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■11293 / inTopicNo.73)  論理学は分析論と弁証論に区分される
  
□投稿者/ pipit -(2021/03/05(Fri) 18:03:26)
    B87あたりの英訳です。
    中山先生本では2巻のp37
    『第四節 超越論的な論理学は超越論的な分析論と弁証論に区分される』の箇所です。
    分析論(真理の論理学)に@、弁証論(仮象の論理学)にAの記号を挿入しておきます。

    IV. Of the Division of Transcendental Logic into Transcendental Analytic and Dialectic.

    (略)

    @That part of transcendental logic, then, which treats of the elements of pure cognition of the understanding,
    and of the principles without which no object at all can be thought,
    is transcendental analytic, and at the same time a logic of truth.

    (略)

    @→ANow, as it ought properly to be only a canon for judging of the empirical use of the understanding,
    this kind of logic is misused when we seek to employ it as an organon of the universal and unlimited exercise of the
    tanding,
    and attempt with the pure understanding alone to judge synthetically,
    affirm, and determine respecting objects in general.
    In this case the exercise of the pure understanding becomes dialectical.

    AThe second part of our transcendental logic must therefore be a critique of dialectical illusion,
    and this critique we shall term transcendental dialectic(略) as a critique of understanding and reason in regard to their hyperphysical use.

    This critique will expose the groundless nature of the pretensions of these two faculties,
    and invalidate their claims to the discovery and enlargement of our cognitions merely by means of transcendental principles,
    and show that the proper employment of these faculties is to test the judgements made by the pure understanding,
    and to guard it from sophistical delusion.



    最後らへんの、two faculties は、悟性(知性)と理性のことを指してると思っています。
    中山先生は、『知性と理性』と訳されています。
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■11294 / inTopicNo.74)  コトバ
□投稿者/ pipit -(2021/03/05(Fri) 18:20:52)
    まあ、勝手に思うことですが、

    カントの、単語の選び方などの言語センス?はかなり独特で

    本人はそのつもりないんだろうけど、周りには伝わりにくいんじゃないかなーと思いました。

    多分、カント本人は、めっちゃ伝えたいと思ってるとは思うんだけど。。。

    と妄想してみました。

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■11296 / inTopicNo.75)  Re[44]: コトバ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2021/03/05(Fri) 18:46:07)
    >真偽や賛否はともかく、カントの言いたかったこと<
    っていうところがpipitさまにあるからわたしここにきやすいのかも。

    pipitさま、お邪魔しま〜す。

    ニーチェって、「客観的に妥当」っていうことをだいじにしてるようにわたしには見えるんだけど、カントはどういう意味で「客観」っていう語をつかってるのかしら?

    いつも聞いてばっかでごめんね。
    気が向いたときでいいよ。


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■11316 / inTopicNo.76)  悪魔ちゃんへ
□投稿者/ pipit -(2021/03/05(Fri) 22:51:42)
    こんばんは〜

    No11296に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > >真偽や賛否はともかく、カントの言いたかったこと<
    > っていうところがpipitさまにあるからわたしここにきやすいのかも。<
    > pipitさま、お邪魔しま〜す。<

    悪魔ちゃんと話すのはとてもおもしろいよ、いつもありがとう。
    この前も、新鮮な発想で面白かったな〜
    相手が自分に自らを示してるなんて発想、教えてくれてありがとう!


    > ニーチェって、「客観的に妥当」っていうことをだいじにしてるようにわたしには見えるんだけど、<

    そういう印象は、わたしはないけどなぁ(^◇^;)
    実は、みたいな?
    実はそうやった、なら、おもしろいけど


    >カントはどういう意味で「客観」っていう語をつかってるのかしら?
    >
    > いつも聞いてばっかでごめんね。
    > 気が向いたときでいいよ。<

    いつも楽しいし、勉強にならなかった覚えがないから、こちらこそ気にしないでね。

    ただ、、、悪魔ちゃんは難しいところ聞くんだよ〜

    ごめん、カントの、はまだ勉強中で正確にはわからないんだけど、
    今の私としては、客観とは『主観抜きを仮定して描かれる象』かなぁ。難しい。

    岩井拓朗 さんと言う方の
    『客観的世界を経験するとはどういうことか ―『純粋理性批判』第二類推についての考察―』
    という論文があるんだけど、

    //philosophy-japan.org/wpdata/wp-content/uploads/2016/05/b0c506bdaa5854a7f66c074cbfee5018.pdf

    はじめに、で、
    『『純粋理性批判(以下『批判』)』でカントは私たちが知覚に基づいて行う認識活動を「経験(Erfahrung)」と 呼び、それが客観性に関与することを強調する1 。そして彼はそうした経験の成立条件を考察している。では カントはこうした考察によって何を明らかにしようとしているのか。
    P・F・ストローソンはカントの狙いが、客観的世界についての経験という考えが成立するための条件を明 らかにすることだと指摘した2 。例えば私たちは知覚を通じて、犬が移動したことや、部屋に本棚が複数ある ことなど世界に関して様々なことを知ることがある。その際に私たちは、自分達の知覚とは独立に存在し得る 事態を目の当たりにしたと考えるだろう。例えば自分たちが見ていなくても犬は移動したと考えるのであり、 私たちは自分達が客観的なものを経験したと考えるのである。カントはこうした理解の成立条件を考察してい るというのがストローソンの指摘である。』
    という岩井さんの文章が載ってるんだけど、

    それから、もう少し後に、
    『主体は客観的な世界を経験することにおいて、単に世界に対応した何 らかの表象を手にしているだけでなく、そうした表象が客観的なもの、つまり自分が知覚しなくても存在した であろうようなものに関わっていることの理解に到達する。』
    とかも、今のわたしの客観のイメージと似てる感じがしてます。

