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Re[62]: :つれづれなるままに
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□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/11/23(Sun) 13:01:28)
| No44718について、
いまわたしのなかの見えで、たぶんあってる的なの書いとく。
No44379で見たような「cogito」をもっと簡単整理にして、(事典@)から、「フッサールの意識経験の構造」って言う題にしてペイントしたので添付しまーす。 一般的に、〈考えられたもの〉の「言い表されているもの」をわたし見えてるわけね。
フッサールのを、 (a1)(事典@)に〔意識経験〕とか、(事典A)に〔経験的な自我〕ってあるから、フッサールのは「経験的なものにおける意識」について見ようとしてる、ってして見とくことにした。
カントの「認識」については、「経験的なもの」と「経験なものが一切含まれてないもの」に分けてるんだと思うんだけど、これから見ると、フッサールのは前者の方について、って言うことになるのかも。 でもね、 (事典A、B、C)に、「純粋意識」「純粋自我」「超越論的自我」「超越論的主観性」「超越性」っていのう出てくるのね。 わたし(a1)のように見ることにしたなかで、けっこう分け分かんなくなってて、いま「現象学事典」のを見てるとこ。
(a2)フッサールの「自我」は〈考える我〉のこと、てして見てる。
いまんとここんなところまで、かな。
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