| 「野生の思考」の例の一部を書き写して見ますね。
********* p4 ガボンのファン族についてステマンが「同一族の中のいろいろな種の間のごとく微細な差異まで区別する精密さ」(Tessmann,p.71)を述べているが、オセアニアでそれに対応するのは、さきに引いたハンディとプクイの二人の記述である。
「現地人は鋭い能力でもって、海陸の全生物の諸属性や、風、光、空の色、波の皺(しわ)、さまざまな磯波、気流、水流などの自然現象のきわめて微細な変化を正確に記すことができた。」(Handy and Pukui,p.119)
キンマの葉を嚙むというごく単純な習慣(4-1)でも、フィリピンのハヌー族にとっては、ビンロウジの実四変種、その代用品八種類、キンマ五変種とその代用品五種類についての知識が必要なのである。(Conklin 3)
訳注(4-1) 口中清涼剤として、キンマの葉とビンロウジの実に石灰を加えて噛む。唾液が赤くなる。東南アジア、印度洋沿岸に広く行われている習慣。
「ハヌノー族の活動のすべて(ほとんどすべて)には、土地の植物に通暁(つうぎょう:徹夜、精通)し、植物分類の正確な知識をもっていることが必要である。自活経済の社会はその土地の植物のごく一部しか利用していないという説に反して、植物の利用率は93パーセントにのぼる。」(Conklin 1,p.249) p5 動物についても同様である。
「ハヌノー族は、その土地に棲息する鳥類を75種類に分類し‥‥蛇12種類前後、‥‥魚60種類‥‥淡水、海水の甲殻類12種類以上、同数のクモ・多足類‥‥を区別する。何千という昆虫は108種類にまとまられ、そのおのおのに名がついている。そのうち13種類が蟻および白蟻である。‥‥また海にすむ軟体動物60種類以上、陸産または淡水産の軟体動物25種類以上、吸血ヒル4種類‥‥を区別する。」合計で461種類の動物が記録されている。(同書pp.67-70)
フィリピンのピグミーの一部族について、ある生物学者がつぎのように述べている。
「平地に住みキリスト教化された隣接諸部族と異なるこのネグリト(p5-1)の特徴は、動植物についての底知れない博識である。驚くほどの多数の植物、鳥類、哺乳類、昆虫の種類を識別するだけでなく、それら動植物一つ一つの習性についての知識が深い…。」 「ネグリトは、自分の暮らしている環境に完全にとけ込んでいる。そして、さらに重要なことは、ネグリトが自分をとりまくあらゆるものを絶えまなく研究していることである。私はつぎのような例を何度も目にした。何という植物かはっきりわからないと、その実の味を調べ、葉の匂いを嗅ぎ、茎を折って観察し、生えている場所を検討する。ネグリトはこれらのデータをすべて考慮したのちにはじめて、問題の植物を知っているとか、知らない植物だとか述べるのである。」
訳注(p5-1)東南アジアとオセアニアのピグミーをネグリト、アフリカのピグミーをネグリロと呼ぶ。両者の関係は明らかではない。
p6 現地人が直接自分に役立たぬ植物に対しても、動物や昆虫とそれらとの関係に意味がるために関心をもつことを示したのち、同じ著者は続けて言う
「ピグミーの鋭い観察力、植物と動物の生態の関係についての完全な知識のみごとな例は、各種のコウモリの習性についての彼らの論議である。ティディディンは枯葉の上に棲息し、ディキディックは野生のバナナの葉かげに、リットリットは竹林に、コルンボイは木の幹にあいた洞に、コナナバーは繁った森に居る‥‥といった調子である。」 「ネグリト・ピナツボ族は、このようにコウモリ15種類の習性を識別する。もっとも、彼らのコウモリの分類もやはり形態上の類似と差異を中心にしており、その点は昆虫類、鳥類、哺乳類、植物の分類についても同じである。」 「ネグリトの男は大てい誰でも、極めて容易に少なくとも植物450種類、鳥類75種類、蛇、魚、昆虫、哺乳類のほとんどすべて、さらには蟻20種の名称を言うことができる*。マナナーンバルと呼ばれる呪術医の男女は術を施すのにいつも植物を用いているので、彼らの植物に関する知識たるや、まったく驚嘆に値する。」 *そのほか食用きのこ45種類(同書p.231)、また技術面では、矢のタイプの区別50種類。(同書pp.265-268)
