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No44521 の記事


■44521 / )  Re[39]: :つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/10/26(Sun) 13:54:08)
    No44514の「運動としての知覚」なんだけど、メルポンのを読むと、「運動」っていうの、どうやら「身体」とつながってくる感じなんだけど、ここらへんのメルポンのは後にするとして、
    フッサールの「意識」について、をつづけるね。
    前にもどこかで書いたかもなんだけど探しだせなかったから書いとく。
    【「現象学事典」弘文堂2014】のなかの、
    志向性[(独)Intentionalitat(仏)intentionnalite(英)intentionality](アキュートアクセントは省略ね)
    から、その一部を、
    (intention1)――――――――――――――――
    フッサールによれば「志向性という言葉は、意識とは何かについての意識であり、コギトとしてそれ自身のうちにコギタートゥム〔=意識内容としての志向的対象〕を保持しているという、意識のこの一般的な根本特性を意味して」おり、そして「この志向性という名称には、ヒュレーの諸問題までも含む、現象学のあらゆる問題が組み込まれている」のである。事実、彼の現象学的考察はcogito-cogitatumの、すなわちノエシスーノエマの相関関係を分析して記述する作業を通して、〈対象を志向し認識する意識主観の諸機能は何か〉という問いと、〈志向される対象は意識主観に対して、どのような仕方で存在者として与えられうるか〉という問いをめぐって、順次展開され深められるのである。つまりこの志向性の問題はフッサールを必然的に、認識論と存在論と自我論を連結統合する広範の研究領野へ導き、さらに時間論の考察も促す根本動因であるから、彼の著書、講義録のどれもが実にさまざまな観点から志向性の構造と諸機能を詳細に論述している。‥‥・・・・・
    ―――――――――――――――――――
    「意識は何かについての意識」っていうのが有名みたい。
    [cogito]については
    No44379で見たんだけど、
    フッサールも基本、「意識」っていうの、「コギト〈私は考える〉」っていうふうに見といてもいいなかな、って。

    「intention」なんだけど、
    (intention2)――――――――――――――――
    スコラ哲学のintentionはいったいどのような語義をもっていたのであろう。このラテン語は、英語のtension、tendency、attentionなどの語源でもあるtendere(〈緊張する、向かう、目指す、努力する〉などを意味する動詞)からの派生語であるから、したがって11世紀頃まではほとんどもっぱら〈行動の意図や目的〉を、すなわち実践的な〈意志の働き〉を意味していた。ところが12世紀にアヴィセンナ(Avicenna980−1037)からのアラビア哲学がラテン語訳された際に、〈語義や観念〉などを意味するアラビア語のmanaがintentioと訳されたため、それ以来この語は〈知性の働き〉である認識作用とその形成物に対しても用いられるようになり、その結果、とくに後期のスコラ哲学では〈志向的存在〉を〈知性の作用に依存する主観的な存在〉と見る解釈が優勢になったとされている。
    ―――――――――――――――――――
    ってあって、
    『デカルト的省察』の訳注に、〔In-tention(志向)、tention(緊張、張られていること)〕ってあった。

    「現象学事典」の「志向性」については、もっといっぱい書いてあるんだけどやめとくね。

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