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■675 / inTopicNo.49)  Re[5]: ixtlanさん
  
□投稿者/ パニチェ -(2018/10/20(Sat) 08:14:22)
    2016年5月1日 23:46 同

    ところで私の方もパニーチェ氏にお聞きしたいことがあるのですが。ずっと以前から、比類なき私についての話を聞いてきましたが、いまいちというか、いま三ぐらい分からないのです、その意味が。

    たとえば、クオリアの主観性と言うことで言えば、それはほぼ多様性ということだろうと思います、一般的には。この理由として、歴史性とか並列処理性などが言われています。それだけ個的意識は多様だということでしょう。しかし、「比類なき私」の話はそういう話ではないですよね? 

    私が私であることを認めないということらしいですが、「私とは私の身体のことである」じゃ駄目なんですか? 私の身体は世界に一個しかないから比類ないと言えるでしょう。

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■674 / inTopicNo.50)  Re[4]: ixtlanさん
□投稿者/ パニチェ -(2018/10/20(Sat) 08:13:03)
    2016年5月1日 23:36 同

    日本でも感情の重要性が徐々に指摘されてきて、2008年の岩波哲学講座、「心と脳」の分野では、ダマシオなどが紹介されている。しかし、記憶に対する想像力の話は、たぶん箸にも棒にもかかっていない。

     その点ではまだカントに追いついていない、脳の哲学は。カント的認識論の中枢部分には、再生産的構想力(記憶)と生産的構想力(想像)がある。脳科学が想像力を主題にすることはなかったので、脳の哲学(心の哲学)も自然に想像力には無口になっていったのだろうか。

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■673 / inTopicNo.51)  Re[3]: ixtlanさん
□投稿者/ パニチェ -(2018/10/20(Sat) 08:11:34)
    2016年5月1日 23:13 同

    > ☆ 人はなぜ意識を持っているのか
    > ☆ 意識が創造されたものなら、人間は神から創造されたものなのか

     意識というのは、大きく言えば、人間の誕生からそれほど時間的に離れて誕生したとは言えないのでしょうが、ある特別な意味では、紀元前2000年から1000年にかけて誕生した、と考えるのがジェインズ理論です。

     通常わわれれが意識とみなしているものを古代人たちは持っていなかった。彼等が持っていたのは、意志決定において命令する声の認知であり、右脳から左脳に伝わるようにして、つまり覚醒意識(左脳)とは別のところから発せられる命令として認識された。これを二分心 bicameral mind と言う。

     この時代に人間たちは実際に命令者の身体を見て、その声を聞いていた。それが紀元前1000年ぐらいから徐々に消えて行った。代わりに、そのリアリティの記憶と郷愁として、宗教が誕生した。と同時に、現在の人間が意識としている主観的な心が生まれだした。古代の宗教文献はその移り変わりの論拠、証拠である。
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■672 / inTopicNo.52)  Re[2]: ixtlanさん
□投稿者/ パニチェ -(2018/10/20(Sat) 08:10:12)
    2016年5月1日 23:04 同

    > 感情問題には数学と音楽とのつながりがあるとのことですが、具体的にはどのようなものでしょうか?
    > 音楽とか音ってのは、快不快と絡めればなんとなくイメージできますが、数学とのつながりってのがよく分かりません。

     数学と気分性の関係を、岡潔が主張しているそうです。

     h ttp://www.rcc.ricoh-japan.co.jp/rcc/breaktime/senjin/100622.html

     論理と気分性の関係をハイデガーが盛んに主張してましたが、それはなんか分かっていたからかどうか、不明です。


    > 感情の本質ってのは快不快、突き詰めれば自己保存本能とか、まずは生死がありきだと思ってるんですが、これらのものを想定せずに反応としての人間の感情みたいなものは機械で再現可能だと思われますか?

     機械で再現可能かどうかということは別にして、快不快、自己保存、生死、これらに感情や情動が関わってないということはありえないと思います。それらを想定する必要があるかどうかは文脈によるとしか言えないでしょう。

     一方、機械化がどう行われるかというと、コンピュータモデルでは絶望的ですよね。これに対して、生物学的なもの、生化学的な物質やその振る舞いに還元できると脳科学の生物学主義は踏んでるようです(エーデルマン)。


    > 人間の言語には言語外のひとつの要素として文化やしきたりなど、さまざまなコンテクストが土台となっていますが、コンピュータ言語ってのは人間の言語と同じフィールドというか、どちらかの延長線上にあるものなんでしょうか?

     それはもちろんコンピュータ言語は人間の言語から派生してきたものでしょうが、基本的にコンピュータにとっては言語の壁というのは破られることはないと思うのです。たとえば、動かしているのは<コード>ですが、このコードを超えるものはない。けれども、人間は言語の上とか外に、言語に収まりきらない<もの>を持っているのではないですか。たとえば身体とか、環境とか。コンピュータにとっては身体も環境も関数の変数でしかないでしょうが、人間にとっては、それほどコード(関数)の絶対性はないと思います。むしろ環境と人間、身体の意識が一体となって進化してきているので、そういう不確実な運動をコンピュータは持つことができるのかどうか。


    > プラーナってツボと同義ですか?

     プラーナは気でしょう。その気の流れの結節点というか、たまる場所というか、そのようなのがインドではマルマ、中国では経絡、日本ではツボでしょう。そのマルマの大きくなったのがチャクラ。

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■671 / inTopicNo.53)  ixtlanさん
□投稿者/ パニチェ -(2018/10/20(Sat) 08:07:05)
    2016年5月1日 11:23 機械で心はつくれるか?その2!

    2000年ぐらい不可能だと思う。人間の脳に一番近いのはコンピュータでしょうが、それが今の状態では無理。


    1.感情、気分をどうするか。機能部分すら特定されていない。脳に散在している。それと、感情問題には数学や音楽とのつながりがあるが、解明されていない。

    2.現在のコンピュータには記憶領域があるが、想像領域がない。感情に加えて想像領域まで入れると、機械人間を作った場合、非常に危ないので、実用化できそうにない。

    3.言語の問題。言語は一番コンピュータに馴染み深そうだが、人間と言語の関わりというのもまだ分かられていない。コンピュータは言語で動いているが、人間は言語で動いていると言えるかどうか。多分言えないだろう。根本的な雪渓が違うように思う。さらには、言語外というのをどう言語で想定するのか、ということもある。

    4.身体の問題。身体としての動かない機械に脳としてのコンピュータを埋め込めばいい、という発想で、果たして人間の生活をシミュレートしたと言えるのだろうか。我々の身体は気やプラーナという見えない領域があって、これが現実にどう機能しているのかなどまったく分かっていない。にもかかわらず、針治療は確実に効果がある。

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■670 / inTopicNo.54)  Yahoo!哲板の巨人たち
□投稿者/ パニチェ -(2018/10/20(Sat) 07:59:16)
    textreamが終了することで消えてしまうにはもったいない投稿をここに取り置き。
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