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Re[68]: つれづれなるままに
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□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/06/01(Sun) 16:07:23)
| No43413のつづき、 (K1)、わたしに見方で書くと、 (K1-A)――――――――――――――――― (2)したがって、私が、感官〈内的感官〉(※2)は直観の中で多様性(※3)を含んでいるという理由で、感官〈内的感官〉に見渡し作用があるとするなら、この見渡し作用にはつねに総合(※4)が対応することになり、受容性〈感性〉は自発性〈悟性(経験的コギト)〉(※5)と結合されることによってだけ認識〈経験的判断(知覚判断と経験判断)〉を可能にできることになる。 ――――――――――――――――――――― ってなる。
「感官」っていうの、「内(的感)官」と「外(的感)官」とに分かれているみたいなんだけど、 (本Ko)のp161に、御子柴さんは、 〔この引用文でまず、すべての表象は、それが外的表象であろうと内的表象であろうと、ア・プリオリであろうとア・ポステリオリであろうと、内官(内的感官)に属することが指摘されています〕 ってあるから、(※2)この「感官」を〈内的感官〉ってして見た。 この「内的感官」っていうの、どうやら「経験的統覚」のことらしいんだけどこれについては後で確認してにする。
(※3)「多様性」なんだけど、 御子柴さんのを見ると、「多様性」っていうの〔複数のもの〕、〔さまざまな部分〕っていうことみたい。 「感官(内的感官)」の「直観」は「多様性(複数のもの、さまざまな部分)」になってるってカントは見てるわけね。 ここらへんはメルポンのとは異なる見方になるのかも?って。あ、これはまたいつか。
(※4)「総合」なんだけど(3)に出てくる「三様の総合」のことだと思う。
(※5)「受容性」を〈感性〉、「自発性」を〈悟性(経験的コギト)〉ってして見た。 「自発性」は、 No43411のBで見たように「自発性」≒〈(経験的)コギト〉、からね。 で、 (2)の部分をわたしの見方で書いて見ると、
〔〈内的感官〉は「直観」の中で多様性(さまざまな部分)を含んでいる。そして〈内的感官〉に見渡し作用があるとするなら――あるとするなら、だから、ないとしたなら、も考えられるけど――、この見渡し作用にはつねに総合(三様の総合)が対応することになり、〈感性〉は〈悟性(経験的コギト)〉と結合されることによって“だけ”認識〈経験的判断(知覚判断と経験判断)〉を可能にできることになる。〕
っていうふうにして見た。
きょうはここまでかな。
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