□投稿者/ pipit -(2021/12/31(Fri) 09:32:49)
| No20173
しかしですね、カント先生。 > だからそうした表象には、精確に言うと、いかなる観念性も全然帰属しないのであって、<
対象を可能にする観念性のもとに、対象に付属する実在性があるとするとですね、
うーん、
その実在性は、
No19495 > 『純粋理性批判4』カント、中山元先生訳、p63より引用 としては、 観念の系に入れられてしまうんですよね。
うーん、、、 カントを盲目的に擁護するために、あるいは、カントの考え方を真に理解するために、とか動機はいろいろあるだろうけど、 いろいろ整合的に文章の解釈をととのえるためには、 いろんな用語の補足を(たとえば、超越論的と経験的などの区別を補足するとか。空間もそれ以外の表象も経験的にはともに実在性があるけど、超越論的に観念性をもつものは空間だけ、とか。。。)
円谷先生の補足を思い出しましたよ。。。
No.19981 > https://www.jstage.jst.go.jp/article/philosophy1952/1982/32/1982_32_116/_article/-char/ja/
円谷裕ニ先生の論文『経験的実在論と超越論的観念論』を読んでるけど、私にとっては新しい考え方なので理解が難しいけど、別の意味で(?)ちょっとおもしろかったところを。。。
『確かに、第 一版には、外的対象と か表象と いう概念 の用法 に関して、第 二版 より曖昧な点があ るのは事実 である。 しかしそ の曖昧さ はあくま でも、補足す べき言葉を欠くた めであ って、決して内容上 のも の で は な い。それを内容 上 のも のと見なし、第 一版と第 二版 に相違を 認 めようとする のは、カ ント の経験的実在論と超越論的観念 論の二元論という根本思想 の含蓄を捉え損 った解 釈 と 言 え る。と いう のは、こ の二元論 のも つ内容 を踏まえて、先程 の 引用文 に次 の如く言葉を補う こと によ って、第 二版 と内容上 の差異のな いものと解しうるからであ る。即ち、「外的対象 は 〔超越論的 に見れば〕表象 に他ならず 、〔そ の 超越論的 に 見られ た〕表象 〔は経験的 には外的対象 であ り、そ の外的対 象〕の直接的知覚は、同時に、〔超越 論 的 に 見 れ ば〕表象 〔であるところの、経験的な外的対象〕の現実性の十分 な 証 明である。」こ の注釈文中の超越論的表象と経験的外的対象 は、存在的に異な った二つの物ではなく、同 一の物が、その 物の認識の可能性を超越論的に問う時に表象と呼ばれ、その 物の存在が問題 になる時に外的対象と呼ばれているにすぎない。』
、、、、
【「外的対象 は 〔超越論的 に見れば〕表象 に他ならず 、〔そ の 超越論的 に 見られ た〕表象 〔は経験的 には外的対象 であ り、そ の外的対 象〕の直接的知覚は、同時に、〔超越 論 的 に 見 れ ば〕表象 〔であるところの、経験的な外的対象〕の現実性の十分 な 証 明である。」】
円谷先生、〔補足〕をめっっちゃされてますね。。。 カント先生のせい。。。。
<
カント先生。。。。(-.-;)
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