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■37383 / inTopicNo.1)  フキの炒め煮
  
□投稿者/ 田秋 -(2024/05/28(Tue) 06:33:57)
    フキがだいぶ大きくなってきた。大きくなるのは良いが繁殖力も強く、生えて欲しくない所まで浸食してくるのは困ったものだ。

    作り方は簡単。
    唐辛子を1本入れてごま油で炒め、出し汁、醤油、みりん、酒、砂糖を入れ、汁気がなくなるまで煮詰めて出来上がり。調味料とフキ本来の味の調和を楽しむ。

    皿は砥部焼


750×1000 => 450×600

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■37363 / inTopicNo.2)  Re[50]: ニンニク
□投稿者/ 田秋 -(2024/05/26(Sun) 06:10:47)
    採りたてのニンニクをラップに包んでレンジで2分チン。

    以前はアルミ箔に包んでトースターで包み焼をしていたが、こちらの方が簡単で失敗がない。

    ニンニクの臭みが全くなく。何房でも食べられる。

    ハーブ入りソルトで。

    爪が汚いのは最近畑の草取りなどをしているため。
666×1000 => 400×600

musininniku.jpg
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■37357 / inTopicNo.3)  ニンニク
□投稿者/ 田秋 -(2024/05/24(Fri) 08:28:06)
    今朝、掘ったばかりのニンニク。サルはニンニク食べない。植えてから一度も追肥も草取りもしなかった割にはニンニク君、頑張ったね!

    一人では消費しきれないので、友達に上げます。
566×755 => 449×600

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■37331 / inTopicNo.4)  マーラー3番
□投稿者/ knowingitself -(2024/05/20(Mon) 19:45:23)
    田秋さん、レスありがとうございます。

    これはやはりプロの演奏家と、わかってもわからなくても楽しみで音楽を聴くリスナーの違いですね。


    CDなどで6楽章だけ聴く人も少なくないでしょう。邪道といえば邪道ですが。










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■37330 / inTopicNo.5)  
□投稿者/ 田秋 -(2024/05/20(Mon) 09:37:39)
    従兄弟の一人が最近亡くなり、その49日の法要に参列するために大阪の従兄弟がうちに来た。というのも田秋家が本家で一族の菩提寺もうちの街にあるからだ。

    大阪から従兄弟が来るというので見栄を張り、いつもより早めに庭の剪定をし、白石も新しく敷きなおした。


750×1000 => 450×600

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■37326 / inTopicNo.6)  マーラー3番とベートーヴェンの作品135
□投稿者/ 田秋 -(2024/05/19(Sun) 08:24:16)
    2024/05/19(Sun) 09:56:25 編集(投稿者)

    おはようございます、knowingitselfさん

    同じようなことを感じている人を見つけました。
    https://www.yonogi.com/entry/beethoven-sq16-mahler3

    ===
    正直、3番の最終楽章が始まったときの感想は

    やっとここまで来たぁ!

    でした(不謹慎と言われようと、何と言われようと^^)。

    しかーし!そこからまだ25分以上30分近くあるんです!!モーツァルトの中規模シンフォニーなら1曲分の長さです!!

    そして 長い遍歴の末、遂にと言うか、やっとと言うか

    最後のティンパニのレ、ラ、レ、ラ辺りは、(やけくそ)トレモロをFF(フォルテッシモ)で弾きまくっていました(こういう時は、背筋をしゃきっと伸ばし、楽器を高く掲げ、作曲家に敬意の念を示し、お客さんと共に感動を味わっているポーズを取るのが作法です)。

    ===
    マーラーも少し反省したのでしょう、次の4番は短めです(たった1時間弱!?)。

    (ならずもの演奏家のつぶやきでした)
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■37318 / inTopicNo.7)  マーラー3番とベートーヴェンの作品135
□投稿者/ knowingitself -(2024/05/17(Fri) 20:37:49)
    田秋さん こんばんは

    マーラー3番の第6楽章は、ベートーヴェンの最後の弦楽四重奏曲の第3楽章にどこか似ていますね。

    マーラーはベートーヴェンの弦楽四重奏曲をオーケストラ用に編曲したくらいですから、影響関係は自明といっていいのかもしれません。


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■37316 / inTopicNo.8)  日本の統治者
□投稿者/ 田秋 -(2024/05/17(Fri) 20:02:01)
    こんばんは、悪魔ちゃん

    知恵袋に同じ質問をしている人がいました。
    https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1484155109

    なかなか的を射た回答だと思います。

    日本は国民主権ですが、どう考えても国民が日本を統治しているとは思えません。

    では岸田総理が統治者かというと???です。

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■37315 / inTopicNo.9)  Re[44]: 虎に翼 韓非子「難勢篇」
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2024/05/17(Fri) 19:02:35)
    お邪魔しま〜す、田秋さん

