| こんばんは、うましかさん。レスありがとうございます。
■No45210に返信(うましかさんの記事)
> No.45195 にも書きましたが、私の調査はChatGPTを利用したものです。 > 私自身がニーチェやダーウィンの思想に疎いこと、そのためにChatGPTを利用したこと、とはいえ経験上ChatGPTの分析を全面的に信用することは危険だとおもっているので、パニチェさんからの情報をとても有益に感じた次第です。 > ありがとうございましたm(__)m
こちらこそ。^^
> ちなみに、この投稿中で私が提示した、 > ◇前川一貴『ニーチェの進化論批判 − 器官の形成を巡って 』.2014年 > ・h > ttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/1925 > の冒頭には次のようにあります。 > >ニーチェ(1844−1900)がダーウィン(1809−1882)の『種の起源』(1859)を実際に読んでいたという確実な証拠はなく、彼の進化論受容は間接的なものだったと考えられる(1)。ニーチェには生物学を専門的に研究した経験がないことも踏まえれば、彼が進化論をどこまで正確に理解していたのかについても定かではない。<
> 上記文中の注(1)にはこうあります。 > >注 > (1) Giuliano Campioni, u.a. (Hrsg.): Nietzsches personliche Bibliothek. Berlin/New York: Gruyter 2003. Luca > Crescenzi: Verzeichnis der von Nietzsche aus der Universitatsbibliothek in Basel entliehenen Bucher (1869- > 1879). In: Nietzsche-Studien, Bd. 23 (1994), S. 388-442.< > 前川の説明の論拠とおもわれるこの注(1)は、ChatGPTによれば、@ニーチェの個人蔵書目録 Aニーチェのバーゼル大学図書館貸出書籍目録とのこと。 > @Aいずれの資料にもダーウィン『種の起源』は見当たらないとChatGPTは述べますが、見当たらないからといって読んでいないとは限らないともいえる(;´・ω・) > いずれにせよ私の能力ではこれ以上追究できないかな(;´・ω・)
なるほど、情報をありがとうございます。
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> 【メモ】 > ◇ 竹田純郎『ダーウィンとニーチェ』,1998年 > ・h > ttps://tohoku.repo.nii.ac.jp/records/139046 > には次のようにあります。 > >ニーチェは、F.A・ランゲの『唯物論の歴史』やE・ハルトマンの『無意識の哲学』の第三部第九章「地上における有機的生命の上昇的発展(ダーウィン)」から、ダーウィンの進化論を学んだけれども、ダーウィニズムを真剣に検討しはじめたのは、はるか後年、W・ルーのI有機体における諸部分の戦い」(1881年刊)を読んでからのことである。かくて、「反ダーウィニズム」となづけられた三編の「覚書」 が遺されることに(12,304.13, 31517.13, 303ー5)なった。<
先に引用したNo45205からすればカール・フォン・ゲルスドルフへ紹介することからして『唯物論の歴史』は読んでいたのでしょうね。
ニーチェは仏教に関するアフォリズムもたくさんあり、仏教に関しては親近感を抱いていたようで好意的な主張が多いです。
でも、「ヨーロッパの仏陀─ニーチェの問い─」の著者新田章氏によればニーチェが読んだと判明している仏教書は、ケッペン著「仏陀の宗教」、英訳本「スッタニパータ」、オルデンベルグ著「仏陀──その生涯、教説、教団」、ヴァッカーナーゲルの論文「バラモンの起源について」との事です。
上記が事実とすれば仏典はスッタニパータだけであり、それ以外は仏教関連書籍を通じて仏教を学んでいたようで、ショウペンハウアーを通じて仏教を知ったこともあり、バラモン教と仏教の教義を混同して解釈しているようなところもあります。
ショウペンハウアーはバラモン教や仏教から多大な影響を受けており、「盲目的な力」ははシャンカラの「マーヤの覆い」が元となっているそうです。 シャンカラは、8世紀頃のインドの思想家であり、ウパニシャッドを完成させた反仏教者でもあるわけで、ニーチェが仏教とバラモン教の教義を混同した遠因でもあると思われます。
上記のようなニーチェの仏教知識を考えれば、ニーチェが直接『種の起源』を読まずに進化論関連書籍で知った知識を元にしている可能性もあり、読んだとしても竹田氏が指摘するようにW・ルーのI有機体における諸部分の戦い」(1881年刊)を読んでからかもしれないですね。
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