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Re[67]: つれづれなるままに
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□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/06/01(Sun) 11:44:31)
| No43412のつづき、(K1)をわたの見方で書いていってみるよ。
(K1-A)――――――――――――――――― (1)もし個々別々の表象が他の表象に対してまったく疎遠であり、いわば独立していて、他の表象から切り離されているとしたら、なにか認識〈経験的判断(知覚判断と経験判断)〉(※1)のようなものが生じることはけっしてないであろう。 認識〈経験的判断(知覚判断と経験判断)〉とは、比較され結合された諸表象の全体〔だから〕である。 ――――――――――――――――――――― ってして見た。
No43411のB、Cから、 (※1)ここのカントの「認識」っていうのを〈経験的判断(知覚判断と経験判断)〉ってして見た。 No42960から、「判断」には「知覚判断」と「経験判断」があるってして見てるよ。
No43411のように見ることにしたことから、前に書き写したのを見返して見たらいろいろ見間違え・写し間違えに気づいちゃった。 No41037に、 (お4) 〈経験的判断は総合判断である〉 って書いちゃたけど、〈経験的判断〉じゃなくて〈経験判断〉、〈総合判断〉じゃなくて〈総合的判断〉でした。ごめん、訂正します。正しくは、 (お〜4)〈経験判断は総合的判断である〉 でした。 (お〜4)、〈経験判断〉だから、〈客観的/科学的判断〉のこと、って見るのね。 あと、 カントは〈知覚判断〉って、〈知覚〉に「判断」という語を使っているけれど、メルポンによると、 No41825のように、カントは〈知覚〉を〈「悟性的認識」の一変種〉として見ている感じ。 あと、 No42960にあるように、 「知覚〈主観/素朴的〉判断」っていうのを〈qは…に見える〉、「経験〈客観/科学的〉判断」を〈qはpである〉みたいなのにして見たらどうかな、って。たぶんカントによると「知覚〈主観/素朴的〉判断」はあくまでも主観的な〈qは…に見える〉(仮象)であって、「経験〈客観/科学的〉判断」のように客観的じゃない、みたいに見てるのかもね。
あと、No42960,見返して見て、書き写し間違えに気づいてので訂正しときま〜す。 (E-1)の@の、 「・・・・知覚は仮象にもの経験的対象にも関わる」の「経験的対象」じゃなくて「経験の対象」でした、ごめん。
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