| パニチェさん レスありがとうございます
> >>おそらくここは鬼界氏のウィトゲンシュタインの独我論や語りえぬ「私」に関する鬼界氏自身としての置き換えができていないため、言語的に形成された「私」と〈私〉を混同しているための解釈であると想像します。 > >>鬼界氏は「私」を言語的に形成されたものとはしていないと思います。例えば最終ページのp417です。 > > よく分からないのは言語と等源である「私」と、P.417で述べれている魂を持った「私」は同じでしょうか?
同じでしょう。
> あとこれは言えることと思いますが、何の但し書きもなく「我々」という主語で語られていることからして、鬼界氏が述べるところの「私」は独在的な〈私〉ではないでしょうね。
p402の5行目から
「私」と言語の等根源に至るとは、こうした私的確実性が言語の根底において持っている特別な意味にたどりつくことに他ならない。
とあります。他のところでは、私的確実性は「私」という一個人にのみ関わるとしています。
この私的確実性が言語ゲームを根拠づけるということだと思います。
|