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No42347 の記事


■42347 / )  Re[10]: pipiさまへ
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/04/17(Thu) 19:10:11)
    角川選書の御子柴さんの解説、p342、p358のところ読んで見ました。
    わたしまだここまで読み進んでないので参考になりました。ありがとうございま〜す。

    〈一致と対立〉のところにカントの「負量の概念」が出ていました。
    でもね、なんで〈一致と対立〉っていうことで御子柴さんが書いているのかがぜんぜんわかんない。
    カント訳の(a264f./B320f.)には、「反対」とか「無」は出てきてるけど「一致」っていうのは出てきてないんだけど。
    〔A1とA2の実在性について、概念的には「一致」しか語れませんが、・・・〕って御子柴さんの解説、意味わかんなかった。
    あ、これは置いといて、
    〔私たちは概念的思考を超え出て直観にかかわらなければなりません〕っていうとこはなんとなくわかった。
    ここの〔直観〕っていうの、〈経験的直観〉として見て、これを〈現前する現実の知覚〉ってして見て、
    《私たちは概念的思考を超え出て〈現前する現実の知覚〉にかかわらなければなりません》ってして見た。
    カントの「負量の概念」は、「実在的対立」(実際に存在することにおける対立)について見てる、ってわたし見てるから。

    (資料0)はカントの『負量の概念』の、についての〈メルポンの考え〉について書いてあるみたいなんだけど。
    No42013に、カントの『負量の概念』(x)は1763年で、「前批判期」ってあって、
    『純粋理性批判』(y)は、第一版1781年、第二版1787年だったかな、だかから、(x)のときにはまだ(y)は存在していなかったわけだから、(y)ので(x)を見ようとするとややこしくなっちゃう気もしてる。

    pipiさまはカントのいっぱい読み込んでいるようなので、
    No42242で、
    >質の『ゼロ』の場合、豊かなものがふんだんに含まれる『ゼロ』かもしれませんね<
    って言ってくれたから、
    No42238の、
    (Ko4-A4)〈感覚-知覚〉において、カントが「0」と呼んでいるものは「内包量」をもつ
    っていうわたしの見え、あまり的外れでもなさそう、ってちょっとほっとしてる。

    わたしカントのはpipiさまにくらべると、さわり程度だけなので、またアドバイスお願いしま〜す。

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