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No41075 の記事


■41075 / )  Re[25]: つれづれなるままに 18
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/03/01(Sat) 16:37:56)
    No41064で、カントの言う「総合的判断」っていうのを(K-sU)のように見たんだけど、簡単に、「AはBである」において、BによってAが拡張されているような判断(認識)っていうふうにして見てもいいかな。って。
    そしてカントは、
    No40973の(KoQ)の問いに答えるために、この「総合的判断(拡張判断)」を手がかりとして、なのかな?

    「AはBである」っていう判断(認識)で、想いだしてるのが、
    No39160で見たような「概念主義」
    ここでの問いは、
    No39368
    〔知覚の内容はどれほど概念化されている(されうる)のか、知性に(どのように)依存するのか〕?
    で、
    No39511
    セラーズの「概念主義」っていうのを、
    (c-p)私たちが何かを〈知覚すること〉において、“すでに”概念的思考〈思考による概念〉が伴ってる(組み込まれている)。
    ってわたし見てる。

    このときちょっと想い出したのが【「カント」小牧治著清水書院1967】に書いてあった、
    〔それにしても、時・空形式がまとめあげたものにたして、はたして異質的なカテゴリーは、適用されるのだろうか。思考能力である悟性の働きが、感覚的に与えられた表象を、カテゴリー(思考の様式)によってまとめてゆくためには、感覚的表象はそれに応ずるようなものでなくてはならない。カテゴリーが、感覚を統一していく働きであるといても、肝心の素材としての感覚が、カテゴリーの手におえないようなものであっては、なんとしようもない。思考形式が、それとはまったく無関係に、時・空の形式によってまとめられた感覚素材にどうして適合するか。それが、カントをもっとも苦しめた問題であった。
    カントはこう考えた。じつは、感性の時間的・空間的形式によって、感覚が整理されてゆくさい、すでに悟性が働いていたのである。〕(p147-148)
    っていうところ。
    これ、〈知覚作用と知覚されたもの〉のなかに“すでに”〈思考作用や思考されたもの〉が入りこんでいる、ってわたし見たんだけど、こういう見方・考え方はどうなのかしら?これ、〈思考から知覚を見てる〉ことになってないかしら?〈知覚を思考が見る〉っていうのとは逆で。わたしのばあい後者で見てるんだけど、でも、カントのを見るとき、前者のほうで見たら捉えられるんじゃないかな?って、このごろふとね。

    わたしがカントのにかかわり始めるきっかけとなったのがセラーズ、マクダウェルのなんだけど、ここでは「知覚」ってあって、でもね、
    No40617のところまでには「知覚」っていうのが出てきてないのね。それで、カントにおいて、「Ersheinung(現象)」と「経験-感性的直観」と「知覚」の関係はどうなってるの?で調べて考えてるところなのね。これについてはまたお喋りできるようになったらにする。

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