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No42238 の記事


■42238 / )  Re[7]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/04/16(Wed) 18:32:08)
    No42114につづけて、カントの「0」っていうの、
    No42011から見て見る。

    (本Ko)のAに、
    『感覚の始まりである純粋直観=0』ってある。わたしいまだにカントの言う「純粋直観」っていうのぜんぜんわかんないので『純粋直観』っていうのは無視しちゃて、
    (a)「感覚の始まりである0」ってして見る。
    (本Ko)のBに、
    (c)『感覚はある量・・・・内包量をもつ』
    (本Ko-O)のBに、
    (b)〔知覚の含んでいる感覚がもつ量〕
    ってある。
    (a),(b),(c)から、
    感覚と知覚をセットにして、〈感覚-知覚〉ってして見て、

    (Ko4-A4)〈感覚-知覚〉において、カントが「0」と呼んでいるものは「内包量」をもつ

    ってして見る。

    (本Ko)のBに、
    『無=0』ってあるけど、
    「無」っていうのを、〈何も無い〉ってしたとき、
    No42012の(M-V)に、
    メルポンは『無でないような存在のゼロ点』ってあるから、〈0〉っていうのは〈何も無い〉っていうことじゃない、ってするね。(Ko4-A4)のように見たとき、カントの「0」っていうのもある量を“もつ”って見れるし。

    カントは数学「0」のこと言ってるわけだし、「0」は「ゼロ」って言うんだと思う。「無」って言わないよね。だから逆に、

    (Ko4-A5)〈「0」は存在する〉

    っていうふうにも見れる。
    あと、
    (KP-A)〔知覚にはあらかじめ見込まれたもの(予科)をもつ〕

    っていうのも記録しとく。

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