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No44049 の記事


■44049 / )  Re[78]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/08/30(Sat) 16:18:40)
    No43913(本Kc)をまだ読んでて、しばらくカントのわたしの物語り書けなかったけどちょっとお喋りできそうになったところを書いとく。

    カントの用語とその日訳のわたしの見方、これまでいろいろ考えてみたのをここでちょっとまとめて見ると。

    @「表象」 → 私が私の前に名のものかを立てる → コギト
    A「現象」 → 何ものかの現れ
    B「意識」 → コギト(私は考える)あるいは考える私
    C「我々」 → 我々人間
    D「ア・プリオリ」 → より前
    E「超越論的」 → (私の内にある)神的々
    F「演繹」 → 正当化

    こういうふうに置き換えて見るとわたしには分かりやすくなるかな、っていうことね。

    @は、〈私が私の前に何ものかを立てる〉を「自発的」って見て、だから〈コギト(私は考える)〉ともして見ることにしたのね。
    Bは、
    No43305で見たようなことから。
    あと、(本Kc)のp194に《cogito, ergo sum(私は考える、故に私は存在する)》って書いてあった。
    カントの、これが根本になってる感じもしてる。
    Fは、
    No41672(本Ko)のp140に書いてあったから。

    わたしずーとカントの「知覚Wahrnehmung」っていうのどういうのか調べてるんだけど、そのなかで、
    No43913(本Kc)の事項索引のなかに、
    (19)『現象が表象と結びつくと知覚と称せられる』120
    ってあるのね。あ、(19)はわたしが付けた番号だから気にしないでね。
    これって最初どういうこと?って思ってたんだけど、@のようにして見たらなんか分かる感じになったよ。
    (19-1)現象が表象〈私が私の前に名のものかを立てる〉ことと結びつくと知覚と称せられる
    (19-2)現象が表象〈コギト〉と結びつくと知覚と称せられる
    ってなるのね。
    あと、(本Kc)のp166に
    『現象が意識と結びつくと知覚と称せられる』
    っていうのもあるのね。これ、Bのような見方で見ると、
    「現象が意識〈コギト〉と結びつくと知覚と称せられる」
    ってなって、(19-2)と同じことを言ってることになるのね。

    カントの「知覚」っていうの、基本的に〈コギトによって規定されたもの〉みたいな?あるいは〈コギトとしての知覚〉みたいな?
    (本Kc)のなかには「単なる現象」とか「単なる知覚」っていうのもあって、これは「何か或るもの」として、まだコギトによって規定されてないものを指してる感じ。

    No41825でメルロが言ってるように、
    カントにとって『知覚は「悟性認識」の一変種』になってるのかも、って。
    なんかメルポンの言ってることがわかってきた感じ。

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