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No42695 の記事


■42695 / )  Re[15]: 和合と抗争(一致と対立) 
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/04/22(Tue) 18:32:41)
    わたしがいま取り組んでるのは〜、
    No41696
    これまでカントの『負量の概念』、「実在的対立」について調べて見て、カントのから、メルポンの〈点0の知覚は0点にある〉にかかわるとわたしに思われたのが、
    No42635のようなことになったんだけど、
    で、
    メルポンの〈0-点〉を見てく。
    No42014の(資料0-M)から、わたしが見たのを、
    No42062に書き足して見たのを添付しま〜す。
    わたしの文で書くより分かりやすいかな、って。

    〈点0の知覚は0点にある〉を「地の上の図」ってして見て、「地の上の図」は、
    No41823で見たように、『地の上の図ということは、まさに知覚的現象の定義にほかならない』
    っていうことだから、「生の知覚の世界」において、ってして見た。
    (カントの「実在的対立」は「直観」におけるものみたいだから、「知覚の」として見てもよさそう)

    生の知覚の世界では、空間・時間における継起的多様のなかで、現前全体が〈感覚-知覚〉されてるって見て、これを「地」〈0〉ってして、そのなかから私の志向性によって浮き上がっているものを「図」〈点〉ってして見て、一般的にはこれを「対象」って呼んでるんだと思う。

    この図は、
    No41830のようなこと考えてる流れでね。
    ただ「地」の上に描かれる「図」が赤線丸じゃなくて、〈点〉になってるだけ。〈点〉は「図」として描かれるものとしては最小なものとも見れる。

    「地」〈0〉を「見えないもの」、「図」〈点〉を「見えるもの」って、メルポンのに倣ってこういう言い方にしたけど、
    わたしのばあい、「見えないもの」っていうより、〈見えなくなってる〉っていう言い方の方がいいかな、って。
    現前全体が〈感覚-知覚〉されてるはずなんだけど、私が「図」〈点〉に志向しているとき、「地」〈0〉が〈見えなくなってる〉みたいな。こういうのを積極的に見ると、「図」〈点〉は「ある」で、「地」〈0〉は「ない」って言われることにもなるのかも。

    メルポンの〈0-点〉をいまんとこわたしこんな感じで見てる。

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