| 「虎に翼」は韓非子の「難勢篇」という篇に出てきます。この篇は慎子という人物の言葉で始まっています。慎子というのは法家の思想家で詳しいことはあまりわかっていません。「慎子」という書物がありましたが散逸してしまい、今は断片(を集めたもの)しか残っていないそうです。
慎子はまず 「空飛ぶ龍は雲に乗るが、雲が消えれば(雲に乗ることもできず)ただのミミズと同じだ」 と言います。そして 「それは龍が拠り所を失ったからだ。賢人でありながら愚か者に屈服しなければならないのは賢人に権力がないからであり、愚か者でも権力があれば賢人を服従させることができる。聖人の堯でも無位無冠であったなら3人も支配できなかったであろうし、愚か者の桀も天子の座にずっと留まっていたならば世界を支配することができたであろう」 とし、 「以上のことから権勢や地位こそが頼りになるものと悟ったのである」 と言います。
それに対してある人が反論します。 「龍が雲という後ろ盾を頼みにしていない、とは言わない。しかし、賢人を無視して権勢だけを頼りにしてはたしてうまく政治を行えるであろうか。そんな例は見たことがない。そもそも龍が雲に乗れるのは龍にそれだけの才能があるからだ。雲があるからと言ってミミズは雲には乗れない。それはそもそもミミズにはそれだけの才能がないからだ。紂や桀が天子になりながら天下の動乱を避けられなかったのは才能が劣っていたからだ。」 と言い 「権勢というものは愚か者が手に入れることもあれば賢人が手に入れることもある。そして世には賢人が少なくて愚か者が多い。だから権勢によって世の中が乱れることが多く天下をうまく治まることは少ないのだ」 さらに 「そもそも権勢というものは世の中を治めるのに便利であるが乱してしまうのにも便利である。『周書』にも『虎のために翼をつけてやってはならない。翼があれば、きっと村里に飛んできて、人間をとって食おうとするだろう』と書いてある。」
ここが「虎に翼」の出典部分になります。ここで補足説明をしておくと周書というのは書経の中で周代について書かれた部分を指します。但し、現在の周書には虎に翼の話はなく、晋代に発見された汲冢周書に載っています。
この後 「桀や紂が悪行を行えたのは天子という位にいたからで、これが翼に相当する。もしも桀や紂がただの人であったならすぐに死刑になっていたであろう。天下を治めるのに権勢だけで十分だと主張するものは知恵が浅いのである。」 と結びます。
以上の話に対してさらに論難する人が現れます。反対の反対ですから最初の慎子の立場からの発言です。「ある人」の論理ということになっていますが、多分韓非子の考えではないかと思います。ただ理解できない部分もあるので、わかったと思うところを所々言葉を補足し、或いは省いて書いてみます。
尭や舜のような賢人、また紂や桀のような極悪人も千世代に一度現れば良い方だ。その他の君主と言えば、尭や舜ほど賢人でもなく紂や桀ほど愚かでもないのが殆どだ(並の君主)。そういう君主がもし法律による政治を行えば世の中は治まるが、もし法律に従わなければ世は乱れるであろう。
並の君主が千世代法でもって治め1世代だけ桀、紂が法で悪政を極める場合と、並の君主が千世代法を用いず治め1世代だけ尭や舜が人徳で世を治める場合を比べると、前者が良いのは明らかである。
大体そのような事が書かれていると理解しているのですが、くれぐれも人に話すときは自分で原典に当たってからにして下さい。m(_ _)m
現代に置き換えてみると、法治国家を思い浮かべれば物凄く誤った理解にはならないと思いますが、今よく言われる「マニュアル」ですね。これがしっかりと定められ、これをよく理解し、これを判断の糧にすれば、ほどほどの人物でも物事にうまく対処していける、ということを言っているように思います。
以下は法に関する私見です。並の人間に法を管轄させると四角四面に法を適用し、臨機応変ができません。ただ臨機応変をやりすぎると蟻の一穴から堤防が崩れるように次第に法が乱れてきます。その辺りの匙加減が大変微妙で難しく、やはり統治者は有能でなければならないと思います。
(中公文庫「韓非子 下」町田三郎訳注を参考にしました)
|