    あとは、共有の可能性を備え持つもの、かなあ、客観のイメージ

    ちゃんとわからなくてごめん!
    機会があったら、客観を意識してカントの文章を読んでみるね
    おやすみ〜(^ ^)☆彡
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■11317 / inTopicNo.77)  日記
□投稿者/ pipit -(2021/03/06(Sat) 00:26:43)
    客観の元要素となる客体

    物自体としての客体、と、現象としての客体、の二種を考えられるとしたら

    現象としての客体、が、人間にとって客観に妥当するものであり、
    物自体としての客体を考えているとき、それは主観的なものになってしまう、

    みたいな感じが『純粋理性批判』の構図かな?と予想しました。

    予想が違ったり、予想が当たっててもどんでん返しとかあったり、』実践理性批判』では違う論理が登場したり、とかありそうですけどね。

    まあ、いいかげんな日記ということで。おつかれさまです、おやすみなさーい

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■11318 / inTopicNo.78)  客観
□投稿者/ パニチェ -(2021/03/06(Sat) 07:48:42)
    横レス御免!

    No11296に返信(悪魔ちゃんさんの記事)

    > ニーチェって、「客観的に妥当」っていうことをだいじにしてるようにわたしには見えるんだけど、カントはどういう意味で「客観」っていう語をつかってるのかしら?

    ニーチェのアフォリズムで客観について語ってるのは少ないし、客観性をさほど重視したり問題にしてないように思うんだけど、悪魔ちゃんがニーチェは『客観的に妥当』っていうことをだいじにしてるように見えるのはどういうところからかを教えてもらえれば有難いです。

    議論を前提とした質問ではなく、単なる興味本位からだからスルーでもいいけどね。
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■11322 / inTopicNo.79)  Re[46]: 客観
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2021/03/06(Sat) 13:17:50)
    ■11318、パニさん、間違えちゃいました。ごめんなさい。

    ニーチェじゃなくて、カントです。

    カントは「客観的に妥当」っていうことをだいじにしてるようにわたしには見える。

    です。

    ニーチェは、客観っていうの、あまり問題にしてないようにわたしも思います。

    いまね、現象学とカントのとニーチェのとを行ったり来たりしながら考えてて、ごちゃごちゃになってるのかも。

    ありがとございます。


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■11323 / inTopicNo.80)  Re[47]: 客観
□投稿者/ パニチェ -(2021/03/06(Sat) 15:28:28)
    悪魔ちゃん、レスありがとう!

    No11322に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > ■11318、パニさん、間違えちゃいました。ごめんなさい。

    > ニーチェじゃなくて、カントです。

    あっ、そうなんですね。了解しました。
    全然お詫びには及びません。^^

    > カントは「客観的に妥当」っていうことをだいじにしてるようにわたしには見える。
    > です。
    > ニーチェは、客観っていうの、あまり問題にしてないようにわたしも思います。
    > いまね、現象学とカントのとニーチェのとを行ったり来たりしながら考えてて、ごちゃごちゃになってるのかも。
    > ありがとございます。

    どういたしまして。
    私もあらためて調べてみるきっかけになりました。
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■11324 / inTopicNo.81)  Re[48]: 客観
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2021/03/06(Sat) 16:25:58)
    pipitさま、ありがとうございます。

    ■11316、論文読んでみました。

    わたし、カントの「第二類推」とか、ストローソンさんやエヴァンズさん知らないからよくわかんなかった。

    でもこれだけじゃわるいから。わたしに見えたのを少しだけ。

    カントの言う「経験(Erfahrung)」とは「知覚に基づいて行う認識活動」のこと。
    で、
    カントが述べてる、
    「したがって経験は諸知覚の総合であり、この綜合自身は知覚には含まれておらず、意識における知覚の多様の総合的統一を含んでいるのであり、この綜合的統一は感官の客観の意識、つまり(たんなる直観や感官の感覚ではない)経験の本質を構成する」(B218-9)
    の「経験」を「認識活動」に置き換えて見たらカントのなんとなくわかった感じ。

    わたしのばあい、「客観」ってどこにあるものなの?どこに置きましょうか?から始めたんだけど、カントの客観、わたしのと同じ場所にあるようで、じゃないないみたいなようで、っていう感じでした。
    わたしの「主・客」はWhatで。

    それにしてもpipitさまいろんな情報を知ってるのね、すご!

    またよろしくね。

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■11334 / inTopicNo.82)  日記
□投稿者/ pipit -(2021/03/06(Sat) 23:40:47)
    眠い !

    記憶で書きます。
    前にカントの文章を読んでて、
    おもしろいなーと思ったのは、知覚による客体の規定、みたいな文章


    カント的には、思考、も、絡むね

    概念と概念の動き、判断、は、思考のビジネスだからね。
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■11335 / inTopicNo.83)  Re[50]: 日記
□投稿者/ pipit -(2021/03/06(Sat) 23:43:02)
    NHKで、倫理のドラマ始まったなー

    眠いけど、どうしようかなー
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■11341 / inTopicNo.84)  構成
□投稿者/ pipit -(2021/03/07(Sun) 10:43:18)
    おはようございます。

    論理学は@分析論と弁証論に区分されます。

    その@分析論は、A.概念論と原則論に区分されます。

    これから見ていくのは、A.概念論です。
    中山元先生の訳語としては、@『第一部 超越論的な分析論』、の、A.『第一篇 概念の分析論』の、、、

    『第一章 すべての純粋知性概念を発見する方法について』あたりを見ていこうと思います。

    中山先生の光文社古典新訳文庫では、第二巻のp47〜
    B92あたりです
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