,有効成分0になってしまうんじゃないかと。

    哲学、仏教、脳科学、物理、進化論などなどは自己探究のあくまで道具なんです。
    結果として何も残らないってこともあるとは思いますが、日常的には(より多くの道具や物差しを持っている方が)プラスにはなっていると思います。

    > 何度も言うようですが,プラトニックな絶対的・イデア的真理観というのは,そもそも日本にはなじみがありませんし,純粋に哲学的に言っても,すでにそんな真理観を信奉するような哲学者は西洋を含めてほぼいないと思います。長くイデア世界のモデルであったユークリッド幾何学は,その玉座から引きずりおろされて久しいですし,数学的真理も同様だと思います。
    > つまり,言い過ぎ覚悟で言いますが,文学的・芸術的インスピレーションの源泉としてはともかく,真理批判としては,ニーチェの思想は既に歴史的価値しかなく,能動的ニヒリズムについては,毒が強すぎの劇薬で,そのままじゃ実際にはとても飲めない(笑)
    > No22963でパニチェさんも書いてますが,正直,私は利己的遺伝子の乗り物としての人間って,善悪の彼岸,力への意志の超人モデルとしてぴったりだと思うんですよね。
    > これ,本質的に優生思想じゃないですかね?(笑)
    > で,これはまずいから,ちょっと他の薬で中和を,ってことになったら,「これはまずい」と言った時点で二枚舌だし,「弱者めっ!」ってニーチェに怒られそうじゃありませんか?
    > 例えば,No22921でパニチェさんは次のように言ってますよね。

    ここは長くなり過ぎるので結論だけ言いますと。。。
    私にとっての超人は如来または阿羅漢です。ニーチェと仏教は相性がいいし、仏教と対比させた解説書も多いです。
    もちろん超人は神のアンチテーゼですから普遍的かつ固定的な超人像は(方向性は示していますが)ニーチェ自身があえて提示しておりませんが。。。
    で、優生思想的な部分はあくまで進化は一部から生じ種を上書きしていく(自然選択)というようなものであって、人為的な優生思想は反自然だと考えています。

    > >No.22885とNo.22884で言いたかったことは。。。。
    > >ユダヤ・キリスト教的な善悪二元論とか西洋的な善悪デジタル思考より、東洋的というか、さらに言えば日本で完成された大乗仏教的な教説のひとつ唯識思想にある善、悪、無記(有覆無記、無覆無記)の方が世界平和に有益だということです。
    > ここであなたは真理の基準を力の高揚に換えて,「世界平和に有効」という考えを述べています。

    ここちょっと分かりません。何故、三性(善、悪、無記)的な倫理観が真理の基準を力の高揚に換えることになるのでしょうか。

    > この「世界平和」って,ニーチェに言わせるとまさに「理想世界」であって,虚偽だということになりませんか?
    > つまりこれ,ニーチェ基準では受動的ニヒリズムではないでしょうか?

    ニーチェが描く理想世界は次のようなものです。
    『およそこの世に存在する最も反文化的な病気と背理ともいうべきナショナリズム、ヨーロッパがかかっているこの国民的ノイローゼ、ヨーロッパの小国分立状態の、小型政治のこの永遠化に、ドイツ人は責任を負わねばならない。彼らはヨーロッパからその意味さえも、その理性をさえも奪い去り──ヨーロパを袋小路に追い込んでしまったのだ。──この袋小路から脱け出る道を私以外の誰が知っていよう?…一つの使命、きわめて偉大な使命、諸民族を再び統合するに足るこの偉大な使命を、私以外の誰が知っていよう?…(この人を見よ なぜ私はかくも賢明なのか3&なぜ私はかくも良い本を書くのか ヴァーグナーの場合2)』

    > まあ,ぶっちゃけ言うと,パニチェさんが仏教を支持されるのであれば,実際問題として,ニーチェ要らなくね?って気がするんですが…。
    > ドグマ批判の道具として今なお有効と思ってらっしゃるのかもしれませんが,私にはどーもニーチェ自身がドグマチックに見えるんですよね。

