| たとえば、ある物体の「硬さ」という概念は、その物体が他の多くの物体によっ
て引っ掻傷をつけられない、ということを意味する。また、物体の「重さ」という
概念は、その物体を支える力がなければ下に落ちる、ということを意味する。つま
り物体の硬さや重さの概念は、あれこれ思索をめぐらすことによってではなく、そ
の物体に実践的に働きかけてテストを試みることによって知られる、ということで
ある。したがって、科学における実験的方法は、パースにとってはまさにプラグマ
ティズムの格率に合致するものと見えた。さらにパースは、研究者の共同体が真理
を探求していく試行錯誤と自己修正のプロセスを重視し、研究者の共同体が探求の
末に到達する収束地点で獲得される確信こそが「真理」であると考えたのである。
※ >研究者の共同体が真理を探求していく 引用者注 この着想は後の科学社会
学や知識社会学の先駆となるものである。
このようなパースの思想は、今日ではH・パトナムの「内在的実在論(internal
realism)」に引き継がれている。パトナムは、世界の在り方がわれわれの探求過程
とは独立にあらかじめ決まっているとする立場を、神の視点から世界を見る「形而上
学的実在論」と呼び、真理をわれわれの探究のプロセスや正当化の手続きと不可分 のものと見なす「内在的実在論」をこれに対置する。したがって、内在的実在論に
よれば、真理はわれわれのもつ概念や探究の方法と相対的にしか決まらないことに
なる。だが、相対主義を自己論駁的な主張として退けるパトナムは、他方でパース
の考えを引き継ぎ、われわれの真理の探究は最終的には安定的に収束するものであ
るとし、真理とは探求のプロセスの果てに得られる「理想化された正当化可能性」な
いしは「合理的な受容可能性」であると主張するのである。
野家啓一 科学の哲学 日本放送出版協会
参考文献 H・パトナム (野本和幸ほか訳)『理性・真理・歴史』 法政大学
出版局 1994
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