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Re[78]: :つれづれなるままに
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□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/12/04(Thu) 18:40:27)
| ある資料から、自と他そしてその関係とか、発達、自閉スペクトラムとか、いろいろ考えてたんだけど、ひとまずこれ横に置いといて、
「自我」の話しに戻って、 フッサールの、 No44743の(Fe-A)っていうわたしの見えをもとにおいといて、
No44718の(事典A、B、C)に出てくる「純粋意識」「純粋自我」「超越論的主観性」「超越論的自我」っていうのどういうの?カントのでも「純粋」とか「超越論的」ってあるけど、フッサールの、それと同じ意味で使ってるの?っていうことで、いろいろ調べて見てたのを。
【「現象学事典」弘文堂2014】から、 (事典F)―――――――――――― 純粋意識[(独)reines Bewßsein] フッサールが『イデーンI』において現象学的還元の理論を提示した際に、「現象学的還元」ないし「現象学的エポケー」の遂行によって――「現象学的残余」[Ideen I 59]として(ただしこの「残余」という表現は後年その不適切さが指摘される[Hu 8. 432])――開かれてくる現象学の「領野」が、「純粋意識」と呼ばれた[Ideen I 5, 58, 59,69, 95]。 純粋意識は、「純粋諸体験」の領野として、一方では「純粋な意識相関者」を、また他方では「純粋自我」をともなっており[同58]、フッサールによればこのような純粋意識の本質構造を直観において形相的に把握し、概念的に厳密に記述するのが、現象学の仕事だとされたのである。 ・・・・・・・・・ ところでこの純粋意識は、フッサールにとっては、「あらゆる世界的超越物を己れのうちに内蔵し、それを己れの内で『構成する』絶対的存在の全体」[Ideen I 94]、すなわち「世界」を「意味」として「構成」する「意味付与の領野」「絶対的起源」[同106 f.]にほかならなかった。したがってそれは、意識から超越したものについての認識に関わる近世以来の認識問題(超越論的問題)を解決しうる唯一の源泉でもあった[同204,177参照]。こうして彼は、「〔近世以来の〕認識論的問題設定にもとづく重要な諸動機」を考慮して、純粋意識を、「超越論的意識」とも呼んでいる[同59]。『イデーンI』ではこのほか、「超越論的に純化された意識」[同5, 114, 306]、「超越論的に純粋な意識」[同108, 121, 124]といった表示もされるが、後年は、これらの名称に代わって、「超越論的主観性」という名称が次第に多用されてくることになるのである。 ―――――――――――― これから、 (事典A)にもあったように、 (a1)意識体験の「現象学的還元」ないし「現象学的エポケー」によって「現象学的残余」として取り出されたものが「純粋意識」 (a2)「純粋意識」に伴っている「純粋自我」 こんな感じのもの。そして、どうやら、 (a3)「純粋意識」≒「超越論的意識」、「純粋意識」や「純粋自我」≒超越論的主観性」 ってして見ておいていいかな?ってすると、フッサールの場合、 (a4)「純粋」と「超越論的」はほぼ同じ意味で使ってる?
No44414資料(9)に、 (9)-@―――――――――――― 純粋自我について 「純粋自我」に関する拙著のテーゼは以下の通りである。純粋自我は、『イデーンT』の鉛筆書き草稿および『イデーンT』本文において、〈どの顕在的コギトからも反省によって取り出されうる同一の自我、コギトの自我〉として認められ(拙著 227〜228 頁)、『イデーンU』原草稿において、「時間的に存在するもの」として捉えられた。そのことによって、その後の発生的現象学の思想展開が促された(拙著 232〜236、240〜241 頁)。純粋自我は、〈コギタチオの流れである体験流を統一し、体験流のあらゆるコギタチオの内を生きている、それゆえ去来するコギタチオとは別の仕方で時間的に存在する同一の自我〉であり、体験流の全体とともに内的時間意識において構成されるもの(拙著注 101 頁)、反省によって見出されるものとして、位置づけられる。 ――――――――――――(p1-2) ってあった。 これから、 純粋自我は、 (a5)どの顕在的コギトからも反省によって取り出されうる同一の自我、コギトの自我 (a6)時間的に存在するもの (a7)コギタチオの流れである体験流を統一し、体験流のあらゆるコギタチオの内を生きている、それゆえ去来するコギタチオとは別の仕方で時間的に存在する同一の自我 (a8)内的時間意識において構成されるもの っていうことを見といて、これについてはまた後にするとして、「意識体験」「体験流」「コギトの自我」ってあるから、やっぱ、フッサールのは、(Fe-A)って見といてよさそう。
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