    ニーチェがドグマチックというのはある部分そうでしょうが、同時にニーチェ自身が読者へ「ニーチェを離れる」ことを薦めていますので自分を踏み台として跳躍せよ、みたいなものとして読み取れます。
    「守・破・離」の推奨ですね。

    > *********************
    > なんか,お言葉に甘えて,結局,ニーチェをけちょんけちょんに言ってしまったような…(笑)

    全然、大丈夫です。少なくとも私はニーチェファンではありますがニーチェ信者ではないので。。。(笑)

    > で,最後にひとつ弁解しておくと,多くの二十世紀の思想家・文学者・芸術家に多大なる影響を与えたニーチェが,私が調子に乗ってくっちゃべったことで片付くとは,私自身,正直,思っていません。
    > 私が少しかじって得たニーチェ像,それは恐らくステレオタイプ化された浅いものにすぎないと思うんですよ。

    意外と(失礼!)謙虚ですね。^^

    > ついでなんで,ちょっとラフに,私がニーチェについてどんなイメージを持っているか,簡単に述べてみますね。
    > “陶酔感”のイメージでニーチェとすぐ結びついてしまうのは,S.キューブリックの『2001年宇宙の旅』のテーマで使われた,R.シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』,また,F.コッポラ『地獄の黙示録』でのワーグナー『タンホイザー』です。
    > もちろん高揚感とも言えます。むっちゃいいんですけど,なんかヤバイですよね(笑)
    > 思想的なイメージとしては,初期ハイデガー,ナチズム,三島由紀夫,利己的な遺伝子って感じです。
    > なので,ごく浅いとは言え,今回はパニチェさんが相手してくださったおかげで,思想内容的にも自分なりには明確に描けたような気がします。
    > 何となく思っていたことを,わりあいシンプルに描画できたので、私的には最初の里程標くらいにはなったように思うので,一応自分的にはそれは収穫かなと思います。
    > パニチェさん,ありがとうございました。

    こちらこそ、ありがとうございました。

    > あれ,なんか打ち切り宣言みたいになっちゃったけど,ご意見,ご批判ご自由にお願いします^^
    >
    > ***************************
    > >>「子を産むことが一つの犯罪となりかねない場合がある。強度の慢性疾患や神経衰弱症にかかっている者の場合である。…不出来な者どもにもみとめられた平等権――これは、最も深い非道徳性であり、道徳としての反自然そのものである!」(ニーチェ/原佑訳「権力への意志」『ニーチェ全集第12巻』理想社、P217)
    > >もし良かったら上記のアフォリズムを確認したいのでアフォリズム番号が書いてあるなら教えてもらえますか。

    >  この引用の件ですが,以前,どっかからひっぱってきてメモってたものをコピペしたので,ちょっと番号まではわかりません。すみません。

    了解しました。このアフォリズム探してるんですけど見当たらないんですよねぇ〜。でもニーチェが言いそうな内容ではあります。

引用返信/返信 削除キー/
■22975 / inTopicNo.22)  Re[45]: リアリズム
□投稿者/ ザビビのふくろう -(2022/05/01(Sun) 01:04:42)
    パニチェさん
    宗教論に入りたいという気持ちもあるんですが,それはどう考えても大変なので抑えて,なるべくパニチェさんの考えの大枠をつかむべく,私見をまじえながら質問したいと思います。

    >多少の弁明をさせてもらいます。
    >まず私は無宗教ではなく仏教徒です。その一方で一神教や人格神的なドグマに対しては批判的な意見を持っていすが、これらを信仰する人たちを批判する気は全くありません(仏教の宗派〔佛典〕によっては一神教的なドグマもあります)。
    >よって非宗教的観点が正しいことを前提にはしておりません。

