□投稿者/ pipit -(2025/04/29(Tue) 21:42:36)
| 2025/04/29(Tue) 21:51:31 編集(投稿者)
悪魔ちゃん、こんばんは(^▽^)/
No42857 > ・A「知覚」とは意識された現象のこと<
No42861 > (KE-p)直観を統一する(まとめる)のが知覚(の総合)<
No42790 J(知覚の総合)―――――――――――――――――― 直観はいずれも多様なものをみずからの内包に含んでいる。だが、もしこころが印象の継起において時間をたがいに区別しないとしら、このような多様のものはそれとして表象されないだろう。というのは、一瞬に含まれるものとしては、いずれの表象も絶対的統一以外のものであることができないからである。さて、このような多様なものから直観の統一が成立するためには(たとえば空間の表象におけるのと同様に)、まず多様性にひととおり目を通し、次にそのように目を通したものをまとめることが必要である。このような働きを私は知覚の総合と名づける。(A99) ―――――――――――――――――――――――――(p162)
------------------------------------------------------------------------☆
No26823でpipitが紹介してるカントの文章では、「意識を伴った表象」って表現されてるんだよ。 純理B377の文章をイメージしてつくった図を投稿するね。
それから、 カントの「現象」定義の一つが、御子柴解説本p88〈感覚と現象〉に載ってます。
同本P161,162は、 〈直観における覚知の総合〉 で、悪魔ちゃんが引用しているA99の引用、原文は「知覚」ではなくて「覚知」と書いてあるね。
「覚知」(Apprehension)についてのpipitの過去投稿を紹介しますね。 No10287
---------------------------------------------------------------------------☆
いろんな解釈が考えられる中で、一つのpipitの妄想なんだけど、
@感性が触発されて何か(例えば電気)が生じる ↓ A生じた何かにより、新たに時間空間の中に位置づけられた感覚が生じる ↓ B空間の中に位置づけられた感覚を素材に対象像が作成される。
で、@Aを意識すると知覚になって、その知覚がカテゴリーにより整理されるとB現象としての対象像が作成されるのじゃないかと考えました。
普通に考えると、現象を悟性で考えるという流れが自然に思えるけど、 カントは、現象の成立にはもうカテゴリーによる能動が働いている、と純理の演繹論で述べてるのかな、と、考えました。
めちゃめちゃ違ったらごめんなさいm(__)m
※ちなみに、頭の思考も電気@って考えたら、それを意識したら知覚で、意識された表象のうちに概念も直観も含まれるって考えられないかなぁと考えました。
|
|