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■34900 / inTopicNo.61)  Re[13]: 量子力学の解釈問題
  
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/03(Fri) 18:29:08)
    田秋さん、
    >アインシュタインや量子力学黎明期のエピソードを扱った書物などを読んで感じたことです<
    失礼しました。
    わたしパニさんが紹介してくれた紹介のyoutubeのだけを見てだけからのものでした。「世界は本当に実在するのか?」って言う問いに興味があったので。
    わたし「物理学」で語られてることはゼンゼンわかないのでそういう系のお勉強はゼンゼンしてない。そういう知能指数が低い類に属する人だから、物理学の量子力の世界からどうしてこの問いが生まれたの?っていうわたしの疑問、結局、よくわかんなかった。

    パニさん、
    ありがとございま〜す。
    「波動関数ψ」みたいのが出てくると、意味ぜんぜんわかんなくなってくるし〜。

    物理学とか量子力学とかは別として、

    わたしに関心がある問いは、
    (a)世界は本当に実在するのか?
    (b)私が月を見ていないとき、月は存在するのか?
    ね。(bに関しては前に話題になったかな?)
    (b)に関しては、パニさんが提示してくれた>アンシュタインとタゴールとの会話<の最初に書いてあった会話はなんかおもしろそう、って。
    これによると、アインシュタインは「私が見ていなくても月は確かにあるのです」っていう見方をしてるみたいね。
    わたし、どちらかっていうとタゴール派かな。バークレーの「存在するとは知覚されること」には興味あるし。

    でも、わたしの、こういうのとちょと雰囲気違う感じ。
    ここらへんはわたしんちで書けたらと思ってる。

引用返信/返信 削除キー/
■34897 / inTopicNo.62)  Re[12]: 量子力学の解釈問題
□投稿者/ 花火田ドン -(2023/11/03(Fri) 09:21:32)
    パニチェさんが量子学よく理解しているようで、
    花火田ドンがつっこみたい所を全てお答えになっています。

    危険キーワードは、『 光速よりも速く情報が伝わる 』という点。

    ネットの光ケーブルの中で一番速く移動できるのは光なんですが、
    正確に言うと、光が光ケーブル内の障壁に反射しながら移動していきます。
    これが量子・素粒子だった場合、障壁で反射せずに通過していってしまいます。

    つまり、何が速いのか?というと、計算(CPU)が速いという事です。
引用返信/返信 削除キー/
■34892 / inTopicNo.63)  Re[11]: 量子力学の解釈問題
□投稿者/ パニチェ -(2023/11/03(Fri) 08:18:08)
    2023/11/03(Fri) 08:46:33 編集(投稿者)

    おはようございます、悪魔ちゃん、田秋さん。横レス失礼します。

    No34876に返信(悪魔ちゃんさんの記事)
    > No34870の、
    > >あのアインシュタインでさえ量子論に対しては懐疑的だった<
    > っていうの、わたしのとちょっと捉え方が違うから。
    > アインシュタインの言のところ、
    > ちょっと文字に書き起こして見るね。

    > ‥‥‥
    > 現在この(量子力学の)解釈問題に関してほとんどの物理学者が、観測する時以外物体が実存するのかどうかなど考えるなという姿勢でいる。しかしこの姿勢は量子力学が作られた当時の物理学者たちからはあまり良い評判ではなかった。アインシュタインもこの姿勢には否定的で「物体の位置が確率的にしか予測できかい物理理論は不完全である。我々には見つかっていない何かがあり、その何かを理論に取り入れるとき、きっと確率問題は解消されるだろう。自然界は実在に確率を持ち込まないはずだ」と言い残している。これがかの有名な「神はサイコロを振らない」という言葉の意味。そして現在の物理学はアインシュタインの言葉は虚しく置きざれにされ物理学は進んでいき、そしてついに現在の物理学は実在の問題に立ち入らないようになった。
    > …‥‥
    > たぶんこういうのだったと思う。
    > でね、
    > 「アインシュタインもこの姿勢には否定的で」のところんだんだけど、「この姿勢」っていうのは「観測する時以外物体が実存するのかどうかなど考えるな」という姿勢のことのことを言ってるんだとわたし見たんだけど。


