TOP HELP 新着記事 ツリー表示 トピック表示 ファイル一覧 検索 過去ログ

[ 親記事をトピックトップへ ]

このトピックに書きこむ

■45414 / inTopicNo.1)  Re[52]: つれづれなるままに 22
  
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/23(Mon) 19:44:02)
    No45301の(Mp)の『まだ「加工されてない」経験』でもうちょっと思ったんだけど、

    No45350で、『まだ…区別されてない場所』ということで、No45302の(Mp2)の「初発段階の意識」ってして見て、これを〈乳幼の頃の意識〉ってして見たんだけど、

    No44523『子どもの心理-社会学』のなかで、『子どもの意識は知覚されたものが(知性によって)知解されたものに先行する』ってメルポンは言ってる。

    あと、
    No45300の(MI-2)に『事象そのものに帰るということは、認識に先だつ世界に帰ることである』ってあって、
    「事象そのもの」=「認識に先だつ世界」ってして見て、そしてこれを〈知覚されているもの〉ってして見たのね。

    ちょっとまとめて

    (As)
    まだ「加工されてない」経験
    まだ…区別されていない場所
    認識に先だつ世界
    知覚されているもの(知覚の領野)、あるいは知覚された世界

    これらのメルポンの表現はだいたい同じ、って見ておいていいかも、って。

    No45409の(Opc)ので見て見ると、 (As)が〈q〉に相当するかな。

    こういうのから、

    (Apr) 思考による「認識(判断)」によって、まだ加工されてない、認識に先だつものとして、〈知覚されているもの〉。

    ってして見ると、〈乳幼の頃の意識〉だけじゃなくて、〈大人になった意識〉にもあてはめられる?ん〜ん?

引用返信/返信 削除キー/
■45410 / inTopicNo.2)  Re[51]: つれづれなるままに 22
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/23(Mon) 10:31:39)
    現象学のを読んでて、「換骨脱胎」っていうの知ったよ。
    調べて見たら、AIによると、簡単に、

    換骨脱胎とは先人の詩文や作品の着想・表現を借りて、新しい要素を加え、独自の作品として作り変える技法
    (a)換骨: 凡骨を仙骨に取り替えることから転じて、意味を変えずに言葉だけを変えることを指します。
    (b)奪胎: 胎盤を奪い自分のものにすることから転じて、手本となる言葉を元に新しい作品を創作することを意味します。
    っていうことみたい。

    これって「間主観性」じゃない?って。

引用返信/返信 削除キー/
■45409 / inTopicNo.3)  Re[50]: つれづれなるままに 22
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/23(Mon) 10:09:32)
    わたしの物語りつづける

    ちょっとここでわたしのを書いとくね。前にも書いたけど。

    (Ac) 私の外にある「もの」は、私の(意識)内で構成された〈もの〉となる。

    っていうのを基本としてる。現象学のからわたしに見えたものなんだけど、カントのもこう見てる?
    そして、しばらくまえから、「対象—感・知覚—思・考」、この関係を簡単に、

    (Opc) ある対象「Q」→{〈q〉,〈qはpである〉}

    っていう式にして見てる。
    ちょっと説明すると〜、
    「Q」は、私の外のある或る対象。これはその人に志向された対象ね。
    { }内は〈意識(精神)〉を意味してる。
    〈q〉は、「Q」が意識の内で構成されたもの。現象学で言えば「受動的総合」されたもの、〈知覚されているもの〉。
    〈qはpである〉は、〈q〉が〈p〉と「判断」されたことを意味してて、これを「認識」ってして見てる。
    { }内を「意識」、〈qはpである〉を「認識(判断)」、ってして見て、こんな感じで「意識」と「認識」を区別して見てる。

    あ、(Opc)はNo45258の図A1のような複雑な大人になった「意識」のなかから「感-知覚」と「思-考」の領域だけを取り出して見たものね。
    こいうふうにして見ると現象学のが見えやすくなった感じね。

    (Opc)のようなのから、No45314でわたしが見たカントのを表して見ると、
    (K-Opc) 「Q」→{〈xxxx〉→〈kq〉→〈kqはpである〉}
    みたいになるかな?
    ちょっと説明すると、
    〈xxxx〉は、〈kqはpである〉みたいにまだ規定されてないもの、多様なもの〈nX〉。カントの言う「現象Ersheinung」かな?
    〈kq〉は、「覚知の総合」によってされたもの。カントの言う「経験的直観」かな?
    この〈kq〉は、「…・のように見える」、のように“一種の判断”になってて、ん〜ん、真偽以前の「仮象」みたいなのかな?
    そして、〈kqはpである〉は、真偽がかかわる「判断(認識)」みたいな?
    このようなカントの、わたし勝手な〈kq〉のようなものなんだけどね。

