| ■44171 / ) |
Re[6]: つれづれなるままに 21
|
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/09/14(Sun) 09:11:20)
| わたしんと連休〜 カントのわたしの物語り、だいぶ原稿がたまってきたので、
No44110に抜粋したのをの(KI)ってするね。これを、 No44154のようにして見て、読み返して見てるんだけど、
(KI)の@の『我々は純粋統覚から始めなければならない』っていうところを、「我々人間には純粋統覚があるからである」(@a)ってして見たのは、 わたしのばあい、「純粋統覚」っていうの、カントが考え出したもの(想定してるもの)って見てるのね。 (KI)の部分は『純粋悟性概念の演繹』っていうところでカントが語ってるみたいで、カントが考え出した「純粋○○」とか「超越論的○○」っていうのを正当化するためのもの、って見れるんだけど、「そういうもの」がカントのうちでは“想定”からいつのまにか“確定”になってて、それをすでに前提として物語り始めてる感じしてるから、(@a)のようにしてやったのね。
L『この『私』という表象』の『表象』を、「この表象〈私が私の前に(私)を立てるということ〉」ってして見たのは、 「表象」っていうのを〈私が私の前に何ものかを立てる〉って見てるなかで、〈何ものか〉っていうのが『私』になるじゃないかな、って思ったからね。 あと、 Q『(私は考える)という表象を、』のところを、「(私は考える)という表象〈私が私の前に(私は考える)を立てるということ〉」にして見たのも同じ理由からね。
なんか番号書くのめんどになってきたから、 No44154のようにわたしして見たのを(KIa)ってするね。 (KIa)では、「自己意識」を〈自己という意識が存在する〉ってして見たんだけど、いまいちわたしその意味がわかってないみたい。だから『一つの意識((私)という自己意識)』っていうのがわたしにすんなり入ってきてないのかも、って思って、もういちどこれについて考えて見たのね。次にそれを書いて見る。
|
|