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Re[21]: ダンマパダ第九章『悪』・125
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□投稿者/ 時 -(2024/03/25(Mon) 01:33:13)
| 2024/03/25(Mon) 01:54:45 編集(投稿者)
pipitさんへ。こんばんは。返信をありがとうございます。
■No36903に返信(pipitさんの記事)
> ダンマパダの英訳を日訳してる時、お釈迦さまからpipitへ諭すことばとして訳しています。
なるほど、これならば納得できそうです。私の想いとして、なぜ、現行で日本語に訳されているものがあるのに、パーリから英文訳にされたものをpipitさんは、時間をかけて日本語訳にされているのかが不思議だったのです。仏陀の説いた各種の実践の方法等ならば、中部経典、長部経典でほぼ事足りるように思っていたからです。なるほど、仏陀の言葉をpipitさんへの諭す言葉として訳されていたのですね。(^^)
翻訳の表現やその解釈等は、個々人でのそれらで私は良いと思います。
No36904 >罵った方は、 >『すばらしいことです。ゴータマさん!』と出家して阿羅漢になったとのことです。
そうなのです。記憶の中での多くの仏典内では、大抵がこのような表現がされてるのですね。私が感じましたのは、当時の人々は、不善人でもかなり素直な人が多かったのだろうか?とか、上手く仏陀の元に出家した人々の事だけが書かれているのだろうか?とか、相手が仏陀たちだからなのか?とかいろいろと思うところがありました。まぁ、当時のインドの文化と現代の日本の文化の背景の違いもあるように思いますしね。(笑)
現実に私ごときがそれをやろうとすると、火に油だと思いますので、その例えの意味するところやその道理は理解できたとしても、同じようなこと(お相手に対する言葉としての例え)は、よほどでない限りは行いませんかね。ただ、怒りの言葉に対して怒りの言葉で返さず、その場から自然に離れることでしょうか。(過去、実際に何度かその道理を説明したことがあるのですが、ほとんど誰もそれへの理解には至りませんでした)
No36771 >実際に私も過去、このようなことを経験していますが、互いの見解の主張の仕合から口論となり、やがては怒りに任せて・・喧嘩別れなどという事はよくありそうです。しかしこの段階で現代でいうところのスルースキル、そのお相手との同じ土俵に上がらないという事がもしも自然に日常的にできたとしたら、自らは悩まず苦しみませんね。
という事で、日本語訳、今後もお励みくださいね。では、この辺で。m(__)m
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