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No45693 の記事


■45693 / )  Re[107]: :つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/04/12(Sun) 15:31:43)
    No45692につづけて

    (MC5)――――――――――
    批判主義は、知覚の主知主義的理論を完成することによって、形式と質料、与えられたものと思考されたもの、心と身体などの関係からおこる諸問題を解決しようとする。実際、もし知覚のなかに〈科学のきざし〉、あるいは科学的整理によってのみ完成されるような〈経験組織化〉の端初を示すことができるとすれば、いわゆる〈感覚的意識〉が問題となるということもないであろう。なぜなら、知覚的経験に「独自な」諸性格があるとしても、それはすべて欠如と否定によって理解できるものとなるからである。すなわち「直接的経験の宇宙は、科学によって要求される以上のものは〈含まず〉、〈それ以下〉のものだけを含んでいる。なぜなら、直接的経験の宇宙などといったものは表面的で骨抜きにされた世界であり、スピノザの言うように、前提をともなわない帰結の世界だからだ」ということになる。心身関係の問題も、意識から生み出されたもののなかに、それを存在せしめている知性の活動をみるどころか、意識から生み出されたものだけに固執するような〈混濁した思考〉の水準において立てられたものにすぎないことになろう。「感覚的意識」は、それに意味を与える唯一のものである〈知性の文脈〉のなかに移されることによって、もはや問題性を失うわけである。身体も〈延長〉と合体して、その作用を受け取り、みずからもその一部にすぎないことになってしまう。知覚もまた、その基礎にある〈判断〉と合体する。かくして意識のいっさいの形式は、はじめから意識の完成された形式、つまり認識論的主観と科学的対象との弁証法を予想することとなるわけなのである。(p128-129)
    ――――――――――――――

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