    今の日本国の「統治者」って誰になってるの?
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■37308 / inTopicNo.10)  虎に翼 韓非子「難勢篇」
□投稿者/ 田秋 -(2024/05/15(Wed) 16:11:42)
    「虎に翼」は韓非子の「難勢篇」という篇に出てきます。この篇は慎子という人物の言葉で始まっています。慎子というのは法家の思想家で詳しいことはあまりわかっていません。「慎子」という書物がありましたが散逸してしまい、今は断片(を集めたもの)しか残っていないそうです。

    慎子はまず
    「空飛ぶ龍は雲に乗るが、雲が消えれば(雲に乗ることもできず)ただのミミズと同じだ」
    と言います。そして
    「それは龍が拠り所を失ったからだ。賢人でありながら愚か者に屈服しなければならないのは賢人に権力がないからであり、愚か者でも権力があれば賢人を服従させることができる。聖人の堯でも無位無冠であったなら3人も支配できなかったであろうし、愚か者の桀も天子の座にずっと留まっていたならば世界を支配することができたであろう」
    とし、
    「以上のことから権勢や地位こそが頼りになるものと悟ったのである」
    と言います。

    それに対してある人が反論します。
    「龍が雲という後ろ盾を頼みにしていない、とは言わない。しかし、賢人を無視して権勢だけを頼りにしてはたしてうまく政治を行えるであろうか。そんな例は見たことがない。そもそも龍が雲に乗れるのは龍にそれだけの才能があるからだ。雲があるからと言ってミミズは雲には乗れない。それはそもそもミミズにはそれだけの才能がないからだ。紂や桀が天子になりながら天下の動乱を避けられなかったのは才能が劣っていたからだ。」
    と言い
    「権勢というものは愚か者が手に入れることもあれば賢人が手に入れることもある。そして世には賢人が少なくて愚か者が多い。だから権勢によって世の中が乱れることが多く天下をうまく治まることは少ないのだ」
    さらに
    「そもそも権勢というものは世の中を治めるのに便利であるが乱してしまうのにも便利である。『周書』にも『虎のために翼をつけてやってはならない。翼があれば、きっと村里に飛んできて、人間をとって食おうとするだろう』と書いてある。」

    ここが「虎に翼」の出典部分になります。ここで補足説明をしておくと周書というのは書経の中で周代について書かれた部分を指します。但し、現在の周書には虎に翼の話はなく、晋代に発見された汲冢周書に載っています。

    この後
    「桀や紂が悪行を行えたのは天子という位にいたからで、これが翼に相当する。もしも桀や紂がただの人であったならすぐに死刑になっていたであろう。天下を治めるのに権勢だけで十分だと主張するものは知恵が浅いのである。」
    と結びます。

    以上の話に対してさらに論難する人が現れます。反対の反対ですから最初の慎子の立場からの発言です。「ある人」の論理ということになっていますが、多分韓非子の考えではないかと思います。ただ理解できない部分もあるので、わかったと思うところを所々言葉を補足し、或いは省いて書いてみます。

    尭や舜のような賢人、また紂や桀のような極悪人も千世代に一度現れば良い方だ。その他の君主と言えば、尭や舜ほど賢人でもなく紂や桀ほど愚かでもないのが殆どだ(並の君主)。そういう君主がもし法律による政治を行えば世の中は治まるが、もし法律に従わなければ世は乱れるであろう。

    並の君主が千世代法でもって治め1世代だけ桀、紂が法で悪政を極める場合と、並の君主が千世代法を用いず治め1世代だけ尭や舜が人徳で世を治める場合を比べると、前者が良いのは明らかである。

    大体そのような事が書かれていると理解しているのですが、くれぐれも人に話すときは自分で原典に当たってからにして下さい。m(_ _)m

    現代に置き換えてみると、法治国家を思い浮かべれば物凄く誤った理解にはならないと思いますが、今よく言われる「マニュアル」ですね。これがしっかりと定められ、これをよく理解し、これを判断の糧にすれば、ほどほどの人物でも物事にうまく対処していける、ということを言っているように思います。

    以下は法に関する私見です。並の人間に法を管轄させると四角四面に法を適用し、臨機応変ができません。ただ臨機応変をやりすぎると蟻の一穴から堤防が崩れるように次第に法が乱れてきます。その辺りの匙加減が大変微妙で難しく、やはり統治者は有能でなければならないと思います。

    (中公文庫「韓非子 下」町田三郎訳注を参考にしました)

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■37304 / inTopicNo.11)  Re[42]: マーラー3番の補足
□投稿者/ 田秋 -(2024/05/15(Wed) 11:18:04)
    おはようございます。パニチェさん

    レスありがとうございます。

    詩を読み返すと《Weh》と《Lust》が対になっています。ちくま文庫では「苦痛」と「快楽」というペアにし、白水社は「悲しみ」と「歓び」の対にしています。日本語の語感だとそれぞれバランスが取れています。これをもし「苦痛」と「歓び」、或いは「悲しみ」と「快楽」の対にすると、バランスが悪く感じます。要するに詩全体のイメージを掴まえて訳して行かないといけないのですね。

    それにしても「悲しみ」と「苦痛」が同じ単語というのは、訳者泣かせ(?)ですね。日本語だと「悲しみ」と「苦痛」はかなり違いますが、ドイツ語圏の人には「Weh」と聞くと迷うこともない何か一つのイメージが湧いてくるですかね?

