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No43411 の記事


■43411 / )  Re[65]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/05/31(Sat) 16:17:15)
    カントの『純粋理性批判』(以下『批判』ってするね)を見るときの、カントの用語の日訳語の意味、わたしにわかりやすいようにわたしの見方、ず〜っと考えてた。

    これまでのを含めて、ちょっと整理しとく。

    カントの、
    @カントは「経験的」を「知覚」と「経験」に分けているみたいだから、
    わたし、「知覚」を〈主観/素朴的〉、「経験」を〈客観/科学的〉として見ることにした。
    だから、「経験的」とあったら、「知覚〈主観/素朴的〉」と「経験〈客観/科学的〉」の両方を指しているとして見る。
    ※「経験的」=〈知覚〈主観/素朴的〉・経験〈客観/科学的〉〉
    Aカントの「意識」を〈コギト/私は考える〉って見ることにした。あと「自発性」を〈コギト〉のこと、ってして見た。
    ※「意識」≒〈コギト/私は考える〉≒自発性
    Bカントの「認識」を〈判断〉って見ることにして、これ、Aの〈コギト〉における〈判断〉として見る。
    ※「意識」≒〈コギト〉≒「自発性」≒「認識」≒「判断」
    C「判断」っていうの、「知覚判断」と「経験判断」っていうのがあるみたいだから、
    前者は、「〈主観/素朴的〉判断」、後者は「〈客観/科学的〉判断」っていうふうに見るのね。
    いづれにしても、両方とも、「経験的なもの」になるわけ(「超越論的」の方じゃなくて)。
    D「超越論的」を、「根源的」「純粋」「ア・プリオリ」と同じような意味として見て、「ア・プリオリ」を「先験的」ってして見る。

    いまんとここんな感じかな。

    あと、カントの『批判』、
    〈神に対して人間の「対象の経験的認識と、それを可能にするもの」についての物語り〉
    見たいに見てる。
    この「経験的認識」は、@とBから、〈知覚〈主観/素朴的〉・経験〈客観/科学的〉〉〈判断〉ってなる。
    「それを可能にする」もの、っていうのを〈それ成らしめるもの〉ってして見て、その仕方を「形式」ってして見とく。
    あと、カント、「内容」と「形式(仕方)」に分けてるみたいだから、前者を〈されてるもの〉、後者を〈すること〉ってして見とく。

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