引用返信/返信 削除キー/
■45389 / inTopicNo.4)  Re[49]: つれづれなるままに 22
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/20(Fri) 19:09:07)
    ネットのニュース見てたら、
    「殺傷武器輸出、原則容認へ 自民案、協定締結国に限定(共同通信) - Yahoo!ニュース」
    っていうのあった。
    もしこれがそのとおりなら、
    No45338のつづき的なのになるかもだけど、

    この前の選挙は、
    日本を「人を殺したり傷つける武器を作って、それを他国に輸出(売ろう)できる国にしよう!」(a)
    「そうだ!そうだ!」と賛同する人が多かったっていうことになるのかな。
    これに反対する人が何言ってもダメよ、っていう状況を作り出したい人が多かった、ともいえるかな。

    タカ高ちゃんは、政府は「武力強化(国力)」を徹底的に強くするので、ぜひこの成長分野に投資しましょう!って言ってるようにも見れる。

    このための手始めとして(a)から、なのかな。

引用返信/返信 削除キー/
■45350 / inTopicNo.5)  Re[48]: つれづれなるままに 22
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/15(Sun) 18:35:53)
    No45314につづけて、(Mp),(Mp2)についてわたしに思われたこと

    No45301の(Mp)の、
    メルポンの、
    『まだ反省も直観も区別されていない場所…・「主観」と「客観」、実存と本質が混ざり合ったまま、一挙にわたしに与えられ、まだ「加工されてない」経験のうちに…・身をおく』(x)

    っていう、〈身をおく場所〉なんだけど、
    No45302の(Mp2)の「初発段階の意識」ってわたし見てる。

    この〈初発段階の意識に身をおく〉―—これわたしメルポンの現象学的還元って見てるんだけど―—これに関係すると思われるところをいくつか書き出して見たよ。

    No27553
    (a)言葉のざわめきの下の原初的な沈黙を再発見しない限り、そしてこの沈黙をやぶる身振りを描き出さない限り、われわれの人間考察はいつまでたっても表面的なものにとどまるであろう。

    No45300の(MI-2)
    (b)森林や草原や河川がどのようなものであるかをわれわれに最初に教えた風景

    No30710
    (c)幼児は自他未分化の「癒合的社会性」を生きている

    こういうのって、意識について、乳幼の頃に遡って見る、っていうことなんじゃないかな、って。
    そして、このような『初発段階の意識を分析の対象とするやいなや、それには〈ア・プリオリな形式〉と〈経験的内容〉という周知の区別が適応できないということにわれわれは気づくのである。』って言ってるんじゃないかな。

    (c)についてはわたしエポケーあると思うんだけど、『「主観」と「客観」が混ざり合った』っていうところは「自他未分」のことを言ってるんじゃないかな、って。
    ちなみにわたし、自他未分の状態、年齢で見ると生まれてから1才6ヵ月頃の間ってひとまずしてる。その頃の精神(意識)を〈外から見る(客観的)〉ことを試みられることもあるかもだけど、〈そのうちで見る〉ことはたぶん不可能なんじゃないかな?大人になった私はその頃を生きてきたのにね。

    (Mp),(Mp2)についてはだいたいこんなことがわたしに思われたことかな。

    ちょっと訂正で〜す。(Mp2)の(MC下p7)のpは(p77)でした。ごめんね。

引用返信/返信 削除キー/
■45338 / inTopicNo.6)  Re[47]: つれづれなるままに 22
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/14(Sat) 20:08:56)
    つれづれなるままに

    ネット見たら、

    【衆院選】「#ママ戦争止めてくるわ」SNSで広がった共感 国内の「トレンド1位」にも、投稿者が反響振り返る(カナロコ by 神奈川新聞) - Yahoo!ニュース

    わたしも共感なんだけど〜、これ、オナマスは「トレンド1位」っていう視点からしか見てないわけよね。

    わたしも選挙結果には「めちゃくちゃショックを受けた」派
    あ、清さんには、”見ているところ”に共感かな。


引用返信/返信 削除キー/
■45336 / inTopicNo.7)  Re[46]: つれづれなるままに 22
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/14(Sat) 16:40:26)
    No45319からの、