    No34887に返信(田秋さんの記事)

    > >アインシュタインでさえ量子論に対しては懐疑的だった
    > これはパニチェさん紹介のyoutubeの内容からだけではなく、アインシュタインや量子力学黎明期のエピソードを扱った書物などを読んで感じたことです。
    > 量子論が正しいとすると、物事が確率的にしか決まらない、光速より速く情報が伝わる、などへの不信感がアインシュタインにはあったのだと思います。



    量子力学の登場で、相対性理論までの物理が古典物理と呼ばれるようになった理由は、それまでの物理(科学全体とも言える)が素朴実在論に基づいていたからです。
    素朴実在論とは「我々の意識とは無関係に観測対象である物質や現象は存在する」ということであり、量子力学が登場するまでは科学の大前庭でした。

    これを量子力学がひっくり返してしまった。
    波として重ね合わせの(コヒーレンス)運動状態のものが観測すると波の広がりが収縮(波束の収縮)し粒子になる。
    タゴールとの対談でアインシュタインが述べた有名な台詞「私がみていなくても月は確かにあるのです」という自然観に基づいた信念が覆され、これに納得できなかったということだと思います。

    アンシュタインとタゴールとの会話
    https://ishikawa.math.keio.ac.jp/KoaraWest/KoaraWest09_06.pdf

    悪魔ちゃんが述べた「観測する時以外物体が実存するのかどうかなど考えるな」というのは量子力学の主流であるコペンハーゲン解釈を支える実証主義あるいは道具主義で「科学理論を、観察可能な現象を組織化・予測するための形式的な道具・装置であると見なす立場。観察可能な現象の背後にある観察不可能な隠れた実在の真の姿は知りえないとする。(Wikipedia)」ってことで、これは古典物理の素朴実在論に対置するスタンスです。

    また田秋さんが述べられているボルンの「確率解釈」は波動関数ψをそこに量子が観測される確率(存在確率)のことで、観測した瞬間に波のように広がっている量子がある特定地点に粒子として観測されるということを解釈したものであり、確率解釈となるのは我々側の問題であって自然の存在に確率が内在するわけでないということをもじってアインシュタインは「神はサイコロ遊びをしない」と反論しました。

    また「光速より速く情報が伝わる」というのは非局所的長距離相関のことで二つの素粒子が接触するとその後は同じ波動関数ψで記述されるので、(観測するまでは右回りと左回りのスピンが共存状態にあるが)いくら距離が離れても一方を観測しスピンが確定するともう一方のスピンも瞬時に逆回りとなるというもので、これをアインシュタインが量子力学への反証として提案したのが「EPRパラドックス(光速を超えて情報が伝わるのはおかしいだろう?)」という思考実験です。

引用返信/返信 削除キー/
■34887 / inTopicNo.64)  Re[10]: 量子力学の解釈問題
□投稿者/ 田秋 -(2023/11/02(Thu) 22:23:28)
    2023/11/02(Thu) 22:24:07 編集(投稿者)

    こんばんは、悪魔ちゃん

    >アインシュタインでさえ量子論に対しては懐疑的だった
    これはパニチェさん紹介のyoutubeの内容からだけではなく、アインシュタインや量子力学黎明期のエピソードを扱った書物などを読んで感じたことです。

    量子論が正しいとすると、物事が確率的にしか決まらない、光速より速く情報が伝わる、などへの不信感がアインシュタインにはあったのだと思います。


引用返信/返信 削除キー/
■34876 / inTopicNo.65)  Re[9]: 量子力学の解釈問題
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2023/11/02(Thu) 18:53:31)
    お邪魔しますね。
    わたしも
    https://www.youtube.com/watch?v=tGJylLg83JE
    見たよ。