    了解しました。
    まだパニチェさんの考えをちゃんと掴んだわけではないので,表現が不適切だったかもそれませんね。すみせん。
    で,カルト・原理主義は論外でいいとして,ニーチェのキリスト教批判を,パニチェさんは全面的に受け入れているんでしょうか?
    あるいは,いわゆる正統的――カトリックでもプロテスタントでもいいですが,キリスト教信仰そのものについてはどうなんでしょう?
    信仰者を批判しないということはわかりましたが,キリスト教以外も含めて一神教的世界観そのもの,についてはどう考えているのですか?
    つまり,それらもまた,1つの世界解釈として認めているのか,そうでないのか?ってことですね。

    この質問の背景には,次のような疑念というとあれですが(笑),疑問があるんです。
    ニーチェは,真理は解釈だと言いながら,自分の解釈が実在を捉えており,キリスト教は虚偽・虚構だ,としているように見えるわけです。
    で,パニチェさん自身についても,一連のやりとりになったNo24のタイトルは「リアリズム」ですよね。
    たとえば,具体的内容は私にはわかりませんが,とりあえずパニチェさんの世界観が仏教的世界観だとして,それこそがリアリズムで,キリスト教世界観はフィクションだ,というような考えがあるのでは?ということです。
    ちなみに私見を述べれば,世界像が解釈だというのは同意なんです。
    そして,それはフィクションなどではなく,それこそがリアルだと考えます。
    ちょうど,従来「ヴァーチャルリアリティー(VR)」にはイコール仮想現実イコール非現実という含意があったと思いますが,最近では,VRこそがリアルだという考えになってきていると思っているのですが,(その正否はともかく)それとパラレルなイメージです。
    つまり,一神教的世界解釈による世界像もリアル,仏教的世界像もまたリアル,ってことです。
    ************************
    >いいとこどりをしています。^^
    >もっと言えばニーチェという劇薬を中和するのに仏教を用います。
    >さらに言えば哲学だけに限らず脳科学や物理(相対論&量子論)、進化論などなどもいいとこどりをしています。
    >私にとってはニーチェも仏教も脳科学、物理、進化論etcはライフワークならぬライフホビーである探究テーマの道具です。

    このレスを見るとパニチェさんにはひょっとしたらどうでもいいのかもしれませんが,哲学的に問題なのは,つまみぐい・いいとこどりは二枚舌,ダブルスタンダードであって,ひとつの思想としては非整合的で破綻するんじゃないかということですね。
    劇薬を中和するつもりが,有効成分0になってしまうんじゃないかと。
    何度も言うようですが,プラトニックな絶対的・イデア的真理観というのは,そもそも日本にはなじみがありませんし,純粋に哲学的に言っても,すでにそんな真理観を信奉するような哲学者は西洋を含めてほぼいないと思います。長くイデア世界のモデルであったユークリッド幾何学は,その玉座から引きずりおろされて久しいですし,数学的真理も同様だと思います。
    つまり,言い過ぎ覚悟で言いますが,文学的・芸術的インスピレーションの源泉としてはともかく,真理批判としては,ニーチェの思想は既に歴史的価値しかなく,能動的ニヒリズムについては,毒が強すぎの劇薬で,そのままじゃ実際にはとても飲めない(笑)
    No22963でパニチェさんも書いてますが,正直,私は利己的遺伝子の乗り物としての人間って,善悪の彼岸,力への意志の超人モデルとしてぴったりだと思うんですよね。
    これ,本質的に優生思想じゃないですかね?(笑)
    で,これはまずいから,ちょっと他の薬で中和を,ってことになったら,「これはまずい」と言った時点で二枚舌だし,「弱者めっ!」ってニーチェに怒られそうじゃありませんか?
    例えば,No22921でパニチェさんは次のように言ってますよね。

    >No.22885とNo.22884で言いたかったことは。。。。
    >ユダヤ・キリスト教的な善悪二元論とか西洋的な善悪デジタル思考より、東洋的というか、さらに言えば日本で完成された大乗仏教的な教説のひとつ唯識思想にある善、悪、無記(有覆無記、無覆無記)の方が世界平和に有益だということです。

    ここであなたは真理の基準を力の高揚に換えて,「世界平和に有効」という考えを述べています。
    この「世界平和」って,ニーチェに言わせるとまさに「理想世界」であって,虚偽だということになりませんか?
    つまりこれ,ニーチェ基準では受動的ニヒリズムではないでしょうか?