    メルポンが〈対象としての自然〉(科学やコギトした自然)と〈出来事としての自然〉(生まの自然)を区別してるっていうことについて、

    No41741『行動の構造』のなかから、

    No30397で抜粋した、

    『〈現実に存在するものとしての世界〉についての知覚的意識は、〈無数の真なる判断の対象としての世界〉についての〈知性Ⓣ期意識〉とは異なるものである』(MC下-原注p188)

    『〈世界についての知〉と、世界のこれこれの一区画やそれに隣接する地平についての〈私の知覚〉とを混同していけない。(MC下p148)』

    に追加して、

    『知覚したことと、常識的な言葉で述べるその報告と、知覚経験との区別、話された知覚と、生きられている知覚との区別ぐらいはしておくべきであろう。』(MC下p101)

    『〈感覚〉としての赤と、「どんな」赤かと言うときの赤とは区別されなければならない。〈どんな〉という質のうちには、すでに赤という純粋印象と、例えば空間・時間のある広がりを覆うという〈印象の機能〉との二つの契機が含まれている。従って〈認識する〉ということは、つねにある与件を、ある機能において、またある間係のなかで、つまり、それが私にとって意味をもち、しかじかの構造を呈示する「かぎりにおいて」把握する、ということである。』(MC下p123)

    っていうのがあった。
    ちょっと想い出したので探し出して見ました。

引用返信/返信 削除キー/
■45314 / inTopicNo.8)  Re[45]: つれづれなるままに 22
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/11(Wed) 11:40:37)
    No45313のつづき

    カントの「直観」、いまだによく分かんないんだけど、ちょっと振り返って見た。

    (a)ある対象が表象能力に及ぼす影響が、私たちが対象によって触発される限り、感覚である。感覚によって対象に関係するような直観を、経験的という。経験的直観の未規定な対象を現象という。

    (b)認識は、直観か概念のいずれかである。

    (c)直観は直接的に対象に関係し、個別的であるが、概念は、いくつかの事物に共通でありうる徴表を介して、間接的に対象に関わる。

    (d)わたしは、あらゆる概念のうちで感覚とは関係ないものを(超越論的な意味で)「純粋な何々」と呼ぶことにする。すると、感性による直観の純粋な形式が、さまざまな現象に整理をつけるものとして、先天的に心の中に見いだされることになるだろう。この感性の純粋な形式はまた純粋な直観と呼ばれることもある。

    カントの「直観」を中心にこれまでわたしが見てきたなかから書き出して見た。
    カントの言う「直観」っていうのには「経験的直観」「純粋直観」があるみたいなんだけど、わたし分かんないから「純粋直観」っていうのはもういいかな、ってあきらめ〜。

    「経験的直観」の方を、カントのをわたしなりに見たのを書いて見ると、

    外的なものとしてある対象「Q」があるとするのね。Qはその人(P)に“触発されるもの”になってる場合ね。人によってはQに触発されない場合もあるわけで、ようするにPに触発されたものとなったとき初めてQはPにとっての「対象」って呼ばれるわけね。
    QはPの意識の内に“多様なもの”として現れるみたい。これを〈nX〉ってしてするよ。〈nX〉はまだ〈なんである〉のかは認識(判断)されてないものね。この〈nX〉をカントは、「現象Ersheinung」って呼んで?て、この〈nX〉は綜合される(覚知の総合?)、って考えてる。総合されたものを「経験的直観」〈q〉って呼んでる。〈q〉はまだ〈…のように見える〉みたいな判断(認識)って考えてるのかな?で、この総合のときに働いているのが「コギト」って考えてるんじゃないかな?

    現象学のとくらべて見たよ
    カントの場合、「現象(知覚)」自身には綜合する働きはもってないってしてるのかも?現象学ではNo37239に「受動的総合(知覚)」ってあって、知覚にも総合する働きがあるって考えてるんじゃないかな?そして、〔能動的総合(コギト)はすべて受動的総合を土台にして行われる〕って考えてる。この受動的総合を「原本」とも言ってるみたで、ようするにコギトするときの原本となっているのが受動的総合(知覚されたもの)って。
    ここらへんが現象学とカントのと違うところかな?