    No34870の、
    >あのアインシュタインでさえ量子論に対しては懐疑的だった<
    っていうの、わたしのとちょっと捉え方が違うから。

    アインシュタインの言のところ、
    ちょっと文字に書き起こして見るね。

    ‥‥‥
    現在この(量子力学の)解釈問題に関してほとんどの物理学者が、観測する時以外物体が実存するのかどうかなど考えるなという姿勢でいる。しかしこの姿勢は量子力学が作られた当時の物理学者たちからはあまり良い評判ではなかった。アインシュタインもこの姿勢には否定的で「物体の位置が確率的にしか予測できかい物理理論は不完全である。我々には見つかっていない何かがあり、その何かを理論に取り入れるとき、きっと確率問題は解消されるだろう。自然界は実在に確率を持ち込まないはずだ」と言い残している。これがかの有名な「神はサイコロを振らない」という言葉の意味。そして現在の物理学はアインシュタインの言葉は虚しく置きざれにされ物理学は進んでいき、そしてついに現在の物理学は実在の問題に立ち入らないようになった。
    …‥‥
    たぶんこういうのだったと思う。
    でね、
    「アインシュタインもこの姿勢には否定的で」のところんだんだけど、「この姿勢」っていうのは「観測する時以外物体が実存するのかどうかなど考えるな」という姿勢のことのことを言ってるんだとわたし見たんだけど。

引用返信/返信 削除キー/
■34873 / inTopicNo.66)  道具主義
□投稿者/ パニチェ -(2023/11/01(Wed) 22:29:22)
    こんばんは、田秋さん。レスありがとうございます。

    No34870に返信(田秋さんの記事)

    > >田秋さんの投稿に触発されて
    > 光栄なことで、汗顔の至りです^^;

    いえいえ、かえって恐縮です。^^;

    > パニチェさん紹介のリンク、読みました。ま、量子論は不思議の塊でボクの理解を遥かに超えています。でもあのアインシュタインでさえ量子論に対しては懐疑的だったのですから。なんら恥じることはないと思っています^^;

    禿同!

    > 観測問題や情報が瞬時に伝わる(量子テレポーションでしたっけ?)話とか、いつか全て謎が解け、当たり前の常識になる時代がくるのでしょうか・・・

    量子力学は悪く言えば道具主義、好意的に表現すれば実証主義(観測結果だけを俎上に載せる、観測不能なその背景や根拠は問わない)に徹しており、量子テレポーションなどを活用することで量子コンピュータの開発等々、実用的な対象に叡智が注がれており、観測問題等々、金にならない研究はごく一部の物理学者しか研究対象にはしてないようです。
    だから私はどちらかというと謎が解けることについては悲観的です。

    返信はお気遣いなく。^^

引用返信/返信 削除キー/
■34870 / inTopicNo.67)  色彩論からの観測問題、そして存在論
□投稿者/ 田秋 -(2023/11/01(Wed) 16:36:59)
    こんにちは、パニチェさん

    >田秋さんの投稿に触発されて
    光栄なことで、汗顔の至りです^^;

    パニチェさん紹介のリンク、読みました。ま、量子論は不思議の塊でボクの理解を遥かに超えています。でもあのアインシュタインでさえ量子論に対しては懐疑的だったのですから。なんら恥じることはないと思っています^^;

    観測問題や情報が瞬時に伝わる(量子テレポーションでしたっけ?)話とか、いつか全て謎が解け、当たり前の常識になる時代がくるのでしょうか・・・
引用返信/返信 削除キー/
■34866 / inTopicNo.68)  色彩論からの観測問題、そして存在論
□投稿者/ パニチェ -(2023/10/31(Tue) 21:08:19)
引用返信/返信 削除キー/
■34651 / inTopicNo.69)  Re[5]: アドヴァイタと而今(にこん)
□投稿者/ マジカルモンキー -(2023/10/25(Wed) 10:44:12)
引用返信/返信 削除キー/
■34644 / inTopicNo.70)  Re[12]: アドヴァイタと而今(にこん)
□投稿者/ パニチェ -(2023/10/24(Tue) 20:32:49)
    こんばんは、ザビビのふくろうさん。いつもながら丁寧かつ誠意ある返信をありがとうございます。