    まあ,ぶっちゃけ言うと,パニチェさんが仏教を支持されるのであれば,実際問題として,ニーチェ要らなくね?って気がするんですが…。
    ドグマ批判の道具として今なお有効と思ってらっしゃるのかもしれませんが,私にはどーもニーチェ自身がドグマチックに見えるんですよね。
    *********************
    なんか,お言葉に甘えて,結局,ニーチェをけちょんけちょんに言ってしまったような…(笑)
    で,最後にひとつ弁解しておくと,多くの二十世紀の思想家・文学者・芸術家に多大なる影響を与えたニーチェが,私が調子に乗ってくっちゃべったことで片付くとは,私自身,正直,思っていません。
    私が少しかじって得たニーチェ像,それは恐らくステレオタイプ化された浅いものにすぎないと思うんですよ。
    ついでなんで,ちょっとラフに,私がニーチェについてどんなイメージを持っているか,簡単に述べてみますね。
    “陶酔感”のイメージでニーチェとすぐ結びついてしまうのは,S.キューブリックの『2001年宇宙の旅』のテーマで使われた,R.シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』,また,F.コッポラ『地獄の黙示録』でのワーグナー『タンホイザー』です。
    もちろん高揚感とも言えます。むっちゃいいんですけど,なんかヤバイですよね(笑)
    思想的なイメージとしては,初期ハイデガー,ナチズム,三島由紀夫,利己的な遺伝子って感じです。
    なので,ごく浅いとは言え,今回はパニチェさんが相手してくださったおかげで,思想内容的にも自分なりには明確に描けたような気がします。
    何となく思っていたことを,わりあいシンプルに描画できたので、私的には最初の里程標くらいにはなったように思うので,一応自分的にはそれは収穫かなと思います。
    パニチェさん,ありがとうございました。
    あれ,なんか打ち切り宣言みたいになっちゃったけど,ご意見,ご批判ご自由にお願いします^^

    ***************************
    >>「子を産むことが一つの犯罪となりかねない場合がある。強度の慢性疾患や神経衰弱症にかかっている者の場合である。…不出来な者どもにもみとめられた平等権――これは、最も深い非道徳性であり、道徳としての反自然そのものである!」(ニーチェ/原佑訳「権力への意志」『ニーチェ全集第12巻』理想社、P217)
    >もし良かったら上記のアフォリズムを確認したいのでアフォリズム番号が書いてあるなら教えてもらえますか。

     この引用の件ですが,以前,どっかからひっぱってきてメモってたものをコピペしたので,ちょっと番号まではわかりません。すみません。

引用返信/返信 削除キー/
■22963 / inTopicNo.23)  遺伝子のベクトル
□投稿者/ パニチェ -(2022/04/30(Sat) 08:35:31)
    遺伝子の持つベクトル

    自己保存本能、種の保存本能、自己複製、絶えざる種の拡散などなど。

    これらに寄与することを普遍的な善、これらを阻害することを普遍的な悪としているなら、ドーキンズのいうように我々は遺伝子の乗り物に過ぎないかもしれない。


引用返信/返信 削除キー/
■22962 / inTopicNo.24)  Re[44]: リアリズム
□投稿者/ パニチェ -(2022/04/30(Sat) 07:50:41)
    2022/04/30(Sat) 10:00:12 編集(投稿者)

    おはようございます、ザビビのふくろうさん。
    横レスになるのかな?失礼します。

    No22956に返信(ザビビのふくろうさんの記事)

