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No45332 の記事


■45332 / )  西田の「純粋経験」(;´・ω・)
□投稿者/ うましか -(2026/02/14(Sat) 02:39:39)
    『善の研究』,第一編 純粋経験, 第一章 純粋経験, p.17〜p.18(岩波文庫)より。

    > 経験するというのは事実其儘〔そのまま〕に知るの意である。全く自己の細工を棄てて、事実に従うて知るのである。純粋というのは、普通に経験といって居る者もその実は何らかの思想を交えて居るから、毫〔ごう〕も思慮分別も加えない、真に経験其儘の状態をいうのである。

    > 例えば、色を見、音を聞く刹那〔せつな〕、未だこれが外物の作用であるとか、我がこれを感じて居るというような考のないのみならず、この色、この音は何であるという判断すら加わらない前をいうのである。

    > それで純粋経験は直接経験と同一である。自己の意識状態を直下〔じか〕に経験した時、未だ主もなく客もない、知識とその対象とが全く合一して居る。これが経験の最醇〔さいじゅん〕なる者である。

    > 勿論〔もちろん〕、普通には経験という語の意義が明〔あきらか〕に定まって居らず、ヴントの如きは経験に基づいて推理せられたる知識をも間接経験と名づけ、物理学、化学などを間接経験の学として称して居る(Wundt, Grundriss der Psychologie, Einl.§1)。

    > しかしこれらの知識は正当の意味において経験ということができぬばかりでなく、意識現象であっても、他人の意識は自己に経験ができず、自己の意識であっても、過去についての想起、現前であっても、これを判断した時は、已〔すで〕に純粋の経験ではない。

    > 真の純粋経験は何らの意味もない。事実其儘の現在意識あるのみである。

    *******

    ・西田のいう「経験する」とは、事実そのままに知るという意味。自己の細工を捨て事実に従って知るということ。

    ・西田のいう「純粋〔経験〕」とは、まったく思慮分別を加えず経験そのままの状態。




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