    No34624に返信(ザビビのふくろうさんの記事)

    >>議論を前提としてではなく、是非教えて下さい。
    >>興味があります。

    > いやいや、教えるなんて(笑)
    > 一応私なりの考えを述べてみます。
    > 参考になれば幸いです。

    > 細かい抽象的ロジックの説明をしてもかえって理解が困難になると思いますので、なるべくイメージをつかみやすいように説明したいと思います。

    > 私の理解では、「経過時間=0の瞬間」というのは、「時間の流れが止まった瞬間」としての無時間性とも言えると思うんですね。
    > そうすると、違うかもしれませんが、私のベタな具体的イメージとしては
    >  「ボールが止まって見えた」  by 川上哲治
    > って感じかなと(笑)。
    > 間違っていたら言ってください。
    > あと、イメージ的にはこんな感じでしょうか。

    > 「人が[現に]生きているのは、瞬間にすぎないこの現在だけである」(M.アウレリウス)
    > 「生きることができるのは刻一刻の〈今ここ〉だけ」「一瞬の存在がすべて」(古東哲明『現代思想としてのギリシア哲学』(講談社メチエ)からの引用)

    > それに対して私の言う無時間性=永遠は、たとえば、ピタゴラスの定理は永遠の真理だ、という場合の無時間性のイメージですね。
    > ですから、時間の流れが止まるんじゃなくて、時間(川の流れ)の外に出て、いわば岸辺(不変・不動)の視座(幾何学的観点)に立つ、という感じです。
    > で、この視座から捉えられる対象が「永遠の相の下で」捉えられた対象だ、ということになります。
    > これは平たく言うと、対象を「イデア」として見る、ってことです。

    > ですから、幾何学的真理のような、この無時間的=永遠の真理というのは、「(流れる)時間を超越した」真理、とも言えますよね。
    > これと同様な意味で、
    >  《私》は《今》《此処》に《在る》
    > という独我論的(形而上学的)真理も、(流れとしての)時間を超越した無時間的真理であり、したがってこの《今》は「永遠の今」でもあるわけです。

    > ということで、パニチェさんの解釈と私の解釈の違いは、この絶対の「今」を、時間の流れを止めて観る一瞬一瞬とみなすか、それとも、それ自身は時間の流れの外にあって、流れがそれに対して流れる同一・不変の形式とみなすか、の違いとも言えるように思います。
    > (思い付き補足:「瞬間としての今」に対して「イデアとしての今」と言ったほうが、イメージ的には違いがはっきりするかも。)
    > なので、パニチェさんの〈今、ここ〉は、特異点、原点といった点のイメージですよね。
    > それに対して、私の考える《今、此処》は、あくまで抽象的な場、座標形式のイメージです。
    > 少なくとも私にとっては、これらは全く異なるものなんです。
    > ちなみにこれは、ショーペンハウアー図とマッハ図の違いとも相即していると私は考えています。

    なるほど。違いがよく分かりました。
    確かに『論考』の階段を忠実に上がるとザビビのふくろうさんが上記で述べられた通りかもしれません。
    むしろ私の解釈には禅的な発想が混在してる可能性が大ですね。

    > ********************
    > 最後に補足として、ちょっとネタばらし的なことを書いておきます。
    > 少し引用した古東哲明さんて方の本を読まれたことあります?