    > ただ、根本的に考え方が異なるため、例えば次のような文言にあるような宗教理解は、あくまで非宗教的観点が正しいことを前提した評価であると、宗教的世界観の側からは言えるというか、言わざるを得ないと思うのです。

    > >神の言葉とされるものや他者から押し付けられた価値や意味に、何も考えずに奴隷のように従って生きることを否定しているのであって、自分が自分で意味付けして生きることへの否定ではない、というのを確認いただけるといいのかな、と思い、横レスさせていただきました。

    > 申し訳ないんですが、つまりは宗教に対する全くの無理解を前提にした評価だってことですね。
    > これ言うと、争いのもとになるので言わないほうがいいかもしれないんですが(笑)、藁人形的論法に、少なくとも宗教的世界観の立場からは見えるわけです。
    > まあカルト宗教などのイメージがあると思うので、必ずしも藁人形と言えない面もあると思いますが。

    多少の弁明をさせてもらいます。
    まず私は無宗教ではなく仏教徒です。その一方で一神教や人格神的なドグマに対しては批判的な意見を持っていすが、これらを信仰する人たちを批判する気は全くありません(仏教の宗派〔佛典〕によっては一神教的なドグマもあります)。
    よって非宗教的観点が正しいことを前提にはしておりません。

    Yahoo!掲示板時代にはカルトチックな宗教やそのドグマを妄信する人たちと同じくらい、宗教アレルギーのような投稿者にも批判的で対論していました。論敵は双方だったということです。
    両者間も対立することが多いですが、私から見れば両者とも排他的であり独善的、相手を理解しようとしないところでは共通してます。面白かったのは創造論者とネオダーウィニストも共通していました。
    これらは仏教的には見取見(十根本煩悩のひとつ、自分の考えや自分の見解を絶対視し固執すること)であり、今も世界各地で生じている紛争や戦争の元凶であるとさえ考えています。

    > 私の理解では、ニーチェあるいはパニチェさんの立場と、私の立場の根本的な違いは、超越的真理、意味、価値、といったものを認めるかどうか、という点にあると思います。
    > それらを認めないニーチェ思想では、ごく荒っぽく言うと、真理・価値は、人間がその有用性基準で仮構するフィクションにすぎません。力への意志に相関してそのための有用性基準ででっち上げられる虚構です。
    > 弱者のため、などというのは畜群のためであり、奴隷道徳として否定されます。
    > 当然、優性思想が帰結します。

    ご指摘通りニーチェには優性思想的なところがあります。
    個人的にはニーチェの女性観と同じく私はこれらの主張には同意できません(人間にはニーチェの言うところの精神的な位階〔仏教で言うところの機根〕があることは肯定しますが)。

    > 「子を産むことが一つの犯罪となりかねない場合がある。強度の慢性疾患や神経衰弱症にかかっている者の場合である。…不出来な者どもにもみとめられた平等権――これは、最も深い非道徳性であり、道徳としての反自然そのものである!」(ニーチェ/原佑訳「権力への意志」『ニーチェ全集第12巻』理想社、P217)

    もし良かったら上記のアフォリズムを確認したいのでアフォリズム番号が書いてあるなら教えてもらえますか。

    > 私は、パニチェさんの評価するニーチェの真理や価値についての思想は、こういった点だけで評価すべきものとは思っていませんが、こういった毒をもっていることもまた事実であり、しかもその思想の本質に含まれているので、軽んじるべきものでもないと思っているのです(いいとこどりは困難だろうってことです)。

    いいとこどりをしています。^^
    もっと言えばニーチェという劇薬を中和するのに仏教を用います。
    さらに言えば哲学だけに限らず脳科学や物理(相対論&量子論)、進化論などなどもいいとこどりをしています。
    私にとってはニーチェも仏教も脳科学、物理、進化論etcはライフワークならぬライフホビーである探究テーマの道具です。

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