琉球列島のある後進地域の住民について、つぎのような記述がある。
「子供でさえ、木材の小片を見ただけでそれが何の木かを言うことがよくあるし、さらには、彼ら現地人の考える植物の性別(6-1)でその木が雄になるか雌になるかまで言いあてる。その識別は、本質部や皮の外観、匂い、堅さ、その他同種のさまざまな他の特徴の観察によって行われるのである。何十種という魚類や貝類にそれぞれ別の名がつけられているし、またそれらの特性、習性、同一種の中での雌雄の別もよく知られている。」(Smith,p.150)
p7 現在ごく少数の白人の家族だけが辛うじて生活している南カルフォルニアのある砂漠地帯に、かつてはコアウィラ・インデアンが住んでいたが、彼らは何千人という多数であったにもかかわらず、天然資源を取り尽くすことはなかった。彼らは実に豊かな暮らしをしていたのである。一見したところ自然の恵みに乏しいと思われるこの地で、彼らの知っていた食用植物は60種、麻酔性、刺激性、または薬用の植物は28種類を下らなかった(Barrous)。 セミノール・インディアンのインフォーマント(7-1)は、たった一人で植物の種・変種250を識別している(Sturtevant)。ホビ・インディアンは350種類の植物を、ナヴァホ・インディアンは500種類の植物を知っているという調査結果が出ている。フィリピン南部のスパヌン族の植物語彙は一千語を軽く突破し(Franke)、ハヌー族のそれは二千五に近い*。シャン氏は、ガボン人のインフォーマント一人だけを相手に調査して、近隣の12ないし13部族の言語や方言にまたがる約何千五の民族植物語彙を最近刊行した。(Walker et Sillans)マルセル・グリオールとその協力者たちがスーダン(7-2)で行った調査の結果は、大部分が未完であるが、一部分を見ただけで同じような驚異的なものであることがわかる。
*本書164項および183項参照。
訳注(7-1)人類学や言語学の調査に協力する現地人の情報提供者。
訳注(7-2)スーダン共和国ではなく、西アフリカの旧仏領スーダン。スーダンという語はサハラ南緑のサバンナ地域全体を指すが、ここでは具体的には現地のマリ共和国のドゴン族やバンバラ族、フルべ族などについてのグリオール、ディーテルラン、ハンバテ=バ、ザアン、カラム=グリオールなどの仕事のことを言っている。本書47項、52項参照。
生物環境と極度の親密さ、それに対する情熱的興味、それについての精密な知識、これらの態度や関心は、現地人が白人外来者と異なる点として、しばしば研究者の注目するところとなった。…‥
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そしてレヴィはこんなことも言っている。
P12【…このような例は世界のあらゆる地域からもってくることができるが、それらから容易に次の結論がひきだされよう。動植物種に関する知識がその知識がその有用性に従ってきまるのではなくて、知識がさきにあればこそ、有用ないし有益という判断が出てくるのである。】
P13【‥‥ところが、われわれが未開思考と呼ぶものの根底には、このような秩序づけの要求が存在する。ただしそれは、まったく同じ程度にあらゆる思考の根底をなすものである。私がこのように言うのは、共通性という角度から接近すれば、われわれにとって異質と思われる思考形態を理解することがより容易になるからである。】
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人類学なんてほとんど人、興味ないんじゃないかしら? わたし『野生の思考』っていう題名が面白かったのでつい買っちゃたんだけど、 最初に、 メルロー=ポンティの思い出に ってあるじゃん! なんと偶然〜! で、人類学っていうのに興味もって、でも、少し読んだだけだった。
ほら、連休で、 つれづれなるままに(することもなく手持ちぶたさなのにまかせて)、ね。
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