    いえ、読んだことがありません。

    > knowingitselfさんにも言ったのですが、
    > 『瞬間を生きる哲学』(筑摩選書)
    > という著作は、今のテーマともろかぶりだと思うんですが、改めて読み直さないと内容についてきちんと言えないので措きますが、先ほど引用した
    > 『現代思想としてのギリシア哲学』(今は
    > という著作について言えば、むしろパニチェさんと似た考え方じゃないかと思うんですね。
    > つまり、この方は、私が分離・区別した捉え方を、一つのものとして観ておられるわけです。
    > しかもその語り口が大変魅力的で、説得力があるんですよ。
    > なので、ひょっとしたら究極同じかもしれないという思いもあるんですが、私としては『論考』のはしごを上って見えてくる風景は上に述べたようなものに思えるので、私なりに詰めた考えとして提示しました。
    > 面白かったらいいんですが^^

    ありがとうございます。大変興味深くかつ面白かったです。
    『瞬間を生きる哲学』(筑摩選書)は要チェックです。
    あと可能性としてはザビビのふくろうさんも述べられているように究極同じかもしれないということに同意です。

引用返信/返信 削除キー/
■34639 / inTopicNo.71)  Re[4]: アドヴァイタと而今(にこん)
□投稿者/ ザビビのふくろう -(2023/10/24(Tue) 18:23:36)
    2023/10/25(Wed) 17:37:08 編集(投稿者)
    田秋さん、こんばんは。
    レスをありがとうございます。

    No34635に返信(田秋さんの記事)
    > 2023/10/24(Tue) 09:56:53 編集(投稿者)
    >
    > おはようございます、ザビビのふくろうさん
    >
    > 説明ありがとうございます。
    >
    > ボクが、「経過時間=0の瞬間」を無時間性だと思ったのは、
    > 時間の流れを直線で表わし、その1点を切り取った時のイメージからです。
    > 点には長さがないのでいくら集めても線にはならないはずなのに、直線は点の集合と言われます。長さ(ここでは経過時間=0)の無いものを集めると時間の流れになるならば、例えば自分の人生がどれ程の長さであるにしてもそれは「経過時間=0の瞬間」の集合であるので、これを無時間性と言っているのかな、と想像しました。
    >

    既述したように、私はその解釈を採りません。
    『論考』の思想からどのようなロジックでそういう考え方が導かれるのかわかりませんし、他の命題とのつながりや整合性も私にはわかりません。


    > この命題6.4311は、前半に人は死を経験しない、後半に無時間性が置かれているので、この二つは関係しているのだと思うのですが、その関係性がイマイチわかりません。ひょっとして死を経験しないということを無時間性で以て解釈せよ、ということなのですか。
    >
    >

    というか、私の解釈は既に説明しましたので、あとは田秋さんご自身がどう考えられるかではないでしょうか?^^

    【追記】

    田秋さんの「無時間性」の解釈では、

     無時間性=永遠性

    が成り立たないということではないでしょうか?

引用返信/返信 削除キー/
■34635 / inTopicNo.72)  アドヴァイタと而今(にこん)
□投稿者/ 田秋 -(2023/10/24(Tue) 09:52:03)
    2023/10/24(Tue) 09:56:53 編集(投稿者)

    おはようございます、ザビビのふくろうさん

    説明ありがとうございます。

    ボクが、「経過時間=0の瞬間」を無時間性だと思ったのは、
    時間の流れを直線で表わし、その1点を切り取った時のイメージからです。
    点には長さがないのでいくら集めても線にはならないはずなのに、直線は点の集合と言われます。長さ(ここでは経過時間=0)の無いものを集めると時間の流れになるならば、例えば自分の人生がどれ程の長さであるにしてもそれは「経過時間=0の瞬間」の集合であるので、これを無時間性と言っているのかな、と想像しました。

    この命題6.4311は、前半に人は死を経験しない、後半に無時間性が置かれているので、この二つは関係しているのだと思うのですが、その関係性がイマイチわかりません。ひょっとして死を経験しないということを無時間性で以て解釈せよ、ということなのですか。


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