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No42011 の記事


■42011 / )  Re[86]: つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/04/10(Thu) 19:06:09)
    No42010のつづき、

    まず抜粋してくね。

    (本Ko)の〈知覚の予科〉のところから、
    (本Ko)―――――――――――――――――――――
    Aところで、経験的意識から純粋意識に至る段階的な変化が可能である。経験的意識のもっている実在的なものがまったく消滅して、空間と時間のなかにおける多様なものの(ア・プリオリな)たんなる形式的な意識が残るからである。それゆえ、感覚の始まりである純粋直観=0から、感覚の任意の量に至るまでの、感覚の量的産出の総合もまた可能である。
    Bさて、感覚自体はけっして客観的表象ではなく、また感覚の中には空間や時間の直観は見出されないのだから、感覚が外延量をもたいないのは確かである。しかし、それでも感覚はある量(それも、経験的意識が一定の時間の中で無=0から感覚の所与の程度まで増大できる、感覚の知覚によって)、すなわち内包量をもつ。このような〔感覚のもつ〕内包量に対応して、感覚を含んでいる限りでの知覚の一切の対象に、内包量、すなわち感覚に対する影響の度が付与されねばならない。   
    ―――――――――――――――――――――(p272)

    ここのところの御子柴さんの解説
    (本Ko-O)――――――――――――――――――――――――
    Aさて、私たちが何かを知覚するとき、そこに含まれている感覚には強さや弱さが認められます。・・・・感覚には、ゼロからなんらかの量までのあいだの段階的な変化があります。現象に即してカテゴリーを使って言うなら、現象の「実在性」と「否定性」とのあいだにはさまざまな中間的段階が可能なのです。(p273)
    Bこのように感覚には、それが感覚される際になにほどかの量をもつことが〈あらかじめ見込まれ〉、すなわち予科されます。しかし、この量が、空間的広がりをもつものではないことは言うまでもありません。しかも、感覚が直観の形式ではなく内容であることを踏まえるなら、この量が時間的広がりをもつものでもないことが分かります。時間とともにこの量は変化(減衰・増加)していくのですから、その都度の量だけを取り出すなら、そこに時間的広がりはありません。したがって、知覚の含んでいる感覚がもつ量は、「直観の公理」で取り出されたような外延量ではないことになります。このような量を、カントはここで「内包量」と呼ぶとともに「度」と呼び換えています。・・・・このような「度」が、主観の感官への影響の強さとして、ア・プリオリにあらかじめみ込まれるのです。(p274)
    ――――――――――――――――――――――――

    今日は抜粋部分、分けて、いっきに書いとく。

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