□投稿者/ Appendix -(2025/06/14(Sat) 22:17:19)
| 「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」 (マタイによる福音書 第7章 12節)
私が殺されたくないなら、私も人を殺してはならない、ということのようだ。私が嫌なことは人にもするなとか、私のプライバシーを公開したくないなら、他人のプライバシーも公開するな、とかいろいろあるようだ。 逆に考えて、人が嫌だと思うことは自分もやってはいけない、というのはどうだろうか。 これは共同体社会では一般的なことだ。人がプライバシーを公開したくないと思っているなら自分もプライバシーを公開してはならない。これは共同体社会では当然すぎるほど当たり前のことだ。 しかしこれは純粋な共同体ではない。個の権利としてのプライバシーは共有化(共同体化)されることを嫌うので、逆にいえば、共同体はプライバシーを共有化しようとするので、上記の共同体社会は純粋な共同体ではない。個をみとめたバランスのとれた共同体といえる。 一般にプライバシーを公開したくないと思われているのなら、自分もプライバシーを公開すべきではない。というのも自分のプライバシーを大切にできない人は他人のプライバシーも大切にできないからだ。つまり信用できない、ということだ。
|
|