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No41754 の記事


■41754 / )  Re[21]: 理論は仮説
□投稿者/ SumioBaBa -(2025/04/05(Sat) 00:17:45)
    No41748に返信(パ二チェさんの記事)
    > こんばんは、SumioBabaさん。レスありがとうございます。
    > 今回は最後の返信になるかもしれませんので忌憚なく思うところを返信します。
    >
    > ■No41711に返信(SumioBaBaさんの記事)
    >> SumioBabaが「量子力学」「多世界解釈」「梵我一如」といった考え方を利用しているのは確かです。
    >> しかし、これらはみな、そのまま使うと〔仮説〕です。そこで〔仮説〕に過ぎない(正)を、その否定である(反)との間に、(合)=a(正)+b(反)(0≦a≦1、0≦b≦1)と止揚(アウフヘーベン)します。すると、(合)はトートロジーになります。
    >
    > 多世界解釈を仮説と認めておられるなら、多世界を前提としたSB理論も仮説となります。
    > SumioBabaさん自身がSB理論と表記されているわけですから(No41704)SumioBabaさんも仮説と認めておられることになります。
    > 物理理論も全て仮説です。で、この仮説の正しさは観測や実験によって実証または検証されます。
    > アウフヘーベンやトートロジーによって正しさを担保できるものではありません。
    >
    > ■No41705に返信(SumioBaBaさんの記事)
    >> この点にはすでにNo41608で説明しましたが、もう一度説明します。
    >> 「多世界解釈」(正)=「存在し得るすべての世界W0、W1、W2、W3、…が存在する」と解釈すると、ただの〔仮説〕になります。「存在する」と「存在しない」のうち、「存在する」の方だけに限定してしまっているからです。
    >> そこでこれの否定である「多世界解釈」(反)=「存在し得るすべての世界W0、W1、W2、W3、…の中には存在しないものがある」を考え、(合)=(正)+(反)と止揚(アウフヘーベン)します。
    >
    > まず多世界解釈というのは量子、例えば電子が存在する位置が異なる(ボルンの確率解釈に沿って位置する)世界が並行して存在するということです。
    > シュレディンガーの猫で言えば死んでいる猫と生きている猫は重ね合わせで存在するのではなく、死んでいる猫と生きている猫がいる世界が同時並行で存在しているということになり、「存在しない」というのは多世界解釈ではどこにも登場しません。
    >
    > ■No41309に返信(Sさんの記事)
    >> 量子論理を使った神論・世界論です。
    >> インド哲学でいう梵我一如を採用し、神の定義は「存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…を要素とする集合{M}」とします。存在するのは神(ブラフマン) だけです。神の本来の姿は無意識状態の「空」M0ですが、全知全能であり、存在し得るすべての有意識状態の心である「色」M1、M2、M3、…を作り出し、自ら体験して(夢を見て)楽しんでいるだけ、と考えます。物質世界は夢の中の幻(マーヤー)であり、実在しません。人間の心(アートマン)も「色」M1、M2、M3、…に含まれ、神自身が見ている夢です。そして量子論理を使い、こう表現します。
    >>    存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…のそれぞれが
    >>    a「存在する」+b「存在しない」(0≦a≦1、0≦b≦1) …※
    >>これは、「存在する」(a=1、b=0)かもしれない、「存在しない」(a=0、b=1)かもしれない、「両方」(a≠0、b≠0)かもしれない、「片方」(a=1、b=0、または、a=0、b=1)かもしれない、とすべての可能性を考慮しているため、決して外れようが無く、証明不要のまま論理的必然性で恒真(トートロジー)になります。喩えると、「確率1/6ずつで1〜6の目が出るサイコロを振ると何の目が出るか?」という問に、「1、2、3、4、5、6、のどれかが出る」と答えるようなものです。神は全知全能であるため、個々の心について「存在する」と「存在しない」の片方に限定されず、「存在する」「存在しない」「両方」「片方」のすべてを確率的に実現している、という意味です。しかも※が世界のすべてです。つまりこう考えると、神と世界の謎がすべてトートロジーに解消できたことになります。
    >> 間違いが無いかどうか、批評して下さい。
    >
    > 空観を仏教の根本教理として深化させたのはナーガールジュナ(龍樹)を代表とする中観派です。
    > 中観派は説一切有部の我空法有を否定し、我空法空を教理とします。
    > よってシャンカラによる不二一元論は空性からほど遠い思想となります。
    > 何故ならマーヤーの幻影、つまり夢見る主体(我空法有)、ましてや全知全能の神などは想定しませんし、その意味においては我空法空です。
    >
    > 申し訳ないのですがSB理論はさまざまな言説を牽強付会的に寄せ集めた仮説のようにしか私には思えません。
    > この反論へ真正面からレスいただけるのであれば返信させてもらいますが、同じ説明の繰り返し(アウフヘーベンやトートロジー)であれば平行線になりますので、SB理論に関するレス交換はここまでとさせていただきます。
    >

     そうですか。平行線をたどるようだったら、ここで議論終了にした方が賢明だと思います。

     ただ、考えのズレははっきりしましたね。

     SumioBabaは、「「多世界解釈」(正)は〔仮説〕でも、それを(合)=(正)+(反)と止揚(アウフヘーベン)した「多世界解釈」(合)はトートロジーであり、SumioBabaが使っているのは「多世界解釈」(合)というトートロジーの方であって、「多世界解釈」(正)という〔仮説〕は使っていない」と説明しました。

     パニチェさんは、「多世界解釈」(正)と「多世界解釈」(合)の区別も無視したまま、「「多世界解釈」は〔仮説〕であり、「多世界解釈」を使ったSumioBabaのSB理論も〔仮説〕である」と結論された訳ですね。

     他に理解者を探してみますので、もう少しSB理論の説明を続けさせて下さい。
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