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No37026 の記事


■37026 / )  Re[83]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2024/04/06(Sat) 16:05:52)
    No37025のつづき
    「もの(それ)」と〈自〉と〈感覚-知覚-記憶-想像〉(感知性の領域)の関係についてね。

    〈自〉(意識の原初的自然な固有の領域)No36717は、〈自〉のもつ〈欲望(欲求・価値・要求・資質・衝動)や情〉No36861によって、外界――私の外にある「もの(それ)」――現前(現在)する現実的なもの(現実的な/現にあるもの)――へ志向するのね。
    そして、その「もの(それ)」らは、私の内(意識)で構成された〈もの(それ)〉となるのね

    私の外にある「もの(それ)」は、身体の「感覚器官」を通じて〈感知性〉の領域で〈感覚〉され、それに志向する〈端的な知覚〉によって〈端的に知覚-されたもの〉が構成されるのね。そしてこの〈端的に知覚-されたもの〉のなかには信念があるとすら言えないくて(o)、肯定的に(定立No36141 (v))〈現に“ある”〉ただそれだけの物理的像No36130 (t)のようなものとして見る。

    〈自〉は、〈知覚〉・〈想像〉・〈記憶〉へ志向し、それらが〈自〉のなかに現れるのね。
    ・〈端的な知覚〉は、「現実的な/現にあるもの」が構成されたもの。
    ・〈想像〉は、〈非現実的な/現にないもの〉へ志向し、〈想像-されたもの〉を産出。
    ・〈記憶〉によって提示されているものは、過去にかかわる想起と未来にかかわる予期・期待。
    〈知覚〉は現在化作用、〈想像〉と〈記憶〉は準現在化作用No36191 (w)。
    〈自〉において、「もの(それ)」はつねに、〈端的な知覚〉の現在化に、〈想像〉と〈記憶〉の準現在化をともなう付帯現前(共現在化)No36191 (w)となっているのね。

    通常、〈自〉においては、〈知覚〉と〈想像〉は区別され(切り離され隔てられ(n))ていて、〈自〉においては両者への問いかけ(弁証(p))が行われているのね。そして、〈するもの-想像〉は、現実世界との交通を遮断してNo36191 (w)、〈想像-されるもの〉を絶対的なものにしてる(m)。

    〈自〉が、絶対的なものとなってる〈想像-されるもの〉のうちに傾注している(想像しているとき(n))、
    〈現実的な/現にあるものの知覚〉と〈非現実的な/現にないものである想像的-されるもの〉を切り離している隔たりは消え、通常、〈現実的な/現にあるものの知覚〉とかかわっている私の〈自〉(意識の中心(n))は消える。〈自〉にもたらされた絶対的な〈想像-されるもの〉の光景のなかに身を置かなければならなくなる。(n)
    このように、〈自〉が、絶対的な〈非現実的な/現にないものである想像-されるもの〉のなかに包み込まれている(k)とき――このときでも〈知覚〉の〈感覚現実的な/現にあるもの〉への志向性がなくなったわけじゃなくて、それらも〈端的に知覚-されて〉いるのね――、〈現実的な/現にあるものの-知覚〉と〈非現実的な/現にないものの想像-されるもの〉の区別ができなくなっちゃってるみたいな感じね。絶対的な〈想像-されるもの〉ののなかにいる〈自〉は、両者に問いかける(k)ことなく、確信(b)されることになるのね。

    〈想像-されるもの〉は「知覚」にも影響を及ぼしていて、〈想像-されるもの〉によって、「知覚」に疑似的な感覚(c)(感覚の変様態No36130 (t))が示されて、それは肯定的に〈現にある〉ただそれだけの〈知覚-されたもの〉として構成されちゃうのね。そのようものも〈自〉のなかに現れてる。このように、〈想像的なもの〉が確信となっている〈自〉にとって、〈想像-されるもの〉によって、“あざむかれる”とも言えるんだけど、一方、〈想像-すること〉は、「現実的なもの」にとらわれることなく、そこから解放された、〈自〉の自由の現れでもある(m)(って、メルポンは見てる)。

    〈自〉にとって、現実の価値が下げられ(k)、現実的なものへのよりどころが失われるようになると(m)と、〈自〉の外界への志向性は低下して、〈現実的な/現にあるものの端的な知覚〉への志向性より、〈非現実的な/現にないものの想像-されるもの〉への志向性がより強まって、現実の世界のなかで生きることをやめて、想像の世界で生きるようになっちゃたのが「幻覚にとらわれてる人」なのかもしれない、って。

    こういうのって、程度もあるとも思うし、いつも、ってうことじゃないと思う。

    No36016のメルポンのから、わたしにこんなようなのが思われたんだけど、「幻覚」っていうの、人のもつ一つの能力、「想像力」によるものなのかもしれない。そして「幻覚」っていうの、〈考知性〉――物事を正しく理解し判断する能力である認識――の領域に問題があるんじゃなくて、〈感知性〉の領域にそのもとが潜んでるように思えるのね。

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