| ■45350 / inTopicNo.5) |
Re[48]: つれづれなるままに 22
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□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/02/15(Sun) 18:35:53)
| No45314につづけて、(Mp),(Mp2)についてわたしに思われたこと
No45301の(Mp)の、 メルポンの、 『まだ反省も直観も区別されていない場所…・「主観」と「客観」、実存と本質が混ざり合ったまま、一挙にわたしに与えられ、まだ「加工されてない」経験のうちに…・身をおく』(x)
っていう、〈身をおく場所〉なんだけど、 No45302の(Mp2)の「初発段階の意識」ってわたし見てる。
この〈初発段階の意識に身をおく〉―—これわたしメルポンの現象学的還元って見てるんだけど―—これに関係すると思われるところをいくつか書き出して見たよ。
No27553 (a)言葉のざわめきの下の原初的な沈黙を再発見しない限り、そしてこの沈黙をやぶる身振りを描き出さない限り、われわれの人間考察はいつまでたっても表面的なものにとどまるであろう。
No45300の(MI-2) (b)森林や草原や河川がどのようなものであるかをわれわれに最初に教えた風景
No30710 (c)幼児は自他未分化の「癒合的社会性」を生きている
こういうのって、意識について、乳幼の頃に遡って見る、っていうことなんじゃないかな、って。 そして、このような『初発段階の意識を分析の対象とするやいなや、それには〈ア・プリオリな形式〉と〈経験的内容〉という周知の区別が適応できないということにわれわれは気づくのである。』って言ってるんじゃないかな。
(c)についてはわたしエポケーあると思うんだけど、『「主観」と「客観」が混ざり合った』っていうところは「自他未分」のことを言ってるんじゃないかな、って。 ちなみにわたし、自他未分の状態、年齢で見ると生まれてから1才6ヵ月頃の間ってひとまずしてる。その頃の精神(意識)を〈外から見る(客観的)〉ことを試みられることもあるかもだけど、〈そのうちで見る〉ことはたぶん不可能なんじゃないかな?大人になった私はその頃を生きてきたのにね。
(Mp),(Mp2)についてはだいたいこんなことがわたしに思われたことかな。
ちょっと訂正で〜す。(Mp2)の(MC下p7)のpは(p77)でした。ごめんね。
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