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No45690 の記事


■45690 / )  Re[104]: :つれづれなるままに
□投稿者/ 悪魔ちゃん -(2026/04/12(Sun) 11:11:56)
    No45687につづけて、〈Ka-insub-Me〉のね。
    No41741『行動の構造』のなかから、抜粋していくね。

    (MC2)―――――――――――
    このように記述されている知覚がどんなに考えがたいものであろうとも、その困難はわれわれの甘受すべきものであり、事実そのようにしてわれわれは知覚し、われわれの意識も物のなかで暮らしているのである。
    したがって、ある因果的作用によって、宇宙そのものとは別個な〈表象〉をわれわれの内部に産出するような〈〔実在的〕宇宙〉という観念ほど、知覚にとって無縁なものはない。カント的言い方をするならば、素朴的意識の実在論は、〈経験的実在論〉――つまり、「意識の諸状態」の外に立ち出でて、固体的対象に到達しているということを、少しも疑わない〈外的経験の確信〉――なんであって、固体的対象を、唯一の与件である「表象」の不可知な〈原因〉として定立することを哲学的主張とするような〈超越論的実在論〉ではないのである(3)。(p106)
    訳注(3) ―――――
    カントにとっては、〈空間〉と〈時間〉とは人間精神の主観的構造に属するものであり、感性(=対象受容の能力)が働く場合の基本形式である。したがって、それらは認識主観を離れた〈物自体〉の性質や関係ではない。そこで空間、時間は、われわれに〈経験〉されるいっさいのもの(=現象)に関しては客観的であり、空間、時間のなかに存在しないような対象は、経験のなかにないことになる。その意味で、それらは〈経験的実在性〉を持つと言われる、が、他方、それらがわれわれの感性を離れて実在するものではないとすれば、経験を超えた実在性は持たないわけであり、そのことが空間・時間の〈超越論的観念性〉と言われるのである。そこでカントは、自分の立場が観念論ではあるにしても、それはあくまでも〈超越論的〉観念論であって、〈経験的〉観念論ではない、と主張している。メルロは、カントの用語をかりて、素朴的意識の実在論は、〈経験的〉実在論でであって、〈超越論的〉実在論ではない、というわけである。
    ――――――――――――――――

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