    今回はボクのマーラーの9番の話から始まって、それにknowingitselfさんが反応し、今度はマーラー繋がりでknowingitselfさんが9番から3番に飛び、それにボクが反応し、わからなかったところをパニチェさんに疑問を投げかけ、それにパニチェさんが応答して下さり、とても有意義な流れでした。

    knowingitselfさん、パニチェさん、ありがとうございました。

引用返信/返信 削除キー/
■37302 / inTopicNo.12)  Re[41]: マーラー3番の補足
□投稿者/ パニチェ -(2024/05/15(Wed) 09:36:36)
    2024/05/15(Wed) 11:04:35 編集(投稿者)

    おはようございます、田秋さん。レスありがとうございます。

    No37300に返信(田秋さんの記事)

    > knowingitself さんがマーラーの3番とツァラトゥストラとの関係に言及されました。その補足です。
    > マーラーがツァラトゥストラから引用しているのは4楽章で、アルトが引用された詩を歌います。
    > https://www.youtube.com/watch?v=6aM9hezKudY
    > マーラーが引用しているのは「ツァラトゥストラはこう語った」の「酔歌」の最後に載っている詩です。「第二の舞踏歌」にもほぼ同じものが載っていますが、一つ!二つ!というのは3番の歌詞にはありません。

    > O Mensch! Gib acht!
    >   おお、人間よ!心せよ!
    > Was spricht die tiefe Mitternacht?
    >   暗い真夜中は何を語るか?
    > 》Ich schlief, ich schlief―,
    >   「わたしは眠っていた、わたしは眠っていた―
    > Aus tiefem Traum bin ich erwacht:―
    >   深い夢からわたしは目ざめた。―
    > Die Welt ist tief,
    >   世界は深い、
    > Und tiefer als der Tag gedacht.
    >   昼が考えていたより深い―。
    > Tief ist ihr Weh―,
    >   世界の苦痛は深い―。
    > Lust―tiefer noch als Herzeleid:
    >   快楽は―心の悩みよりもさらに深い。
    > Weh spricht: Vergeh!
    >   苦痛は語る、過ぎ去れと! と。
    > Doch alle Lust will Ewigkeit―,
    >   しかし一切の快楽が永遠を欲する―、
    > ―will tiefe, tiefe Ewigkeit!《
    >   ―深い、深い永遠を欲する!」

    >   (日本語訳はちくま文庫「ツァラトゥストラ 下」P345〜346より:傍点は省略)
    > これをほぼ正確に使っています。”ほぼ”という意味は、省略している部分はありませんが、繰り返している部分はあるということです。

    > ===
    > 《Weh》について
    > ちくまの日本語訳(吉沢伝三郎訳)は《Weh》を上述のように「苦痛」と訳している。一方、全音のマーラーの3番のスコアの解説を執筆している園部四郎氏は「悲しみ」と訳している。
    > ウィキペディア
    > https://en.wikipedia.org/wiki/Zarathustra%27s_roundelay
    > に載る英訳では該当部分に《woe》という単語を用い、weblioでは第一義に「悲哀」を載せる。また、deeplでは第一義に「災い」を載せ、ついで「悲痛、哀れ、憐れ」と訳される。

    > 私見では「悲しみ」が何となくぴったりするように思う(但し100%根拠のない感覚のみの感想です)。
    > パニチェさん、他の日本語版ではどのように訳されているんでしょうね?


    結論から返信しますと白水社版(個人的には和訳はこちらの方が好みです)では田秋さんのご明察通り「悲しみ」「悲哀」と訳されています。
    田秋さんから振っていただいて、今回初めて気づいた点が他にもあります。

    白水社版では『酔歌』の小題は『夜にさすらう者の歌』と訳されています。
    参考までに白水社版に載っている詩の部分を以下に引用しておきますね。

    ************************************
    白水社版「ツァラトゥストラはこう語った 夜にさすらう者の歌」よりの引用

    おお、人間よ!耳を澄ませ!
    深い真夜中は何をか語る?
    「わたしは眠った、わたしは眠った──。
    「深い夢からわたしは目覚めた。──
    「世界は深い、
    「昼が考えたよりも深い。
    「世界の悲しみは深い──、
    「だが歓びは──悲哀よりも深い。
    「悲しみは言う。<<過ぎ去れ!>>と。
    「しかしすべての歓びは、永遠を欲する──、
    「──深い深い永遠を!」

    ************ 引用終わり ************

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