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アナータピンディカへの教え経D
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□投稿者/ pipit -(2025/06/07(Sat) 12:01:12)
| みなさまこんにちは(⌒∇⌒) 今日は『アナータピンディカへの教え経』Dの日訳にチャレンジです。 ー−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 『Anathapindikovada-sutta』(アナータピンディコーヴァーダ・スッタ/パーリ仏典経蔵中部第143経)
No41017 @
No41729 A
No42123 B
No42641 C ー−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(続き)D
「それゆえにここであなたは、家長、このように学ぶべきです。 私は無限の空間の領域(the dimension of infinite space)【空無辺処】を取らない(執着しない)であろう。 そしてまた、私には空無辺処に基づいた識は存在しないであろう、と。 このようにあなたは、家長、学ぶべきです。
それゆえにここであなたは、家長、このように学ぶべきです。 私は無限の識の領域(the dimension of infinite consciousness)【識無辺処】を取らない(執着しない)であろう。・・・
私は何も無い領域(the dimension of nothingness)【無所有処】を取らない(執着しない)であろう。・・・
私は想でもなく非想でもない領域(the dimension of neither perception nor non-perception)【非想非非想処】を取らない(執着しない)であろう。 そしてまた、私には非想非非想処に基づいた識は存在しないであろう、と。 このようにあなたは、家長、学ぶべきです。
それゆえにここであなたは、家長、このように学ぶべきです。 この世界を私は取らないであろう。 この世界に依存した意識が私に生じることはないであろう、と、このようにあなたは、家長、学ぶべきです。
それゆえにここであなたは、家長、このように学ぶべきです。 向こうの世界を私は取らないであろう。 向こうの世界に依存した意識が私に生じることはないであろう、と、このようにあなたは、家長、学ぶべきです。
それゆえにここであなたは、家長、このように学ぶべきです。 たとえ何であれわたしにとって---見たもの、聞いたもの、感じたもの、認識したもの、得たもの、探したもの、さらに探し求めたもの、心で追ったものであっても、 それらを私は取らない(執着しない)であろう。 そしてまた、それらに依存した意識が私に生じることはないであろう。
このようにあなたは、家長、学ぶべきです。」、と。
(続きます)
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