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Re[30]: つれづれなるままに 18
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□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2025/03/06(Thu) 19:53:05)
| 用語の意味表言をちょっと変えるね。
No40930で、 ・(A-meta)「形而上学」=人間の経験的生活世界を超えたところに、知の究極的・普遍的・必然的なものがあって、それを探究する学問。 ってしたんだけど、 「知」っていうことを中心にして、〈人間の経験的生活世界〉を〈人間の経験-感性的知〉ってすることにした。〈知〉っていうのは 「認識」も意味するよ。 で、 ・(A-meta)「形而上学」⇒人間の経験-感性的知を超えたところに、普遍・必然的な知があるとする学問 に変える。 こうすると、 カントは、人間の認識において、〈経験に拠るもの(ア・ポステリオリ)〉と〈経験に拠らないもの(ア・プリオリ)〉に分けた。 って見ることに結びつけられることもできるかも。
カントの場合、
(K-pr)「ア・プリオリ」⇒経験に拠らないもの (K-po)「ア・ポステリオリ」⇒経験に拠るもの (K-r)「純粋」⇒一切経験に拠らないもの
ってして、
わたしのばあいは、
(A-pr)「ア・プリオリ」⇒生まれつき備わっているもの
っていうのは変わりないよ。
〈生まれつき備わっている〉っていうのは、誰からも教わったことじゃなく、自然と、みたいなんで、経験に拠らないもの、っていう意味も含まれるよ。 たとえば、一般的に人は1才ぐらいになると自然と立つことができて、立ってあるようになってく。言葉も喋れるようになる。こういうのって誰かに立ち方、歩き方、喋り方を教わったわけじゃないじゃん。
もっとも、〈生まれつき備わってるもの〉を「ア・プリオリ」って言う語で呼ぶ必要もないんだけどね。 「本能」、ま、それもいいかもだけど、でもそれだと大人の返事みたいになっちゃう感じするから、いまいちかな。
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