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Re[81]: つれづれなるままに
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□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/04/06(Sun) 14:46:09)
| No41823の(E-1)の、 〔カントも同様に、知覚の対象を単なる要素的な感覚の総和に還元しようとはしない〕 っていうところでちょっと思ったんだけど、
カントも、対象を知覚する際に、地と図の関係を持ち込んで対象を知覚している(知覚における対象は単に諸感覚の総和じゃなくて)。って香川さんは見てるんじゃないかしら?
カントのそうなの?っていうことで、カントのちょっと見返して見たのね。
No41672の、 (資料Kh)に、 ―――――――――――――――――― 人の心には外向きと内向きの二つの感覚があって、我々は外向きの感覚によって対象を外側の空間の中に把握する。対象の形や大きさ、対象の相互の関係は空間の中で決定されるのである。 それに対して、内向きの感覚は、心が自分自身の存在と内面の状態を直観するものである。この感覚は確かに魂それ自体を一個の対象として直観できないが、この感覚は一種の形式であって、これによって人は内面の状態を直観することができる。その結果、心の内側で決定されることはすべて時間との関係で把握される。 ―――――――――――――――――――――― ってあって、のところは、(本Ko)のでは、 〈外的感官と内的感官〉(p91)のところにあった、 ―――――――――――――――― (私たちのこころの一性質である)外的感官を介して私たちは諸対象を私たちの外なるものとして表象し、諸対象を空間の中に表象する。空間の中で諸対象の形態、大きさ、相互関係が規定されている。内的感官を介してこころは自分自身のあるいは自分の内的状態を直観する。内的感官は、確かに一つの客観として魂そのものの直観を与えはしないが、それでもその下でのみ魂の内的状態を直観することが可能になる一定の形式である。こうして、内的規定に属するものはすべて時間の関係の中で表象される。空間がなにか私たちの内なるものとして直観されないのと同様に、時間は外的には直観されえない。いったい空間と時間とはなんだろうか。 (A22f./B37) ―――――――――――――――――――――――― にあたるのかな。
このなかの、
(f)「対象の形や大きさ、対象の相互の関係は空間の中で決定される」「空間の中で諸対象の形態、大きさ、相互関係が規定されている」
っていうところとメルポンの「地の上の図」を絡めて、簡単にペイントしたのあるから添付しま〜す。
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