    カントの「経験」っていうのをNo44062で見たような、〈経験的悟性(コギト)加工認識〉ってわたし見てるし、いずれにしても多様なnXが総合されるのはコギト(悟性)によるもので、コギトによって加工されたものを「直観」ってしてるだとして見てるのね。
    こういうのから
    No45301の(Mp)の「直観」を、上のようなものとしてわたし見てるのね。


引用返信/返信 削除キー/
■45313 / inTopicNo.9)  Re[44]: つれづれなるままに 22
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/11(Wed) 11:14:52)
    今日はお休みだし

    No45301の(Mp)と、
    No45302の(Mp2)
    のところについて、わたしの見えを書いてくね。

    No41741(MC)に「主知主義」「批判主義」っていうの出てくるんだけど、
    「主知主義」――デカルト、カントの
    「批判主義」――カントの
    って見てる。
    No45301の(Mp)のなかにある「反省」「合致」「直観」を、
    「反省」――デカルトの「コギト」
    「合致」――カントが問題とした「一致」
    「直観」――カントの「直観」
    って見てるよ。



引用返信/返信 削除キー/
■45310 / inTopicNo.10)  Re[43]: つれづれなるままに 22
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/10(Tue) 19:12:45)
    わっしの物語りの流れ、簡単に振り返って

    カントの(私)
    から
    フッサールの「自我」
    を見てきて、
    No45300の(MI),(MI2)で
    メルポンの「私」
    については少し書けたかな?
引用返信/返信 削除キー/
■45307 / inTopicNo.11)  Re[42]: つれづれなるままに 22
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/09(Mon) 19:03:44)
    あ〜あ、「国会」の機能が果たせなくなっちゃた感じ〜

    タカ派日本国人が多かったっていうことかな?
    ちなみに、どちらかというとわたしハト派だったのかも。

    ところで「国民会議」っていうの聞いてネットで調べたら、
    「会議は民主、自民、公明の3党合意にもとづき、衆院解散後の2012年11月末に当時の野田佳彦首相が発足させた。会長の清家篤慶応義塾長をはじめ、15人の有識者委員の人選は3党の総意だ。」
    っていうのあったんだけどわたしにはよくわかんなかった。
引用返信/返信 削除キー/
■45302 / inTopicNo.12)  Re[41]: つれづれなるままに 22
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/08(Sun) 18:23:05)
    きょうはもうちょっと抜粋だけ。
    たぶんメルポンのわたしのはあまり興味ないと思うから、ちょっと長いのはどんどん書いちゃたほうがいいかな、って。

    No45301の(Mp)の『区別されてない場所に…身をおく必要がある』っていうところに連関すると思われるところを。
    メルポンのカントの、そしてメルポンのなんだけど、

    No41741(MC)から、

    (Mp2)―――――――――――――――
    初発段階の意識を分析の対象とするやいなや、それには〈ア・プリオリな形式〉と〈経験的内容〉という周知の区別(90)が適応できないということにわれわれは気づくのである。異論の余地のないぎりぎりのところで考えるならば、ア・プリオリなものとは、一部ずつ理解することができず、最初から分解不能なひとつの本質として考えられなければならないものということであり、反対にア・ポステリオリなものとは、思考の面前でひとつひとつ外的諸部分の寄せ集めから構成されうるものを指すということになる。カント主義の特質は、ア・プリオリな構造をそなたものとしてはふたつのタイプの経験、つまり外的対象の世界の経験と内官の状態の経験のふたつだけしか認めないということ、そして経験のそれ以上の特殊規定、たとえば〈言語〉の意識とか〈他人〉についての意識とかは、ア・ポステリオリな経験の多様性に帰しているということである。

    原注(90):カントにおいては、質料と形式との区別は明らかに、あたかも二力の複合からひとつの合力が得られるといったふうに認識を生み出すところの、ふたつの力ないし二つの実在的要素の区別ではない。にもかかわらず、意識が自己自身を反省して全体的意識になれば、関係判断と、判断の対象となる経験の諸項との区別や、また空間と空間を充たす諸性質との区別が露呈されてくる、とうのもやはり正しい。このような理念的分析が批判哲学を構成しているのである。
    ―――――――――――――――――(MP-p7)

    わたしのまとめ用に、思いついたので忘れないうちに、ね。



引用返信/返信 削除キー/

次の12件>

トピック内ページ移動 / << 0 | 1 | 2 | 3 | 4 >>
Mode/  Pass/

TOP HELP 新着記事 ツリー表示 トピック表示 ファイル一覧 検索 過去ログ

- Child Tree -